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2016年6月11日 (土)

豚児

今日の絵

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智光山公園の菖蒲

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豚児

  今は言わなくなったけれど、昔は庶民は自分の子供を卑下して豚児などと呼んだ。

  話は飛ぶ。江戸時代には庶民が正面切ってお上を批判することなどは出来なかった。そこで、落首などを書いて批判した。
  先の戦争中は、やはり軍部の批判などは出来なかった。こっそり落書きで批判するようなことはあったようだ。父が「竹槍でB29は落とせない」といった詩の落書きを見つけて、手帳に書き写してきた。私が小学校(当時は国民学校)1年の時だ。幼かったのになぜかそのことを覚えている。
  我が家は実に頻繁に引っ越しをした。生まれたのは秋田だが、2歳の時には東京にいた。物心ついたのは市ヶ谷にいた時だ。今は新宿区だが、当時市谷は牛込区だった。
  子どもには、わざと乱暴な言葉を使ったり、変なことを言ったりして、親の反応を見る時期があるものだ。そのころ次のような囃し言葉をおぼえた。〈火事はどこだ、牛込だ。牛の金玉丸焼けだ〉。
  その後、我が家は足立区の小台にに引っ越し、さらに母は私と弟を連れて郷里の秋田に疎開した。そこで敗戦を迎えた。
  あの歌を覚えたのはまだ市ヶ谷にいるときだったと思う。意味も何も分からず、ただ面白がって唄っていた。

 昨日生まれた豚の子が
 蜂に刺されて名誉の戦死
 豚の遺骨はいつ帰る
 ×月×日の午後3時
 豚の母さん悲しかろ

  ×月×日のところはどんな数字だったか忘れてしまった。メロディーは「山のさびしい湖にひとり来たのは悲しい心」でおなじみの『湖畔の宿』である。確か高峰三枝子だったよね。
  明らかに戦争批判の歌ですよね。誰かが作って誰かに教え、どこでどうなったのか、子供の私が訳も分からず歌っていた。どのみち広く歌われたものではない。陰で
、こっそりとうたわれただけだ。今時こんな歌を知っているのは私くらいかもしれない。だから、こんなささやかなブログですが、書いておきたいと思いました。

気になる俳句

 砂山に泳がぬ妹の日傘見ゆ 日野草城

ぼんくら俳句

   紫陽花や湖畔のベンチに蝶とまる
   対岸の一人は白い日傘なり


























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