猿
1月8日
本来ならば今日からボランティアはじめなのだが、休日のため休み。趣向を変えて、今日は掌編小説。
猿
それは良い土地でした。山の南側の緩やかな斜面で、日当たりはいいし、ぶどう園には最適でしたねえ。私一代で作ったんですからさほど大きいぶどう園ではありませんでしたが、快適な暮らしでした。私たち夫婦には子どもがいませんでした。そればかりか妻にも先立たれ、私は一人暮らしでした。淋しいと言えば淋しいのですけれども、結構のんきにやっていました。
幸い早くから私の農園で働いてくれる夫婦がいましてね、これがそろって働き者で、私はどれだけ助けられたか分かりません。その夫婦に息子がいて、これが又親にもまさる働き者なんですよ。私はその息子を養子に欲しくてねえ、でも一人息子なものですから、夫婦は承知しませんでした。私もよくよく考えましたが、養子になってくれなくても、その子に農園を継いでもらおうと思うようになっていました。なに、親戚がないわけではないのですが、やはり近くにいて、気心の知れたものに継いでもらう方がいいですからね。
農園の一番の問題は猿でした。何時のころからか猿が増えまして、被害がばかにならないんです。塀を作ったり、針金を廻して電気を流したりしてみましたが、やはり被害が出ました。
ある時、働き者のせがれが、小猿の手当をしているんですよ。猿なんか放っておけばいいと思ったんですが、どこかで怪我をして小猿が足を引きずっているのを見て、可哀想に思ったんでしょうね。その後、この小猿がせがれになつきましてね。せがれの方でも、この猿に限って、農園の中に入れていました。私も、働き者の夫婦も、見て見ぬふりをしていました。それがいけなかったんでしょうかねえ。
あれはクリスマスの晩でした。いえ、クリスチャンではないのですが、世間でやるように、我が家でクリスマスパーティーをしたんです。日頃よく働いてくれる夫婦やせがれに、プレゼントなどを用意して、感謝の気持ちを現そうと思いましてね。近所の人にも数人集まってもらいました。そのとき、あの猿も家の中にいました。
宴もたけなわというんでしょうか、その年の葡萄酒、去年の葡萄酒、10年前の葡萄酒などと飲み比べながら談笑していたときでした。いきなり応接間の窓ガラスが割れる音がしたんです。それが始まりで、家中の窓ガラスが次々に割られていくんです。
「あれを見ろ」と誰かが叫びました。見ると、家の外で猿がパチンコを構えているのです。パチンコといったってあなた、お金をかけてやるギャンブルのパチンコではありませんよ。子どもの頃やりませんでしたか、木の枝の又の所を切り取って、ゴムを付けて石を飛ばす、あのパチンコです。
ええ、確かに遊び道具ですよ。でもね、何百匹もの猿が家を取り囲んでいたんです。その猿たちが全員パチンコを持っているんです。そしてみんなで石を飛ばしてくるんです。憎らしいことに、指揮を執っているのは、あの小猿なんですよ。こちらには、包丁とか鎌くらいしか武器はありませんからね。たかがパチンコですが、立派な飛び道具です。何百匹に取り囲まれて、一斉に攻撃されたら、怖いの何のって、たまりませんよ。
それでも、何とか抵抗しなくてはなりません。猿ごときに負けてはいられませんからね。だから雨戸を閉めさせて、猿たちを追い払う手段を考えようとしたんです。ところが、なんということだ。近所の人も、働き者の夫婦も、そのせがれも、猿になっていたのです。そして私にパチンコの石を飛ばしてくるのです。私が逃げおおせたのは、奇跡と言っていいくらいです。
後で気がついたのですが、私の農園ばかりではありません。近所の農園がみんな、猿に占領されていました。それ以来私は、こうして農園労働者として働いているのです。
まだ気がつきませんか。今、あなたの家のまわりは猿に囲まれていますよ。私も、もう猿になる頃です。さあ、どうします? パチンコの石に打たれますか? それとも……
終わり
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