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2014年8月11日 (月)

「本のないお話」・6

       「本のないお話」・6

      お握りを食べて

 みち子たちは、もとの家の方に帰ることにしました。けれども、建物がみんな燃えてしまった街では、方角が良く分かりません。
 帰る途中、道端のあちこちに、逃げ遅れて焼け死んだ人が倒れていました。赤ん坊をおんぶしたまま倒れている人もいました。防空壕のなかで死んだ人が、担架で運び出されていました。担架に乗せられた人の首が、胴体から離れて、道に転がり落ちるのも見ました。
 家の近くまで行っても、本当に家のあったところは、なかなか分かりません。
「お母さん、あの木、久保田さんの家の松ノ木みたい」
 焼けただれた松ノ木を見つけて、やっと自分の家があったところがわかりました。
 男手のある人たちは、焼け残ったトタン板や棒切れを集めて、掘っ立て小屋を作っていました。焼け残ったのは、コンクリート作りの、公園の便所くらいです。その便所に陣取った人たちもいました。
 みち子たちは何も出来ず、ただぼんやりと座っていました。けれども容赦なく夜は近づいてきます。仕方なく、玄関があったところの土台石に沿って土の土手を作り、二人がやっと寝られるだけの窪みを作りました。二人はそこに横になり、拾ってきたトタン板で、近所の人にふたをしてもらいました。トタン板が風で飛ばされないように、石の重しもをてもらいました。
 逃げるときかぶっていた布団は、何処でなくしたのか、もう、持ってはいませんでした。
防空頭巾を枕にして地べたに寝たのですが、疲れていたので、ぐっすりと寝ました。朝になると、下からトタン板をドンとつつきます。すると近くの人が気づいて、石の重しを取り、トタン板をはずしてくれます。
 こうして何日か過ぎました。ある日、役所から、お父さんが戦死したと言う知らせが届きました。お母さんが、遺骨の入った箱を貰ってきました。その箱があまり軽いので、中を開けてみると、「御霊」と書かれた紙が入っていただけでした。
 その晩、トタン板をかぶせてもらったあとで、お母さんがみち子の手を握りながら言いました。
「私は信じない。お父さんが本当に死んだのなら、遺骨があるはずだもの。紙切れなんて、私は信じない」
「そうよ。お父さんが死ぬはずないわ。みち子がお嫁に行くときは、すばらしい琴を作ってあげるって、お父さんはいつも言ってた。私の琴を作る前に死ぬはずがないわ」
 みち子は本気でそう思いました。だから二人は、お父さんが死んだなどとは、信じないことにしました。

 次の日、山梨の伯父さんが尋ねてきました。
「やあ、二人とも無事でよかった。本当に良かった」
 でも、お父さんの遺骨の箱を見ると、びっくりして口をつぐみました。そして、リュックサックを背負ったまま、手を合わせました。
「俺のところは田んぼはないんだ。畑ばかりだから、米は陸稲だ。量も採れない。なけなしの米で作ってきたんだ。食えよ」
 伯父さんはリュックからお握りを出して、二人に渡しました。みち子は、そのお握りを、指についた飯粒まで、全部食べました。家の焼け跡を見たときにも、お父さんの遺骨の箱を見たときにも流れなかった涙が、あとから、あとから、あふれ出るのでした。

      楽しいお話を作ろう

「お話はこれでおしまいです」
 山田先生はそういって口を閉じました。しばらく、みんなは何も言いませんでした。それから誰かがつぶやきました。
「みち子は、そのあと、どうなったのかなあ」
「先生、その後のお話もしてください」
「その続きを話してください」
 みんなは口々に言いました。でも、先生は黙って窓の外を見ていました。なんだか、泣いているみたいでした。
「分かった。みち子は先生だ」
 正夫が言いました。みんなはびっくりして正夫を見ました。
「だって、先生は山田みち子先生だもの。山梨の伯父さんが迎えに来たんだもの。だって、先生のお母さんは山梨にいるんだもの・・・」
 先生は何も答えず、ただ遠くを見ていました。先生はやっぱり泣いているのでした。

 やがて先生は、みんなに向かって言いました。
「人間は誰でも、自分のお話を持っています。本に書いてあるお話もあれば、書いてないお話もあります。
誰かに聞いてもらえるお話もあれば、誰のも聞いてもらえないお話もあります。たとえば空襲で逃げ遅れて死んだ人も、自分のお話を持っていたのに、誰にも聞いてもらえませんでした。皆さんもこれから、お話を作りながら生きていくのです。出来るだけ楽しいお話を作ってください。何年かあとで先生と会ったとき、今度はそのお話を、先生にしてください。
 先生の顔は、もう、いつものニコニコした顔に戻っていました。
                            
                                終わり

 

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