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2014年8月 8日 (金)

本のないお話・3

       本のないお話・3

    さよなら、さっちゃん

 昭和19年、みち子は三年生になりました。同級生のさっちゃんはみち子とは大の仲よしです。
 その日も、二人は石蹴りをして遊んでいました。そこへ何人かの男の子がやってきて、みち子に声をかけました。
「兵隊ごっこしようぜ」
「ええ、私は航空兵になる」
「ばかだな。女の子は従軍看護婦さんだよ」
「看護婦さんはいや。工兵でもいいわ。工兵なら橋を架けたり出来るから」
「でも、私は看護婦さんをやりたい」
 いつも優しい、さっちゃんが言いました。
「お前は駄目だ。お前の家は強制疎開なのに、まだ疎開していないじゃないか。お前は非国民だ」
 ひとりの男の子が言いました。みち子は、はっとしました。さっちゃんの家が強制疎開になるなんて、少しも知りませんでした。
「非国民じゃないもん。疎開するもん」
 さっちゃんは真っ赤になり、下を向いて、小さな声で言いました。
 疎開と言うのは、空襲を避けて田舎の方へ引っ越すことです。強制疎開というのは、一定の区域を決めて、そこに住む人たちを強制的に立ち退かせることです。強制疎開と決まった区域の人たちは、立ち退く先があってもなくても、決められた日まで引っ越さなくてはならないのです。みち子の家は東京の市ヶ谷と言うところにありました。近くに陸軍の大事な施設があり、そこを守るためなのかどうか、みち子の家の道路の向こう側が、強制疎開になりました。
「そうだ、非国民だ」
 他の男の子たちも、口を揃えて言いました。
 非国民と言うのは、戦争中では最も強い非難の言葉でした。国を挙げて戦争をしているのに、その戦争に協力しないとんでもない人、という意味がありました。
「引っ越すもん。非国民じゃないもん」
 さっちゃんはもう一度小さな声で言うと、泣きながら家の方へ走っていきました。
「あんたたちなんかと遊ばないよーだ」
 みち子は男の子たちに赤んベえをして、さっちゃんのあとを追いました。

 そのころ、みち子のお父さんは大工の手伝いをしていました。琴は大川さんに売ったのが最後で、それっきり売れなくなったのです。戦争になって琴が売れたのは、ほんの僅かな間だったのです。
 大工の手伝いといっても、空襲の激しい東京で、家を建てる人はいません。だから、強制疎開の家を壊す仕事をしているのです。さっちゃんの家が強制疎開になると聞いて、はっとしたのは、お父さんがさっちゃんの家を壊すのではないかと思ったからです。
 昨日、お父さんがお母さんにいっていました。
「俺は今の仕事はいやだ。まだちゃんと人の住める家を壊すなんて、いくら何でももったいないや。屋根をはがして、壁をぶち抜いて、梁に縄をかけて皆で引き倒すんだ。その家を建てた大工が見たら、何と思うかねえ。皆で縄を引っ張っていると、柱がギイギイいうんだ。家が泣いているように聞こえるよ。職人は物を作るのが仕事だよ。それなのに今の俺と来たら、家を壊しているんだ。情けないったらありゃあしない。皿一枚でも、わざと割るのはいやなもんだ」

 さっちゃんが家に帰ると、さっちゃんのお父さんとお母さんは荷造りをしていました。さっちゃんを見てお母さんは腰を伸ばして言いました。
「おや、また泣いて帰ってきたの。泣き虫だねえ」
「おばさん、男の子が悪いの。だって、強制疎開なのにまだ疎開していないから非国民だなんて、みんなでいじめるんだもの」
 さっちゃんを追ってきたみち子が言いました。それを聞いて、さっちゃんのお父さんが怒り出しました。
「うちは非国民なんかじゃない。明日疎開する。だから荷造りしてるんだ」
「そうなのよ、みち子ちゃん。お父さんの友達の紹介で、やっと引越し先が決まったの。お父さんも私も東京の人だから、強制疎開といわれても、急には疎開先も見つからなくてね」
 まるで大人に話すように、さっちゃんのお母さんが言いました。
「みち子ちゃん、さち子と仲良くしてくれてありがとう。疎開先で落ち着いたら、さち子に手紙を書かせるから、あなたもお手紙くださいね」
「はい」
 頭をコックリすると、みち子は走ってうちへ帰りました。さっちゃんとお別れ言うのが辛くて、黙って走りました。涙があふれそうでした。

 その日の夕方、さっちゃんがお手玉を三つ持ってきました。
「みち子ちゃんと遊んだお手玉よ。お母さんが作ってくれたものなの。六つあるから半分上げる。そうすれば、離れていても同じお手玉で遊べるもの」
 みち子は缶詰の空き缶を持ってき、て中に入っているおはじきを、新聞紙の上に広げて言いました。
「ねえ、これも半分ずつにしましょう」
                        続く








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