« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »

2014年9月30日 (火)

朝の絵の手の内

002

 私は早朝から出かける日を除いて、ほぼ毎日、朝食前に絵を1枚描きます。今日はこの絵。大抵は自分で撮ったデジカメの写真をパソコンに取り込み、それを印刷したものを見ながら描きます。今日は次の写真を見ながら描きました。

003

 色が、まったく変ですね。実はヤマダ電機で買った黄色のインクをセットしたら、まるでその黄色をプリンターは感知しないのです。同じ記号のインクを、安いのと高いのと2種類売っていました。私は貧乏人だから、何事も安いのが好き。迷わず安い方を買ったわけです。そしたらこの結果。エプソンのプリンターですが、純正インクではないのですね。前に1回安物を買って失敗したことがありますが、そのときは近くのホームセンターで買った物でした。ヤマダ電機なら大丈夫だろうと思ったのが間違いでした。
 今日、暇があったので、ヤマダ電機に文句を言いに行きました。最初に応対に出た店員は、開封してあるから引取りや取替えは駄目だと言う。冗談じゃない。開封しなくちゃ、使えるかどうか分からないじゃないか。6色のインクを1箱かって、黄色だけ使ってみたところだ。押し問答。別の店員を呼ぶ。そこですんなり、インクを引き取ってもらい、お金は返してもうことに。
 私はそれでよかったけれど、ヤマダ電機にとっても、良かったはずだ。純正じゃないものをうかつに扱うと、こんなことがあると分かったのだから。

ぼんくら俳句

       朝日受け屋根葺く人や薄紅葉
       こりもせず聞いて忘れる草の花
       曼珠沙華はや黒ずみてしまいけり






| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月29日 (月)

バンドエイド

001

 ボールをペンで描いたのは間違いでした。

 精障者作業所「みちくさ」へ。

バンドエイド

 近頃よく小さい怪我をする。とげが刺さったくらいの怪我で、バンドエイドですむものばかりだ。注意力散漫になったかナア。いえ、それは昔からです。とすると・・・とっさの手の動きが鈍くなった? うん、それはあり得る。現実はキビシイナア。

ぼんくら俳句

      投句依頼受けて句を選る秋の宵

 俳句を始めたころは、つばさ俳句会だけに投句すれば良かったのだけれど、なんだか知らないけれど最近はあちこちから、投句しろという依頼が来る。つまり、句を集めるのはいい鴨だ、というわけです。本当は鴨じゃなくてカエルだけどね。私が俳句の名手なら、投句しろという以来の代わりに、選句しろという依頼が来るだろう。だが、そんなのは金輪際くるはずもない。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月28日 (日)

御嶽山噴火・歩く会

御嶽山噴火

 犠牲者が大勢出ていますね。やっぱり火山は怖いなあ。私の山の会でも、何年か前、御嶽山に行きました。たまたま、私が会長のときです。報道で見ると、私たちの泊まった小屋には、灰が厚く積もています。亡くなられた方、怪我をされた方、今も救いを待っている方、なんとも言葉がありません。

土井たか子さん逝く

 何らかの感慨を禁じえません。安らかにお休みください。

歩く会 飯能-飯能河原-天覧山下の公園-高麗峠-巾着田‐宮沢湖

 Тさんの案内。13名参加。

002009

 左は天覧山下の公園のアトム像。手塚治虫が建てることを許可したアトム像はこれだけだそうです。この公園、何回も来ているのに、こんな像があるなんて知りませんでした。手塚治虫は飯能に住みたかったんですってね。
 右。宮沢湖堰堤のキバナコスモスと釣り人のボート。
012

 巾着田の曼珠沙華は、もう盛りを過ぎて黒ずんでいました。それでも入場料300円。今日は日曜で書き入れだから、目をつむって取ったかな。明日からは無料にするんでしょうなあ。それとも・・・?

 誰かが電車の中で、今日歩いたのは「一万七千歩」といったのを「駅前の温泉」と聞き違えました。一万と、駅前は音が似てるね。それにしても私の耳は、部品を取り替えられるなら、取り替えたいよ。

今日の俳句

      曼珠沙華萎れていたり稲架の下
      山あいの手で稲を刈る田もありぬ

 1句目。季語重複です。
 2句目。宮沢湖へ行く道、山あいの谷で、狭い小さな田を刈っている人を見かけました。刈られた田には、まだ水が残っています。湿田ですね。あまり良質の田とはいえない。自家製の米を作っているのでしょう。






| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月27日 (土)

航空公園

012

013

 上は今朝描いた、入間川の絵。鉛筆、ペンなどの線は使わずに、筆だけで描いてみました。下は航空公園、現場でのスケッチ。描こうと思ったら、眼鏡を忘れちゃって、なんとなく、感覚で描いたと言うことかな。絵の具の色だって、はっきりしないんだよ。これが紫かなあ、なんて思いながら描くわけです。こうやって見ると、緑のつもりだったのに違う色になっているところもある。で、いつもの性格が出るわけです。まあいいや、とね。

002

 花壇に植える花を運んでいる人。

005007

 その花を植えて水をやって、その先に飛行機が見える。航空公園だから・・・。

ぼんくら俳句

      せせらぎにオハグロトンボと子どもかな
      ドリブルのボールの音や薄紅葉










| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月26日 (金)

水彩画の会

     

002
アジアスポーツ大会競歩で優勝の上田選手

003
水彩画の会で描いたもの。何日か前の朝、同じ写真から描いています。ブログに乗せると同じ大きさになりますが、実際の絵は、こちらの方がずっと大きい。

ぼんくら俳句

     マンションの最上階に秋の雲
     ためらいて出ずれば強き秋日射し



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月25日 (木)

ボラグループ定例会

001

ボラグループ定例会

 われわれのボラグループは、月に1回定例会がある。2年位前までは、定例会は月に2回だった。会員も年をとり、やめる人も増え活動量も減ったので、1回になった。
 われわれの現在の活動は、老人介護施設の訪問と、精神障害者のサポートである。グループの中には、老人介護施設訪問だけの人と、精神障がい者サポート専門の人、その両方をやる人がいて、私は、精神障害者中心だが、老人介護施設訪問もする。
 定例会で話し合われることは、1ヶ月間の活動内容、これからの予定、さまざまな出来事と反省点、素直な感想、他のボラグループとの付き合い、たとえばV連などの行事に関する話題。ちなみに今日は、「みちくさバザー」(V連主体でやるもので、精障者作業所「みちくさ」とは無関係)や、V連の研修旅行についてなど。その他、情報交換と雑談。
 仲間と月1回会うという楽しみもある。

 車椅子と仲間の会の方は、個人ボラとして参加しています。

ぼんくら俳句

      朝の窓どこかで落葉焚く匂い


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月24日 (水)

図書館へ

001

 入間川河川敷、入間市武道館付近にいる山羊です。

狭山台胃腸科外科へ

 血圧で通っています。たいして高くはないけれど・・・。

狭山市狭山台図書館へ

 俳句の本を3冊借りる。読む本は買って、調べるものは図書館というのが、私の通常パターンですが、俳句の本を集中的に読んでみようかと思って、図書館に行きました。買うほどの気はしないのでね。

このほか、今日したこと

 あとは買い物と洗濯かな。要するに、暇な一日です。

ぼんくら俳句

      秋の風河原の石にも過去がある
      透明なグラスと酒や秋の宵

 このところ、グラス磨きに凝っている。なんでも手抜きの好きな私だが、ガラスのグラスを透明にしようと思い立った。普通に洗っていると、ガラスがだんだん曇ってくるのです。それを透明に保とうというのです。コツは拭くときに布巾を二つ使うこと。手で直接グラスを持たず、グラスに手を触ることなく拭き上げることです。私が普段使うグラスは三個。その三個、ぴかぴかです。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月23日 (火)

再び、読書について

003

昨日に引き続き、読書について

 今読んでいるのは、「宮沢賢治詩集・永訣の朝」北川幸比古・編、岩崎書店。
 賢治の詩は難解なものが多い。実は童話も、結構難解です。そのような難解なものを若いうちに読んで、分っても分からなくても、読みとばして、読んだつもりになって、あとはその本を手にしない、もったいないですね。一流の文豪が命を懸けて書いたような本を、何もわからぬ青二才が読みとばして、それっきり。ただ、読んだという記憶だけ、そんな本ばかりが多い。
 でもね、世の中には読みたい本が何と多いのでしょう。一生かかったって、読みきれないのですよね。古典ばかりでなく、今、目の前にある現実を理解したいと思えば、いくらでも読みたい本は出てくるのです。だから中々、一度読んだ本に手を伸ばしにくいのです。ごく僅かに、数冊の本のみ、何回か読むことになります。昨日も書いたけれども、私の場合は、モンティーニュの「エセー」などです。そうして歳を取れば、理解力だって相当に衰える。根気もなくなる。
 それでも、まあ、今後も楽しく本を読みましょう。書いてあることなど、片っ端から忘れても、それでいいんじゃないですか。

ぼんくら俳句

     刈られし田の畔に整列曼珠沙華
     鉄塔を風吹き抜けてネコジャラシ
     声のみが聞こえて秋草猛きかな
     踏み跡に沿いて野菊の登りゆく
     捕虫網持つ子ら走る秋の野辺
     秋の午後河原の石の色いろいろ
     草猛し秋とはいえど川遊び
     日陰れば水馬の波紋消えにけり
     昔ここに農家がありき柿たわわ
     秋の夕一筆書きのような雲
002




| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月22日 (月)

読書について

002
 新聞の広告写真から

ショップみちくさへ
001
 ボランティアとして通っている、精障者作業所ショップみちくさの外観。メンバーさんはここで働きながら、社会復帰を目指します。売っている物は、リサイクル品、自主作品など。私はそのお手伝い。

読書について

 自慢話と思ってください。

 私は年間100冊以上本を読んだ時期が、20年以上はあると思います。そのうちの半分くらいは200冊以上読んでいる。今は、せいぜい50-80冊くらい。何でそんなに読んだのかと言えば、義務教育しか受けていないための劣等感があったと思います。上級学校へ進んだ人に追いつくのは、本しかなかったからね。
 子どものころから、本がすきは好きだったんです。近所に貸し本屋があって、戦前の講談倶楽部なんか揃えてありました。小学校の上級から中学の低学年のころ、
そこから借りて、いろんな本を読みましたネエ。岩見重太郎(あなたは知らないでしょう)だとか、木村重成(知ってますか?)だとかね。後藤又兵衛や、眞田幸村、その他数々の豪傑や忍者、私は知っているんだよ。エヘン。
 その後、文学系のものを読むようになり、古今東西、読みましたネエ。古代エジプトの女流詩人サフオーから、ギリシャの悲喜劇、インドやペルシャの作品、もちろん中国、ヨーロッパ、アメリカ、ロシア。手当たりしだいですなあ。
 そのころは長編でも平気で読みました。「ジャン・クリストフ」「アンナ・カレニナ」「レミゼラブル」その他、名作の数々。アンドレ・ジイドとヘミングウエイは愛読したといっていいかもしれません。
 そんな中で出会ったのが、モンティーニュの「エセー」。私の1冊の本になりました。

 小説を読んだのは、若い頃ですね。今は、小説はほとんど読みません。1年に1冊読むかどうかというくらい。
 今読むのは、○○新書とか××選書とか言うのが多いです。文庫本も多いな。学校へ行かなかったから、専門というものがありません。手当たりしだい、広く浅くと言うところかな。別段、のめり込むつもりはないのですが、俳句の本など多くなりました。まあ、読み流しですな。
 最近読んだ本で最も感銘を受けたのは、藻谷浩介の「里山資本主義」です。

ぼんくら俳句

 今日の俳句がまだ出来ない。参った。今日したことを考えて・・・まあいいか

       さつまいも掘ってみたけど早かった

                        おそまつ



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月21日 (日)

ユガテから巾着田

足慣らしにハイキング

コース

東吾野駅-福徳寺-ユガテ-北向き地蔵-日和田山-巾着田-高麗駅

朝、早めに出て、巾着田で昼食という予定。

まさに予定どうり12時に巾着田着。Kさん、Hさん、ぼんくらかえるの3人。

曼珠沙華の盛り。生ビールとおでんなどを買ったが、座るところを捜して、奥のほうのテーブルに着く。先に座っていたご夫婦がいたが、同席させてもらう。話が弾んで、私は先着の御主人に、枡酒一合をおごってもらいました。

001

 この空の下で出発。いい天気ですね。秋の雲が爽やか。

002

 福徳寺からは、こんな道標に従います。われわれの通った道は、古道飛脚道ということのようです。
 途中何度か車道に出たりして、ちょっとした高低をくりかえし、日和田山に着く。このあたりから、大勢の人がいました。天気はいいし、巾着田の曼珠沙華は見ごろだし、ついでに日和田山なんていう人が多かったのでしょう。

012

 巾着田の曼珠沙華は確かに見事です。入場料300円。
 テーブルで同席した御夫婦の写真を撮り、ブログに掲載する許可も得てはいるのですが、万一何かの影響があるといけないので、掲載は見送ります。日高のHさん、ありがとうございました。

ぼんくら俳句

      止まらずば落ちることなし秋の蝶
      この空はおらの空なり赤とんぼ










| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月20日 (土)

つばさ俳句会9月例会報告

001
絵は、入間川。豊水橋付近。

つばさ俳句会 九月定例会報告

高得点句

11点句

  横にしてからだはながし秋の風  京子

 私も頂きましたが、ずいぶん入りましたね。なるほど横になった体は長いいや。秋の風で、孤独感あり。

7点句

  水槽に受け口の魚秋彼岸     三郎

 食堂の水槽などにゆったり動く受け口の魚。次は調理されるかもしれない・・・なんてね。私も頂きました。

6点句

  父方と母方がいる夏休み      浩子
  豆腐屋の親子色白新豆腐     美智子

 [父方と」の句、私は両方いて嬉しいな、と取ったけれど、洋子さん曰く[読めとして、両方来ていて世話が大変・・・なるほど、男と女の立場の違いで、受け取り方も変わる。[豆腐屋]の句。最後の最後まで、戴くかどうか迷った句。頂くべきだったかも。

5点句

  秋めくや橋に二つの常夜灯     京子
  涼しさや今あるものを使ひきり   浩子
  きつねのかみそり降らずじまひの湖の色  京子
  目の醒める朝が嬉やすでに秋   和夫

「秋めくや」いい句ですね。これも、迷いました。「目の醒める」死を間近に見るような「すでに秋」では、・・・ちょっとね。

4点句は沢山ある。そのうち3句だけ

  縁側に日焼けの足のありにけり   柳二
  生御魂陰口聞かぬことにする    伊達天
  片側にだけの歩道や草は実に   京子

「生御魂」の感想はあとで書きます。[片側に」は4点句ですが、桑原三郎先生、今坂柳二先生が取っています。

 京子、浩子、美智子、三郎先生、いつもの高得点者です。

私は、まったく振るいません。5句投句

  三日月を残して花火果てにけり   2点
  雪渓を映して朝の池塘かな     0点
  深酒のあいまに夏風邪ひきもする 0点
  敗戦忌墓参の人は杖ついて     1点
  人気無き巡礼古道くもの糸      0点

 「三日月を」の句、どうせ類句があるという気がします。予定調和の句ばかりで、これを越えなければと思っているのだけれど、できませんねえ。自分では「深酒の」句が気に入っています。でも、0点。

選句 10句

  水母浮くどこまでゆけば天の青   康子
  秋刀魚焼く天井に雲侍らせて    三郎
  夏負けの臍も縮みてしまいけり   和夫
  縁側に日焼けの足のありにけり   柳二
  生御魂陰口聞かぬことにする    伊達天
  開くことかなわぬ案山子への一字 伊達天
  水槽に受け口の魚秋彼岸      三郎
  必死とはこういうことよ油虫     美智子
  海へ出て行方定むる帰燕かな   幸子
  横にしてからだはながし秋の風   京子

「水母浮く」の句。康子さん。上手な人だと思っています。海の表面まで浮いても、まだ天ではないんだ。「秋刀魚焼く」と似ているけれど、私は「水母」の方がいいな。「夏負け」の句、頂いたのは私だけ。でも、好きです。「生御魂」の句、私は「天」で取りました。生御魂といわれるほどの歳になれば、陰口を聞いても、ニコニコと接することが出来ます。それくらいのタヌキにはなりますよ。「必死とは」の句も、取ったのは私だけ。台所でゴキブリを発見したら、私は必死で叩き潰そうとします。ゴキブリは、素早く、命がけで逃げます。まさに必死です。 

 
    
 
 


  



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月19日 (金)

みちくさバザー出店者会議・V連

001
成木川(入間
流地点)

会議二つ

   みちくさバザー出店者会議
   狭山市ボランティア連絡会(V連)

ぼんくら俳句

      貧しくも帰る家あり曼珠沙華
      失敗の夢に目覚めて秋暑し


| | コメント (0) | トラックバック (0)

かまくら伝説 最終回

前回までのあらすじ

 父の郷里へ来た慎君は、横手のかまくら祭りで不思議な少年に会う。その少年の手引きで、慎君は900年前の少年、道太と同化する。道太は源義家の家来で,負傷して雪のほこらに倒れ込み、しずという里の娘に助けられる。しかしそのしずは、いくさで殺された娘の霊魂だった。義家軍は雪のほこらを作って陣とし、道太は見張りのため、そのほこらをめぐって歩く。

      かまくらと鎌倉

 気がつくと、慎君は大きなカシの木下に立っていました。隣には蓑を被ったあの不思議な少年がいます。
「慎君『よんじゃめぐり』の意味はわかっただろう?」
「うん。『用心めぐり』だよね」
「『かまくら』の意味はどうだい?」
「それは分からない」
「分からないかなあ。さっきほこらの中にいたのは、源氏の武将たちだよね。その源氏は後に鎌倉を本拠地にしたのさ。だから雪のほこらを『かまくら』と言うようになったのさ」
「ふうん、そうだったの、ところで君は・・・」
「僕かい、源氏にゆかりの者とでも言っておこうか。そんなことより、君はお父さんのところへ帰らなくてはいけない」
 はげしい雪の中で、慎君の体は、少し浮き上がったように思いました。そのとき、雪のほこらをまわる道太が見えました。そして、不思議な少年が、道太の中に吸い込まれていくのを、見たように思いました。

 雪が降ります。あたり一面を白いもやにして、雪が降りつのります。
「やあ、遅くなってごめんよ」
 不意に、お父さんの声がします。振り返ると、お父さんがかまくらから出てきたところです。
「いやあ、子どもたちに、もう一杯どうぞなんていわれて、つい甘酒を二杯も飲んじゃった。待ちどうしかっただろう」
「お父さんごめんなさい。長い間いなくなったりして・・・」
「え?」
「僕は道太の中に入っていたんだ」
「ドウタ? なんだい、ドウタって?」
「雪の蓑を着た子どもが来てね、それで・・・」
「雪の蓑を着た子どもだって? 昔はそういう子どももいたけれど、今はいないよ。まるで夢を見ているようじゃないか」
 慎君は辺りを見回しました。まわりの景色も人も、慎君が不思議な少年に会う前と同じです。本当に夢を見ていたのでしょうか? それも、お父さんがたった二杯の甘酒を飲む間に・・・」
 慎君が不思議に思っていると、遠くから歌声が聞こえてきます。道太の声です。慎君は目を輝かせて言いました。
「お父さん、ほら、道太がうたっているよ」
「歌? 聞こえないねえ」
 お父さんは首を傾けて言いました。でも、慎君には、かすかに、しかしはっきりと、道太の歌が聞こえるのです。

    用心めぐり
    用心めぐり
    寒鍋かけろ
    辛酒かけるな
    甘酒かけろ
    餅あぶれ
    ほーい  ほーい

 しんしんと雪が降ります。その雪の下で、横手市はかまくら祭りのにぎわいです。

                           終



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月18日 (木)

入間川散歩

037
 絵は大月市(百蔵山から下山)

入間川散歩 

011
014
曼珠沙華の季節ですね。
024
035
水鳥もいます。

ぼんくら俳句

       川沿いの曼珠沙華また曼珠沙華
       川風にハグロトンボの吹かれおり
       白鷺は貴婦人水澄める川に









| | コメント (0) | トラックバック (0)

かまくら伝説 (第8回)

前回までのあらすじ

 父の郷里へ来た慎君は、横手のかまくら祭りで不思議な少年に会い、その手引きで900年前の少年、道太に同化する。道太は源義家の家来である。負傷して、しずという里の娘に助けられたが、そのしずは、いくさで殺された亡霊だったらしい。

      雪の陣(2)

 しきりに喉が渇く。道太は足元の雪を一掴み、口の中に押し込んだ。
 降りしきる雪の向こうに、しずの姿が浮かび上がる。しずのまわりの雪が、茜色に変わり、赤や黄色や紫に変わった。蛍だ! 降る雪がすべて蛍に変わった。
「あは、うふ、ふふふふ」
 初めてしずにあったときの明るい声がして、しずが蛍を追っている。
「しず・・・」
 思わず道太が呼びかけると、
「私はもっと痛かったの、私は直らなかったの」
 という声がして、しずも、蛍も消えてしまった。
 道太は我に帰って、もう一度雪を飲み込んだ。何度雪を飲み込んでも、喉の渇きは取れない。道太は初めて、心の底からいくさを憎んだ。

 雪のほこらからは、甘酒を酌み交わす、武将たちのざわめきが聞こえてくる。道太は、雪のほこらをまわり始めた。しずの幻を振り払うように、道太はうたう。

 用心めぐり
 用心めぐり
 寒鍋かけろ
 辛酒かけるな
 甘酒かけろ
 餅あぶれ
 ほーい ほーい

 雪は降り続いている。夜は更ける。雪のほこらのざわめきも消え、武将たちは眠りに落ちた。道太の歌声だけが、何時までも、悲しげに響いていた。

                         続く

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月17日 (水)

マンションの庭の手入れ

017

 絵は阿比奈公園です。

マンションの庭の清掃

 正式の清掃日ではなく、今年の役員と、有志。私は暇があったので、有志ということで、ボランティアですな。そのくせ、一番重労働をやっちゃった。なんという名前か知らないけれど、エンジンで動く生垣を刈ったりするときの、重い道具を使いました。頑張って最後までやったけれど、終わりごろは、生垣の上に持ち上げるのだって、やっとだよ。

ぼんくら俳句

(入間川で)
      土手の上走る人下歩く人
      すずろなる芙蓉を愛でり荒凡夫
      中洲の鷺抜き足で歩く一歩二歩
      手を繋ぎ来る老夫婦マンジュシャゲ
      短パンに白い脚出す娘のまぶし
      肌荒れる地べたにこんなに家建てて
                       無季句です
      この一杯あとは寝るだけ秋の酒
                       ではお休みなさい


| | コメント (0) | トラックバック (0)

かまくら伝説 第8回

前回までのあらすじ

 父の郷里に来た慎君は、横手のかまくら祭りで、不思議な少年に会い、その導きで900年前の道太という少年に同化する。道太は源義家と清原家衡との戦いで負傷し、雪原の雪のほこらに倒れ込む。そこで、里の娘しずの手当てを受け、回復する。道太が雪のほこらを出て振り返ると、雪のほこらは消えている。

      雪の陣

 雪が降る。昨日も、今日もしんしんと雪は降り続く。
 義家軍は陣を立て直さなければならない。武将たちはばらばらになって、あちこちの農家の納屋などに潜んでいる。道太は連絡係だ。いくさに嫌気がさした武将には、父の道行きが説得に行った。だが義家はこんな雪の中で、いったいどんな陣を作ろうというのだろうか。
 義家は武将たちに、雪のほこらを作らせた。雪を積み上げて横から穴を掘り3,4人が中に座ったり、横になったり出来るほどの雪の家を作るのだ。中に藁を敷き、入り口を筵で塞げば、中は思ったよりも暖かい。道太が雪のほこらで過ごしたことを、父の道行きに話したので、道行が思いついたに違いない。雪原にいくつもの雪のほこらを作って、義家の陣ができあがった。
 雪の陣が完成した晩、義家は武将たちに、餅と甘酒を配り、遅れの正月を祝った。武将たちは、雪の下から掘り出した石や土で、ほこらの中に囲炉裏を作っている。その囲炉裏で餅を焼き甘酒を温めて暖を取るのだ。武将たちの弓や槍は、ほこらの外の雪に差して立ててあった。
 道太は雪の陣の見張りをするようにと命じられた。
 一人の武将が言った。
「見張りの間は、歌をうたえ。歌が聞こえている間は、何事もなく見張っていると分かる。歌が途切れたら、何かが起こったのだとわかる。だから、見張りの間は歌をうたえ」
 道太が見回りを始めると、父の道行がやってきて声をかけた。
「道太、お前が傷の手当てを受けたという娘のことだが、娘の霊魂だったかもしれないね」
「霊魂? それはなぜですか」
「生きている娘だとしたら、不思議すぎるじゃないか。ほこらに入るときは、声だけ聞こえて姿は見えなかったのだろう。まわりに家がないのに、暖かい芋粥を運んできたと言うのも変だ。それに、ほこらを出たら、何もかも消えてしまったというじゃないか。結局お前は、ほこらの中でしか娘を見ていないのだ。しかも、本当は見えないほこらだ」
「・・・・」
「霊魂だったのだよ。この前のいくさでは、裏山の辺りで討たれた娘がいるそうだ。裏山の麓まで逃げたものがいて、誰か人影が見えたので、、敵かと思って槍で突いたそうだ。ところが、倒れたのは女の子だったらしい。それが、お前の言っているしずという娘だったのではないか」
「・・・・」
 道太は石を飲み込んだような重い気持ちになった。そういえば、思い当たることばかりだ。雪のほこらでのしずと、蛍を捕まえていたしずとでは、まるで別人のようだった。妙に大人びていたし、顔の色も透き通るほど白かった。
 道太は、体中の力が抜けていくような気がした。
「そんなに気を落とすな。いくさというものは、まわりの人間を巻き込むこともあるものさ。あまり考えずに、今は見張りをやりなさい。それがお前の仕事だ」

                          続く 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月16日 (火)

一人吟行

012

 場所は彩の森公園なんだけれども、こういう絵では、そんなことはどうでもいいよね。手抜きの絵を上手に描きたいネエ。つまり、手抜きが上手になりたい。人生、あらゆることで。

一人吟行

 智光山公園に行きました。

       鳴き止んでヒグラシ今や飛ぶ気配
       池の面すばやき二羽の蜻蛉かな
       鯉ゆるくとんぼ素早き池の面
       秋の池波紋は鯉の作るもの
       とんぼうがつるんで離れる池の面
       静かなれば桜紅葉は池に散る
       木の葉散るベンチの人は動かざる
       枝を出る瞬間見たき落葉かな
       とんぼうがただ飛ぶばかり菖蒲園
       人影が無くてとんぼの菖蒲園
       静かさやベンチ周りに秋の風
       小魚は鯉より速し秋の川



 


| | コメント (0) | トラックバック (0)

かまくら伝説 第7回

前回までのあらすじ

 父の郷里へ来た慎君は、かまくら見物に出かけ、不思議な少年に会う。その少年の導きで、慎君は900年前の少年、道太と同化する。道太は源義家軍に属し、清原家衡軍と戦っている。正月を迎える2,3日前、義家軍の陣は破られ、皆ちりじりに逃げる。道太も足に怪我を負って、目の前に現れた雪のほこらに入り、敷き藁の上に倒れ込み、深い眠りに落ちる。

     雪のほこら(2)

 どれほどの時間がたったのだろうか。太ももの痛さで道太は目を覚ました。誰かが傷の手当をしている。どこかで見たことのある少女だ。
「しず・・・・しずだね。助けてくれたのか?」
 しずは、透き通るほど白い顔をしていた。道太の傷口を洗い、貝殻に入れた薬を塗り、布切れで包帯をした。そして、つぶやくように言う。
「痛いでしょう? 痛いでしょうね・・・。私はもっと痛かったの」
 傷の手当を終えると、しずは一度外へ出て、すぐに、木の椀を抱えて戻ってきた。そして、黙ってその椀を道太の前に置いた。暖かい芋粥だった。道太はその芋粥を食べると、再び眠りに落ちていった。

 
「今度の戦いで義家軍はさんざんにやられたらしい。これでいくさが終るといいね」
「いや、終らないだろう。義家様はご無事らしい。清原軍の疲れ切っていて追い討ちする力はないらしい。」
 外の話し声で、道太は目を覚ました。
「それではいったい、このいくさはどうなるのかね」
「そうさねえ。もとはといえば、義家様が清原氏の内輪もめに手を出したからだが・・・」
「義家様は、ずっと前に、清原氏に助けてもらったことがあるんだってね」
「そうなんだ。義家様の父、源頼義様と安倍氏のいくさで、清原氏に助けてもらったんだ。今度は、その清原氏を討とうというのだからね。清原軍では、義家様のことを、恩知らずといっているそうだよ」
 道太はこれまで、義家様のすることを疑問を持ったことはなかった。常に正しいものと思っていた。義家様を恩知らずという人がいるなど、考えられないことだった。
「それにしても、こんないくさは早く終ってもらいたいねえ」
「まったくだ。この前など、敵と間違えられて殺された娘がいるんだ」
「殺したのは義家軍かい、それとも清原軍・・・」
「それは分からない。だけど、どっちにしても、私たちには同じことさ」
「まったくだ」
「こんなところで立ち話をしていると、私たちもどちらかの敵と思われるかもしれない、早く帰ろうや」
「そうだね。くわばらくわばら」
 それっきり、外は静かになった。

 しずがまた芋粥を持ってきた。それを食べると、不思議に脚の痛みが引き、道太は急に元気が出た。疲れもすっかり取れている。
「道太様はもう歩けますね。でも、私は直らなかったの」
「え? しずも怪我をしたのか?」
 しずはそれには答えず、雪よりも白い顔を伏せた。
 しずが出て行ったあとで、道太も外へ出てみた。外は静かに雪が降っている。近くにしずの家があるはずだと思って見回したが、それらしい家は無く、あたり一面、白一色の雪原である。不思議に思って振り返ると、さっきまで入っていた雪のほこらが消えているではないか。まるでキツネにつままれたようで、道太はしばらく、ぽかんとその場に立ちつくした。

                     続く

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月15日 (月)

敬老の日なんだってね

007

 百蔵山からの富士

敬老の日なんだってさ

 今年中には78歳になろうと言う齢ですから、私が老人であることは確かです。一昨日も敬老会に出てきました。

 でもね、普段行動するときには、自分が老人だなんて思っていませんね。時々思い出して、そうだ俺は年寄りなんだから、軽はずみに飛び上がったりしてはいけない、などと自戒する。若いつもりでも、体は昔のようには動かないのだから・・・などと考える。事実その通りなんだけれど、普段は大体忘れてますね。

 そんな訳で、私は自分に、「俺は年寄りなんだ」と言い聞かせるようにしています。無理しちゃいけない、無理しちゃいけない、なんてね。

 でもね(私の文章には「でもね」などという言葉が多いね)。だけど(だけど系の言葉も多い)。でも、やっぱり、だけど、マンションの庭の清掃などの場合、私は生垣の刈り込みなどで、頑張ってしまう。無理しちゃうんです。まだ、このくらいの無理なら大丈夫、くらいの気持はあるんです。あとで足腰痛いとぼやいたりするけれどね。

 どっちがいいのかね。若いつもりで無理をして、後でぼやいているのと、俺は年寄りなんだからと、楽なことだけやっているようなのと。無理をしすぎるのはよくないだろうけれども、ほどほどの無理なら、私はこれからもしそうだな。ま、丈夫なうちはね。

ぼんくら俳句

       公園の噴水白し空深し
       かろうじて富士稜線の見ゆ秋の雲

| | コメント (0) | トラックバック (0)

かまくら伝説 第6回

前回までのあらすじ

 慎君は父の郷里、横手市のかまくら見物にだかけた。不思議な少年に遇い、900年前にタイムスリップ。源義家軍にいる道太という少年と同化する。義家と清原家衡とのいくさは何年も続き、道太は、しずという少女にであう。

      雪のほこら

 いくさは勝ったり負けたりの繰り返しで本当の勝負がつかないまま、また冬がやってきた。
 あと2,3日で正月になるという日、大きな戦があり、義家軍の陣は破られ、見方はちりじりになって逃げた。父の道行きが道太にいった。
「わしは義家様をお守りする。おまえは一人で逃げよ。武士の子ならば、自分の力で逃げのびよ」
 道太は裏山を目指して逃げた。雪に足を取られながら、懸命に走った。どのあたりまで逃げたときだったか、太ももを濡れた筆で撫でられたような感触がして、目の前の雪に流れ矢が突き刺さった。いつのまにか、夏の日に、しずと会った裏山の麓も通り過ぎていた。小川はすっかり雪に埋もれている。左足の腿の辺りがこわばってきた。そっと手を当ててみると,手のひらに血がついてくる。さっきの流れ矢でやられたらしい。ただ夢中で走っていたために、怪我に気がつかなかったのである。
「なあに、かすり傷だ」
 道太は自分にそう言い聞かせながら、なおも逃げた。
 夜が近くなってきた。どのくらい逃げたのだろうか。道太は疲れきって、何度も雪の上に倒れて。そのつど起き上がって、のろのろと歩き出すのだった。棒のような脚には、雪の冷たさも感じられなくなってきた。ただ左腿の傷だけが、まだ生きている証拠のようにうずく。しかしそれも、痛いのか痛くないのか、よく分からないようになった。頭にはもやがかかったようで、何も考えることが出来ない。
「道太様」
 ふいに誰かの声がする。道太は振り返ったが、人影はない。気のせいか・・・。
「道太様」
 また声が聞こえる。しかし、やはり誰もいないのである。自分は死ぬのかもしれない。だから誰もいないのに声が聞こえたりするのだ、と道太は思った。
「道太様」
 もう一度声がする。どうなってもかまわない。とにかく声のするほうに行ってみよう、と決めて、道太はのろのろと歩いた。すると、目の前に雪のほこらが現れた。道太はそのほこらに入った。ほこらの中は意外に広く、下には厚く藁が敷かれている。道太はその藁の上に倒れ込み、深い眠りに落ちていった。

                       続く

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月14日 (日)

百蔵山

 山の会定例会百蔵山。山梨県の1.000メートルくらいの山。歩行時間は短く、3時間半くらいの山。それでもへばる人が出た。みんな歳を取って体力が落ちたね。帰りに猿橋に寄る。猿橋は日本三大奇橋とかいって、その作りがめずらしいものだそうだ。

 猿橋、昔見たのと何か違うような気がする。私の記憶自体もいい加減で、なんともいえない。ただし、私が見たのは昭和25年、1.950年のことだ。昭和54年に作り変えていると言うことだから、印象が多少違うと言うこともあるのでしょうな。

 百蔵山山頂から見た富士と、猿橋の写真など。
005_2
016_2
028_2

ぼんくら俳句

       遠富士の上をはるかに赤とんぼ

かまくら伝説 今日は休みます。









| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月13日 (土)

敬老会

      008
 

 子どもにしても頭でっかちですなあ。

敬老会

 初めて地区の敬老会に出てみた。知り合いのTさんが、お得意の漢字クイズみたいなことをやった。その中に、めずらしい苗字の問題があった。知っているのもいくつかはあったが、ほとんど知らないものばかり。その苗字と読み、次に記します。

四月一日   わたぬき  衣類から綿を抜く
栗花落     ついり   梅雨に入るころ
八月一日   ほずみ   稲の穂が出る
八月十五日  あきなか  秋の中ほど(旧暦)
十五夜     もちづき  これは当たり前
小鳥遊     たかなし  鷹がいないから
十二月三十一日  ひなし もうあとがない
一        にのまえ
十  つなし  ひとつ、ふたつ・・ここのつ、とお。つがない
い        かながしら

ぼんくら俳句

       飛行機雲秋の雲から延びにけり
       飛行機雲薄くなりゆく秋の空


    



| | コメント (0) | トラックバック (0)

かまくら伝説 その5

かまくら伝説 第5回

全開までのあらすじ

 父と共に鎌倉見物に来ていた慎君は、藁のみのや藁靴を身につけた不思議な少年に会う。そして雪原のカシの木の下で、900年前に源義家に同道した原島道太の心の中に吸い込まれていく。それから半年、今は夏である。道太は小川に足をつけて、寝ている。

       蛍の少女(2)

「あは、うふ、ふっふっふ」
 嬉しくて仕方がないというような少女の笑い声で、道太は目を覚ました。見ると、川の向こう岸で7,8歳くらいの女の子が、夕焼け雲を追いかけている。いや、夕焼け雲と思ったのは、蛍である。あたり一面が蛍の海だ。少女は、蛍を捕まえては、竹のかごに入れている。貧しい身なりだが、目のきれいな、可愛い少女だ。そばに、姉らしい人もいる。
 

 道太はゆっくりと体を起こした。
「あっ」
 道太に気づいて姉は一歩下がった。
「あっ」
 道太に気づいて、妹は一歩前へ出た。
「こんばんは」
 道太が声をかけると、妹は川のふちまで駆けてきて、道太がしているように岸に座り、流れに足を入れた。姉が困った顔をしているのには気にもとめず、道太と顔を見合わせると、にっこり笑う。道太もつられて笑い、少女に話しかけた。
「どこに住んでいるの?」
「うん、あっち」
 少女は川上の方を指さした。
「名前は?」
「あのね、しず・・・しずです」
「しずか、いい名前だ」
 大人ならきっとそういうだろうと思って、道太は名前をほめた。
「うん、いい名前でしょう」
 少女が答える。姉が少女のところまで来て、道太にお辞儀をした。そして、
「さあ、帰りましょう」
 と、しずをうながした。しずはそれにかまわず、
「お武家様はなんていうの?」
 と聞く。
「原島道太だよ」
「ふうん、は、ら、し、ま、どう、た、なの」
「原島道太様といいなさい」
 姉がしずの手を引いて立ち上がらせた。
「さよなら」
 しずがいった。
「さよなら」
 道太もいった。しずの姉がもう一度道太に、お辞儀をし、しずの手を引いて帰って行った。蛍の海の中でしずが振り返り、
「原島道太様」
 といって手を振る。道太は立ち上がって、二人を見送った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月12日 (金)

写生の句

001

 絵は妙義山山中。標高2000メートルくらいのところと思います。絵がちょっとうるさくなりました。今日、水彩画教室で描いた絵です。二人の後姿、もちろん私の仲間です。

 という訳で、午後は水彩画の会。

写生の句

 私は、俳句なんてものはなんだか分からないし、正岡子規や高浜虚子の弟子ではないから、俳句は写生でなければいけないなんて思っていません。でも、写生が基礎であるということは、事実かもしれません。ピカソだって、写実的な絵は上手いんですよね。
 私がいつも読むブログに「林住期」というのがありますが、そこに、夏目漱石が良く俳句を作っていたと言うことを取り上げていました。
 そうなんですよね。漱石はいい俳句をたくさん作っています。中で私の好きなのは、

      あるほどの菊投げ入れよ棺の中   
      叩かれて昼の蚊を吐く木魚かな

 漱石は女の弟子はあまりいませんでしたが、例外的にいた弟子が夭折したとき、作ったのが「あるほどの・・・」句です。
 この弟子、良い詩を作っているのです。ブログに書こうというくらいだから、ちゃんと調べればよさそうなものですが、私はそれをしません。いい加減な記憶のままに書くのですから、名前が分からなければ、分からないままの書き方になります。
 とにかく、その人の書いた詩に次のようなものがあります。

      お百度参り
 

   一足踏みて夫(ツマ)思ひ
   二足踏みて国思ふ
   三足踏みてまた夫思ふ
   乙女心に罪ありや

 これも、意味がそんな具合だったと言うだけで、言葉使いや用語など、間違いがあるかもしれません。与謝野晶子の「君死にたもう事なかれ」が反戦の詩として有名ですが、「お百度参り」も、立派な反戦の詩です。

 ところで、漱石のもうひとつの句「叩かれて」の方ですが、これは漱石らしいユーモアのある写生句です。木魚から蚊が出るなんて写生とは思われないかもしれませんが、私は実際に見たことがあります。蚊は、昼間は暗いところに隠れます。大きな木魚などは絶好の隠れ場です。今と違って、毎晩蚊帳を吊らなければ寝られなかったほど、蚊の多かった時代のことです。「あるほどの」方は、今でもたまに取り上げられることがありますが、「叩かれて」の方は、取り上げる人もあまりないようです。これが写生だなんて思えないんでしょうね。

 そんなことを思い出すとき、いつもセットのように思い出すのが、芥川龍之介の

     青蛙お前もペンキ塗りたてか

 という句。昔は、公園のベンチなどに「ペンキ塗りたて」というような標識が良くありました。標識に気づかずうっかり座ってしまうと、ズボンにべったりとペンキがついたりしました。そんな経験があるから、「お前もペンキ塗りたてか」という言葉が出てくるわけです。ペンキが乾く時間も、今よりだいぶ長かったですね。

 もうひとつ。小林一茶の句

     やれ打つな蠅が手をする脚をする

 この句はほとんど無視されていますね。これも写生なんですよ。今の時代、ハエを観察するなんてことは、あまりないのでしょう。昔は蠅が沢山いましたから、私などでも、特に観察をするというほどでなくても、蠅が手をすり合わせたり、脚をすり合わせたりするところを良く見ました。ハエの脚は6本ですが前の2本を手ということにすれば、ハエはちょうどわれわれが仏様を拝むときにするように、手を持ち上げてすり合わせます。後ろ足でも、同じようなことをします。だから「手をする脚をする」なんですね。

 かつて写生だったものも、今では違う意味に取られたりします。今の写生も将来は・・・。

ぼんくら俳句

      出てみれば爽やかに暑し秋桜
      電線に何でこんなに椋が居る

     


 



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月11日 (木)

幸運の電車?

003_2

 この人形何度か登場願っています。フリーハンドで円を描くって、案外難しいね。

 私鉄の京王帝都だったかなあ、西武線のような黄色い電車を1編成だけ走らせて、幸せも黄色い電車、とかいっているそうだ。おかえしに(なのかなあ?)西武線でも1日1編成だけ、赤い電車を走らせているんだって。こっちは、幸せの赤い電車かなあ。とにかくその電車に、今日は乗りました。

002_2

ぼんくら俳句

      白芙蓉傘をさす人ささぬ人
      秋の日の黄色い帽子が「こんにちわ」


| | コメント (1) | トラックバック (0)

かまくら伝説 その4

かまくら伝説 その4

前回までのあらすじ

 慎君は父と共に、父の郷里である秋田の田舎の村にやってきた。村で「よんじゃめぐり」と言う子どもの行事を見た後、横手市の鎌倉見物にやってきた。そこで不思議な少年に会い、900年前の道太という少年に吸い込まれていく。

       蛍の少女(1)

 いくさはもう何年も続いている。源義家が東北地方の長官として京都からやってきたとき、原島道太は父の道行きと共に、義家に従ってやってきたのである。そのころ8歳だった道太も今は12歳になっていた。いくさは義家がこの地に着いてすぐに始まった。道太は、京都のことはもう思い出すこともない。生まれたときからずうっといくさをしているような気さえする。
 清原家衡軍は強力だった。何年も戦って、義家は家衡のたてこもる沼柵(ヌマノキ)を落としたが、家衡は落ちのびて、金沢柵(カナザワノキ)に入っている。義家軍は家衡を追って雪原を行進した。慎君がカシの木の下で道太を見かけたのはそのときのことだ。

 慎君が道太の心に入って半年が過ぎた。今はもう夏である。あいかわらず家衡は、太い柱をすき間なく並べて城のようにした金沢柵に立てこもっている。義家軍はどうしても金沢柵を落とすことが出来ないのだ。

 ここ何日か、うだるような暑さが続いて、両軍に目立った動きはない。
 ある日の夕方、道太は陣の裏山のほうに行ってみた。せせらぎの音をたよりに夏草をかき分けて進むと、両岸に青草の生い茂った小川に出た。道太は岸に座り、両足を流れに入れて、仰向けに寝転んだ。
 夕焼けである。茜色の雲が空いっぱいに広がっている。雲の色が見る間に変化していく。夕焼けの輝きを全身に受けながら、道太は目をつむった。まぶたの裏にまで夕焼けの暖かな色が伝わってくるようだ。体の芯まで夕焼けに染まるような気がする。日中の暑い盛りには静かだった小鳥たちも、しきりにさえずっている。
 見る間に、夕焼けの雲の動きがはげしくなった。茜色の雲がちぎれて、ちぎれた雲がまたちぎれて、ちぎれて、ちぎれて、小さな綿屑のようになって、ふわふわと舞い降りてくる。道太の上にも、裏山の森の上にも、義家軍の陣の方にも、金沢柵のほうにも、赤や、黄や、紫の小さな雲が、タンポポの綿毛のように漂いながら、舞い降りてくる。

                    続く

| | コメント (0) | トラックバック (0)

かまくら伝説 その3

前回までのあらすじ

 慎君は父に連れられて、父の郷里に来ている。子どもたちが家の周りを回って鏡餅を貰う「よんじゃめぐり」と言う行事に興味を持つ。その後、横手のかまくら見物に出かける。そこで藁の蓑や靴を身につけた少年に会い、その少年のかまくらに入る。あたりのもやが濃くなって、何も見えなくなる。

     不思議な少年(2)

 急に空気が冷たくなったような気がして、慎君は首をすくめました。ばさりと音がして小さな雪のかたまりが足もとに落ちました。はっとして見上げると、大きなカシの木が枝を広げています。驚いたことに慎君と不思議な少年は、雪原の大きなカシの木下に立っているのでした。
「ここは何処だろう?」
 慎君がつぶやくと、
「さっきと同じところさ」
 と、少年が答えました。
「なんで? さっきかまくらに入ったのに・・・」
「かまくらのあった場所さ。ただし900年前のね」
「なんだって! 900年も前だって?」
 慎君はびっくりして辺りを見まわしました。しかしそこは、ただしんしんと雪が降り続く雪原でした。
 
「前を良く見てごらん」
 不思議な少年が言いました。慎君が目を凝らすと、何か黒いかたまりが、雪原を横切っていきました。なおも目を凝らすと、それはよろいかぶとに身をかためた武士でした。ミルク色のもやの中で、影絵のように、左から現れて、右に消えていきます。一人の武士が消えると、次の武士が現れます。次の武士が消えると、その次野武士が現れます。みな、弓を持ち、矢を背負っています。中には馬にまたがる武士もいます。やがて、ひときは立派な武士が現れました。
「戦争なんだよ。ほら、今そこを通っているのが源義家(ミナモトノヨシイエ)さ」
「源義家って、誰なの?」
「義家を知らないのかい。それじゃあ、源頼朝ならしっているだろう?」
「頼朝ならね。鎌倉幕府を開いた人だよね」
「そうそう。義家はね、頼朝のおじいさんのおじいさんさ。そのころ、日本で1番強いと言われていた武士なんだ。でも、今戦っている清原家衡(キヨハラノイエヒラ)もすごく強くて、さすがの義家も苦しんでいるんだ」
「ふーん」
「うん・・・あ、原島道行だ。馬の上で何か考え事をしながら通る武士がいるだろう。あの武士は作戦を立てるのが上手で、義家の相談相手なんだ」
 しばらく、誰も現れなくなりました。
「もう終わりらしいね」
「まだだよ。少し遅れて僕たちくらいの少年が来るはずだ。原島道行の子どもで、道太って言うんだ」
 話している内に眉が太く、気の強そうな少年が現れました。子どものくせに、大きな弓まで持っています。
「あれが道太だ。慎君、君にはあの少年の心の中に入ってもらうよ」
 霧が深く立ち込めて、不思議な少年の姿が消えました。慎君は体ごと道太の心の中に吸い込まれていきました。
          
                続く

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

飲み会

9月10日

003

 絵は新聞の広告写真から

夜、飲み会

 車椅子と仲間の会の代表、Kさんと、会員のMさん、ぼんくらかえるの3人。写真を載せるのはどうかと思ったのだけれど、許可を受けたので、二人の写真を載せます。
001
 Kさん。両手両足がないのです。義手、義足で、本人の気持ちの中ではいろいろと葛藤もあると思うのですが、狭山市の、障害者団体連合会の会長として、積極的に活動しています。私が同じ立場だったら、とても無理です。頭が下がります。

002
 Mさん。70歳を過ぎているのに、この表情、若いと思いませんか。体が不自由でも、積極的に外に出て、人生を楽しんでいます。実は、俳句も作るんです。

ぼんくら俳句

      できることすればいいのさ萩の花





| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月 9日 (火)

川越の温泉

001

 新狭山駅なんですけれど、私の絵では原則としてしない、定規を使って線を引いています。しかし、手間がかかるし、面倒だねえ。色をつける前に飽きちゃった。こういう絵は私向きではないなあ。

 川越市内の温泉に行ってみました。ゆうゆうらんどと言ったかなあ。今日行ったばかりなのに、名前は忘れちゃった。出来立てのころ1回だけ行ったことがあるので、今回で2回目と言うことになる。感想は・・・なんだか分からん。風呂に入って、地下1階で生ビールを飲んで昼飯をして出てきただけ。3階で芝居を見ることもできたらしいが、それだと、暗いところで食事をしなければならないらしい。
 宮沢湖の温泉は、露天風呂が実に気持ちがいいけれど、食事は順番待ちで待ちだったりして、せわしない。一長一短ですね。

ぼんくら俳句

     虫の声制してひびく救急車


| | コメント (0) | トラックバック (0)

かまくら伝説 その2

かまくら伝説 その2

前回のあらすじ

 慎君は父と共に父の郷里に来ている。雪の深い秋田県南部である。慎君は2階の窓から、子どもたちが「よんじゃめぐり」の歌をうたいながら、家々をまわって歩くのを見ている。慎君は「よんじゃめぐり」の意味を知りたいと思いました。

     よんじゃめぐり(2)

 子どもたちの歌声が、ますます近づいてきます。とうとう家の前まで来ました。おばあさんが鏡餅と小銭を持って、玄関の前に出ました。

   よんじゃめぐり
   よんじゃめぐり
   寒鍋かけれ

 子どもたちは歌をうたいながら、家の周りをまわります。腰まで雪に沈みながら、漕ぐようにしてまわるのです。

   しけえ酒かけな
   甘酒かけれ
   餅あぶれ
   ほーい、ほーい

 子どもたちは、家のまわりを2回まわってから、鏡餅を受け取りました。

「慎、今日は横手の『かまくら』だよ。お父さんに連れて行ってもらいなさい」
 子どもたちに鏡餅を渡して、家に入ってきたおばあさんが言いました。
「そうだな、慎に『かまくら』を見せてやるか」
 お父さんが言いました。
「お父さん『かまくら』ってどんな意味?」
「おや、また意味を聞くのかい。それも分からないんだよねえ」
 困ったな、と言う顔でお父さんが答えました。

       不思議な少年

 しんしんと雪が降ります。その雪の下で、横手市はかまくら祭りで賑わっています。

 かまくらは大きな雪のほこらです。雪を積み上げて、中をくりぬいて作った雪の家です。中は大人が立って入れるほどの高さがあります。真ん中に火鉢を置いて、まわりに3-4人の子どもが座れる位の広さがあります。
 かまくら祭りは子どもの祭りです。子どもたちはかまくらの中で餅を焼き、甘酒を温めるのです。かまくらの奥には水神様が祭られています。道行く人たちは、水神様におまいりし、甘酒を振舞ってもらうのです。
 慎君はお父さんに連れられて、かまくら見物に来ています。子どもたちに声をかけられて、水神様にお参りしたところです。お父さんが甘酒を飲んでいるうちに、慎君は外へ出ました。

 雪が激しくなりました。あたりはミルク色の濃いもやに包まれてしまいました。そのもやの中から浮き出したように、一人の少年が現れました。藁の雪蓑を被り、藁の靴をはいています。
「こんばんは。きみが慎君ですね。僕のかまくらに来てください」
「え? 僕は今お父さんを待っているんだ。だから行けないよ」
「きみは『よんじゃめぐり』の意味を知りたいんでしょう?『かまくら』の意味も知りたいんでしょう? だったら、僕のかまくらに来てください」
 それだけいうと、少年は慎君の答えも聞かず、くるりと向きを変え、どんどん歩き出しました。慎君は見えない糸に引かれるように、その少年についていきました。少年はずんずん歩きます。慎君はせっせとついていきました。まわりの景色はミルク色のもやの中です。慎君には少年の後姿しか見えません。少年は、いくらか片足を引きずっているように見えます。
 しばらく歩いて、少年は急に立ち止まりました。
「これが僕のかまくらだよ」
 少年の指さすほうを見ると、ミルク色のもやの中から、かまくらがひとつ浮かび上がりました。少年に促されてそのかまくらに入ると、ほかには誰もいません。慎君が水神様にお参りすると、少年は甘酒をくれました。それを飲むと、もやはますます濃くなって、不思議な少年さえも見えなくなりました。

               続く


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月 8日 (月)

今日も草むしり

003

 絵は航空公園

草むしり

 精障者作業所「ショップみちくさ」へ。
 午前中は例によって畑。メンバーさんに、胡瓜、なす、トマト、インゲン、の支柱をかたずけて貰う。その間に私は草むしり。先日小指の爪が割れたが、まだ完全には治っていない。絆創膏をぐるぐる巻いていったのだけれども、草を抜いているうちに外れてしまう。そのあとは、小指に無理な力の加わらないように、恐る恐るの草むしり。
 午後は木工指導。ボランティアは精神医学の専門家ではないので、何か作業などをしながら、メンバーさんと接する。知り合いの精神科医にも、それがいいのだと言われている。

 かまくら伝説、今日からアップします。童話と言うか、児童文学というか、平安時代の武将源義家と横手のかまくらを題材にしたものです。

ぼんくら俳句

    日照時間短きままに秋になり
    雲重く秋の夕焼け濁しけり


| | コメント (0) | トラックバック (0)

かまくら伝説 その1

かまくら伝説 その1

よんじゃめぐり

 慎君はお父さんに連れられて、秋田県の南の端の、おばあさんの家に来ています。そこは小さな村で、お父さんのふるさとです。
 雪が慎君の背の高さより、もっと深く積もっています。こんな深い雪を慎君ははじめて見ました。それがめずらしくて、二階の窓際によって、外ばかり見ています。
 雪はしんしんと降っています。あたり一面がミルク色に煙っています。静かです。その静けさを破って、子どもたちの歌声が聞こえてきました。
「お父さん、あの歌、聞こえる?」
「歌? そうか今日は『よんじゃめぐり』だったのか。まだあんな行事をやってるんだなあ・・・」
 お父さんは目を細くして、昔を思い出しているようです。
「ねえ、お父さん『よんじゃめぐり』って何なの」
「ああ、あれはね、旧暦の1月15日に子どもたちが集まって、村中の家をまわって、鏡餅を貰って歩くのさ。歌を歌いながらまわるんだ。あとで、皆でお餅を食べるのが楽しみでねえ・・・」
「ふうん。歌がだんだん近づいてくるね」
 慎君は窓から首を出して、耳を澄ましました。子どもたちの、元気の良い歌声が近
づいてきます。

   ヨンジャァメグリ
   ヨンジャァメグリ
   カーンナベカケレ
   シッケェサケカケナ
   アマサケカケレ
   モチアブレ
   ホーイ ホーイ

「変な歌だなあ。どんな意味なの」
 慎君が聞いたので、お父さんはその歌詞を紙に書きました。

   よんじゃめぐり
   よんじゃめぐり
   寒鍋かけれ
   しけ酒(辛い酒)かけな
   甘酒かけれ
   餅あぶれ
   ほーい ほーい


「よんじゃめぐりって言うことばの意味は?」
「ウーン、よんじゃめぐりの意味ねえ・・・分からないなあ。そういえば、誰からも聞いたことがないねえ」
 そう言われると、慎君はかえって知りたくなります。「よんじゃめぐり、よんじゃめぐり、と、頭の中でくりかえしました。

                     続く  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月 7日 (日)

晴耕雨読?

 絵はありません。少しばかり寝坊したからね。とは言っても6時過ぎには目覚めたけれど、絵を描く余裕がありませんでした。

 午後、車椅子と仲間の会、定例会。バス旅行の相談など。

 雨が続きます。午前中は読書。『この一句・・・108人の俳人たち』下重暁子・著、大和書房。この1句と言うけれど、一人3句ずつにっています。午前中で読了。芭蕉から現代の素人俳人まで、俳句全体の歴史を見渡すようにかかれたもの。角度は違うが、昨日読んだ本も俳句の歴史でした。
 別段私は、俳句に一生懸命という気はないのですが・・・。このごろ、俳句関係の本が増えたなあ。読み流しているだけですけれどね。

 明日あたりから、源義家の後三年の役に題材をとった作品『かまくら伝説』を、5回くらいの予定で掲載しようかと思っています。ぼんくら日記とあわせて読んでくださいね。

ぼんくら俳句

       蕎麦打ちに段と言うものあるとかや
       大方はビニールの傘秋の雨
       耳遠く耳鳴り近き秋の宵
       ぐじゃぐじゃの道には竹馬が欲しい
   もう何十年も前になる。浦和の琴作りの工場に指導にいったとき、道がどうしようもない泥道になった。長雨で、ふと、思い出しました。竹馬は、冬の季語のようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月 6日 (土)

1日おいてから痛む筋肉

001

 絵は石神井公園。木道がへんな傾斜をしている絵になってしまった。

脚の痛み

 一昨日畑の草むしりをした。普段の手入れがいい加減だから、草ぼうぼうで、腰をすえて本気でむしる必要があった。ずっと、しゃがんで仕事をするわけだ。その影響で、今日は脚が痛い。昔、時々しか山に行かなかったころは、山行のあとでこんなことがあった。今では、山行のあとで足が痛むなどということは、あまりないねえ。草むしりと山行では、使う筋肉が違うんだなあ。

『やつあたり俳句入門』中村裕・著、文春新書。

 昼頃、図書館で本4冊を借りる。そのうち『やつあたり俳句入門』を夕方までの読み終える。俳句入門といっても、作り方のノウハウなど書いているわけではない。歴史としての俳句の流れと、戦前の新興俳句をきっちり継承しなかった現代俳句の問題点を書いている。
 そして虚子の問題。実際のところ高浜虚子は家元になって俳句を芸事にした人だと、私も思います。
 芸事程度の俳句も私は作れないわけだけれどもね。

 俳句入門とは関係ないけれど、季語も変なのが多いねえ。甘酒が夏の季語。確かに私も、清涼飲料水などのなかったころ、プールのあとで甘酒飲んだりしましたよ。でもね、今では甘酒といったら冬でしょう。スイカとアサガオは秋の季語。変なの。スイカもアサガオも夏のものでしょう。
 理論と現実が違う場合、現実が優先して、理論は現実に従うべきだと考えます。「この季語の本意は」などと説明を受けても、素直に「そうですか」とはいえない。現実に合わない理屈なんて、おかしい。
 「山の家」は夏の季語だけれど「海の家」は季語ではないのです。「海の家」といっても海の近くに住んでいる人がいて、その人の家は夏ばかりのものではない・・・だってさ。だったら、「山の家」でも同じでしょう。

たいそうなことを書いた後で、恥ずかしながら、ぼんくら俳句

      米研げば花火の音の厨まで

 



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月 5日 (金)

秋草取り

001

 絵は錦織圭のつもりです。

「ショップみちくさ」


 「みちくさ」の畑の草が伸び放題で、どうしても、本気で抜かなくてはならない状態だ。で、今朝出かける。本気で草を抜くためには、あまり暑くならないうち、メンバーさんが来る前に始めなくてはならない。畑の雑草をあらかた抜くつもりで出かけたのだが、10時少し過ぎたころ、小指の爪が割れてしまった。血は出るし、土は沁みるし、破傷風にでもなったら大変なので、引き上げる。「みちくさ」で手を洗い、消毒をしてバンドエイドで爪を押さえる。若い頃は爪が割れるなんてことは無かったんだけれどねえ。これも齢のせいか。
 雑草は半分ほど残した。

ぼんくら俳句

      秋の草抜けば小指の爪割れる
      水引草赤白金もあるとかや
      秋なれどじわじわ暑き宵の口


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月 4日 (木)

渓流

001

 絵は、昨日三滝めぐりをした日野沢です。

 老人介護施設、「狭山ケアセンター」へ。利用者さんに、「久しぶりだ」「ずいぶん来なかったね」などといわれる。覚えていてくれるだけでもありがたい。

ぼんくら俳句

       渓流は山あいにあり萩の花

 待てよ、四万十川はどうなんだ。静岡に流域が4キロしかない、富士の湧き水の川があったな。あれは清流か。平野に渓流はないかな。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月 3日 (水)

日野沢三滝めぐり

 

山仲間と日野沢三滝めぐり。一行9名。秩父線皆野駅下車。日野沢行きバスで、秩父華厳の滝バス停で下車。5分くらい歩いて、目的の滝。

     005_2

少し離れて見ると

     002

滝つぼの下にも、小さな滝状の流れがあるのですね。
滝上に出て、この写真で言えば右の方へ10分くらい歩けば上空の滝へ通じる山道がある。その道、最初はいいけれど、やがてまったく手入れのされていない道に出ます。道は滝の下流に出るのですが、流れのところで道が途切れてしまって、先に進むことが出来ません。そこまで進んでも、満足に上空の滝を見ることが出来ないのです。次の写真は、谷の中に倒れている丸太に乗り、落ちないように気をつけながら、やっと撮った写真。
 
 
 008
これじゃあね。丸太に乗ったからこれだけ見えるので、道の行き止まりまで来ただけでは、この程度も見えない。丈高い草の中にいる自分を発見するだけだ。三滝めぐりなどと宣伝するのだったら、もう少し整備しなくちゃ。何年も前に来たときには沢の中を通ったりしてだけれども、滝のすぐ近くまで行くことができた。結構いい滝だとそのときには思った。

 三つ目は不動の滝。上空の滝の道を舗装道路へでて、さっき見た秩父華厳の滝の滝上まで戻り、さらに進んでいくと、道路から不動の滝ノ下の部分が見える。それがこれ。
  
  009
しかしこの滝、この上があって、もう少し車道を進んで山道に入り、かなり大回りしていかなければ成らない。これがまたひどい道です。それでもこちらは、不動滝の全容を見られるからまだましです。

    015
不動滝の上部

012_2

滝めぐりのあとは、札所34番の水潜寺に寄り、満願の湯で風呂と遅めの昼食。お酒もね。

020

ぼんくら俳句

        雑草を分けて秘滝をめぐる旅




   














| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月 2日 (火)

004

 絵は石神井公園です。

こぶし福祉会、かすみ川食堂へ。

 高齢の包丁研ぎボラです。今日研いだのは17丁かな。かすみ川食堂だけではなく、持って来てくれた包丁はすべて研ぐわけです。研ぎ賃はただ。みちくさの場合は300円ですが、別に私が貰うわけではありません。

 包丁研ぎの後は、天気さえ良ければ、入間川河川敷を歩いて帰ります。そんなことが楽しみでもあるのです。途中でワンカップくらい飲んでね。河川敷歩いても、川ばかり見るわけではなくて、空も見ます。次の写真は、今日見た空。

003

 まるで童話に出てくるような空で、ほんわかと雲が浮いている。

ブログ

 自分のブログを書く前に、幾つかのブログを覗きます。私は俳句をやっているものだから、俳句関係のブログも幾つか見ます。その1つに、榊原風伯選の「日めくり俳句・深秋会」というのがあります。毎日1句俳句を載せているブログです。今日の句は『秋燈や夫婦互に無き如く』というもの。思わず噴出してしまいました。作者を見ると高浜虚子、なるほど虚子は上手いこと言うわ。

ぼんくら俳句

      新涼やビルの間の遠き峰
      時計台の針が動きぬ秋の昼
      秋の雨、のんのんのんと川あふれ

001

      草に影落としてヘリは秋の空
      秋の空とぽとぽとぽとヘリが行く
      秋の野は寝転ぶためにあるものぞ
      寝転べば昼の月見ゆ秋の空
      公園に声なし二学期始まりぬ
      ドングリを宝とした日帰らざる



.


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月 1日 (月)

雑草

001

 絵は航空公園。

「みちくさ」

 精障者作業所「みちくさ」へ。みちくさの畑、ナスの収穫後、枝をつめて追肥をやる。秋茄子を期待。トマトは今日でおしまい。あとはサツマイモだけだ。

 それにしても、雑草は伸びるねえ。一度、本気で抜かなくては・・・。今週行くとしたら、金曜日しかないなあ。あんまり暑くてもいやだし、雨でもいやだしね。どうなりますか。

ぼんくら俳句

      長雨に秋の雑草のびほうだい

 ハハ、単なる報告でした

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »