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2014年8月28日 (木)

忖度の論理

   

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ボラグループ、涼しくなってからの暑気払い

 会場・川越の「小江戸・蔵里」。一ヶ月前、決めるときには、こんなに涼しくなるなんて思っていませんでしたからね。私は紀伊国屋書店によってから行くので、早めに家を出る。で、10分くらい前に会場に着いたのに、まだ誰も来ていない。西武線で人身事故があり、電車が遅れたらしい。私だけでも時間前に会場に着いてよかった。店員がやきもきしていました。

忖度の論理・ 忖度(ソンタク)「他人の心を推し量ること」(広辞苑)

 もはや旧聞に属するが、さいたま市三橋公民館での話。公民館に俳句教室があり、作品を公民館便りに掲載してきた。そしてあるとき、互選で第1位に選ばれたのが、「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」だった。公民館は「世論が大きく分かれている問題で、一方の意見だけを載せられない」と判断して、この俳句を載せなかったそうです。気にしてる方は、新聞などで御存知と思います。月刊『俳句』で金子兜太が取り上げていたので、私も書く気になりました。

 こういうのを「忖度の論理」と言うのですね。私たちは、なるべくなら相手の気持ちを傷つけたくないから、必要がなければ、相手の意に逆らうようなことは言いません。しかしそればかり気にしていると、自分の意見を言わない人間になってしまいます。いつでも、相手に合わせることしか考えない。世間にあわせることしか考えない。
 空気を読めない、というのは否定的に捉えられますが、空気のままにしか考えられないというのも、問題ではないですか。空気のままに、日本は太平洋戦争まで突き進んでしまったのです。
 空気というのは逆らえないのです。逆らうには、大変な勇気がいるのです。

 三橋公民館の館長、役人ですねえ。空気に過剰に反応してしまった。保身のためでもありますよね。

 実は私、20年ほど前に似たような経験をしています。
 狭山市に『文芸狭山』というのが出来て、はじめのうち、私は投稿していました。あるとき随筆の中に「人類にとって核兵器は不要である。しかし国単位では、核兵器が必要だという。人類にとって必要ないものを国が必要とするならば、いったい国とはなんだろうか」というような意味のことを書いた。それは単なる感想であって、随筆の主題でもなかった。しかし、公民館長は、その部分を削れといってきた。無政府主義といえば言えるわけですね。
 あほらしいので、それ以後『文芸狭山』への投稿はやめた。

 20年前でこれですよ。今ではあちこちで、過剰な自主規制をしているのでしょう。考えてみると、怖いことです。役所の出す文書で、一般の人が、たとえば9条守れと発言できなくなる、それが空気になっている。役人はなおさら言わないけれどね。

 実は、日本を支配するのは、空気なんです。戦争の空気が流れ出したら、もう止められなくなります。東条英機だって、空気に流されたんだと思います。指導者などではないのです。マスコミも、空気のままに流されたと、私は思います。当時は、戦争反対なんていえない空気が出来上がっていたんですけどね。

ぼんくら俳句

      百日紅まだ半分は枝にあり

    002



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