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2014年8月10日 (日)

「本のないお話」・5

      「本のないお話」・5

    東京大空襲

 毎日のように空襲がありました。昨日まで元気に登校していた友達が、何の前触れもなく、学校に姿を見せなくなることがありました。空襲で亡くなるのです。疎開して行く」友達もいました。残っている子どもたちも、近いうちに学童疎開になると言う話です。
 お母さんがみち子に、疎開の相談をしました。
「お父さんは兵隊に行ってしまったし、このままだと、みち子は学童疎開になるし、家中が離れ離れになるわね」
「そんなの、嫌だわ」
「山梨の伯父さんを知っているでしょう。あの伯父さんがね、来てもいいて言うの。みち子はどう思う」
 お父さんが兵隊に取られてからというもの、お母さんは何でもみち子の相談します。お母さんは末っ子です。山梨の伯父さんはお母さんの一番上の兄さんで、富士山の裾野で開拓をしているのです。荒地や畑を切り開いて畑を作っています。伯父さんは背は低いけれど、がっちりと肩幅の広い人です。お母さんは痩せて背が高いので、兄弟でもずいぶん違うんだなあと思っていました。
 去年は、開拓地で採れた野菜と、山ぶどうで作ったというぶどう酒を持ってきてくれました。お父さんとぶどう酒を飲みながら、何かしきりに話して、大声で、
「アハハハ」
 と笑いました。
「あ、伯父さん、のどちんこが見えた」
 みち子が冗談を言うと、
「女の子がそんなことを言ってはいけない。アハハハ」
 と、また笑いました。
「あの伯父さんなら、私好きよ」
「でも、開拓地だから、生活は苦しいのよ」
「苦しくても、東京にいるより安心なんでしょう?」
「そうね。お父さんが帰ってくるまで、伯父さんの所に行きましょう」

 そんな話をした晩にも、空襲がありました。焼夷弾がこれまでになく近くに落ちてくるような気がします。みち子とお母さんは、びっくりして、布団をかぶって逃げました。
 でも、その日の空襲では、みち子の家の辺りは無事でした。みち子たちが帰ってくると、警防団の人たちに、
「あんな空襲で逃げ出すなんて、臆病者だ」
 と笑われてしまいました。
 それから二、三日して、また空襲がありました。でも、今逃げ出したら、また臆病者だと笑われるかもしれません。じっと辛抱していました。
 けれども、攻撃はますます近くなってきます。どうにもたまらなくなって、みち子は隣雲の班長さんの家に、もう逃げていいかどうか聞きに行きました。ところが驚いたことに、班長さんたちはもう逃げたあとでした。そればかりではありません。警防団の人も含めて、隣組の人は、誰一人残っている気配がありません。
 みち子が青くなって帰ってくると、さすがにお母さんは、逃げる用意をして、玄関でみち子を待っていました。二人は防空頭巾の上から布団をかぶり、まだ火の回っていない方に向けて走り出しました。
 みち子たちは、上野の山を目指してて逃げました。あっちからも、こっちからも、上野の山に向かって逃げる人がいました。
 逃げる途中の街角で、何人かの人が並んでいました。見るとポンプの井戸があって、男の人が二人でバケツに水を汲み、先頭の人にかけてやっていました。みち子たちも列に並んで、水をかけてもらいました。
「私とお母さんに、もっと水をかけてください」
 と、みち子が言うと、バケツのおじさんは、ギロリとみち子をにらみました。
「皆並んでいるんだぞ。一人に一杯だけだ!もう、火が回ってくる、早く逃げろ!」

 それから先は、何処をどう走って上野の山まで逃げたのか、何も思い出せません。上野の山で、何回か寝たような気もします。何か食べたのでしょうか。それさえも覚えていませんでした。ただ、いつまでもいつまでも、家々が燃え続け、不気味な赤い空を見ていたことだけを覚えています。

 気がつくと、あたり一面、焼け野原でした。

                            続く
 

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