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2015年5月27日 (水)

都営住宅の屋根は紙だった!

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 去年行った火打山、妙高山の古い写真を引き出して描いた湿原。

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食事はいつも朝食を取り上げるのですが、今日は晩酌のつまみ。切り干し大根と若布の酢の物、ひじきと豆の煮物、焼きなすと焼きピーマン、焼き鯖。酢の物と煮物は作り置きですから、作ったのは、鯖と野菜を焼いただけ。飲み物は見ての通り、第3のビール。もちろんそれだけで治まるはずはないけれど・・・。

戦後初めての都営住宅

 私が疎開から東京に帰ってきたのは、昭和25年だったかな。私は8世帯で井戸がひとつしかない長屋に住んだのだが、向かい側には、戦後はじめて建てたという都営住宅が20棟くらい並んでいました。土台もない掘っ立て小屋です。その屋根は紙で出来ていました。紙の屋根なんて、信じられますか?

 厚手の紙に砂を吹き付けて、その上からコールタールを流し込んだものです。それでも雨は防げたのです。何年も使えば、紙は脆くなりますけれどね。そのころは物置や倉庫などに、同じような紙の屋根は使われていたと思います。
 コールタールには水を通さないという性質が確かにありました。私が修行したこ琴作りの仕事場はトタン屋根でした。時々錆びたところから水が漏れるのです。そんな時、親方は屋根に上り、その漏れる場所に布を貼って、上からコールタール塗りました。それで何はともあれ、雨漏りは収まるのです。

 私の住んでいた長屋は、今は環七の下です。環七を作るために、都営住宅も私たちの長屋も、立ち退きになりました。環七は、先の東京オリンピックに間に合わせるように作られたと聞いています。

気になる俳句

   緑陰にいのちいたはる膝そろへ  林 翔

ぼんくら俳句

     鴉来て梢に止まる青葉濃し
     大き窓埋め尽くしたる青葉かな
     緑陰の豆棋士もっとも奮戦す

   






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