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2019年6月12日 (水)

入間川について

今日の絵

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        入間川

  風景画を描く場合、入間川だとか智光山公園だとか、全国的に言ったらマイナーな場所が多い。しかし江戸時代までは入間川はビックな名前でした。江戸時代の初め、荒川を入間川に合流させ、隅田川まで入間川系の川だったのに、荒川と名前が変えられてしまいました。入間川は荒川の支流になったのです。
  江戸初期は案外大きな土木工事が行われていて、利根川は鬼怒川と合流されました。そしてこちらも鬼怒川は利根川の支流になりました。入間川も鬼怒川も、下屋を貸して母屋を取られた感じ。
  改修までの利根川は関東平野を流れて、隅田川に合流していました。荒川は利根川の支流でした。大きな河川がいくつも東京湾に注いでいたわけで、八重洲や江戸城のまわりは湿地帯が多かったと思われます。さいたま市あたりには見沼田んぼというのがあり、湿地帯の名残です。東京駅あたりから大宮あたりまで、湿地帯があったと思われ、人が通るには便利な場所では無かったと思われます。
  その証拠が房総半島の上総、下総、という地名です。房総半島の先端は安房ですが、上総があって下総になります。、奈良、京都から見て上総の方が近いと考えられていたのです。東北方面に行く場合、三浦半島から船で房総半島に行くというのが当時の主な道で、現在の都心あたりは避けて通りたかったわけですね。
  内陸で行く場合は、現在の狭山市で入間川を渡ったようです。近くに顔振峠(コウブリトオゲ)というのがあり、静御前が義経を追って東北へ行くときの振り返り振り返り、関東との別れを惜しんだという伝説があります。

少し古い絵

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       稲荷山公園    2014年

気になる俳句

桑の実ややうやくゆるき峠道 五十崎古郷

 「やうやく」は「ようやく」と読んでね

ぼんくら俳句

   花菖蒲日傘と白を競おり
   緑陰に聞き上手いて語る人
   公園のせせらぎに橋桑みのる
   手をつなぎ麦わら帽子が橋渡る
   噴水の突然あがる高さかな
   噴水の突然止まる緑濃し




 

 

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