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2016年8月14日 (日)

新聞の思い出

今日の絵

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  マラソンの福士選手

お坊さんが来る

  お坊さん、午前10時に来る。その少し前に次女が来る。いつもはお坊さんにお経をあげてもらっている時、私一人しかいないのだが、珍しく今日は違う。

  とはいえ昼にはまた一人だ。捨てようと思って押し入れから出して置いたものの中から、長女や次女が残しておいて欲しい物があれば、と思ったのだが、長女は「私に関するものはすべていらない」といい、次女は孫の読ませる絵本や物語だけを持って行った。物のない時代に育って、何も捨てられない世代の私などとは違うんだよなあ。

新聞の思い出

  物のない時代と書いた後で、ふと、新聞のことを思い出しました。
  私に知る戦後すぐの新聞は2ページだけでした。間もなく
4ページ、つまり今の新聞一枚分になりました。
  その頃になっても読み終わった新聞はまだりっぱな財産で、弁当などを包む紙として利用しました。当時の意弁当箱は気密性は低いから、おかずの汁が漏れたりして新聞紙が黄色く変色したりします。
  そうなっても、まだ古新聞は財産なのです。適当な大きさに切ってトイレの落とし紙になりました。さもなければ、七輪や竈や風呂の焚きつけとして利用されました。
  今の人は火を熾すのが下手ですね。キャンプの心得として火熾しの方法を習ったりするようですが、習った人でも下手です。昔は小学校の低学年でも、火熾しの方法くらいは知っていたんですけれどね。
  私はパソコンは下手だし、スマホだのなんだの、何にもわかりませんから、どっちもどっちもってことですな。

気になる俳句

啞蝉も鳴く蝉ほどはゐるならむ 山口青邨

ぼんくら俳句

   落ち蝉の隣に轢かれ死んだ猫






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