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2016年3月 7日 (月)

大新聞だとから言って無条件jに信じられない

今日の絵

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精傷者作業所ショップ「みちくさ」へ

 近頃は畑の面倒を見るだけ。今日は雨で、特にみなければならない事情もなくて、ちょっと顔を出しただけ。帰りに、ちょっと畑によってはみましたけれどね。

今になって分かったこと

 一時期、朝日、読売、毎日の新聞に中国の記事が載る場合、批判は一切なくて、礼賛記事ばかりの時代がありました。なんだろうこれは? と思ったものです。友人知人などにもその疑問をぶつけたことがありますが、大した返事も得られませんでした。それはそうだよね。私と同じ程度の友人知人ですからね。なんとなく、中国と創価学会にはタブーがあるのかなと感じたものです。
 その少し前はスターリンの扱いが変でしたね。これは3大新聞ではなくて赤旗などの記事ですが、スターリンが演説をした紹介記事では「割れるような拍手」とか「嵐のような拍手」と言う言葉が挿入されるのです。スターリンを礼賛する詩を読んだことがありますが、言葉は忘れたが意味とすれば、「あなたは我々の太陽だ。いや、太陽は夜には輝かない。あなたは夜も昼も我々を照らす」といった内容でした。誰も反対できないのか、誰でもスターリンを礼賛するしかないのか、おかしなことだ、と思ったものっです。
 清水幾太郎という論客がいました。安保闘争のころ「日本の良心」などと言われて安保反対のアジ演説を打っていました。でも、私は彼が嫌いでした。
 私はアジ演説を打つ人が嫌いです。旗振る人が嫌いです。安保闘争が終わって何年か過ぎたころ清水幾太郎の書いたものを読んでいたら、すっかり右傾化して世の中は知能指数110以上の人間のおかげで成り立っている、そのほかの人は「お荷物」というような意味のことを書いていました。
 私は「何だいこいつ」と思いました。お前は知能指数110以下の人が組み立てたトランジスタラジオを使わないのか、暑い中で道路工事をしている人たちの辛さが分からないのかと思いました。当時はトランジスタラジオ全盛の時代でしたからね。青白いインテリに道路工事の辛さが耐えられもしないのに、馬鹿にすることだけする。
 本人自身は良心的で正論を言っているつもりですが、時流に乗っているに過ぎないのです。

 私は左翼的な人間でした。今でも、多少左翼的だと思っています。でも、教条主義的な人間は嫌いです。左翼系にはこれが多いんだなあ。

 三浦朱門と曽野綾子の対談集「夫婦口論」を読みました。そして、曽野綾子の発言で3大新聞が中国を批判するような記事を書かなかった理由が分かりました。
 1964年に「日中記者交換協定」というのが結ばれたそうです。そこで次の3点を守ることが申し合わされたそうです。
①日本政府は中国を敵視してはならない。
②米国に追随して「二つの中国」をつくる陰謀を弄しない。
③中日両国関係が正常化の方向に発展するのを妨げない。
 この協定のおかげで、曽野綾子が少しでも中国に批判的な原稿を書けば、没になったのだそうです。中国をほめちぎるしかなかったのですね。
 あの頃の記事、やっと納得できました。曽野綾子は私などより右翼に属する人です。でも、彼女の言うことを私は信用しています。思ったことを正直に飾らずに言う人です。
 右でも左でも、事実は事実として正直に受け止める人を私は信用します。自分の主義主張に対して都合の悪い真実というものもあります。それを認める勇気がなかったらだめです。それがない政治家多いんだよね。
 大新聞といえども無条件に信じるわけにはいかないということです。まして高市代議士が新聞に中立を守らせるという理由で圧力をかけるなんてことを匂わせたら、強制されなくても、忖度の論理で権力側にすり寄るような記事が増えるのではないかと危惧しなければならない。権力に真っ向から反対する意見は、偏向ととられるでしょうしね。新聞の書くことだからと言って、一概に信用するわけにはいかないのです。

気になる俳句

 腰太く腕太く春に水をのむ 桂信子

ぼんくら俳句

    水温むポツリポツリと水面に雨

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