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2016年10月20日 (木)

”道程”について

今日の絵

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ボラグループ「たけのこ」の定例会

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『道程』について

  高村光太郎の『道程』という詩は私の好きな詩の一つでした。

   僕の前には道はない
   僕の後ろに道は出来る

  何という自負の高さ。私などは光太郎の爪の垢を煎じて100杯や1000杯飲んだところで、足許にも及びしない。平凡な人間と光太郎のような人間との違いである。
  しかしその光太郎も第2詩集『ぼろぼろな駝鳥』では

  何が面白くて駝鳥を飼ふのだ
  動物園の4畳半のぬかるみの中では
  脚が大股過ぎるじゃないか

  と詠う。高村光太郎のいら立ちが聞こえてくるようだ。その光太郎も、戦争中は日本の戦争を賛美するような詩を作った。そのことを恥じて、戦後は7年ばかり岩手の山中に籠った。

  高村光太郎といえば『千恵子抄』が有名ですが、もちろんそれはすぐれた詩集ですが、私にとって『道程』は忘れられない詩です。
  ところがその『道程』最初に発表されたときは100行以上に及ぶ長大な詩だったようです。しかし今『道程』といえば、次の詩だと思われています。

  僕の前には道はない
  僕の後ろに道は出来る
  ああ、父よ
  僕を一人立ちにさせた父よ
  僕から目を離さないで守る事をせよ
  常に父の気迫を僕に充たせよ
  この遠い道程のため

 100行以上に及ぶ長大な詩は、インターネットなどでも探すのが困難なようです。
  その100行あまりを読んでみましたが、くどいですね。やはり『道程』は現在流布している詩で充分だと思います。でも、これは100行以上の詩の最後の引用だけれど、なんだか少し違うような気がする。3行目「ああ、父よ」は、現在流布しているのは「ああ、自然よ、父よ」では無かったかなあ。4行目は「僕を一人立ちにさせた広大な父よ」だったような気がする。

  いつも書いていることですが、私のブログなどはうろ覚えの知識をひけらかしたりしているだけだから、光太郎の詩なども、本当のところを知りたかったら自分で調べてくださいね。

気になる俳句

何も起る筈なしどこまでも苅田 佐坂鳴渦

ぼんくら俳句

  秋の野や頭を垂れて歩く人

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