2007年10月13日 (土)

こぶし祭り(ぼんくら日記)

10月13日(土) 晴れ

狭山市の、精神障害者のための福祉法人こぶし会の、こぶし祭り。授産施設リバーサイド、生活支援センター スペースきずなの前庭で行う。

私はSさんの車で10時前に行き、そのまま厨房へ入る。弁当を詰めたり洗い物をしたりの手伝い。人より遅れて昼食は食べたが、ほとんど休みはなく、舞台での出しものや市長その他の挨拶とも無縁で過ごす。厨房の後かたづけもほぼすんだ3時、私はリタイヤ。前庭ではビンゴをやっていたが、私はそのまま帰る。結構忙しくて疲れた。テントを解体する仕事が残っていたが、人は大勢いるし、私がいなくても良いだろうと判断した。テント3張りを解体するだけだから、たいしたことはないはずである。

明日は狭山市駅前をマイクロバス6時集発で山に行く。歳をとると、出発前の腹具合の調整も考えなければならない。そのためには4時頃起きる必要がある。リュックやらその他山行の用意を寝る前にしておかなければならない。食事を作ったり風呂を沸かしたりの「おさんどん」もして、早く休まなければならないから、帰ってからも、そんなに暇はない。今はそれらを済ました。今日やるべきことは、この日記が最後。

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2007年10月12日 (金)

ぼんくら日記

10月12日(土) 晴れ

こぶし福祉会のこぶし祭りが明日行われる。その準備でテント張り。

午後、水彩画の会。

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2007年9月 2日 (日)

句集「春北風」、他

9月2日

H君の訃報

マルエツの買い物に行くつもりで歩いていると、トラックがプップッと警笛を鳴らして、歩道よりに停まった。見るとN工芸の社長である。トラックのドアを開けて中には入れという。トラックの中で、しばらく雑談。

「H君が死んだ」という。今年の春、癌でなくなったそうだ。

H君というのは、じつはとんでもない男で、刑務所に3回ほど入っている。その合計が20年にもなるという男だ。最後は、破廉恥罪だったが、前には、殺人未遂なんて事もやっている。そのくせ、妙に人なつっこいところがあって、普通につきあうだけなら憎めない。それなら、本当に心を許せるかというと、やはりそうはいかない。刑を終えて(償って)出てきたのだから、他の人と同じ気持ちでつきあえ、というのは正論かもしれないが、こちらはそれほど人間が出来ていない。遊んだり酒を飲んだりするときは普通につきあうが、何かの時、覇気において負けないようにしようという気持ちはあった。私より5歳くらい若いのだから、こちらが老いぼれたとき、寝首をかかれないとも限らないのだ。

H君に最後にあったのは、去年の秋だったと思う。彼から電話があって、会いたいという。外で待ち合わせて、大和の湯へ連れて行った。風呂に入って、一杯飲んで、歩いて帰ろうとすると、いくらも歩かないうちにハアハア言い出した。その時、私はいくらか安心した。少なくとも体力は、私の方が数等上だ。たとえ彼が危害を加えようとしても、不意打ち以外ならむざむざやられることはないと思った。

その頃から癌があったのだろうか。

句集『春北風』出縄明夫著

 I さんから上のの句集が送られてきた。「春北風」と書いて「ハルナライ」と読むらしい。出縄明夫は俳号で、本名は出縄明。社会福祉法人進和学園の創立者で、現理事長。(進和学園は知的障害者の施設)。その名前だけは知っていたが、俳人であるとは知らなかった。藍綬褒章や、勲五等瑞宝章などを受章されているようだ。

『毎日俳壇』の特選、ないし準特選の俳句だけ七〇句をまとめた句集である。昭和 30年から32年までは飯田蛇笏の選。昭和四七年から平成六年までは飯田龍太の選。平成六年から九年までは大嶺あきらの選である。

昭和二九年『雲母』に出句した〈盲鍼師まことの汗を拭きにけり〉という句は、飯田蛇笏によって「作者における一代を負う作品の一つたり得るものであろう」と評されている。

私は、俳句がなんであるか、まだその尻尾も掴んでいないような人間であるが、この句集からは、何か作者の気品のようなものが伝わってくる。

   一生を仕事着の紺春鴉

   白露や葬列とまる開拓碑

   白露や遺品の中のいのち綱

   炎天や盲学校の千羽鶴

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2007年9月 1日 (土)

吊り戸棚

9月1日

吊り戸棚

わが家の排水管工事が終わったので、吊り戸棚を再び取り付ける。私が自分でつくった吊り戸棚である。戸棚は奥の壁の幅一杯になっている。

普通、トイレの吊り戸棚は、壁の幅より狭くなっている。トイレの入り口は、壁の幅よりは狭い。入り口の幅が奥の壁と同じだったら、壁一杯の戸棚をトイレに入れることが出来るが、普通はそうではない。入り口よりは幅の広い戸棚を斜めにして入れても、取りつけるために壁の向きに回転しなくてはならない。回転するには、少しゆとりが必要である。壁は平面だが、戸棚は立方体である。斜めに入れた戸棚を回転して壁の向きに合わせるには、たとえば戸棚の右前から左後ろへの対角線が、壁に幅より短くなくてはいけない。回転さようとするとで、角が左右の壁にぶつかってしまうのである。

わが家の吊り戸棚が奥の壁一杯になっているのはちょっとした工夫がある。戸棚を二つに切って、半分を右の壁に取り付け、残りの半分を左側に取り付けるという方法だ。要するに、二つ足して壁の幅になるような戸棚を二つ作るということだ。まず片方の戸棚を取り付け、もう一つの戸棚を、あらかじめ取り付けた戸棚にビスで縫いつけろ、という方法である。戸棚の前には扉をつけるわけだから、べつだん、不自然にはならない。

戸棚を取り付けるには2時間くらいかかるかと思ったが、実際には1時間弱であった。昔、さんざんやったからなあ。まだ、そうは衰えていないわけだ。

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2007年8月31日 (金)

ブッシュ大統領、他

8月31日

秋が来た?

昨日と今日は、秋の気候である。今年は梅雨が長く、夏に入るにが遅かった。しかし夏になると、例年をしのぐ猛暑で、日本では熱中症で約7120人が亡くなったという。しかし、昨日からは秋の気候だ。このまま秋になるのかどうか?

排水管工事

わが家の排水管工事は昨日で終わったのだが、ウオッシュレットのトイレの水が出ない。監督に言って昨日トイレを取り付けた職人に来てもらったが、「ノズルが出ない。電気系統の故障なので、製造元に問い合わせなければ分からない」と言う。私は素人なので何も分からないのだが、コンセントを差し込んだり抜いたりして、電気が来ていることを確かめた。夕方別の職人がのぞきに来て、ノズルに行く水の詮が締められたままであることを見つける。要するに、水の栓が開けられていなかったと言うだけに過ぎなかった。朝の職人と、夕方の職人との差は、腕が良いとか悪いとか言うよりは、経験の違いですね。職人なんて、こんなことが良くあるのだ。私など、朝の職人の方だった。

ブッシュ大統領の正義

ブッシュさん、退職軍人の講演会かなんかで、「イラクとの戦争はイデオロギーの戦争」と言ったんだそうだ。やっぱりね・・・。こんな単純な人が世界の指導者だなんて、なんてこったろうね。

同じ物でも、光の当て方によって、見る角度を変えることによって、違って見えるものなのだ。正義だって立場によって変わる。ブッシュの正義もあれば。アルカイダの正義もある。どっちの方が絶対に正しい、なんてことはない。正義というものは、相対的である。

「群盲(この言葉、差別用語と言われる)象をなでる」という言葉がある。鼻をなでた者は「象は大蛇のようだ」と言い、胴をなでた者は「象とは壁のようなもの」という。そして足をなでた者は「柱のようだ」という。それぞれの者が、自分こそ絶対に正しいと主張しだしたらどうなるか。それぞれの者が、自分は実際の象をなでたという実感を持っているのだ。それを暴力で解決しようとしたらどうなるか。正しい結論などは得られはしない。

「イデオロギーの戦い」は暴力では解決できない。いかに時間がかかろうとも、言論で争うしかないのだ。

私は、正義は相対的だと言ったが、じつは、私には、これだけは譲れない、という正義がある。それは「人殺しは悪い」と言うことである。人間と生まれたからには、これだけは譲れない。しかし、これもじつは相対的だ。たとえば死刑囚。この犯罪はどう考えても許せないという事件がある。死刑以外に選択の余地はないと思われるような事件がある。その死刑囚を処刑したとしても、その執行者が悪を行ったとは言えない。

殺人さえ相対的だと言ってしまったら、絶対悪はないか、と言うことになる。私はあると思う。戦争である。戦争ほど、なんの罪もない人が殺される出来事はない。どんな理由ではじめても、いわれなく多くの人々が、無惨な死を迎えることになる。それがブッシュには分からない。分かったとしても、正義のためならば許されると思っている。自分の正義だけで頭がいっぱいなのだ。

武力でイデオロギーの戦いをする人に、日本はいつまでついていくつもりなのですか、安倍晋三さん?

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2007年8月30日 (木)

中島潔の世界展,他

8月30日

朝青龍

朝青龍がモンゴルへ帰ったけれど、日本のマスコミは、まだ追いかけている。いい加減に放っておけばいいのに。

みのもんたはモンゴルに着いてからの朝青龍が、報道陣を巻いて逃げたことを非難している。朝ズバのゲストも、朝青龍がきちんと説明しないことを問題視していた。朝青龍のやったことはいろいろ問題があるとは思うけれど、精神を病んでいる者にきちんと説明しろと言うのは無理な話だ。それが出来るくらいなら、病気にはならない。

私は朝青龍を好きなわけではない。しかし、少なくとも今は精神を病んでいるわけで、その人を報道陣が外国まで追いかけていくなんて言うのは、ほとんどいじめだと思う。放っておけばいいのだ。

日本に帰ろうと帰るまいと、相撲に復帰しようと止めようと、どうでもいい。そう思う私は、本当は冷たいのだ。

中島潔の世界展

所沢ミューズに「中島潔の世界展」を見に行く。郷愁を感じさせる児童画を描く画家である。幼くして母を亡くし、再婚した父を許せず上京したという。幼くした母を亡くしたところは、私と共通する。そんな人間は童画を描きたくなるのかなあ。私の水彩画も、近ごろは童画指向だ。

排水管工事

排水管工事、わが家は今日で終わり。トイレは完全に設置され、剥がされた壁も修復されてクロスが貼られた。床もきれいになった。工事のためにトイレの吊り戸棚を外していたが、あとは私がこれを取り付けなければならない。取り付けなんて久しぶりだから、2時間やそこらはかかりそうだ。

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2007年8月29日 (水)

ぼんくら日記

8月29日

「ぼんくら日記」の「ぼんくら日記」。なにも書くことがないので、タイトルのつけようがない。

夏もようやく終わりに近づいたようで、今日の最高気温は30度以下。

世間では、安倍晋三が新内閣を作り、朝青龍がモンゴルに帰国した。あいかわらず、救いのない殺人事件が起きている。安倍さんも、朝青龍も、殺人者も、人間が壊れてる。

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2007年8月27日 (月)

匿名の責任

8月27日

ブログは簡単に匿名にすることが出来る。ぼんくらカエルも匿名日記を書いている。その匿名の度合いだが、初めのうちは完全匿名にして、知っている人が読んでも気がつかないくらいにしようと思った。ところが、これが難しい。無理にそれを通そうとすると、書くことがごく限られてしまう。そのため近ごろは、知っている人ひ読まれたら分かるのはしょうがない、という気持ちで書いている。自分を、とことん隠そうとは思っていない。

インターネットでは、匿名で他人の悪口を言うのが流行っているそうだ。卑怯なものだ。もともと無責任な悪口など言うべきではないが、私などは、ついうっかり言ってしまうこともある。だがそれを、匿名のインターネットに表示するというのは、けしってしてはいけない。べつだん道徳の先生ぶるわけではないけれど、自分の身を隠して、他人を誹謗中傷するのは、もっとも卑怯な行為である。不特定多数が目にすることの出来る状態で、裏の取れていない噂に便乗したり、気に入らない者を事実に基づかない噂で中傷したりするのは、匿名でやるべき事ではない。そのような行為は言論の自由とは無縁である。そのような意見を発表するようなサイトは、規制があってしかるべきだと思う。

なんだか、真面目になってつまらぬ事を書いているような気がする。だいたい平凡な正論などと言うものは、おおむね退屈なものだ。ただ、匿名には匿名の責任があると思うのである。匿名で悪口を書いて良いのは、公人(たとえば安倍晋三)などでしょうね。それだって、根も葉もないことを書いてはねえ・・・。

こんなことを書くと、自分で恥ずかしくなってくる。当たり前なことを真面目に書くから、恥ずかしいのである。本当はこの辺で、ずっこけてみたいのだが、まあ、止めておきます。

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2007年8月24日 (金)

配水管の取り替え

8月24日

ぼんくら日記

我がマンションはもう古くなったので、排水のための縦管を取り替えることになった。これは大工事で、1階から9階までの配水管を取り外し、新しいものに替えるのである。縦管だから、フロアーごとに工事をするのではなく、1階から9階まで、たとえば101号室、201号室、301号室という具合に、一桁の数字が同じ号室の工事を同時に行う。そして今日から私の号室になった。トイレを外し、その床板を剥がし、壁も1面だけ取り壊す。工事は9時から5時までで、全部で5日くらいかかるようだ。工事中は9時から午後5時まで、トイレが使えない。そのほか、すべての水回りが使えない日が2日くらいある。住んでいる方もなかなか大変なのだ。

管理人室のトイレ、作業者用の仮設トイレなどは使えるのだが、あまりそんなところに入りたくない。監督に鍵を預けて、適当なところで逃げ出す。今日の午前中は精障者作業所Mに行く。午後は特別養護老人で、こんな時は、ボランティアに行けることがありがたい。

つばさ、9月例会への投句。『つばさ』誌140号への出句。『つばさ』誌へ、青野三重子著、句集『折鶴』からの10句撰。

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2007年8月16日 (木)

とにかく暑い

8月16日

とにもかくにも暑い。この1週間、ボランティアも夏休みで、何もやることがない。それもまた暑さを感じさせる。

Tさんの仮刷りの本を持って、電車に乗る。行き先があるわけではない。暑くて家にいられないから電車に乗るのだ。稲荷山公園駅から、西武秩父行きの切符を買う。駅下のコンビニでビールとおつまみを買って入場。電車に乗り、やおら、仮刷りの本を開き、赤ペンで、添削やら感想やらを書き込む。Tさんの文章も、初めのころに比べれば上手くなったとはいうものの、正直なところまだまだである。

電車に揺られながら、ビールを飲み、読み、書き、ついついまわりの景色を見損なう。いつも見る景色とはいうものの、沿線の風景も楽しみの一つだ。

そんな具合で西武秩父駅に着き、秩父市内を散歩する。とは言っても暑くてたまらないので、30分くらいで切り上げて、帰りの電車だ。要するに、電車に乗るのが目的なのである。乗っている間は涼しい。

帰りも、赤ペンで書き込み。いつものように秩父の地酒の小瓶を買い、紙コップを一つもらって、ちびりちびりとやりながらだ。なんといっても、これが一番の楽しみだ。

狭山市で、熱中症の死者があったとのニュースあり。熊谷で40.9℃。日本の観測史上で最高を記録。これまでは山形の40.8℃が最高だった。山形の記録は、フェーン現象による特異な記録だったが、今回の熊谷の記録は、自然な日常の中で、でるべくして出たような気がする。地球温暖化で、この暑さが当たり前になってしまったのだ。

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