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2017年8月25日 (金)

空気を読む・忖度の論理

今日の絵

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  井の頭公園

  今日、水彩画の会。そこで描いた絵です。この絵を見てYさん、「井の頭公園みたいだね」。「へーえこれでで分かるんだ」。「子どものころ近くに住んでいたからね、井の頭公園で遊んでいたんだ。この絵で、どこだか、だいたい分かるよ」。

空気を読む

  前にも書いたかもしれない。私は図書館から5冊くらい本を借り、2週間以内にそれを読んで、返しに行ってまた5冊借りる。4週間で10冊読むみたいだけれど、そうではないよ。
  5冊借りたうち1冊くらいは、難しくて途中でやめる。あと1冊か2冊、つまらなくてこれも途中でやめてしまう。
  中には、読む前に、読む気をなくす本もある。例えば前回借りた
『集団になるとなんで人間は怠けるのか』だったかなあ、、もうはっきりした書名も思い出せない。著者も忘れた。これから読もうと思ってぱらぱらとページをめくっていたら、「難関の最高学府を出た人は、努力をした人だから頑張る人たちである。学歴の低い人は努力をしない人だから怠ける」みたいな意味のことを書いてあった。あほらしい。私は義務教育終了程度の蛙である。ばかばかしくて読む気がしなくなった。
  
  まあ、そんなこんなで、1月に読む本は4冊から6冊くらいです。義務教育終了程度であり、わずかばかりの年金で、ただ余生を送っている80歳のじじいが、そんなに本を読む必要なんてないんだよね。何だろうねこれは。単なる活字中毒かもしれない。

  ところで問題は「空気を読む」でした。

  今回、図書館から借りた本に『場の空気が読める人、読めない人』福田健著、PHP新書、があります。ハウツーものですね。どうしたら場の空気を読めるようになれるかという話ばかりで、空気を読みすぎる危険については何も書かれていない。そんなことは全然考えていないのでしょうね。
  近頃、忖度などと言う言葉が話題になりましたが、、私が忖度の論理などという言葉に初めて出会ったのは、戦後まもなく(60年くらい前)社会心理学者南博の著書『日本人の心理』(岩波新書)だったと思います。
  忖度というのは、空気を読むことなんですよね。空気を読んで「おもねる」ということです。山本七平だったかな、先の戦争も空気で決まったと言います。日本では重大なことは空気で決まると言います。
  安倍総理は加計学園について、「私は何の指示もしていない」という意味の言葉を繰り返しています。おそらくその通りでしょう。ただ、空気を作ればいいのです。空気ですから、誰にも責任なんかありません。総理の意向を感じさせればいいので、周りは勝手に忖度して、総理の意思に沿った決定をするわけです。

  空気を読むことが、無条件に良いわけではないのです。私は外国のことは本当は分からないのですが、日本人は繊細で他人の気持ちを推察する能力が高いと思います。大変優れた能力だと思いますが、権力者に対しては忖度の論理に陥りやすい欠点もあります。空気なんて、読めればそれでいい、というものではないのです。

気になる俳句

汗のシャツぬげばあらたな夕空あり 宮津昭彦

ぼんくら俳句

   絵筆とる汗吹きながら通い来て

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