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2014年12月 3日 (水)

ぼんくら日記はドジ日記

ぼんくら日記はドジ日記

 とにかく日々のドジを書き連ねたら尽きることがない。ぼんくら日記はドジ日記であります。もちろん今日もドジで始まりました。
 今日は山行の約束がありました。まもなく出かけようと思っているところに電話があり「はいぼんくらです」というと、「あ、家にいる」。何のことはない、私は集合時間を1時間間違っていました。仕方がないので私は不参加に。
 芦ヶ久保から登る里山だし、1時間くらい遅れても追いつけると思ったが、なんだか一人で登るのもかったるくて、後を追うのはやめにしました。用意していた、山行のリュックに入れていたものを、街歩きようのリュックに入れ替え、長瀞に出かけました。上長瀞から長瀞に向かう岩畳の上を歩くのが、私は好きなのです。

長瀞

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 上長瀞なごりの紅葉

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 長瀞の「瀞」は流れのゆるやかなところの意味があると思いますが、このあたりが、長瀞で最も急流なところです。

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 長瀞の池塘です。荒川と岩畳の景観も好きですが、池塘も好きです。岩畳に中の水溜り。荒川よりもずっと高い位置にあります。池塘は高原ばかりではありません。

 こんな風景を楽しんでいると、ケータイに電話あり。「今どこにいる」「長瀞だよ」「私たちは丸山の頂上、追いかけてくるかと思った」。
 そんなやり取りがあり、飯能駅で落ち会うことに。つまり、反省会を一緒にしようということ。反省することがあってもなくても反省会。今回は反省することは、私だけにある。

秩父夜祭

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 今日は秩父の夜祭で、秩父線から西武線に乗り換える時間を利用して祭りを見物。夜ではないからクライマックスは見られないけれど、大勢の人で賑わったいます。これはその山車のひとつ。
 夜祭は40年位も前に2度ほど来た事があるが、12月3日の夜なので、とにかく寒い。見事は見事です。

飯能の本屋で

 飯能には私が先に着いたので、駅ビル4階の本屋による。そして『シュリーマン旅行記清国・日本』ハインリッヒ・シュリーマン著、石井和子訳、講談社学術文庫を買う。私は幕末から明治にかけての日本が、外国人の目にはどのように映っていたか、ということに興味がある。これまでも何冊かの本を読んでいるけれど、これもそのひとつである。
 江戸時代は封建的で、何もかも駄目だったみたいに言われることもあるけれど、案外そうでもなかったらしいことが、近頃は多くの人に知られていると思う。渡辺京二著『逝きし世の面影』平凡社ライブラリー、などを読むと、その感をますます深くする。













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