« 2016年5月 | トップページ | 2016年7月 »

2016年6月30日 (木)

人の命に限りあり

今日の絵

Img223_2

 遠い記憶 人物は亡妻と次女

  言う必要もないのだけれど、この絵が亡妻と次女だなんて、当の次女だってわかりはしない。描いた私だけが分かる。だから「遠い記憶」

  長女の連れ合いの父親が亡くなられたとの報あり。あの夫婦、奥さんは本当にご主人を愛していたという印象がある。奥さんの悲しみいかばかり。
  誰でも最後には死がある。つぎは…私かも。
  そう思うとこの絵もねえ。今では次女がこの絵の母親の位置にいるよ。

  午後。1丁目自治会の暇人クラブ。マ

ージャンなど。

  これを書いている今、安倍総理が参議院選のテレビで演説をしている。虚しいなあ。

気になる俳句

 若竹や衣踏洗ふいささ水 兀峰

  『古句を観る』柴田宵曲著より。「衣踏洗ふ」は「きぬふみあらう」。つまり、衣服を踏み洗いするということ。

ぼんくら俳句

    逝く人は時を選ばず濃紫陽花 




| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月29日 (水)

イラスト完成

今日の絵

Img222
   奥日光です

イラスト完成

  七夕祭りの行燈にはるつのパーツ。

001

002

003

004

005

 雨に濡れてもいいように絵具はアクリル絵の具。実はアクリル絵の具は白を少しだけ使ったことがあるが、ほかは初めて。手持ちの色は白、黒、赤、茶、黄、緑、青しかない。下手な絵を何とか完成させました。

気になる俳句

 花の雨鯛に塩するゆうべかな 仙花
 鶯やついと覗てついとゆく   白雪

  ともに『古句を観る』柴田宵曲著より。

ぼんくら俳句

    荒梅雨やはたして補聴器買うべきや









| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月28日 (火)

七夕まつり準備

今日の絵はありません

やってることは昨日の続き

  七夕飾りで使うイラストつくり。一部色付け。雨に打たれても色が落ちないように、アクリル絵の具を使う。ただし、色数は6色くらいしかない。アクリル絵の具は、部分的にほんの少し使うことはあったが、アクリルを主体に描くのは初めて。

気になる俳句

 肩もみてともに眠るか春の雨 百洞

   昨日に続き『古句を見る』から。肩をもんでもらっている人がいい気持ちで眠くなる。もんでいる人にも眠気が差してきた。老夫婦かな。のどかな春だものね。

ぼんくら俳句

   荒梅雨やピーポピーポと救急車

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月27日 (月)

ジャガイモ掘る

今日の絵

Img221
  栃木市うずま川です。漢字では巴波川。読めませんよね。三つ巴という紋がある。あれは渦と言えるだろう。波が渦を作る。そこで「うずまき川」。「うずまき」の最後の「き」が省略されて「うずま川」・・・どうかな、この推理は?

ジャガイモ掘り

  精傷者作業所「みちくさ」へ。みちくさの畑のジャガイモの収穫。あまり出来がいいとは言えないが、ジャガイモを作りました、と言える程度の収穫はあった。
  ナス、トマト、シソの葉を収穫。

七夕準備

  午後は問題の、七夕の行燈に使うイラストつくり。部屋いっぱいに行燈の大きさに張り合わせた紙を広る。五輪マークは使えないのだから、構想を変えなければならない。円に変えて、四角く切った紙を五枚、行燈に並べてみる。そして大きさを調整。上段に3枚、下段に2枚。上段の真ん中を少し縦長にしてみる。それぞれ角を切ったりして完全ではないが、ほぼ四角形の外枠を決定。
   あとはいよいよイラスト描き。一通り描いてみたが水泳以外は満足できない。しかし今日はこれでおしまいにする。

気になる俳句

 散花や猫はね入てうごく耳 什佐

  季節外れですが、柴田宵曲著、岩波文庫『古句を観る』より。元禄期の無名あるいは無名に近い俳人の句から、著者が拾い上げた俳句集。したがって、この句は今日取り上げなければ、二度と目にすることはないと思われる。
 「散花」で「散る花」と読ませるようです。はじめ「猫跳ねる入って」と読み???でした。実際は「猫は寝入って」でした。

ぼんくら俳句

   ジャガイモ掘るどれも不細工ごろんごろん


  





| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月26日 (日)

栃木市の散歩

栃木市の散歩

  歩く会、Tさんの案内で栃木市の散歩。参加10人。7時6分狭山駅発。いろいろ乗り換えて、9時22分栃木駅着。
  栃木駅―神明宮ー山本有三記念館ー油田味噌―代官屋敷、岡田記念館別邸(翁島)-うずま○○公園―栃木駅

  川越と供に、ここも小江戸と呼ばれ蔵の街である。川越の場合は狭い範囲にびっしりと蔵作の家が並ぶが、栃木市の場合は点々と蔵造りの家があるという感じ。街の作りが間口の割に奥行きが深い感じで、まあ、税金対策だったんだろうなと思わせる。川越に比べると、ゆったりとした感じの蔵造の家が多い。
  山本有三記念館では写真を撮りませんでしたが、入館し館長(?)の説明を受けました。『路傍の石』で有名な山本有三はこの地の出身だったんですね。教科書に載っていた、「心に太陽を持て/唇に歌を持て/そうすれば何があろうと平気じゃないか」という一節を覚えていた詩。山本有三の訳詞だったんですね。
  戦後、参議院が良識の府だと言われた時代、どの政党にも属さず、緑風会という会派があり、その文化人代表みたい
な人が山本有三だったような記憶があります。当用漢字や現代かな遣いを定めるのに力を注いだ人という記憶もあります。

001
  画面に変な光が入ってしまった

007
  蔵造りではないが古い家並み

008

010
 油田味噌。味噌漬けなども売っています

012
 岡田記念館(代官屋敷)、別邸入り口。うずま(巴波)川の水を引き別邸を取り囲み翁島と称した。大正時代に作られたらしい。

014
 別邸外観。中での写真は撮りませんでしたが、金を惜しまず作られている。たとえば、廊下の床。幅90センチ長さ12メートルの欅の1枚板が使われていたりする。襖(と言っても、板戸)は、目の込んだ杉の一枚板。芯去り材である。襖の倍以上の太さの杉でなければこんな一枚板は採れない。まさに、金に糸目をつけなかった証だ。
 「越後屋、お主も悪よのう」
 「お代官様、なにをおっしゃいます」
なんてことを想像したりするのは、こちらが下司だから。

  これ以上の画像の挿入には問題があるようです。明日以後機会があれば、写真と文の続きを載せます。

気になる俳句

 部屋ごとにしずけさありて梅雨きざす 能村登四郎

ぼんくら俳句

    濡れ土につゆ草咲きぬ畑の縁
    とうとうと六月の水流れゆく

   


 













| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月25日 (土)

五輪のマーク

今日の絵

Img220

    石神井公園です

昨日も今日も忙しい

  7月1日までに七夕の行燈の絵を完成させなければならない。明日は歩く会、27日はみちくさ。29日は消防8所がマンションに来るようだ。私はこのマンションの防火責任者ということになっている。
  昨日、夕食後、俳句大会の案内書を封筒に止めたり、風という二重所のラベルを張ったり、その他必要の諸々を行って、気が付いたら12時を過ぎていた。
  今朝はまだ印刷すべきものがあったので、食事をしながら印刷。昨日の続きの作業。終わって、投函して帰ってきたら11時過ぎ。
  とりあえず1時間は休憩ということにする。

七夕準備

  イラストを描く行燈の大きさは、縦128センチ横157センチ。かなり大きい。模造紙を買ってきて継ぎ足したりしながら実際の大きさの紙を作る。我が家の居間は狭くてごちゃごちゃ物を置いているから、この紙を床に置けば、足の踏み場もなくなってしまう。しかし大きさが決まらなくては何もできはしない。
  昨日の会議ではここに五輪のマークを描いて、その輪の中に、聖火台、重量挙げ、体操の十字懸垂、水泳、車いすマラソン
のイラストを入れるというものだった。
  五輪マークの色と並び方を調べるつもりで、インターネットで検索したら、五輪のマークは無暗に使えるものではありませんでした。ちゃんとした許可を得たうえでなければ、使うことはできないのだそうです。無許可で使えば法律によって罰せられるんだってさ。
  ガーン。まいったね。もう一度会議なんていう余裕はない。V連会長に電話して,仕様を変えることを了承してもらう。他の人には事後承諾だ。
  図書館で探しても、ぴったりのイラストとかスポーツ写真集なんてものは見つかりませんな。まあ、何とかするしかない。何とかなるでしょう。今日はそれでおしまい。

気になる俳句

 幟出す雨の晴れ間や時鳥 許六

ぼんくら俳句

   荒梅雨や老いの頭は晩まで持たぬ




| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月24日 (金)

老人も時には忙しい

今日の絵

Img217

  能登半島。昔撮った写真から。

七夕のテーマを決める

  社協会館前に飾る七夕祭りのテーマを決める会議。そして社協前に飾る行燈の絵をどうするかという会議。デザインは会議で決めて、その絵を現実のものとするのが私の役目。7月1日までに基本的なことは完成させていなくてはならない。

V連世話人会

  七夕のテーマを決める会議の後、狭山市ボランティア団体世話人会の会議。

俳句大会の案内状

  朝昼晩、合間を縫って、俳句大会案内状送付先の住所氏名のラベル、案内状、投句用紙の印刷などを行う。そして、封筒を買い、切手を買い、明日の朝から発送作業にかかれるようにする。

図書館へ

  七夕のテーマのイラストを描くため図書館にイラスト集の本を探しに行く。目ぼしいものはない。
写真集などを探してみるが、これも,これはというのは無いんですねえ。インターネットで見つけることにする。

山の会と歩こう会

  8月の山行で、歩こう会の人たちでも行けるようなコースを選び、その流れで一緒に暑気払いをするのはしどうか、というメールや電話もあり、それもいいだろうと返事をする。
 後期高齢者としては、むやみに忙しい1日でした。

絵の会

  今日は絵の会でしたけれど、行く余裕はありませんでした。本来ならば欠席の電話を入れておくべきでしたが、忘れちゃった。

日曜日

  次の日曜日、歩こう会で栃木市を歩きます。これから数日、忙しいのだけれど、これは行きますよ。忙しくたって、楽しみは捨てない。

今日

  そう。今日の楽しみは、これからの酒。

気になる俳句

 水馬休めばすぐに流される 三島晩蝉

  俳句の世界ではミズスマシとアメンボウを混同したものが、多くあります。高浜虚子が混同していたから、その後の俳人は混同してもいいことになってるみたい。場合によっては、無暗やたらと言葉にうるさいのにね。水馬はアメンボウ。角川書店の『合本俳句歳時記』でもミズスマシとアメンボウは同じ項目で出てきます。

ぼんくら俳句

   くるくると小雨の中のミズスマシ」

 






| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月23日 (木)

名簿作り

今日の絵

Img216

 これも奥日光です

午前、午後

  午前はボラグループの定例会。午後は地元老人会の、いわば暇人クラブ。集会所で麻雀や将棋をやる。

俳句大会の案内状を送る名簿作成

  夜、これまでの名簿から5人を削除し、20人を加える。
  明日は一日中用事があるし、案内状発送は土曜日になる。

気になる俳句

 梅雨のけふ田植ゑてみどり深くする 森澄雄

ぼんくら俳句

   荒梅雨や奴め私を避けている


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月22日 (水)

西武秩父へ

今日の絵

Img215

  以前、奥日光で撮った写真から

川越へ、そして西武秩父へ

  川越で画材を買う。スケッチブックと水彩絵の具をⅠ本。
  これで用は済んだのだから、帰ればいいのだけれど、なんとなくその気がしない。方向転換して西武秩父に行くことにした。我ながら、変な方向転換だなとは思ったけれどね。
  普通、川越から西武秩父に行くとすれば、西武線で所沢に行き、そこで乗り換えて目的地ということになる。しかし私はいったん狭山市で降りて、バスで稲荷山公園へ行き、そこから西武秩父に向かう。その方が少し安いということもあるし、時間も早いということもある。しかし1番の理由は他にある。
  稲荷山公園から秩父に行くには、飯能で西武秩父線に乗り換えることになる。西武秩父線は、4人掛けのボックス車両である。今日は天気が悪いし、ウイークデーだから、そんなに混むことはあるまい。4人掛けボックスに一人で座ることができるだろう。そこでのんびりと本を読んだり、車窓の風景を楽しんだりしながら、酒を飲むことができる・・・つまり、電車のなかっで酒が飲みたいんだよ。そのためには、1度電車を降りてコンビニで酒とおつまみを買う必要がある。だから狭山市で降りたのである。
  そこで問題の西武秩父線。私はゆったりと4人掛けのボックスを独り占めすることができた。と思ったんだけれどね、私の乗った車両に20人ばかりの爺婆の団体がにぎやかに乗り込んできた。私の前も後ろも横も、団体さんに占領された。私は4人分の料金を払っているわけではないから、そこに座ろうという人がいたら、「どうぞ」という以外にない。
  いやあ、賑やかでしたねえ。酒なんか飲んでる場合じゃないよ。皆さんはお弁当食べたりしてました。

  秩父の街を少し散歩して、帰りはもちろん酒を飲みましたけれどね。

気になる俳句

 梅の木の心しづかに青葉かな 一茶

ぼんくら俳句

   谷沿いの家々山に上りゆく

   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月21日 (火)

俳句夏季大会の準備

今日の絵

Img211

俳句夏季大会の準備

  つばさ俳句会・踏青俳句会合同の夏季俳句大会の準備を始める。と言っても実際は、案内状を書いて、発送すべき人の名簿を整理したことくらいです。案内状を発送すべき人の中には、知らぬうちに故人となられた方もいたりするので、Мさんの目を通してもらうことにして、名簿を発送する。
  今日の仕事はそれでお仕舞。あとは例によってゴロゴロしていました。

気になる俳句

 金借りに
鉄扉重しや夏至の雨 角川源義

ぼんくら俳句

   夏至の日の出水植田を覆いけり





| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月20日 (月)

こうして人は衰えるのです

今日の絵

Img210

足が重い

  精傷者作業所の「みちくさ」にボランティアに行って、昼で帰る。あとは家でゴロゴロして過ごす。本を読んだり、数独をしたり。膝の痛みはないが、違和感はある。歩いても足が重い。外出が億劫。これではならずと買い物だけには出。だけど、それだけ。
  
こうして人は衰えるのです。

気になる俳句

 朝日匂ふ卓へ濡れ手で出すトマト 金子篤子

ぼんくら俳句

   飛行機行く色付きそむるミニトマト

  「みちおくさ」の畑です。畑は今、雑草との戦い。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月19日 (日)

気分次第

今日の絵

Img209
  摩利支天(顔降峠近く)からの風景

行かずの弁

  つばさ俳句会の指導者のひとり、桑原三郎先生の講演会が、今日、玉川大学で行われました。誘われましたが、私は行きませんでした。このごろ会議とか講演会とかは、なるべく行かないようにしています。
  先日の中学校のクラス会で、誰かが話をしているときに、耳の遠い私が、「俺はあれが、何を言っているんだか分からないんだよなあ」と言ったら、隣にいた女性が「私もそうよ。でもね、いいのよ、たいしたことは言っていないんだから」と言いました。まあ、そんなもんです。

読む本は気分次第

  私は毎日新聞を取っています。何で毎日新聞なのかについては一言ありますが、ここには書きません。私はその毎日新聞で、日曜日の書評欄を最も熱心に読みます。
  今日の書評欄で気になった本は『渡辺京二』三浦小太郎著、言視舎。『オープンダイアローグ』ヤーコ・セイックラ、トム/エーリック・アーンキル著、高木俊介、岡田愛・訳・日本評論社。『気になる科学』元村有紀子著、KADOKWA中経の文庫。などです。
    去年までだったら書評の切り抜きを持って、川越の紀伊国屋書店に駆けつけるところですが、今はやりません。読む本は図書館で借りると決めています。買うとしたら、本代だって馬鹿にならないんだ。問題の本を読まなくたって、図書館に行けば本は幾らもあるからね。
  ちなみに。今日借りた本。『真夜中の太陽』米原万理。『ウソツキクラブ短信』河合隼雄。『続、大人の流儀』伊集院静。『ブロバンス水彩紀行』司修。などです。どの本も書評欄などで取り上げられていない本です。すべて図書館で本を眺めて選んだもの。初めからこれを借りようと思っていたものは何もありません。
  書評欄の3冊、この先読むか読まないかは、書店や図書館での出会い次第です。とにかく先は短いのです。専門があるわけではないので、どれを読んでどれを読まないかなんて、出会いとその時の気分次第です。

  もう80歳になろうというのですからね、やるもやらないもすべて気分次第なのです。今さら義理もヘチマもありません。

気になる俳句

 緑陰にいのちいたはる膝そろへ 林翔

ぼんくら俳句}

   緑陰の縁台将棋ワンカップ
   緑陰の3人それぞれワンカップ
   飛行機の音のみがして木下闇
   低く飛ぶ白蝶一つ木下闇
   凌霄花激しく揺れる花もあり
   植えし田の一枚ごとの広さかな

  奥富あたりの植田一枚の広さに、びっくりしました。昔だったらあんなに広い田んぼなんて無かった。1枚で1町歩もありそうな広さだ。

  
  


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月18日 (土)

6月つばさ俳句会

今日の絵

Img207

  雨上がりの山道 旧正丸峠登山道

つばさ俳句会

私の投句

 マイジャンパイつるんとすべり梅雨に入る
 蓮の池ゆるゆる伸ばす亀の首
 昼顔やビニール袋が飛んでくる
 若葉風シャッターチャンスを逃しけり
 あじさいや酒よ旨かれ逝く日まで

私の選句

 ころころと変わる天気の薄暑かな 渋谷みつ子
 飛んできてこんな所にポピー咲く 長谷川浩子
 子燕や集札箱に切符入れ     横山かつ代
 ぼうたんや日記に朝の夢のこと  桑原三郎
 走り去る道のありけり夏の月   今坂柳二
 雲海の静かや父母に逢えそうな 横山かつ代
 父の日やごむの合羽は強張りぬ 斉藤京子
 とぎ汁の米粒流れ青葉木菟    横山かつ代
 汲み置きの水の泡立つ日焼けかな 斉藤京子
 人殺も元兵士の五月闇       宮井洋子
 麦秋の土蔵を壊す土煙       桑原三郎

高得点句

 父の日や白い合羽は強張りぬ 斉藤京子
 麦秋の土蔵を壊す土けむり   桑原三郎
 桐咲朝日さし入る谷の家    桑原三郎
 芒種かな拭きては洗ふ顔でこぼこ 斉藤京子
 オクラ畑の辺りで走りらしくなり 今坂柳二
 ぼうたんや日記に朝の夢のこと 桑原三郎
 昼顔やビニール袋が飛んで来る かえる
 とぎ汁の米粒流れ青葉木菟  横山かつ代

 
 



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月17日 (金)

山行・伊豆ヶ岳

今日の絵はありません

山行・伊豆ヶ岳

  正丸駅ー旧正丸峠-川越山ー正丸山―正丸峠―小高山ー大倉山―正丸駅

  同行4名。私は膝の不安を抱えながらの登山。もし下山中にこの前のような膝の痛みに悩まされるようっであれば、もう山はあきらめるか…というくらいの覚悟だった。
  幸い、そんな痛みはこなかった。それにしても、山は、もう長くはないなあ。

006

009

013

              012

気になる俳句

 霧をゆき父子同紺の登山帽 能村登四郎

ぼんくら俳句

   膝通を抱えて登る夏の雲













| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月16日 (木)

書くことは・・・

今日の絵

Img206

書くことは

  書くことはパソコンを立ち上げてから考える場合が多い。そして今日は書くことがないというい云う訳を書く。
  舛添さんのことを書く気にもならないし、イチローの記録については「よかったね」と言ってお終い。そういえば12歳の卓球少年、すごいのが出たんだってね。

  今日やったことを順番に書いても仕方がないけれど、午前中は社協に事務的な手続きに行く。午後、自治会館で老人会の暇つぶし麻雀。

気になる俳句

 首伸べて母校一瞥立葵 川本けいじ

ぼんくら俳句

   飲むほどに揺れのやまざる立葵

  大岡信の『瑞穂のうた』によれば「酒を詠んだ場合、短歌の方が俳句よりも記憶に残る作品が多いような気がします」だそうです。それで酒の句を作ってみようと思いました。記憶に残るようなものは出来ませんけれどね。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月15日 (水)

智光山公園の薔薇

今日の絵

Img204

新聞の折り込み広告の写真から

023

024

025

  バラ色というのは薄いピンクだと思っているけれど、実際のバラは豊富な色を持つ花だね。そういえば「バラ色のバラもあるなり薔薇の園」なんていうふざけた俳句を作ったことがあったっけ。
  薔薇を見ると思い出す北原白秋の詩がある。

   薔薇は朱鷺いろ ほんのり紅い

  漢字や仮名の使い方はたぶん違っているでしょう。うろ覚えで書いています。私の書くものなどあまり信用してはいけません。なにかの詩なりフレーズなりを引用するとき、いちいち原典に当たって確かめるなんて面倒なことはしていません。

気になる俳句

 旅人に沙羅の花ちる船着場 稲垣きくの

ぼんくら俳句

   あたもなき電車の旅や沙羅の花

  頭で作った句ですね。でも、放浪したいみたいな気持ちはあることはあるんですよ。ぽかぽかした天気のいい日ばかり続くならね。以前こんな句を作りました。「放浪をしたいと思う春炬燵」。つまり夢想するだけです。













| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月14日 (火)

どうでもいいことを書いています

昨日の絵

Img202

  狭山市の乗馬クラブのPR写真から。馬ってえのはこんなに顔が長かったかねえ。

今日の絵

Img203

  智光山公園の菖蒲園です。花をもう少し丁寧に描けばいいのかもしれませんが、いかに手抜きをするかというのが私の絵なのです。

口直しに智光山公園、菖蒲園の写真

004

018

002

020

006_2

    奥に咲いているのは紫陽花です。

  近頃私のブログを見てくれている人は、多い日も少ない日もありますが、100人から300人くらいです。毒にも薬にもならないことしか書いていないんですがね。ほぼ毎日、へたくそな絵を載せているところが特徴かな。写真は手振れだし、俳句はおざなりだし、読んでくれる人にはご苦労さんと言いたい。

気になる俳句

 石榴咲く市井にかくれ棲みにけり 高橋淡路女

ぼんくら俳句

  ベンチより日傘が立てば男も立つ
  ひたぶるに汗吹く日なり何食はむ(旧作)
  ザクロ咲く朱筆の点の点々と(旧作) 






























| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月13日 (月)

またブログが消えました。もう嫌

| | コメント (0) | トラックバック (0)

nani

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月12日 (日)

早起きした日は

今日の絵はありません

早起きした日は

  6時前に起きて、6時には食事をしていました。山の会の山行日だったのです。早く起きましたが、私は山には行きません。膝の痛みが完全に取れているとは言えないからです。行けば行けるとは思うのですが、階段を降りるときにまだ違和感があります。
  しかし、集合場所には出かけました。来月の山行は私の担当。そのパンフレットと、歩く会担当のТさんから預かったパンフレットとともに配るためです。途中で会ったHさんに配布を託して帰りました。
  それからの時間が長いですね。普段はやらない抽斗の片づけをして、もう昼頃だろうと時計を見ると、まだ10時。山へ行っていれば、時間が長いなんて感じないのにね。

気になる俳句

 樹も草もしづかに梅雨はじまりぬ 日野草城

ぼんくら俳句

   早起きの一日長し夕薄暑

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月11日 (土)

豚児

今日の絵

Img201

智光山公園の菖蒲

001

008

015

019

豚児

  今は言わなくなったけれど、昔は庶民は自分の子供を卑下して豚児などと呼んだ。

  話は飛ぶ。江戸時代には庶民が正面切ってお上を批判することなどは出来なかった。そこで、落首などを書いて批判した。
  先の戦争中は、やはり軍部の批判などは出来なかった。こっそり落書きで批判するようなことはあったようだ。父が「竹槍でB29は落とせない」といった詩の落書きを見つけて、手帳に書き写してきた。私が小学校(当時は国民学校)1年の時だ。幼かったのになぜかそのことを覚えている。
  我が家は実に頻繁に引っ越しをした。生まれたのは秋田だが、2歳の時には東京にいた。物心ついたのは市ヶ谷にいた時だ。今は新宿区だが、当時市谷は牛込区だった。
  子どもには、わざと乱暴な言葉を使ったり、変なことを言ったりして、親の反応を見る時期があるものだ。そのころ次のような囃し言葉をおぼえた。〈火事はどこだ、牛込だ。牛の金玉丸焼けだ〉。
  その後、我が家は足立区の小台にに引っ越し、さらに母は私と弟を連れて郷里の秋田に疎開した。そこで敗戦を迎えた。
  あの歌を覚えたのはまだ市ヶ谷にいるときだったと思う。意味も何も分からず、ただ面白がって唄っていた。

 昨日生まれた豚の子が
 蜂に刺されて名誉の戦死
 豚の遺骨はいつ帰る
 ×月×日の午後3時
 豚の母さん悲しかろ

  ×月×日のところはどんな数字だったか忘れてしまった。メロディーは「山のさびしい湖にひとり来たのは悲しい心」でおなじみの『湖畔の宿』である。確か高峰三枝子だったよね。
  明らかに戦争批判の歌ですよね。誰かが作って誰かに教え、どこでどうなったのか、子供の私が訳も分からず歌っていた。どのみち広く歌われたものではない。陰で
、こっそりとうたわれただけだ。今時こんな歌を知っているのは私くらいかもしれない。だから、こんなささやかなブログですが、書いておきたいと思いました。

気になる俳句

 砂山に泳がぬ妹の日傘見ゆ 日野草城

ぼんくら俳句

   紫陽花や湖畔のベンチに蝶とまる
   対岸の一人は白い日傘なり


























| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月10日 (金)

白犬はいかにして黒犬となるか?

今日の絵

001

白犬が黒犬になるわけ

  この絵は今日の水彩画の会で描いたもの。人間と犬と石橋は、家でえんぴつのあたりを付けて置きました。
  富士見公民館の教室で、さて描こうと思ったら、写真を忘れてきたことに気が付きました。細かいところまで描いているわけではないけれど、鉛筆であたりを取ってあったので、写真などなくても描けるでしょう。
  人間、犬、橋を
ペンで線描きする。すぐに色塗り。正確に描こうとか、精密に描こう等という気はもともとない。あとは記憶をたよりにどんどん描き進める。そして完成寸前、決定的な失敗に気がつく。何と、人間と犬が橋の上に乗っていない。橋の向こう側を歩いているのだ。だから男性も女性もズボンの先を伸ばして橋に乗せた。ちょっと足が長くなったが、まあいいでしょう。ズボンの色を黒くすれば橋の向う川の縁石が隠れる。
  問題は犬である。白犬では縁石を隠すことができない。それで、やむを得ず黒犬にする。ところが今度は馬のように脚の長い犬が出来上がってしまった。解決する方法は一つ、犬を肥満にするしかない。
  こうして描きあげたのがこの絵です。

気になる俳句

 麻痺の眼に地上の緑かぎりなし 鍵岡勉

ぼんくら俳句

   白犬も黒犬もいる青葉かな
   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月 9日 (木)

足袋と職人

今日の絵

Img195_2

狭山ケアセンター

  老人介護施設ケアセンターに行きました。例によって、私は手品と紙切り、話し相手。私は月に1回しか行きませんけれど、待っていてくれる人もいる。

足袋と職人

  昔、『訪問者たち』という随筆集を出版したとき、その巻頭に書いたのが「旅と職人」という、随筆というか、エセーというか、ま、そういう文章だった。今回は「タビ」は「タビ」でも「足袋」の方である。
  私はいくつかの職種をごく短い期間に転々と変わり、16歳の秋、琴職人の見習いになった。そこで教えられた先輩職人の言葉に、「職人は身分は低くても、どんな人のお屋敷にだってうかがわなくてはならない。そんな時、汚れた足袋で畳の上を歩くようではいけない。継ぎは当たっていてもいいから、いつもきれいな足袋を履いていろ」というのがあった。
  そんなわけで、仕事中は足袋を履いていた。家でも足袋を履くことが多かった。何時も奇麗だったかどうかということになると、いささか疑問がある。
  足袋となればその下に履くものは下駄か草履である。職人だから雪駄という手もあるのだが、あれは主として私より前の世代のもの。下駄も私は好んで履いたが、道が舗装されているので、履いて快適というわけにはいかない。鼻緒付き草履型のサンダルを愛用するようになった。
  私が履いたのは、高齢の建築職人が好んで履いたサンダルである。
釘などを踏んでも柔らかいサンダルの裏に吸収してしまい、その足で板張りの床を歩いても、床を傷つけることがないすぐれものである。ところがそのサンダルは、道を歩けばサンダルが小石を吸収してしまう。だから時々サンダルから釘や小石を穿り出さなければならないという欠点はあった。でも、履きやすいんだよね。

  私は職人を離れて18年。足袋を履くことはなくなりました。いつも靴下です。しかしサンダルは昔ながらの物を履いています。靴は山に行ったり遠くに出かけたりする時のしか履きません。
  しかし、そのサンダルがなかなか買えなくなりました。どこの履物屋でも置いていないのです。今は建築現場の人も、靴下と靴でしょう。建築現場でも、正式な履物は靴で、サンダルなどは認められていないのだろうと思います。釘や異物を吸収してしまうサンダルがあったことなど、誰の意識にも上がらないのでしょう。
  おかげで私は、自分で履くサンダルを見つけるのに苦労をしています。

気になる俳句

 たくはへて自ずと古りし梅酒かな 松本たかし

ぼんくら俳句

   膝痛に山行どうする冷し酒





| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月 8日 (水)

車座って何だ?

今日の絵

Img194
   毎日新聞の今朝の写真から

よかった!

  北海道で置き去りにされた小学生が無事に発見されたというニュース。ストーカーに刺傷された女子大生の意識が戻ったというニュース。とりあえずよかった。心の傷や体の傷の残るとは思うが…。

こぶし福祉会「かすみ川食堂」へ。

  包丁研ぎ。本当は昨日行くはずだったが、病院通いで遅くなり、行けなかった。なにしろ3時までだからね。ついでに、リバー
サイドから I さんに送付する物があるというので、私が I さんに送るはずだった原稿も、一緒に送ってもらう。実は I さんの住所を書いた手帳、探したが見つからなかった。近頃探し物が多いんだ。呆けの証拠だよ。

車座について

  大岡信の『詩をよむ鍵』を読んでいる。その中に「車座社会に生きる日本人」という章がある。
  大岡信の乗った国際線の飛行機の中で、旅慣れた感じの男女7-8人の日本人が、前の席の人の背もたれを倒して、車座になりトランプかないかをやっていたというのである。そこから大岡信は、日本人は何かというと車座になりたがること、車座の中は和気あいあいで何事も許しあうが、車座の外の人間には全く無関心っであるなどと論を進める。なるほどそうですね。
  日本人の作るグループの閉鎖性と排他性、俳句や短歌の結社の状態。その閉鎖性を超えようとする動きなどに論は進むのだが、私は他のことが気になった。
  この章を読みだして私がすぐ思ったのは、江戸時代の百姓一揆である。一揆の参加者の名前を書くとき大きな紙の中央に円を書き、それを囲むように名前を書いたものがあったという。誰が中心か、誰が指導者かわからなくするためである。
  宴会などのとき、今は知らないが私などの若いころは、「今日は無礼講で行こう」などと言われたものである。地位の上下などに関係なく、自由に楽しくやりましょうということだ。これも車座でしょう。実際には、どこまで地位を気にしなくてよかったかは、疑問ですけれどね。
  他の国のことは知りません。とにかく日本人というのは地位の上下に非常に敏感でしたね。私の若い時には、何かの集まりがあれば、誰が上座に着くかその次に座るのは誰かなんてことを気にしたんです。かなり下っ端の方まで、誰が誰より上だとか下だとか、今から考えると、あほらしい気がします。
  江戸時代なんかそれどころじゃないですね。松井了以の『犬張
子』その他の著作を読むと、仏の地位にも上下があるし、死者同士が会談するなどという場面でも、やれ誰が上座だとか誰が誰より下座だとかでもめたりします。
  そんな上下関係のわずらわしさを避けるために、車座というのはよい知恵だと思うのですね。
  大岡信は、その点には全くい触れていません。
  何時だったか、どこかで国際会議をするとき、誰が中心ということでは無く、皆平等の立場だということを示すために、テーブルを5角形に並べたという記事を読んだような気がします。これは車座の思想ですね。

気になる俳句

 桑の実ややうやくゆるき峠道 五十崎古郷

ぼんくら俳句

   蒸風呂にローズマリーの香りかな
   桑の実を踏みつぶしたる遊歩道
   椋鳥の群れて桑の実ついばみぬ

 


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月 7日 (火)

ヒアルロンサンの注射

今日の絵

Img193

膝に注射

  先日、丸山から下山中、膝が痛くなった。「来たな!」と言う感じ。数日前から少しおかしいなと思っていた。それから今日まで階段を降りるときなどは、足の運びが不自然になる。で、今日、入間川病院へ。 
  Hさんに会う。私があるグループに入ってボラんていあを始めたとき、そのグループの会長だった。実はHさん入間川病院の元婦長だった。その元婦長さん、「整形外科は待ち時間が長いのよね。この前私も4時間待ったわ」。はあ、元婦長さんでも特別扱いはしないんですね。
  特別扱いがないのはいいのだけれど、今日の私の場合、やはり4時間待ちました。朝、9時15分に受け付けて、診察の開始が1時20分。途中、山の会のYさんが診察に来ていてしばらく雑談して時を過ごしたが、大方は一人で本を読んでいた。どうせ待たされると思っていたから、あらかじめ読みでのある本を持って行ったのである。
  何にしても待ち時間が長すぎるよなあ。近
くだったら一度家に帰って出直す手もあるのだが、バスに乗ってくるんだもんなあ。弁当を持って来たいくらいだ。病院を変えちゃおうかなと、本気で思う。
  レントゲンは前に撮っている。簡単な問診があって両膝の水を抜き、ヒアルロンサンの注射をする。

  午後、かすみ川食堂に包丁研ぎボラに行くはずだったが、20分待ちのバスに乗っていく気は起きなかった。こっちは腹が減っているのだ。昼飯が先だ。いくら昼飯は軽く済ませるといったって、何か食わなくちゃ。
  それはいいのだが、今日は連絡事項や聞きたいことがあった。電話で済ませる。

気になる俳句

 梅雨雀塒に濡れ身入れて寝る 天野莫秋子

ぼんくら俳句

   走り梅雨傘を持たずに帰りけり



| | コメント (1) | トラックバック (0)

2016年6月 6日 (月)

野菜の収穫

今日の絵

Img192

野菜の収穫

  精傷者作業「ショップみちくさ」こんかいはへ。
  「みちくさ」の畑で、ジャガイモ二株、キュウリの初果、シソの葉少々、ニラ少々を収穫。ジャガイモはためし掘りで、本格的収穫はしばらく後のなる。いずれも初収穫なので、今回はメンバーさんたちに食べてもらうことにした。で、私が調理するということになるのですが、調理道具は包丁とまな板、電子レンジしかかりません。熱を加えるものは電子レンジでチン。あれは何切りというのかなあ、シソの葉は出来る限り細く切り、キュウリは斜め輪切りにして冷蔵庫に。昼に食べてね、と言って午前中に退出。ジャガイモだけは小さめのを一つ、みなさんよりも先に頂きました。

気になる俳句

 瓜はめば憶良ならねど子等思ふ 松尾いはほ

ぼんくら俳句

   地に近く初果は小さきキュウリかな

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月 5日 (日)

マンション回り清掃・障害者差別解消法

Img191

上は今日の絵
         下は昨日の絵

Img190

マンション回りの清掃

  午前、マンション回りの清掃。全戸1名以上参加という決まりだが、出て来いない家もある。いろいろ事情もいあるからね。
  庭木の剪定、生垣の刈り込み、芝生の刈り込み、その他の作業がある。私はいつも生垣の刈り込みで人一倍頑張るけれど、今回は他の人たちがやってくれたので、ま、人並みのことしかやりませんでした。

車椅子と仲間の会

  午後、車椅子と仲間の会で、『障害者差別解消法』についての講演会。講師、大樹の家生活支援室の上山武夫氏。
  この法律も出来ないよりは出来る方がいいとは思います。法律というものはどうしても一般的に通用するものになります。それに対して差別となるものは、一つ一つ具体的です。同じ行為同じ言葉でも、差別になることもあれば、ならない場合もあります。マニュアルを作るのは難しいし、作ってもその通りやっていればいいというものでもない。

気になる俳句

 冷し酒世に躓きし膝撫ぜて 小林康治

ぼんくら俳句

   少しだけ膝通ありて冷し酒




| | コメント (1) | トラックバック (0)

2016年6月 4日 (土)

もう嫌

 正直に言って、これが今日3度目のブログ。
 第1回目はかなり書いたところで、ブログが消えた。嫌になったけれども思い直して、もう一度書きなおした。終わりまで書いて保存をプッシュしたのに、ブログを表示では消えてしま

った。本文もなくなっている。
 こっれでお終い

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月 3日 (金)

丸山・足慣らしのつもりが…

今日の絵はありません

山行・丸山

  丸山は我々のグループが足慣らしのために登る山。だから何度も登りまます。芦ヶ久保駅下
車。雲一つない澄み切った空。私の心のよう。いえ、これはウソ。あなたの心のようです…これもウソかな?一行5人。そんなわけで、快適な山歩きでした。

001

  登山道から見た武甲山。以前は頂上まで白一色でしたが、今はごらんの通り、うっすらと草木が生えかかっているのが判ります。

005
  少年自然の家付近から

002
  何という花か知りません

  下山中、またも膝が痛くなってしまいました。また、ヒアルロンサンの注射を打ってもらはなくては・・・。私の山歩きも、いつまで続けられることやら・・・。

気になる俳句

 髪白きまで山を攀じ何を得し 福田蓼汀

ぼんくら俳句

    晴天の足を痛める登山道









| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月 2日 (木)

暇な老人の会

今日の絵はありません。

暇な老人の会

  これは名称がありません。木曜日の午後、地域の暇な老人が集会所に集まって、マージャンなどしています。今、マージャン台が2脚(というのかな)ありますが、まだ不足であと1脚作りたいということです。材料を買ってもらえれば、いつでも作ると引き受けました。

気になる俳句

 安バナナ花びらのごと子へ開く 香西昭雄

ぼんくら俳句

    バナナ買う植物園で見た後で

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月 1日 (水)

口舌の徒

今日の絵

Img189

口舌の徒

  安倍総理も舛添都知事も「口舌の徒」ですねえ。安倍総理は一貫して耳障りの良いことをいう。一億総活躍だなんてね。丁寧に説明するなどという言葉をよく使うが、相手の言うことを聞いて自分の意見を変えるということはない。ただ「丁寧に説明する」といっているだけだ。
  舛添都知事に至っては、公私混同もいいところ。口先でごまかせますかね。

新宿御苑

015

026

007

046

気になる俳句

 水暮れて海の鳥来る勝負園 山口誓子

ぼんくら俳句

   池の面にビルと菖蒲が映りけり 






| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2016年5月 | トップページ | 2016年7月 »