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2015年5月19日 (火)

漱石の俳句

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 相模湖町の風景

漱石の俳句

 小学の上級生の頃、私は読書家だった。といってって、戦争に負けてすぐだからね、満足な本なんかありはしないのです。近所に戦前発行された「講談倶楽部」を揃えている人がいて、よく、借りて読んだ。
 いろいろな英雄が居るんだよね。後藤又兵衛、眞田幸村、猿飛佐助、霧隠才蔵.柳生十兵衛・・・、まだまだ沢山居るぞ。なかには「講談倶楽部」でしかお目にかかったことのない名前もある。たとえば岩見重太郎、田宮坊太郎。岩見重太郎はヒヒ退治だけれど、田宮坊太郎は名前だけ記憶にあって、何をしたのやらさっぱりわからない。
 とにかく「講談倶楽部」というのは、そんな英雄豪傑のあるのか無いのかわからない事跡を、血湧き、肉踊る文章で書いているわけですね。山賊みたいな男共が、旅の女性に、「あわや落花狼藉の振る舞い」をしようとする。それを、通りかかった英雄が助けたりするのです。「落花狼藉」なんて何のことだか判らないのだけれど、小学生の私は、どきどきして読むわけです。

 「漱石の俳句」という題からは、はなれた内容になっちゃたね。
 まあ、そんな風にして「講談倶楽部」を呼んでいるうち、あるとき、「坊ちゃん」を読んだんですね。まだ小学生だったのか、中学生になっていたのか、はっきりしません。とにかく「坊ちゃん」を読んで、初めて小説の作者を意識しました。
 それ以後、漱石の作品を幾つか読みました。「我輩は猫である」、面白かったですね。でも、何処まで判っていたかというと「?」ですな。「三四郎」、「心」あたりはまだしも、「明暗」だの「門」だのになると、何がなんだか、ちんぷんかんぷんでした。しょせん、ストリーを追う程度の読みしかできなかったのです。自慢じゃないが、今でもそうだよ。

 困ったねえ。なかなか漱石の俳句に結びつかないや。筆が滑っちゃうと、どうにも止まらない。題を変えるのも癪だし、変えるといったて、どう変えたらいいのかわからない。だからもう、強引に俳句に持っていく。

 文人俳句というのがあって、漱石は、そちらのほうでも草創たるものだ。いい俳句があるんだよね。

   有る程の菊抛げ入れよ棺の中

 漱石の句の中でも、最も人気の句である。数少ない(あるいは有一)の女性弟子、楠緒子が若くして亡くなったときの句。楠緒子の詩「お百度参り」は、与謝野晶子の「君死にたもう事なかれ」とは違った書きかたで反戦をうたって、胸に沁みるものがある。

   腸に春滴るや粥の味
 
 もいいですね。病んで食べられなかった漱石が、やっと食べられるようになって、その粥がはらわたに染み渡る。その感じ。

 でもね、もうひとつの私の好きな句、あまり人はとりあげないんだなあ。 

  叩かれて昼の蚊を吐く木魚かな

 このとぼけたユーモア、好きだなあ。しかもこれ、写生なんだよ。私は子どものころ、大きな木魚から、蚊がふらふらと出るのを、見たことがあるんだ。

気になる俳句

 もう書きました。

ぼんくら俳句

     ホトトギス急登続きの山で鳴く
     行く春と共に行きたし逝く時は
     プリンターのインクが高い夏の雨


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