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2017年8月27日 (日)

根性ガマの油論

今日の絵

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  毎朝とは言えないが、一年で300日くらい絵を描いていると、描く種がなくなってくるんだよね。苦し紛れにこんな絵を描きました。絵を飾ってある壁ですね。

大和魂

  近頃は「大和魂」なんて言う人はいなくなりましたね。でも「根性」という人はいますね。昔の「大和魂」と同じ意味で使っているように思います。

  いつものことですが、今日も何か書こうというあてもなく、漫然とブログを開きました。さて、それからどうしよう。手元の手帳をぺらぺらとめくっていたら、「大和魂」「夏目漱石」なんて言葉が書いてありました。ああそうか、それを書こうというのが今日のブログ。

  先の戦争の指導者、東条英機は大和魂が好きでした。戦力の劣勢は大和魂で補う、というような考えの持ち主だったようです。圧倒的な戦力の差を精神力で対抗しようというのですから、冷静な理性を失っているとしか言えませんよね。
  少し話は変わるのですが、夏目漱石は最初の小説「吾輩は猫である」のなかで、大和魂についてシニカルな意見を言っています。苦沙弥先生が「○○に大和魂、○○にも大和魂、泥棒にも大和魂」てなことを言っています。例によって記憶で書いているのです。○○が何であったか覚えてはいません。ただ、泥棒にも大和魂といったことは確かです。とすると明治維新以後、ずっと、大和魂なんてことが言われていたんでしょうね。
  戦争中の標語、いろいろ思い出します。「討ちてしやまん」「一億一心火の玉だ」「八紘一宇」「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」「欲しがりません勝つまでは」「贅沢は敵だ」。いろいろあるねえ。そういえば「月月火水木金金」なんてのもあったよ。つまり、土曜、日曜は無いんだ。毎日お国に奉仕して働けということさ。
  圧倒的な戦力差に、大和魂では勝つことが出来なかったから、当然の結果、日本は負けました。
  それでもなお、庶民の間では、「日本は物量で負けたけれども、精神力では勝っていた」という人が多かったんです。ほとんど皆、忘れていますけどね。この場合、精神力とは何を指すかといえば「必勝の信念」というやつです。大人たちがそういうものだから、私も、精神力では日本が勝っていたのだと思っていました。
  その間違いに気づかせてくれたのが、数日前にこのブログでも書いた、南博・著『日本人の心理』(岩波新書)でした。理性を欠いた信念が、冷静な判断に勝っているわけがありませんよね。

  戦後はさすがにj大和魂という言葉を使うことは少なくなりましたが、根性論というのはときどき流行りますな。根性さえあれば何でもできるような理屈ですね。私はそのような現象を指して「根性ガマの油論」と名付けました。ガマの油というのは、皮膚に関することでは、何にでも効くんですよね。火傷、切り傷、湿疹など、あれに効いてこれに効かないということが無い、大変優れた薬です。

  こんな書き方をすると、私は、根性なんか必要ないと言っているようにとられがちですが、違いますよ。精神力が必要ないなんて言うつもりはないんです。精神力(根性)だけで何でも解決できるというような考えに反対しているだけです。

気になる俳句

秋風や書かねば言葉消えやすし 野見山朱鳥

ぼんくら俳句

   遠山は雲とまがいぬ秋の風
   入間川波きらきらと秋の風
   赤とんぼ釣り師の帽子に止まりけり


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