芭蕉で遊ぼう 2
11月5日(水)
名月や池をめぐりて夜もすがら
俳人たるもの、名月の夜には池のまわりを、夜もすがら逍遙するようでなくてはいけません。夜もすがら池のまわりを逍遙すれば、次の日は、当然眠くなるでしょう。
名月の次の日昼寝の芭蕉かな ぼんくらカエル
夏草やつわものどもが夢のあと
夏草やつわものどもが今もなお ぼんくらカエル
これはまた、笑えないパロディーになってしまいました。ベトナムの反戦デモの時だったか、
人間が戦争をやめないなら
戦争が人間を終わらせる
という意味のプラカードがあった。この先人類を滅ぼすかも知れないものに、核兵器と環境破壊があります。力で、人を、他国を、他民族を、押さえつけようとする人や国は、なぜか環境破壊には無関心なような気がします。
閑かさや岩にしみいる蝉の声
閑かさや岩にしみいる立ち小便 ぼんくらカエル
失礼いたしました。私は人間が下品なので、想像も下品になります。蝉が鳴く炎天下では、岩も熱く灼けていることでしょう。オシッコなどは、ジュッと音を立てて染み込みそうです。
さまざまなこと思い出す桜かな
正直なところ、これがなぜ名句なのか分かりません。たとえば、
さまざまなこと思い出す除夜の鐘
さまざまなこと思い出す卒業式
さまざまなことも出す天の川
というような句はどうでしょうか。「さまざまなこと思い出す」などと書いてしまったら、何をつけたってつまらないと思う。きっと、芭蕉が作ったから名句なのだ、というのが、私の感想。
それはさておき、桜を見て、さまざまなことを思い出す。きっと、思い出せないこともあるでしょう。思い出せないことが多くなれば、それは惚けの始まり。私も、思い出せないことは多いなあ。
ぼけは、まだらに始まる。
まだら惚け始まっている桜かな ぼんくらカエル
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