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2014年12月29日 (月)

もう、まいった

パソコン不調と書いたのは昨日だけれど、今日は全く不調だね。書いた記事が突然消えたり、何がアップできるかも分からない。とにかくこれがアップできれば、今日はそれでおしまい。

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2014年12月28日 (日)

パソコン不調

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 場所は新宿御苑ですが、どこでもいいでしょう。筆だけで描いて見ました。

年賀状

 昨日に引き続き、年賀状で苦労しました。洗濯したり、掃除をしたりの合間に、何とか通信面の印刷を終わり、宛名は、手書きにすることにしました。字は下手なんだけれど、また宛先を筆王に入力して、と思うと気分が重くなり、手書きにしちゃえと思ったわけ。でも、やっぱり宛先は入力して印刷するほうが速かったな。

 出すのが遅くなったので、ポストではなく郵便局へ持っていったら、休みなんですね。去年は28日でもやっていたと思ったのに・・・。考えてみたら、今日は日曜日でした。出たついでなので、本局まで歩き、そこで年賀状専門のポストに入れました。

入間川河川敷

 狭山郵便局の本局へ行ったあと、入間川河川敷まで足を延ばす。狭山台郵便局まで行って帰るつもりだったから、カメラもケータイも持っていない。河川敷まで来るのだったらカメラが欲しい。絵を描く材料が欲しいから、その点は残念だった。

 河川敷には、あまり人はいなかったけれど、小学生くらいの子どもたちが5-6人、何やらこそこそやっている。
「何やってるの?」
 と聞くと
「秘密基地を作っている」
 んだってさ。いい基地が作れるといいね。

パソコン不調

 このところパソコンの調子がおかしい。電源を入れても上手くつながらないことが多い。1回で繋がる事もあるが、5-6回繰り返してやっとつながるということもある。それでもつながればいいやと思っていたが、昨日はブログを書いたあとで、「あなたのパソコンは故障寸前です」というメッセージが出た。だから今日は、果たしてブログが書けるのかという不安があった。今日は1回でつながりました。
 そう言えば、「自動調整が出来ない、ハードに問題がある」というメッセージが出たこともあったなあ。
 本当ならKさんにお願いして来てもらうところだが、年末だし、彼も忙しいだろうからね。
 そんな訳でこの後、前触れ無しにブログを休んでも、ぶっ倒れたわけではないかもしれない。私の予定では、まだ、倒れるつもりはないのです。とは言え、予定通り行かないのが人生ではあります。何時ぶっ倒れてもおかしくない年齢だものね。

気になる俳句

   数え日の数えるほどもなくなりぬ  鷹羽狩行

ぼんくら俳句

     冬のはら秘密基地作る子ら元気


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2014年12月27日 (土)

年賀状で一苦労

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 新聞の有馬記念広告写真から 動物は下手だと思っているけれど、それにしては上手く描けているネエ。

年賀状

 今日はゆっくり起きて、年賀状でも書いて・・・と思っていたのです。それが、とんだ苦労をしちゃった。去年まで私は「筆まめ君」のソフトで年賀状を書いていました。でも、うっかりして、「筆まめ君」をアンインストールしてしまいました。
 友人が新しいパソコン持ってきてセットしてくれたのを機に、「筆王」のソフトを入れました。しかしこのソフトは、文例とかイラストとかをそのまま使うような人のはいいけれども、そんなものは必要がなくて、自分の絵や自分の文章を入れようとすると、実に使いにくい。絵のほうは、何とか入ります。問題は文章の入力。筆王に組み込まれている文例を入れて、それを消して、自分の文を書く仕組みになっているみたい。それに気づくまで、あれやったり、これやったり、大変でした。
 実は私、古いパソコンと新しいパソコンの2台を使い分けています。筆王が大変なので、新しいパソコンで、ワードを使い、用紙を葉書にして、文面を作りました。そして印刷しようとしたら、「セットされた用紙が違う」というメッセージが出て、葉書に印刷できないのです。ワード、ページ、A6(これ、葉書です)で文面を作っているのに、A4でなければ印刷できないなんて、こうなると私には、解決能力がありません。
 プリンターは古いパソコンにつないでいて、両方のパソコンが使えるようにしています。葉書を認識させるには、プリンターをつなぎかえればいいかと、新しいパソコンにつなぎました。でも、結果は同じ。
 それではと文面を古いほうのパソコンに入力して試したが、これもっ結果は同じ。このやり方では、プリンターが葉書を認識しない。
 で、まあ、筆王で書く事にしたんですね。その筆王が、個人の自由な文章など入力させたくないというようなソフトで、試験的に1枚印刷できるようになったのが、午後2時です。しかもなかの1字だけ変えたいと思ったのに、これがまた面倒な手続きが必要で、うんざりして、今日はこれまでということにしました。
 
 私には、文例も、イラストも必要ない。宛先だけきちんと管理してくれて、葉書とか封筒とかラベルなどに対応できるような、単純なソフトのほうがいい。それに、自分の文章を自由に入力できることね。「筆王」はどうでもいいような事ばかり多すぎる。
 そんな訳で、年賀状を出すのは明日になります。郵便屋さん、出すのが遅れますけど、頑張ってね。
 年末なんだからね、私だって年賀状以外に多少はやることがあるんだよ。

気になる俳句

   なまはげに父の円座の踏まれけり  小原啄葉

ぼんくら俳句

     つかの間に生きる証の年用意
     山路来て寒の湧水飲みにけり
     独り寝の胸に風吹く大晦日


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2014年12月26日 (金)

「みちくさ」大掃除

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 新聞の広告写真から

「みちくさ」大掃除

 今年最後のボラです。大掃除後、忘年会・・・クリスマス会かな?なんだか分からないが、とにかく、そんな会をして散会。

年賀葉書

 元日に届けるには25日までに出せとかの広告があったが、私は今日、年賀葉書を買いに行く。毎年年賀状を10枚づつ減らそうとしてきたが、それにも限度があるね。出さないでいると、病気でもしているのかと向こうから電話がかかってくる。この先は、向こうが死ぬか、こっちが死ぬかだね。

我がマンションから今日見えた富士
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気になる俳句

   徘徊の妻と足結う夜長かな  高橋八男

 「角川全国俳句大賞」準賞『俳句』1月号

ぼんくら俳句

    雪富士を紫に染め夕焼ける

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2014年12月25日 (木)

1時間13分

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 奥武蔵、顔振峠下の摩利支天からの眺望

川越まで1時間13分

 毎月、25日ないし26.7.8日くらいに川越の紀伊国屋書店に行きます。俳句をやるからには、総合誌の1誌くらいは読まなければと思って、月刊「俳句」を買うことにしているのです。その発刊日が25日で、狭山市で売っている店を知らないので、川越まで買いに行きます。
 実は我がマンションの隣が、狭山市では大きいと言える書店で、取り寄せてもらうことは出来ると思います。でもね、もう少し大きな書店で、ほかの本も眺めたいのですね。本というのも、人間と同じで、出会いです。目的の人、目的の本にだけあっているのではつまらないのです。現在の私の人格は・・・そんなものがあるとすれば・・・偶然の出会い(人も本も)に大きな影響を受けたと思っています。今日はまあ、大した出会いはありませんでしたが・・・。

 その川越へ、我家から歩いてみました。我家から川越駅の階段下まで歩いた時間が、1時間13分。正確な距離は分からないけれど、私は一人で歩くとき、1時間に6キロくらい歩きます。1時間に4キロなんていう人がいますが、それでは、私にはとろとろした歩きに思えます。私は、足が速いのです。
 78歳になりたての今は、そんな事がいえます。でも、来年はどうだかね。同じコースを、果たしてどれだけのスピードで歩けるか? もう、歩く気がしなくなってるかもしれないし・・・。

気になる俳句

   体内に弾をかかへて去年今年  小原啄葉

 小原啄葉は昭和17年北部16部隊に入隊し、121名中生還したのは6名のみだったという。

ぼんくら俳句

     ウオーキング雪の遠嶺に茜さす

 啄葉に比べたら、屁みたいな俳句だね。



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2014年12月24日 (水)

クリスマス山行

クリスマス山行

 山行も近頃は足腰を衰えさせないため、どこでもいいからその辺を歩いているだけです。クリスマス山行とタイトルに書いたけれども、、クリスマスとは関係ありません。             
 同行、Kさん、Nさん、ぼんくらかえる。
 こーす 西吾野駅ー高山不動-関八州見晴台-傘杉峠-顔振峠下-摩利支天-吾野駅、約5時間の歩行。

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 西吾野から高山不動に行く途中に、萩の平の売店があって、おばあさんが管理をしていました。なくなって10年以上たつのかな。今はこの状態。最近は山ガールということで山も賑わっていますが、山中の売店などは、閉鎖したまま、こんな状態になっているところが多い。爺婆が動けなくなったら、後を次ぐ者なんかいやしないのさ。
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 関八州見晴台からの風景。中央やや左に武甲山、中央奥にうっすらと両神山。今日は見晴らし良好でした。
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 顔振峠下、摩利支天空の風景。どの季節も、ここは美しいのです。
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気になる俳句

   奥へ奥へ夕日を送り山眠る  大野林火

ぼんくら俳句

     犬連れて花赤くして寒の朝
     信号の先まで渋滞12月
     売店は消えて落ち葉の積もりおり
     ビルの上に冬の三日月光おり

 











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2014年12月23日 (火)

柚子味噌

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 絵は新宿御苑

暇な1日

 柚子味噌作り、その他、作り置きのおかずを幾つか作る。
 暇だといっても、本当はやるべきことはあるのです。たとえば、年賀状を書かなければならない。大掃除だって、もう少しやらなくては。でも、そんなことはそっちのけで、柚子味噌作りの夢中になる。いつもの私の癖で、やるべきことは先に延ばし、どうでもいいことを先にやる。やるべきことは尻に火がついてからやるのです。年賀はがきなんて、まだ買ってません。
 湯豆腐と、昼間作ったひじきの煮物、切り干し大根の酢の物を食べ、柚子味噌を舐めて、今日の晩酌は旨かったなあ。晩酌に柚子味噌があれば、しばらくは無敵だ。

気になる俳句

   すがりゐて草と枯れゆく冬の蝿  臼田亜浪

ぼんくら俳句

     冬の虫日の差す中にうごめける  



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2014年12月22日 (月)

今日も無題で行きましょう!

 絵はありません。写真もありません。

精障者作業所「みちくさ」へ

 このところ「みちくさ」も午前中だけにしています。

気になる俳句

   青芒1つ折れしが吹かれゐる
   人の子をかいなふたつに温めけり  鈴木しず子

 しず子は堕胎の経験があるようです。だから「人の子」は「他人の子」

ぼんくら俳句

     冬の街ビルの上から夕焼ける

                   

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2014年12月21日 (日)

歩く会 78歳誕生日

 

忘年会の席で急に決まった歩く会
 

 飯能駅から飯能河原、美杉台、あさひ山展望公園、ハーブガーデン、矢颪凝灰岩層(入間川河川敷)、河川敷遊歩道、あいわ橋、元加治駅・・・8名参加。
 元加治駅へは、あいわ橋ではなく、そのひとつ先の本橋まで行ってからのほうがよかったようです(帰ってからの地図による検証)。帰ってからなんて、遅いですね。それでもよく歩きました。あさひ山展望公園はよかったなあ。このあたりの散策、もっとしたいね。自分の庭になるように。
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 あさひ展望公園についたころは、今にも雨が降りそうで、雨具を持たずに来た私は心細くなりましたが、その後、持ちなおして良かった。

 入間川河川敷の、、地図ではなにやら難しい名称が書いてあるところ(矢颪凝灰岩層)で昼食。ここには私が発見した(私が初めて見つけたという意味ではなくて、そんなものがあるとは知らずに、偶然見つけたという意味)甌穴があります。甌穴とは、小さな石がくぼみに入り、水の勢いなどでその石が窪みの中で
ぐるぐる回り、岩を球形に削ったもの。

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入間川は白鷺が多い。私は翡翠よりも白鷺が好き。

 山行の後はよく反省会(飲み会)が有ります。歩く会はあまりそういうことをしません。でも、今日は歩く会だけの人とは別れて、山の会の人だけで反省会。でも、飲み代、私からは取りませんでした。誕生祝だったんです。申し訳ないね。しかし、嫌われていないのだということは良く分かりました。皆さん、ありがとうございます。

 私は8歳で母を亡くしました。戦争中です。終戦の日に母の実家から父の実家に体だけの引越しをしました。その後、父は行方をくらまし、私と弟は親戚の家にあづけられたままでした。親戚の家の人たちは、本当にいい人たちでした。学校にも行かせてくれて、必要な費用も払ってくれたのです。でもね、甘えることは出来ませんでした。孤独感はそのころに持ちました。人間は結局一人で生き、一人で死ぬものなのです。

 小学生のころから、母の死などがあったので、人間の最後に死があることを考えざるを得ない環境でした。そのことを思って、夜中に、何度身震いをしたことでしょうか。でも、それも今になれば、もう慣れてしまって、下手な坊主よりは死の覚悟が出来ている(と自分では思います)わけです。

 中学3年のとき,父がひょっこりと現れて、私と弟を東京に連れてきました。そこには継母と義妹がいました。この継母がまたいい人でね、いまでも90歳を過ぎて、呆けもせずに義妹と一緒に生きています。私は中学を出てすぐ仕事を始めたので、継母の育てられたということはないのですが、継母のことは素直に尊敬しています。

 弟は45歳で亡くなり、妻も私が62歳のときに亡くなりました。私の生い立ちは、不幸といえば不幸ですが、私のまわりにいた人たちは、本当にいい人ばかりでした。だから、ひねくれもせず「あかるい」、「前向きだ」、などといわれるのです。なあに、本当は暗さもあり、ひねくれた考えもあるのです。でもね、それをごまかす方法があるのですよ。

 若いころから落語が好きでした。そのころは映画しか趣味のないような時代で、「寄席に行く」などと言うと「年寄りの趣味だ」と笑われたものです。悲しみを笑いに変える、それが寄席なのです。私には時々、親父ギャグを越える笑いを発することがある(と思っています)のですが、子供らは、分かっていないね。私の言うことは親父ギャグだと思っているよ。

 もうひとつ、ごまかす方法、それは酒です。酒の量が増えました。もはやアルチュウです。悲しみの量です。酒を飲んで、明日も明るく生きるのです。人生はは虚しさの中で、如何に明るく生きるかということです。

気になる俳句、詩歌

  幾山河越えさりゆかば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅行く
                            若山牧水

 漢字、言葉の表記、これでいいのかどうか分かりません。有名すぎるほど有名な歌ですが、いい加減な記憶だけで書きました。

ぼんくら俳句

     陽に真向かう冬至生まれの吾なれば

 







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2014年12月20日 (土)

つばさ俳句会報告

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 新宿御苑です

つばさ俳句会報告

 5句投句、10句選句

私の投句

   柿食えば2羽の鴉が鳴き交わす    0点
   秋夕日もすこしゆっくり落ちなさい   3点
   爺婆が行くランナーが行く木の葉降る 2点
   無精ひげなでて書肆出る冬の雨    5点
   冬の蛾がタオルに止まる露天風呂  1点

私の選句

   ジョギングの出足を挫く初時雨     今坂柳二
   車座に遍き日差し冬の草        伊達天
   いくつとも知れぬ羅漢や北颪      一進
   彩甲斐路栃本関所山紅葉       一進
   肩の荷を下ろし姉妹の南瓜粥     洋子
   冬の靄里を静かに沈めゆく       伊達天
   朝寒や夫婦無言のウオーキング   みつ子
   歳晩や空き家のままに立ちつくし   浩子
   木枯らしを吹きあわせたる僧の笛   一進

高得点句

7点句

   足音の足にひっつく冬の月       桑原三郎

6点句

   鉢巻をしている人と日向ぼこ     桑原三郎
   首細き人大根を抜いており      かつ代

5点句

   校庭につづく長堤冬桜         京子
   日向ぼこつまらぬことをつまらなく  京子
   無精ひげなでて書肆出る冬の雨   かえる
   
4点句

   ジョギングの出鼻を挫く初時雨    今坂柳二
   父の世の縄垂れてをり霜枯野    京子
   空港のポインセチアや喪服下げ   かつ代
   短日や土瓶に厚き土瓶敷       令子

・・・・

気になる俳句

   コスモスなどやさしく吹けば死ねないよ
                         鈴木しず子

 これもまた、鈴木しず子の有名句

ぼんくら俳句

     冬の雨遅れて来る路線バス


 


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2014年12月19日 (金)

水彩画の会忘年会

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 例によって、新聞の広告写真からです。バックは変えてあります。

水彩画の会、忘年会。

 V連(狭山市ボランティア団体連絡会)の会合もあったのですが、こちらのほうに出ました。

気になる俳句

   夏みかん酸っぱしいまさら純潔など  鈴木しず子

 『鈴木しず子』(河出書房新社)を読んでいる。ここにはもっとも有名な句をあげておく。伝説の俳人、謎の俳人、なぜか気になる俳人。俳句で私小説を書いていたか? 年令詐称、群木鮎子は鈴木しず子なのか? 生きているのか、死んでいるのか? 金子兜太と同じ年らしい。師の松村巨湫まで、伝説作りに一役かっている。

ぼんくら俳句

     年忘れ何時の間にやら齢忘れ


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2014年12月18日 (木)

手品

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 新聞の広告写真から。お昼寝の時間? お母さんのほうが先に寝て・・・。

ボラグループ定例会。

老人介護施設、狭山ケアセンターへ

 私は2ヶ月ぶりで行きました。おなぐさみに、手品などやりました。私は紙切り
をすることもあります。時には、利用者さんの肩もみをしたりもします。話を聞くだけではなく、時々はそんなこともやるのです。われわれのグループで、そんなことをするのは私くらい。結構人気があります。

気になる俳句

   柚子味噌のある限り貧何ものぞ  石塚友二

 ボラ定例会でUさんに柚子を貰いました。柚子味噌を作るつもりです。でも、火曜日まで、その暇がないなあ。

ぼんくら俳句

     寒風を衝く自転車のよろけがち
     ほだされて尽くして消える雪女郎

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2014年12月17日 (水)

冬ごもり

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 新宿御苑です。

思い違い

 思い違いをしていて、暇な1日になりました。買い物に出た以外は冬ごもりです。新年句会の用意など、多少はすることもあったのですが、まあ、コタツに寝そべって過ごしました。本を読んだり、数独をしたり・・・。
 こんな日はボーとして何も考えませんな。

気になる俳句

   寄せ鍋の湯気のまとへる箸をとる  後藤暮汀

ぼんくら俳句

     道の端の枯れ草のゆれとめどなく


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2014年12月16日 (火)

宮沢湖温泉

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 絵は彩の森公園

宮沢湖温泉

 14日、山行後の忘年会で、12月も歩く会をやろうということで、急遽、飯能駅から飯能河原-美杉台見晴らし公園-入間川河川敷遊歩道-元加治駅を歩くことに。飯能河原から美杉台見晴らし公園に行く入り口が分からなかったので、確認に行く。
 昼頃から雨になるという予報だったので、午前中に済ましちゃえ、という魂胆で出かけたのに、家から狭山市までのバスに荷っている間に雨が降ってきちゃった。稲荷山公園駅行きに乗り換えて、降りるときにはもう雪だ。
 天気が悪いことは分かっていたけれど、確かめに行くには、今日しか空いている日がないと思っていたので、でかけたのである。しかし、本当は明日も空いていた。とにかく近頃ボケが進んでいる。どうなる事やら、なんて他人事のように嘆いている場合ではないが、そうかといって、どうにもならない。まあしばらくは持つだろう、と、たかをくくっている。

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 飯能河原にかかる橋です。

 天気がよければ宮沢湖温泉までは歩くのですが、みぞれっぽいものがしょぼしょぼ降る中では、その気にもならず、飯能駅まで戻り、バスでゆく。
 宮沢湖温泉の湯は好きなのです。しかし食事などをするのに、廊下で順番待ちするのが気に入らない。名前など書いて、店の外で待つなんていうのは、今ではどこでも普通なんですが、私は待たずにすぐ座れるところが好き。そんなところは旨くないなんて言われるかもしれないが、食べられないほどまずくはない。待っているというのは、何か行列を思わせる。食べるための行列、そんなのは戦争中、雑炊のために、鍋を手に並んだだけで充分だ。
 ただし今日は、外で待つことなく、すぐに座れました。

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 食堂のガラス越しに見える風景。

気になる俳句

   天皇がまじないほどの稲を刈る  前田美智子

 前田美智子は私などと同じ「つばさ句会」の人。

ぼんくら俳句

     時雨来て遠山かすむ露天風呂




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2014年12月15日 (月)

予想通りとはいえ

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 新聞の広告写真から

選挙の結果

 予想通りとはいえ、ウーン・・・ ・・・。私は、資本主義はもう行き詰まっている、と思っている人間ですからね。
 こんな書き方をすると、マルキストと思われそうですが、それとも違うんです。
 資本主義というのは本当に「資本」主義ですね。資本のあるところにお金が集まる。資本は増殖する。貧富の差は広がる。大企業が儲かれば、めぐるめぐって庶民も潤うなんてことはないでしょう。安倍さんの思うようには行かないと思いますよ。

気になる俳句

   大鍋にくずれて白きかぶらかな  河東碧梧桐

 こんなことも俳句になるんですね。

ぼんくら俳句

     とめどなく蝶舞うごとき枯葉かな


 

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2014年12月14日 (日)

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昨日と同じ絵ですが鉛筆画ではあまりに冴えないので適当に色を載せてみました。布袋様自身も鉛筆だけではありません。

山楽会山行・忘年会

 忘年会をやるための山行みたいなもので、山は高尾山。登り琵琶滝コース、下り稲荷山コース。3時ごろ狭山市に帰り、駅近くの店で忘年会。

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 琵琶滝にあるお堂はすす払いをしていました。

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 登山道はいたるところで走り根が露出していました。

 朝は快晴で、電車の中から雪の富士が大きく見えたのですが、高尾山では、ガスっていて、富士山は見えませんでした。

気になる俳句

   落葉松はいつめざめても雪降りをり  加藤楸邨

ぼんくら俳句

     ビル壁の朝日に光る寒の入り
     走り根の落ち葉に埋もれて登山道

 ビル壁、今朝見た風景。まだ寒の入りには早いけれど・・・。走り根、そんんところもありました。



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2014年12月13日 (土)

老人力は続くよ何処までも

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 ぼんやりした鉛筆画になりました。全体をもっと濃くする方法はあると思いますが、デジカメで写してからパソコンに取り込んで、そのままだと、こんな絵になりました。サイボクハムの布袋様です。

老人力は続きます

 昨日掃除を忘れたので、今日することにしました。ゆっくり起きて、洗濯等をして、さてこれから掃除でもしようかと思っていたところへ、車椅子と仲間の会の会長、Kさんから電話あり。「今日は忘年会だよ」。ああ、そうでした。忘れていました。あわてて会場に駆けつける。
 そんな訳で、老人力は続いております。


 アフリカの音楽だったかな? 打楽器の演奏と踊りがあり、ことのほか面白い振り付けでした。カメラを持ってくれば良かったなあと思ったけれど、後の祭り。ブログに紹介できないのが残念。

気になる俳句

   倒るまで枯向日葵を立たせ置く  秋元繁子

ぼんくら俳句

     投票日明日にせまりて雪便り
     焚火の火熾すも今は技となり

 私の若いころは、火熾しなど誰でも出来たが、今は満足に出来る人が少ないね。

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2014年12月12日 (金)

老人力

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 絵は新宿御苑です

老人力

 いよいよ私にも老人力が着いてきた。ものは忘れる、思い違いをする、歩けばつまづく、ドジをする。目はかすみ、難聴になり、朝早く目覚める、おしっこは我慢できない。

 居間とダイニングキッチンと玄関を床の絨毯を、リノリュームに変えたのは2年位前だったろうか。そのとき、壁などもカビが生えない塗料に塗り替えた。絨毯をはがしリノリュームを張る。これを一人でやったら、疲れたネエ。この先もうこんなことは出来ないと思った。生涯最後の模様替えだ.
 何で絨毯をはがし、リノリュームに変えたか。
 それは、私の性格に関係する。妻がなくなってから、なんでも一人でやらなければならないのだが、炊事と洗濯は、サボるわけには行かない。炊事をしなければ食えないし、洗濯をしなければ着るものがなくなる。一番手を抜けるのが掃除で、絨毯に埃がたまっても「埃で死ぬことはないさ」と、たかをくくって不精を決め込む。
 そんな生活が続いて、これではいけないと少しは考えたわけです。絨毯をリノリュームに変えれば埃が目立つ。そうすればいくらなんでも掃除をするだろう。という考えがあった。
 その結果、確かに少しは効果がありました。でもね、本来の不精な性格は変わりません。気がつけば、1ヶ月掃除をしていないなんてことが、ざらにありました。
 またも、これではいけないと考えましたね。これから齢を取って惚けていくのである。その前に、何とか掃除をする習慣をつけなければならない。毎週の決まった日に掃除をするという習慣をつけようと思いました。まだ数ヶ月前の話です。さまざまな事情を考えて、金曜日の午前中に掃除をすると決めました。
 とにかく1週に1度、出しっぱなしのテーブル(いまならコタツ)を片付け、読みっぱなしの新聞や本を置くべき場所におき、ハタキをかけ、掃除機をかける。多少は拭き掃除もする。取り込んだままの洗濯物を、きちんとたたんで、収めるべき所に収める。
 先週までは、ちゃんとやりました。しかし今日、何もしませんでした。今日は木曜日だと思い違いをしていたのです。だから午後は散歩に出かけました。智光山公園から、足を伸ばしてサイボクハムへ。往復3時間15分。帰ってきて、夕刊を見たら「え! 金曜日!」。
 今日は水彩画の会の日でした。そっちもパス。

 神様、私が本当にぼけるのは、もう少し先にしてください。
 神仏を信じない私が、こんなときだけはお願いします。

元気?

 散歩から帰る途中、黄色い帽子の小学生の集団とすれ違いました。その一人がすれ違いざま、
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
「お元気ですね」
「え、あ!」思わず笑い出してしまった。小学生に「お元気ですね」なんて言われちゃった。
 でも、やっぱり年寄りに見えるんだよなあ。あと9日で78歳です。

気になる俳句

   たわたわと薄氷に乗る鴨の脚  松村蒼石

 (ブログ・日めくり俳句 榊原風伯選)。「薄氷」は「うすらい」と読んでください。

 智光山公園の池の岸近くに薄氷が張っているとき、鴨がその上に乗っているのを見ました。指でちょっと押せば割れる氷に乗って、鴨が歩いていました。私は俳句に出来ませんでした。「たわたわと」がうまいね。

ぼんくら俳句

     池の端に吹き寄せられる黄葉かな
     寒林の風なき午後を鳴く鴉
     逆立ちは思い思いに鴨の群れ
 


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2014年12月11日 (木)

新年句会案内状・資本主義の終わり

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 絵は新宿御苑

新年句会案内状

 やるべきことは後回しにし、どうでもいいことをせっせとやる、それが私の生活スタイル。
今日、つばさ俳句会、踏青俳句会の合同新年句会の案内状を作る。もうぎりぎりの尻に火のついた状態。
 つばさ誌への出句7句も、過去の句や新しい句から選んで郵送。

 私は俳句を生きがいにしているわけではない。このブログなどを見ている人は、案外そう思う人もいるかもしれないけれど、俳句が何ほどのものだ、という気持ちはあります。
 俳句に限らず、私は何事もほどほどにしています。なんでも成功したり、著名になったりする人は、心血を注いでやるのでしょうね。私はなにごともちゃらんぽらん。困ったことに、それでいいのだと思っています。
 ちゃらんぽらんといっても、努力をしないという意味ではありませんよ。ほどほどの努力はするということです。ただ、まなじりを決してやる、などということはないのです。ほどほどにいい加減で、ほどほどに真面目で、ほどほどに楽しみ、ボランティアなどもほどほどにして、ほどほどのところで、おさらばをする。それでいいじゃないかと思っています。

資本主義は終るか?

 資本主義社会が、クライマックスを過ぎていることは確かでしょう。もう行き詰っていると、漠然と感じていた。私が感じるくらいだから、かなりの人が感じているに違いない。感覚の鋭い芸術家などは、とうに感じているのではないか。私などは何も分からず、ただ感覚的にそう思うだけだが、その理由によって、アベノミクスなどは信じない。

 先日『資本主義の終焉と歴史の危機』水野和夫・著、集英社新書を買ったのも、そのような思いからだ。
 これから読むのだけれど、とりあえずその前書きを読んだ。『はじめに―資本主義が死ぬとき』。その文章は「資本主義の死期が近づいているのではないか」の1行ではじまる。そうだよな、と私は思う。
 私の貧しい理解力では正しく伝えられないかもしれないが、以下はその前書きの要旨である。
 資本主義は中心と周辺から構成され、周辺を広げることによって、中心が利潤をあげ、資本の自己増殖をするシステム。つまり、先進国が後進国から利益を上げていくこと(私の解釈です)。アフリカのグローバリゼイションが叫ばれる今、もはや地理的なフロンティアは残っていない。また株式市場でも、あまりにせわしなく変動するため、資本の自己増殖は不可能になっている。残るのは貧困層からの吸い上げで、中間層を貧困層に落としていくこと(これも私の解釈)。
 こうした現実を見れば、資本主義は終わりに近づいているといえる。
 この事実から目をそらし、対症療法をすれば、必ずしっぺ返しを受ける。安倍のミックスなんて、これだよね。
 以上、私の理解する、前書きの要約です。

気になる俳句

  湯豆腐やいのちのはてのうすあかり 久保田万太郎

ぼんくら俳句

     湯上りに湯豆腐があり酒旨し

 本当は久保田万太郎の名句のあとに同じ湯豆腐の句を出すなんて、その差が歴然でいやになっちゃうのだけれど、これが実力だもの、しょうがないや。

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2014年12月10日 (水)

新宿御苑

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 新聞の広告写真から。白黒写真でしたが、かってに色をつけてみました。御存知の方は「ははあ」と分かる養命酒の宣伝写真です。

新宿御苑

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 右下の写真の人物。中国人らしく、身振り手振りで自分の写真を撮ってくれるよう頼まれました。「ありがとう」は日本語でした。ほかにも中国人団体は幾つも見たのですが、中国人が一人というのはめずらしい。

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 行き帰りの電車の中で『無名の人生』渡辺京二・著を読み終えたのですが、詳しく感想を書く余裕がありません。内容は、共鳴できることばかり。

気になる俳句

   絶壁の下のみちゆく紅葉狩    西村麦風

ぼんくら俳句

     散策と紅葉の映る池の面





















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2014年12月 9日 (火)

表現の自由

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 安比奈公園のはずれの小川。もちろんすぐに入間川に合流するのです。いつもこの場所に釣人がいる。何をつるのか聞いたところ、「私は鯉だ」ということです。

表現の自由

 ヘイトスピーチって言うのは恥ずかしいことですよね。それを規制しようと「人種差別撤廃基本法」制定を求める声があり、それに対する各党の反応はまちまち。自民党は、表現の自由との関連で制定には慎重。公明党は、議論を深めている。何言ってるんだろうね。
 寛容の精神というのは、何でも許すが不寛容だけは認めない精神。自由な精神というのは、なんでも自由だが他人の自由を奪うことを許さない精神。
 ヘイトスピーチの人たちって、じぶんたちがヘイトする人たちの発言を、居丈高になって封じ込めようとする。それが表現の自由なのかね。



 どうも私は、本に対してガードが甘い。貧乏人で満足な金もないくせに、つい、本を買ってしまう。今日、川越で買った本。

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 私が買うつもりで行ったのは、左側の1冊『無名の人生』渡辺京二・著、文春新書である。残りの2冊は、いわば衝動買い。
 渡辺京二は『逝きし世の面影』を読んで以来、気になる著者である。『無名の人生』は著者の人生観、世界観などを語っている。家に帰って読み始めて、すでに3分の1ほどは読んだ。

『資本主義の終焉と歴史の危機』水野和夫・著、集英社新書。
 私はかねてからアメリカ主導の資本主義はもう限界が見えていると思っていた。APOというんだったかな、あれなどはその行き詰まりを早めるだけのものと思う。しかしそれは、何となくそう思う、勘でそう思うというだけのこと。
 この本は、その問題を取り上げているように思う。ここまで来たら、経済の成長戦略などはもう駄目だ、と思っている。違う道を求めなければならない。それをどうするか?
 
アベノミクスなど、だめだよ。

『社会を変えるには』小熊英二・著、講談社現代新書。
 問題はこの本。果たして私に読めるのかなあ。つまらなくなって、途中で放り出す可能性もある。立ち読みでページをめくってみると、表現はこなれていて読みやすい。新書とはいっても大冊で税抜きで1.300円もする。近頃は少なくなったとは言うものの、ツンドクだけの本もある。それが心配。

気になる俳句

   降る雪や明治は遠くなりにけり  中村草田男

 有名すぎるほど有名な句。「や」と「けり」の二つの切字あることで、話題になることも多い。
 俳句にはいろいろなタブーがあって、1句に2つの切字を使う事もそのひとつ。季重なりがいけない、三段切れがいけない、などなど。そのタブーを絶対と考える人と、そうではないと考える人がいるわけで、私は絶対ではないと考えるほう。12月のつばさ俳句会に3段切れの句を投句している。結果はいずれ報告する。

ぼんくら俳句

     去年今年老人に忘れるという特技

 「去年今年」は「こぞことし」と読んでください。
 この句、タブーに反して字余りですね。この句、大晦日か元日に詠めばいいのですが、出来ちゃったからしょうがない。




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2014年12月 8日 (月)

野菜の処理

絵はありません

コパンの野菜

 精障者作業所「みちくさ」へ。

 同じこぶし福祉会に属する小規模作業所「コパン」では、毎年野菜の即売会をおこなう。先日おこなった即売会で余った野菜を大量に「みちくさ」に持ってきた。スタッフやボランティアなどに、持って行けという。白菜、サトイモ、葱、大根などだ。
 「みちくさ」のスタッフには、重ければ車で持っていってやるといわれた。私は野菜食いだが、独り者である。そう大量に貰ってもしょうがない。みちくさのボラは昼までで切り上げ、白菜、葱、大根を貰ってきた。しかしながら、白菜はベルクで買ったのがまだ残っている。大根にいたっては買ったばかりだ。
 さて、これを腐らぬように無駄なく使いきるにはどうするか。

 まず、大根の処理に取り掛かる。中ほどの3分の1くらいを千切りにして、買ってきたニンジンにあわせ「なます」を作る。これをタッパーに入れて冷蔵庫へ。こうすればしばらくは持つ。
 尻尾のほうの3分の1は大根おろしにする。大根おろしにすれば冷凍しても大丈夫と聞いていたので、試してみるつもり。といっても冷凍するには水分が多すぎるように思うので、大根おろしを巻き簾の上に置き水気を絞る。これを1回ずつ使いきりのの小分けにして冷凍する。頭のほうも、半分は大根おろしにする。私は少し辛めのほうが好きなので、こちらは皮付きのままおろす。
 大量の絞り汁が出るが、絞った汁は今晩の鍋物の水代わりに使う。頭のほうの半分も、そこで使う。
 大根の皮が大量に出たのでこれを捨てるのはもったいない。こちらもまとめて千切りにし、ベーコンも細く刻んで、味噌味の大根の皮のキンピラを作る。
 残るは大根の葉。これは細かく刻んで、塩を振り、電子レンジでチンをして即席の漬物。こうして大根1本は、完全に使いきる。

 次は葱。白いところの少し上の辺りで葱を2分割。根のほうはベランダのプランターに植え替えて、水をやっておく。青いところの下半分は保存袋に入れて冷蔵庫へ。上のほうは、細かい小口切りにして冷凍保存。こうしておけば、必要分を取り出して、味噌汁に入れたり、湯豆腐で使ったり、納豆に入れたり出来る。

 残るは白菜。漬物にすればいいのだが、やったことはないし、入れ物もない。もともと白菜は好きなので、せっせと食べることにする。まず今日の鍋物で使って、あとは新聞紙にくるんで保存するというところです。

気になる俳句

   溝蕎麦や1世1職1句集   嶋田武夫
                     (毎日俳壇より)

ぼんくら俳句

     小春日や街路樹ちょっと背伸びする
     逆光に尾花は白を増しにけり
     開戦日選挙記事のみ多くして
     どんぐりを拾って捨てて立ち話


 

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2014年12月 7日 (日)

マンションの掃除

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 絵は彩の森公園

 マンション共用部分の清掃。午前中2時間ほど。

安比奈公園へ散歩

 入間川の有料橋から、下流に向けて歩く。

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 河川敷には枯芒。肉眼では逆光の穂の白さが際立つ。

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 飯能、狭山あたりの入間川右岸は、あちこちで遊歩道を作っている。けれどもそれは、全体を続けずに、ボツボツと切れる。ここもそのひとつ。砂利道が続くように見えるけれども、、これもすぐ終る。散歩しようと思っても、左岸の自転車道のようなわけにはいかない。

気になる俳句

   枯野の日低し牛追ふはかなしき業  小松崎爽青

ぼんくら俳句

     己が影踏みつつ歩む枯野かな

 同じ枯野でも、見劣りするなあ。










 

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2014年12月 6日 (土)

良きにはからえ

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 絵の場所は智光山公園

日本人の特徴?

 最近あるテレビ番組で、アジアで人気のある日本企業を幾つか取り上げていました。その中のある企業は、従業員の意見をもとめる、従業員に考えさせることが、当の従業員にとって新鮮で人気があるということでした。欧米の企業ならば、従業員は命じられたことをきちんと忠実にやることを求める。自分で考えることなどは求めないわけです。
 実はこれ、何世紀も前から変わらぬ、日本人と欧米人の考え方の違いだと思います。
 誰だったかな、竹山道雄だったか、他の誰かだったか、とにかく誰かが「リーダー(企業であれ政治であれ)は欧米人のほうがすぐれている。しかし、それに従う者は日本人の方が優れている」という意味のことを言っていました。
 これも実は、根は同じです。
 明治時代の日本に来た外交官だったかの奥方が、日本の印象などを記述した本を読んだときも、同じ感慨を持ちました。奥方は植木職人に、ここはこのように仕上げろと命じても、職人は違うように仕上げてしまう。女中に、ここはこのようにしろと命じても、女中は必ずしも同じようにはしない。奥方はそれに腹を立てるわけですが、ある程度時間がたってみると、職人や女中のしたことのほうが正しかったことが分かる。
 欧米では、リーダーは、すべて自分で決めなければならない。あれもこれも考えなければならないから、卓抜した能力も生まれます。日本は個人として卓抜するよりも、集団として卓抜する、それが日本の特徴ではないのか・・・という気がするのだが、間違っているのかな。
 あのね、殿様が家臣に向かって、「良きにはからえ」なんて言えるのは、日本くらいではなかったのかなあ。家臣も責任を持たなきゃいけないわけだよ。従業員も、言いつけられたこと以外の責任を持つ、それが喜びにもなるわけだ。

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 このごろボランティアに関する会議を辞退したり、毎週行っていたケアセンターを月   1回にしたりして暇が増えました。その分、散歩が多くなります。今日は入間川の河川敷。入間川も写真の撮り方によっては、結構大河に見えるかな?

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 入間川右岸の遊歩道。途切れ途切れで、途中でなくなったりする、困った遊歩道です。左岸は自転車道が通っています。

気になる俳句

   木がらしや目刺にのこる海の色  芥川龍之介

 文人俳句というけれど、私は芥川龍之介や夏目漱石の俳句は大好きです。

ぼんくら俳句

     落葉踏む途切れ途切れの遊歩道
     日暮るるや川の中州の枯芒












 

 



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2014年12月 5日 (金)

『シュリーマンの旅行記 清国・日本』

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 絵は新聞の広告写真から。今の時期ですからお歳暮の広告ですね。

『シュリーマンの旅行記 清国・日本』

 昨日のように書くことに苦労する日もあれば(これが多い)、今日などは、書きたいことが5つも6つもあって、どうしようかと悩むこともある。どれも書けば長くなりそうで、ひとつに絞らなければしょうがない。そして選んだのが『シュリーマンの旅行記 清国・日本』ハインリッヒ・シュリーマン著、石井和子訳、講談社学術文庫でした。といっても、いわゆる書評を書こうというのではありません。読みながら考えたり感じたりしたことを、勝手に書くだけです。

 この本を買ってからは、早く読みたくて、読みかけの本を斜めに読んで、それでもたまらず、読みかけはそのままにして、こちらにかかってしまいました。
 なにしろ「シュリーマン」といったら、あの「トロイ」を発掘した人でしょう? その彼が日本に来て、旅行記まで書いていたなんて! 解説の木村尚三郎が驚いているくらいだから、私などが知るわけがない。
 来ていたんですネエ。訳をした石井和子によれば、トロイ発掘の6年前だそうです。ところで「訳者あとがき」に「夫寛を見送ったあと・・・」とある。すると、訳者は舞踏家イシイ寛の奥さんだった人か? たぶん「イシイ」は「石井」以外の漢字だったように思うが、何事もうろ覚えの私、定かでない。

 シュリーマンが日本に来たのは慶応元年、まさに幕末、明治維新の3年前だ。日本に居たのはたかだか1ヶ月、その間の見聞なのだが、観察は鋭い。中国(清国)から日本に来たわけで、中国との対比もある。清王朝も徳川幕府も疲弊していたわけだが、中国の街や寺院の不潔さ、日本の清潔さなどにも触れている。また日本の役人は、賄賂やチップはけ決して受け取らないこと、金銭を受け取るくらいなら切腹を選ぶとまで言っている。いまはどうかな? また役人の事大主義(そういう言葉は使っていないが)についても、うんざりしている様子が書かれている。大衆が、本質的には無宗教であること、指導層は宗教に対して懐疑的であることなど、よく見抜いている。
 なんにしても慶応元年である。尊皇攘夷とか佐幕とか、新撰組などという人殺し集団などが出来るような物騒な時代に、よくもまあ来たものですなあ。

気になる俳句

   水枕ガバリと寒い海がある  西東三鬼

ぼんくら俳句

     母と子が釣竿もって冬の池
     ウオーキング師走の噴水トテチテタ

 言葉遊びです。このトテチテタについては、気が向けば、明日書くつもり。

彩の森公園に散歩に行きました。

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 この花はクサボケ?




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2014年12月 4日 (木)

貧乏性

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 絵の場所は智光山公園。

今日一日何ということなく過ごしました

 何もしないで1日を過ごすと、なんとなく後ろめたいんですね。病気ででもあるならともかく、健康な人間がなにもしないで1日を過ごすなんて、神にたいしてか、仏に対してか、世間に対してか、なんだか申し訳ないような気分。
 ぶらぶらと時を過ごし、寝転んでいたい気持ちはあるし、そうすることも多いのだけれど、そんな日は、たとえばブログを書くようなとき、こんな言い訳を書きたくなるわけです。貧乏性なんでしょうね。生まれたときから貧乏なんだから、しょうがないか。
 それでは今日やったこと。ブログに載せてる絵を描いた。銀行に今月分の生活費をおろしに行った。コピー用紙とコーヒーを買いに行った。本を読んだ。数独をやった。鼻毛を抜いた、おならをした・・・なんだ、結構やっているじゃないか。おまけに今ブログを書いているし・・・でも、気分としては・・・。

気になる俳句

  もう少しいてゐいですか冬苺  長谷川浩子

 作者はわたしの俳句仲間。車椅子の人。誰かを訪問したのだろうか。テーブルの皿には苺がある。もう帰るべきなのだろうか、もう少し話したいのだが・・・そんな気持かな。

ぼんくら俳句

     冬野菜多めに入れて一人鍋
     さらさらと木の葉を流れて冬の雨

 

 




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2014年12月 3日 (水)

ぼんくら日記はドジ日記

ぼんくら日記はドジ日記

 とにかく日々のドジを書き連ねたら尽きることがない。ぼんくら日記はドジ日記であります。もちろん今日もドジで始まりました。
 今日は山行の約束がありました。まもなく出かけようと思っているところに電話があり「はいぼんくらです」というと、「あ、家にいる」。何のことはない、私は集合時間を1時間間違っていました。仕方がないので私は不参加に。
 芦ヶ久保から登る里山だし、1時間くらい遅れても追いつけると思ったが、なんだか一人で登るのもかったるくて、後を追うのはやめにしました。用意していた、山行のリュックに入れていたものを、街歩きようのリュックに入れ替え、長瀞に出かけました。上長瀞から長瀞に向かう岩畳の上を歩くのが、私は好きなのです。

長瀞

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 上長瀞なごりの紅葉

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 長瀞の「瀞」は流れのゆるやかなところの意味があると思いますが、このあたりが、長瀞で最も急流なところです。

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 長瀞の池塘です。荒川と岩畳の景観も好きですが、池塘も好きです。岩畳に中の水溜り。荒川よりもずっと高い位置にあります。池塘は高原ばかりではありません。

 こんな風景を楽しんでいると、ケータイに電話あり。「今どこにいる」「長瀞だよ」「私たちは丸山の頂上、追いかけてくるかと思った」。
 そんなやり取りがあり、飯能駅で落ち会うことに。つまり、反省会を一緒にしようということ。反省することがあってもなくても反省会。今回は反省することは、私だけにある。

秩父夜祭

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 今日は秩父の夜祭で、秩父線から西武線に乗り換える時間を利用して祭りを見物。夜ではないからクライマックスは見られないけれど、大勢の人で賑わったいます。これはその山車のひとつ。
 夜祭は40年位も前に2度ほど来た事があるが、12月3日の夜なので、とにかく寒い。見事は見事です。

飯能の本屋で

 飯能には私が先に着いたので、駅ビル4階の本屋による。そして『シュリーマン旅行記清国・日本』ハインリッヒ・シュリーマン著、石井和子訳、講談社学術文庫を買う。私は幕末から明治にかけての日本が、外国人の目にはどのように映っていたか、ということに興味がある。これまでも何冊かの本を読んでいるけれど、これもそのひとつである。
 江戸時代は封建的で、何もかも駄目だったみたいに言われることもあるけれど、案外そうでもなかったらしいことが、近頃は多くの人に知られていると思う。渡辺京二著『逝きし世の面影』平凡社ライブラリー、などを読むと、その感をますます深くする。













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2014年12月 2日 (火)

消えゆく立場

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 メタセコイアなんですが幹はともかく、この葉っぱの描き方は少し考えないといけませんね。

消えゆく立場

 精神障害者施設、リバーサイドの「かすみ川食堂」に包丁研ぎボラ。こぶし福祉会家族会会長と、こぶし福祉会講演会会長に会う。今日理事長と話し合いをするはずだったが、約束の時間が過ぎても、理事長は来ないということだった。先日、理事会、評議委員会があったそうで、今日の話し合いの約束をしたらしい。
 そんなことあって、家族会会長から5ページにわたる文書を渡された。眼鏡を持っていないので、あとで読ませてもらいます、といって受け取ったが、このブログを書いて、今思い出した。ブログのあとで読まなくてはね。
 私は耳の調子が悪くなって、会話は出来るけれども、会議などでは皆が何をいっているのか分からないことが多くなり、評議員を辞めた。こぶし福祉会の中では、消えゆく立場である。

 こぶしばかりではないね。人生も、そのうち消える。何か残すものがあるか? 私にあるとしたら反戦の気持ちだけだ。多少なりとも戦争時代を知っているものが、もう、消えるしかないのである。戦争をすることの効率を考えたりする人のいる時代である。この先、どうなるのだろうか。
 選挙が始まる。安倍さんは日本を強国にしたいようだ。政治の世界も戦争を知らない人たちがほとんどだ。石原慎太郎みたいに戦争を知っている人もいるけれど、庶民じゃないものね。人間を戦争の駒として動かすような人だ。彼は、日本を、恐持てする国にしたいみたいだ。やーさんの論理だよ。安倍さんもその気味があるな。
 でも、戦争だけはしては駄目だ。弱小国といわれても、負け犬とさげすまれても、戦争だけはしてはいけない。

河川敷遊歩道を歩いて帰る

 なんだか、書くつもりのなかったことを書いちゃった。かすみ川食堂からは、いつもの通り入間川の河川敷を歩いて帰る。

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 天気はいいし、見晴らしもいいし、楽しい散歩道になる。白鷺の飛ぶ姿をデジカメでとることができました。たぶん、初めてかな。

気になる俳句

   七夕に書く見られてもいい願ひ  遠藤由美

 無名の俳人の句。時季はずれだけれど、今書いておかなければ忘れてしまう。俳句総合誌『俳句』12月号より。

ぼんくら俳句

     白鷺の哀し麗し彼逝きぬ

 白鷺は季語としては夏。無季の句と思ってもらうほうが良い。彼とはF氏。でも、呉清源でもいいよ。今日の新聞に訃報。100歳だって。とうの昔になくなったと思っていたのに、生きていたんだネエ。





  


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2014年12月 1日 (月)

喧嘩仲裁する前に考えたこと

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 我家の近くです。この坂をあがりきると、左手にショッピングセンターがあります。

精障者作業所「みちくさ」へ

 雨の中ですがラデッシュの間引きなどしました。昼で帰る。

昨日の喧嘩仲裁

 昨日は智光山公園子ども動物園で喧嘩の仲裁をしましたが、仲裁に入る前に、多少のためらいはありました。若い頃、私の友人がスナックバーで喧嘩の仲裁に入り、「お前は関係ないから引っ込んでいろ」といったことを言われ(たんだろうな)、押し倒され、階段に頭をぶつけて死んでしまいました。新聞種にもなったのです。一瞬、そのことが頭をよぎりました。
 でもね、目の前で喧嘩を始めて、年寄りのほうが1度倒されてまだ取り組もうというのですから、放ってもおけず、仲裁に入りました。
 とにかく、過去にそんな例を知っているだけに、両者を刺激しないように、使う言葉にも気をつけますね。威圧的に仲裁するのではなく、頼むからやめてください、という言い方になります。実際に言った言葉ははっきりとは覚えていませんが、だいたい昨日のブログに書いたようなことです。
 年寄りのほうが、子どもの扱いについて「近ごろの若い者は」的なことを言ったようで、若い父親がそれに腹を立てたというのが原因のようでした。はっきりとは分かりません。

気になる俳句

  遠景に疲れゐたりし冬の雨   川端青鞜

ぼんくら俳句

     裸木にするまで雨は降るつもり


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