12月29日(火)
本のないお話 第6回
東京大空襲・2
それから2,3日して、また空襲がありました。焼夷弾がどんどん落とされます。家の近くまで迫ってきているようです。でも、今逃げたら、また臆病者だと笑われるかもしれません。じっと辛抱していました。
けれども、攻撃はますます近くなってきます。どうにもたまらなくなって。みち子は隣組の班長さんの家に、もう逃げて良いかどうか聞きに行きました。ところが驚いたことに、班長さん達はもう逃げたあとでした。そればかりではありません。警防団の人もふくっめて、隣組の人は、誰一人残っている気配がありません。
みち子が青くなって帰ってくると、さすがにお母さんは、逃げる用意をして、玄関でみち子を待っていました。二人は防空頭巾の上に布団を被り、まだ火の回っていない方に走り出しました。
みち子たは、上野の山をめざして逃げました。あちらからも、こちらからも、上野の山に向かって逃げる人達がいました。
逃げる途中の街角で、何人かの人が並んでいました。見ると、ポンプの井戸があって、男の人が二人で、バケツに水を汲み、先頭の人にかけてやっていました。みち子たちも列に並んで、水をかけてもらいました。
「私とお母さんに、もっと水をかけてください」
とみち子が言うと、、バケツの小父さんがギロリとした目で、みち子を睨みました。
「みんな並んでいるんだぞ。一人に一杯だけだ! もう火が回ってくる、早く逃げろ!」
それから先は、何処をどう走って、上野の山まで逃げたのか、何も思い出せません。上野の山で、何回か寝たような気がします。上野の山にいるうちに何か食べたのでしょうか、それさえも覚えていませんでした。ただ、いつまでもいつまでも、家々が燃え続け、不気味な赤い空を見ていたことだけを覚えています。
気がつくと、あたり一面が焼け野原でした。
みち子たちは、もとの家の方に帰ることにしました。けれども、建物がみんな焼けてしまった街では、方角がよく分かりません。
帰る途中、道のあちこちに、逃げ遅れて焼け死んだ人が倒れていました。赤ん坊をおんぶしたまま倒れている人もいました。防空壕の中で死んだ人が、担架で運び出されていました。担架に乗せられた人の首が、胴体から離れて、道に転がり落ちるのも見ました。
家の近くまで行っても、本当に家のあったところは、なかなか分かりません。
「お母さん、あの木、久保田さんの家の松の木みたい」
焼けただれた松の木を見つけて、みち子たちは、やっと自分たちの家のあったところが分かりました。
男手のある家の人達は、焼け残った板やトタン板を集めて、掘っ立て小屋を作っていました。焼け残ったのは、コンクリートで作られた公園の便所くらいで、そこに陣取った人達もいました。
みち子たちは何もできず、ただぼんやりと座っていました。けれども、容赦なく夜は近づいてきます。仕方なく、玄関があったところの土台石に沿って土の土手を作り、、お母さんとみち子がやっと寝られるだけの窪みを作りました。二人はそこに横になり、拾ってきたトタン板で、近所の人に蓋をしてもらいました。トタン板が風で飛ばされないように、石の重しもしてもらいました。
逃げるときに被っていた布団は、何処でなくしたのか、もう持ってはいませんでした。防空頭巾を枕にして地べたに寝たのですが、疲れていたので、ぐっすり眠りました。朝になると、下からトタン板をどんどん突きます。すると近くの人が気づいて、、石の重しを取り、トタン板の屋根を外してくれました。
こうして何日か過ごしました。ある日、役所から、お父さんが戦死したという知らせが届きました。お母さんが、遺骨の入って箱をもらってきました。その箱があまり軽いので、なかを開けてみると、「御霊」と書かれた紙が入っているだけでした。
その晩、遺骨の箱を枕元に置き、トタン板をかぶせてもらったあとで、お母さんがみち子の手を握りながら言いました。
「私は信じない。お父さんが本当に死んだのなら、遺骨があるはずだもの。紙切れなんて、私は信じない」
「そうよ。お父さんが死ぬはずはないわ。みち子がお嫁に行くときは、すばらしい琴を作ってあげる、って、お父さんはいつも言っていたの。私の琴を作る前に死ぬはずはないわ」
みち子は本気でそう思いました。だから二人は、お父さんが死んだなどとは信じないことにしました。
次の日、山梨の伯父さんが尋ねてきました。
「やあ、二人とも無事でよかった。本当に良かった」
でも、お父さんの遺骨の箱を見ると、びっくりして口をつぐみました。そして、リュックサックを背負ったまま、手を合わせました。
「俺のところは田んぼはないんだ。畑ばかりだから、米は陸稲だ。量も穫れない。なけなしの米で作ってきたんだ。食えよ」
伯父さんはリュックからお握りを出して、二人に渡しました。みち子はそのお握りを、指に付いた飯粒まで、全部食べました。家の焼け跡を見たときにも、お父さんの遺骨の箱を見たときにも流れなかった涙が、あとから、あとから、あふれ出るのでした。
続く
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