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2014年9月12日 (金)

写生の句

001

 絵は妙義山山中。標高2000メートルくらいのところと思います。絵がちょっとうるさくなりました。今日、水彩画教室で描いた絵です。二人の後姿、もちろん私の仲間です。

 という訳で、午後は水彩画の会。

写生の句

 私は、俳句なんてものはなんだか分からないし、正岡子規や高浜虚子の弟子ではないから、俳句は写生でなければいけないなんて思っていません。でも、写生が基礎であるということは、事実かもしれません。ピカソだって、写実的な絵は上手いんですよね。
 私がいつも読むブログに「林住期」というのがありますが、そこに、夏目漱石が良く俳句を作っていたと言うことを取り上げていました。
 そうなんですよね。漱石はいい俳句をたくさん作っています。中で私の好きなのは、

      あるほどの菊投げ入れよ棺の中   
      叩かれて昼の蚊を吐く木魚かな

 漱石は女の弟子はあまりいませんでしたが、例外的にいた弟子が夭折したとき、作ったのが「あるほどの・・・」句です。
 この弟子、良い詩を作っているのです。ブログに書こうというくらいだから、ちゃんと調べればよさそうなものですが、私はそれをしません。いい加減な記憶のままに書くのですから、名前が分からなければ、分からないままの書き方になります。
 とにかく、その人の書いた詩に次のようなものがあります。

      お百度参り
 

   一足踏みて夫(ツマ)思ひ
   二足踏みて国思ふ
   三足踏みてまた夫思ふ
   乙女心に罪ありや

 これも、意味がそんな具合だったと言うだけで、言葉使いや用語など、間違いがあるかもしれません。与謝野晶子の「君死にたもう事なかれ」が反戦の詩として有名ですが、「お百度参り」も、立派な反戦の詩です。

 ところで、漱石のもうひとつの句「叩かれて」の方ですが、これは漱石らしいユーモアのある写生句です。木魚から蚊が出るなんて写生とは思われないかもしれませんが、私は実際に見たことがあります。蚊は、昼間は暗いところに隠れます。大きな木魚などは絶好の隠れ場です。今と違って、毎晩蚊帳を吊らなければ寝られなかったほど、蚊の多かった時代のことです。「あるほどの」方は、今でもたまに取り上げられることがありますが、「叩かれて」の方は、取り上げる人もあまりないようです。これが写生だなんて思えないんでしょうね。

 そんなことを思い出すとき、いつもセットのように思い出すのが、芥川龍之介の

     青蛙お前もペンキ塗りたてか

 という句。昔は、公園のベンチなどに「ペンキ塗りたて」というような標識が良くありました。標識に気づかずうっかり座ってしまうと、ズボンにべったりとペンキがついたりしました。そんな経験があるから、「お前もペンキ塗りたてか」という言葉が出てくるわけです。ペンキが乾く時間も、今よりだいぶ長かったですね。

 もうひとつ。小林一茶の句

     やれ打つな蠅が手をする脚をする

 この句はほとんど無視されていますね。これも写生なんですよ。今の時代、ハエを観察するなんてことは、あまりないのでしょう。昔は蠅が沢山いましたから、私などでも、特に観察をするというほどでなくても、蠅が手をすり合わせたり、脚をすり合わせたりするところを良く見ました。ハエの脚は6本ですが前の2本を手ということにすれば、ハエはちょうどわれわれが仏様を拝むときにするように、手を持ち上げてすり合わせます。後ろ足でも、同じようなことをします。だから「手をする脚をする」なんですね。

 かつて写生だったものも、今では違う意味に取られたりします。今の写生も将来は・・・。

ぼんくら俳句

      出てみれば爽やかに暑し秋桜
      電線に何でこんなに椋が居る

     


 



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