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2016年2月28日 (日)

谷中・根津を歩く(歩く会)

2月の歩こう会

 東京の地理に詳しいHさんの案内で、谷中、根津を歩きました。

コース

鶯谷駅 寛永寺ー谷中霊園ー観音寺ーゆうやけだんだんーへびみちー根津神社ー東大農学部ハチ公の像―上野公園ー上野駅

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 この2枚、谷中銀座とか言う通り。昔の繁華街のような賑わい。細い通りに日常品やお総菜やまんじゅうなどを売っており、懐かしい感じ。
 この先に「ゆうやけだんだん」という階段があり、私は知らないのだけれど、アニメかドラマで有名になったところだそうです。
 蛇道というのは細い道がうねうねと曲がっている通り。道がくの字や逆くの字に曲がりながら延々と続く。意図的に作らなければこんな道はできなかったはず。はたして、どんな意図だったのか?
 そして根津へ。立派な根津神社があります。

 私が現役時代、琴、三味線を作る道具はほとんど根津の道具屋で揃えました。こう書くと根津は古い街だから、昔からそういう道具屋があったのだと思われるでしょうが、実は違います。私が琴作りの見習いだったころ、Oという道具屋が、琴、三味線を作るための道具をそろえることに熱心jで、おかげで根津で何でも揃うようになったのです。
 先日テレビ番組でアナウンサーが江戸時代からの梅の名所として湯島天神を紹介していました。これが違うんですね。戦後「湯島の白梅」という映画を撮った時、湯島天神には梅がありませんでした。それで、その映画に出演した長谷川一夫と山本富士子が湯島天神に梅の木を植えたのです。その後梅の木を増やして、現在の湯島天神になりました。「湯島の白梅」が書かれたときは、湯島天神は梅の名所ではありませんでした。
 根津の道具屋の琴・三味線の道具も、湯島天神の梅も、いかにも昔からのように思えるが、新しくできた伝説みたいなものです。

 わき道にそれてしまった。蛇道の後は東京農学部のハチ公の像を見て再び寛永寺へ。

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 薩摩琵琶で「羽衣」を演奏していました。2枚の写真の目の表情まで見えれば面白いのですがこの写真では無理かな。

気になる俳句

 菅車押してゆく子のちゃんちゃんこ 高野素十

ぼんくら俳句

   一本に紅白のいある梅の花
   ちゃんちゃんこ着ない犬なし春の朝
   仲間には無口はおらず梅の花



















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