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2014年6月30日 (月)

文明に飼われている

6月30日(月)

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 絵は智光山公園

○ 精障者作業所、ショップみちくさ、へ。

○ 文明に飼われている

 最近、5歳の男の子を家に閉じ込めて、時々しか家に帰らず、帰ったときだけ食事を与えて、男の子を餓死させた父親がいた。最後に家に帰ったとき、食事を食べる力がなく、ただ弱弱しい声で「パパ」といったという。それから何日か、夜中に目覚めたとき、その「パパ」を思い出してしまい、再び寝る事が出来なくなった。あの「パパ」は辛いなあ。
 人間には自己中心的なところがあって、父親のしたこともまるで理解できないというのではない。しかしなあ・・・。
 5歳の男の子は、父親に怒りや恨みをぶつけることも出来ず、そんな父親しか頼るものを持たなかった。恨むことや憎むことが出来るほど成長していなかった。そして出たことばは「パパ」だ。
 子どもは自分の生を全部父親に預けているのに、父親は全
面的に頼られているのに、それを無視してほおって置く・・・。理解できないことはないといったけれど、いや、何でそんなことが出来るのだろう。理解は・・・やっぱり無理だ。

 貧しい時代、飢饉になれば、親子は一緒に飢えた。餓死するときは、親も子も、ともに餓死をした。今はそのようなつながりが薄くなっているんだなあ。

 何が原因だろうか。統計上でどうだとか言う知識はないが、今はこの5歳の子のような事件が多いような気がする。そして、論証することは出来ないけれど、われわれが自然から遠ざかって生活するようになればなるほど、そのような事件が増えるように思う。われわれの文明は、自然を遠ざける方向にだけ進んできた。
 自然を大切に、なんていってますがね、なんか違うんだよ。都会の人には、素手で土に触ったことの無い人だっていそうだ。少なくとも、何年も土に触ったことがない、という人なら大勢いるだろう。かくいう私も、手はともかく、素足で土を踏んだのは、何年前になるか思い出せないくらいだ。
 幼稚園の行事で「芋ほり」をするとき、軍手などをはめるようです。あんなのは「素手」でやらせればいいのだ。手が汚れる、ばい菌が怖い、怪我をする。それはそうです。でもね、手は洗えばいい。細菌やダニのいない世界では、人間も生きていけないのです。怪我だってしながら大人になるのです。怪我をしたり細菌が入ったりしたら、その後の処置をしっかりすることですな。無菌室で育てるような方法で大きくなった子どもは、抵抗力のない大人になると思いますよ。
 自然を大切にと叫んでも、観賞用の自然とだけ考えているのだったら、それはちょっと違うなあと思うのです。

 論旨がずれているかなあ。クーラーの効いた快適な部屋で育った子どもは、汗腺の発達が悪いそうですね。熱中症になりやすい体質になるということかな。そうかと言って、クーラー無しというわけにも行かないでしょうし・・・。文明の発達、いいことばかりではありませんな。

駄句

     雨の粒紫深き茄子を捥ぐ

 

 

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2014年6月29日 (日)

緊急避難とその後

6月29日(日)

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絵は彩の森公園

○ 昼前後から好天、自転車で智光山公園へ出かけた。

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智光山公園のあじさいはまだ咲いている。

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 智光山公園の池では、よく蛙が鳴いている。しかしその姿は始めてみました。トノサマカエルよりは大きい。ガマガエルですかね。私の記憶のなかの蝦蟇はもっと大きかったような気がするけれど。

 ぼんくら蛙はトノサマカエルの仲間で、蝦蟇ではありません。いぼいぼなどに親戚はなく、スマートな蛙なのでありますよ。

 いつものごとく池のほとりをぶらぶらした後、緑の相談室のギャラリーへ入る。写真展をやっている。展示している人の名前を見てびっくり。なんと私の知り合いが5人くらいる。20人くらいのグループだと思うが、その中の5人と言うのは多いねえ。今回は智光山公園を題材にした写真だとか。

 写真展を出ると、空模様が怪しい。ゲリラ豪雨などがあるから、油断は出来ない。雨がぽつぽつと当たる。空も暗くなった。急いで帰ったが、途中のサンパーク奥富に緊急避難。ごみ焼却の熱で風呂を沸かし、市民にサービスしている。市内の高齢者金額で、150円で入浴。入場券を買っているうちに豪雨になった。間一髪でした。

 お金を払って入浴しても、私はカラスの行水で、15分くらいで出てしまう。豪雨は終わったけれど、まだ降り続いている。雨がやむまで小休止と思って本などを読みながら過ごしていたが、これが中々止まないんだな。やまない雨はないのだけれど、止むのは明日などというのでは困る。思い切って雨の中に飛び出しました。夏だからいいけれど、家に着くまでに、おへその辺りまでも濡れました。

 家でもう一度、風呂に入りなおし。やれやれ。

駄句

     残り鴨草に隠れて水尾もなし
     夏蝶の意志あるごとく飛んでおり
     あじさいや猫抱く人の独り言
     街の湯に緊急避難にわか雨


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2014年6月28日 (土)

老人は時間をもてあます

6月28日(土)

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 絵は我がマンションのすぐ近くです

○ 老人は時間をもてあます

 老人の残り時間は少ない。僅かな時間しか残っていないのに、その時間をもてあます。私は比較的忙しいほうだと思うけれども、それでももてあますときがある。

 それは、たとえば今日。昨日まで忙しかったけれども、今日と明日はやることがない。そんな場合、若いときならば繁華街に出る。歳を取った今は、人ごみに出ると疲れる。山や川がいいのだけれど、あいにくの雨だ。

 家に居てまるでやる事がないのかと言えば、実はそうでもない。ずいぶん昔、随筆集を出版したけれど、その後の文章をまとめようかという気持ちはある。でも、昼間からパソコンなどに向かいたくはない。だいいち、面倒くさい。なんだか、すべて、どうでもいいような気がする。だから、やる事があってもやる気がない。そして退屈をしている。そのうち時が来て文章などはまとめずに終わるだろう。それでもいいさ。別段日本の損失になるわけではない。

 それでも退屈のあまり、家を出て、傘を差して、あちこち歩き回っちゃった。

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 彩の森公園の睡蓮

駄句

     用もなく強梅雨衝いて歩きけり
     遠山は雨に煙りて植田かな
     杉木立ことさら黒く梅雨深し
     強梅雨に濁れる川や橋渡る
     トンネルを抜けてむせるや深緑
     梅雨の道おんなじ川をまた渡る
     五月雨や滑って転ぶ徒競走
     応援は負けてるチーム梅雨晴れ間
     ざくろ咲く呆けずにおれよつつましく








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2014年6月27日 (金)

水彩画の会

6月27日(金)

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 絵は新聞の広告写真を多少加工しました。

○ 俳句大会の案内状発送。いちいち切手を貼っていられないので、郵便局へもって行き、一括発送。

○ 水彩画の会。

駄句

     くちなしや特に会いたい人もなし
     どの道を歩いていても梅雨に遇う
 
人生は何処へ逃げても、梅雨に遇います。


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2014年6月26日 (木)

馬鹿

6月26日(木)

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○ ボラグループ定例会。

○ 俳句大会案内状の一部を書き変えたり、送付先の住所録一部を変えたり、それをラベルにしたり、投句用紙を作ったり、今日の午後は忙しかったねえ。それを印刷して封筒に入れて、封筒にラベルを貼って、今日は酒も飲まずに、今までかかった。

 パソコンガ変ってからこんな事をするのは初めて。ワープロ機能は一太郎からワードに変わった。なが年一太郎でなじんできたのに、あつかい方も分からないことだらけ。思わぬ変換が出たり、操作が分からなかったり、「お前は馬鹿か」「頭の悪いやつだ」などとパソコンに当り散らす。あれこれやっているうちに、まぐれ当たりで正解が出たりして、何とか完成させました。

 「馬鹿」だの「間抜」けだの、人間にそんなことを言ったら、なんとかハラスメントだ。馬鹿なのは私です。悪うございました、パソコンさん。ぼんくらな蛙の分際で、申し訳ございませんでした。

 ふう、呑むぞ。

駄句

    梅雨寒や流れるままに喜寿を過ぎ

 とっくに過ぎているんだけどね。苦し紛れに俳句です


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2014年6月25日 (水)

立ち読みをして本を買う

6月25日(水)

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 絵は棒の峰山頂

○ 午後、川越の紀伊国屋書店へ。

 いつもの俳句総合誌と「日本史の謎は『地形』で解ける」竹村公太郎著、PHP文庫、正編と文明文化編を含めて2冊買う。この2冊、立ち読みをして買うことに決めたもの。いわば衝動買いですね。
 ずいぶん昔、といっても私が若いときですが、気象と歴史の関係を書いた本を読んだことがあります。なんと言う題名で、著者が誰だったかはまるで覚えていません。本の内容もあらかた忘れてしまいました。日本の歴史変化と、そのときの気候変動を書いたものでした。気候変動から歴史を見ることも可能ならば、地形から歴史を見ることも、当然可能だろうと思いました。
 私は本を衝動買いすることが良くあります。これは出会いのようなものです。予定した人と予定したところで会うだけが、人の出会いではありません。本についても同じことが言えます。その出会いが大きな意味を持つことがあるのです。それがインターネットの時代になっても、私が本屋を愛する理由です。
 そのようにして本を買うには、嗅覚を持っていなければなりません。外れることもありますがね。でも、大当たりすることだってあるんですよ。

駄句

 にわか雨ビル風巻いて定まらず
 雷鳴のほどは庭土濡れもせず
 透明なグラス麗し冷やし酒


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2014年6月24日 (火)

集中砲火

6月24日(火)

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 秩父の寺、岩上堂という名前だったかな。

○ 俳句大会の案内状、送付者の名簿、などの点検をしてもらうため3名の方に、資料を送る。たとえば名簿、この1年で物故されているのに、私が気がつかないなんてことがあるんですよね。新しく名簿に加えるべき人、削除すべき人などの問い合わせ。案内状の文言その他、聞きたいことが沢山あるわけです。どの人にどういうことを聞きたいか、なども文章にして発送する。それだけで昼までかかりましたね。

○ 買い物をして、後はごろ寝だ。ごろ寝してテレビを見ていると、どの局も都議会のセクハラ発言ばかり。もちろんあんな野次許されるべきではないと思いますよ。でもね、ほかの問題だって沢山あるんだよ。マスコミは、都議会の野次一辺倒だ。

 思うに、あの野次を取り上げて非難している限りは、誰も反対しない。非難することで、自分は正義の味方のような気分になれる。自分は安全な位置にいて、他人を非難してさえいればいいのです。だから、下手をすれば自分も似たようなことを言い出しかねなかった人まで、一緒になって非難する。あるいは、そういう人の声が一番大きい。これって、いじめでしょう?

 こんな書き方は危ない。それじゃあお前はあの野次を認めるのか、などという人が出てくるのです。認めはしませんよ。認めませんが、付和雷同で人を非難するそういう風潮が厭なのです。野次をした議員は集中砲火を浴びています。

 件の議員は会派を離脱するが議員は辞めないそうです。しかし、いずれ風圧に耐えかねてやめるのではないかと私は思っています。やめてしかるべきでしょう。

 でもね、マスコミは集団的自衛権については、それほど熱心に取り上げていません。本当は大問題なのにね。安倍さんは戦争も出来る普通の国になりたいわけです。私は戦争は絶対悪だと思っています。普通の国になんかならなくてもいいんです。戦争になっても、自分で鉄砲担ぐ必要のない人が、あれこれ議論をしているのです。集団的自衛権の行使については、賛成しても反対しても、非難を浴びるでしょう。だから沈黙するんですね。誰からも攻撃されないセクハラ野次は、安心して大声で非難できるというわけです。

駄句

     暴れ梅雨雀弾丸のごとく飛ぶ
     あじさいの色して手すりの雫かな

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2014年6月23日 (月)

住所録作り

6月23日(月)

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 北山公園のあじさい

○ 精障者作業所ショップ「みちくさ」へ。朝畑へ行って、ナス、キュウリ、トマトなど収穫。
午後はAさんに頂いた卓上バンドソウを組み立てる。新品である。これは使えますね。12ミリのランバーぐらいは楽に切れる。パズルなど作るにはよさそう。

○ 俳句大会案内状送付先の住所録を作る。去年の下地があるが、新しく書き加えるのも多くて、「みちくさ」から帰って風呂に入るまで、びっしりかかりました。

駄句

     飛行機の音だけ聞こえる梅雨の宵



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2014年6月22日 (日)

北山公園

6月22日(日)

 本来は歩く会で森林公園へ行くはずでした。しかし朝からの雨。西武線本川越駅から東武線の川越し駅へ歩き乗り換えるはずでした。しかし狭山市駅へ来たのは私一人。指定の電車に乗ると、電車の中に、今回の企画をした入曽駅から乗るT男さん、それにYさん、新座から来るT女さんの3人に会いました。
 とりあえず本川越までいって、ほかに来ている人がいないかどうか確認し、居なければ東村山駅まで逆送し、北山公園の勝負を見ようということで意見が一致。で、結局のところ、北山公園に行きました。

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北山公園から八国山緑地の、東京埼玉県境の尾根を歩き将軍塚へ。ここで言う将軍とは新田義貞のことで、狭山だの所沢などには、新田義貞関連の遺跡が多い。将軍塚から市街地へ下りて、所沢駅まで歩く。
 まだ、11時にもならない。
 駅そばの喫茶店でコーヒータイム。つまり、お喋りタイム。
 所沢駅で解散。昼食は家で摂る

○ つばさ俳句会の夏季俳句大会の案内状を作る。
 今回はパソコンが変わって、初めて作るまともな文書。おまけに、以前は一太郎だったが、今回はワード。それでも何とかなるものですね。
 こういう文書は2-3日寝かさないとね。私にしてみれば、みんな先生筋に差し上げるような文書ですから・・・。
 後は、送る人の住所録だよなあ。

駄句

     糸トンボ雨に打たれていたりけり
     糸トンボ一瞬セキレイに咥えられ












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2014年6月21日 (土)

つばさ俳句会報告

6月21日(土)

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 絵は所沢のゆり園 時間があれば、もう少し丁寧に描きますが、なにしろ朝飯前の仕事です。

○ つばさ俳句会報告

8点句

 はじめから雨降ってをり植樹祭   京子
 青春のように足出す夏の草     康子
 蛙鳴き口のまわりに歯磨き粉    浩子
 夕餉には間のある猫の子が鳴いて 京子

7点句

 押し出されこの世の蛇となりにけり 美智子

6点句

 ががんぼや卓にたたまぬ老眼鏡  令子

5点句

 梅雨永しぷちぷち揉んでふくらはぎ  三郎
 晩年を十薬咲かせていたりけり    美智子
 花あざみ歩けるうちは足遣ひ     三郎

私が戴いた句

 押し出されこの世の蛇となりにけり  美智子
 はじめから雨降ってをり植樹祭   京子
 花あざみ歩けるうちは足遣いひ   三郎
 韋駄天を夢見し昔蝸牛       韋達天
 眩しさや静かな空へ鯉を吊る   一進
 忘れ事忘れたきこと文字刷草   たつ子
 ががんぼや卓にたたまぬ老眼鏡  令子
 子雀や走りなれたる鬼瓦      昇山
 戦前となるか平成雷鳴す     韋達天
 夕餉には間のある猫の子が鳴いて 京子

私の句 さんざんでした

 薄暑かな老眼耳鳴り物忘れ  2点
 へろへろと生きているなり冷奴 1点

 「薄暑かな」は、はじめから高得点はないと思っていた。1点でも2点でも入って、笑ってくれればいいという気持ち。「へろへろと」はちょっとふざけた句だけれども、三郎先生の評「俳句にはなっている」。なんとも、はや。

ところで今日の駄句

     また今日も句ができなくて薄暑かな
                     お粗末でした。

 


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2014年6月20日 (金)

飲まなきゃいいなんて言うな!

6月20日(金)

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 絵は智光山公園です

○ 七夕準備の会議

 社協前にぶら下げる行灯の絵と、中心となるテーマを決める。ずいぶん早く準備を始めるみたいですが、この後7月に2回ほど集まって作業をし、それで完成させるつもりです。今回も担当の中心は私。とは言うものの、それは形だけ、皆に助けてもらってやるのです。

○ V連代表者会議

 午前中は七夕の準備会で、午後はV連代表者会議の予定でした。しかし七夕準備会代わりに早く終わったので、V連代表者が残って、代表者会議。これが終わったのが、1時半頃。腹減ったァ。

○ ダイエットのことなど

 その後どこかで昼食ということでしたが、私は帰る。朝晩はこだわらないが、昼食だけは炭水化物をとらないというダイエット中なので、なかなか食堂で食べるというわけにはいかない。ただし、山などへ行ったときは別ですよ。おにぎりなんか食べるんだから。

 体重は一昨年の暮れには72キロくらいありました。現在は66キロ。身長は、歳を取って縮んでしまって169センチ。これ以上やせる必要はないと考えていますが、近頃膝が痛いので、膝に負担をかけないためにはもうすこし痩せるべきか・・・、迷うなあ。山などへ行くと重いリュックをしょうんだしねえ。かかり付けの医師は体重を減らせというけれど、私が山へ行くことなんか知らない。

 私は歩き回りたいし、酒は飲みたい。この二つを禁止されたら辛いことになる。だから医者には言わない。膝のストレッチは40分ほどかけて、ほぼ毎日やっています。アルコールの方は何をやったらいいのか分かりません・・・・・飲まなきゃいいなんて言うな!

駄句

     七夕の準備の会議もう始め


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2014年6月19日 (木)

智光山の菖蒲園

6月19日(木)

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 絵は棒の峰

○ 午前。「みちくさ」の畑へ。なす、とまと、きゅうりの収穫期に入ったので、畑の面倒を見ている私としては、月曜日だけとも言っていられない。行けば、収穫以外にも、いろいろやることはある。

○ 午後は智光山公園へ菖蒲を見に。まだ、間に合いました。

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 最後の写真は道端のサボテンの花。これではなんだか分からないけれどね。今日の写真はすべてケータイ。

駄句

    もち草の舗装道路を割って出る
    夏の猫横断歩道を渡りけり
    橋上に川風わたる夏の雲
    菖蒲園ぬかるむ道を歩きけり
    岩に来て苔をついばむ雀かな
    五月雨を集めし川の遊歩道















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2014年6月18日 (水)

生きていれば金がかかる

6月18日(水)

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 絵は秩父の荒川

○ 照明器具を買う。

 今の蛍光灯の照明器具の調子がこの間からおかしくて、買い換える事にした。ついでに、洗濯機の風呂から給水するホースが破れているので、これも買い換えることに。ケイヨーD2やらセキチューやらを見た後で、ヤマダ電機に行く。照明はLEDにする。確かに明るい。でも、10年間持つというのは本当かね。それなら、私が生きている間は大丈夫ってことになりそうだ。
 しかし、何を買っても高いですなあ。そうかと言って死ぬわけにも行かないし。私だって、健康でさえあれば長生きはしたいんだよ。・・・でも、酒はやめない。

駄句

     濁りたる植田の水に走るもの


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2014年6月17日 (火)

ゆり園




6月17日(火)

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朦朧体ですな。こんな絵では、場所なんて関係ないよね。

○ ゆり園

 所沢のゆり園に行きました。3年続きです。ゆりは見事なのですが、入場料が高いのが玉に瑕。一般は1020円。映画を見たってもっと高いわけだから、まあいいかな。所沢市民はもっと安いのだ。次女は所沢市民だけどナア。

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 ゆりの花ばかり続いたので、ちょっとお口直しに、

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 狭山湖の雀。

駄句

    持ち時間残り少なし梅雨晴れ間

 人生の残り時間は少ないのに、暇をもてあますときがあるんだ。私ばかりじゃない。暇をもてあましている爺婆は多いよ。私などはまだ、やることのある日が多いけれどね。




































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2014年6月16日 (月)

菜園

6月16日(月)

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 紫陽花は雨の似合う花。紫陽花に見えようと見えなかろうと、紫陽花なのですよ、描いた私としてはね。

○ 精障者作業所、ショップみちくさへ。

 みちくさの菜園に、インゲン、サツマイモ、空心采の苗を植えました。インゲンは今収穫期ですが、梅雨の間は収穫できるはず。今年は梅雨が長いという予報もあるので、そこに期待。サツマイモは近くのケイヨウデーツーではもう扱っていませんが、セキチューでは売っていました。
 なす、きゅうり、ミニトマトの収穫が始まりました。植えたのが少し遅めでしたから、収穫の始まりも遅めです。収穫が始まると、これはどんどん出来るんですよネエ。一週間に一回月曜日だけというわけには行かなくなります。スタッフは忙しいしメンバーさんだけという訳にもいかず、私が行くしかないね。

駄句

     菜園に茄子の初果摘む雨もよい



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2014年6月15日 (日)

山行 棒の峰

6月15日(日)

山行 棒の峰

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 棒の峰、白谷沢コースは飯能から名郷行きのバスを、さわらびの湯で降ります。さわらびの湯バス停から名栗湖まで登り、名栗湖を半周して棒の峰の登山口に行きます。その登山口付近から見た名栗湖の対岸。写真でご覧の通りの地崩れです。コンクリートで護岸工事をしてあるのに、このありさま。自然の力は大きいのですね。
 このところの豪雨で名栗湖の水量が多い。白谷沢の水量もことのほか多かった。私は棒の峰に何十回も来ていると思いますが、水量の多さは今日が最高でした。

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 この辺りから棒の峰白谷沢コースのハイライトになります。かつては奥武蔵や奥多摩の山といえば、爺婆の専用グランドでしたが、山ガールが多くなり、山ガールが増えれば山ボーイも増えるというわけで、カップルも居たりして、棒の峰は思いのほか登山者が多かったのに、われわれのような爺婆集団は見かけませんでした。
 一行5名。私が最年長ではありますが、まあ、爺婆ですねえ。途中体調不良を訴える人もいましたが、ゆっくりゆっくり他のグループに追い抜かれながら、山頂にたどり着くことが出来ました。大体こんなとき、私は最後尾を歩きます


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こんな沢を何度も渡り返しながら進みます。皆、靴もズボンの裾もびしょぬれです。

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 頂上からの見晴らし。この人カップルで来ていた人です。幸せになってくださいネ。

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 こんなアジサイが沢山咲いていました。図鑑で調べるとコアジサイというようです。

駄句

     青山のうねりの狭間バスの旅


























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2014年6月14日 (土)

車椅子と仲間の会 終活について

6月14日(土)

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 絵は石神井公園

○ 車椅子と仲間の会

 終活についての講演 講師は狭山典礼の社長。何のことはない15年前妻が亡くなったときに葬儀をしてもらった葬儀屋である。当然のことながら15年前の葬儀など、覚えてはいなかった。
 それぞれに「エンディングノート」を渡し、講義を始める。せっかくだから、エンディングノートくらい書いておきますか。何時逝ってもおかしくない歳だからね。とはいえ、財産があるわけではなし、たいして書くことはない。葬儀の話も多いけれど、葬儀なんて生きている人のためにやるものだ。そのとき、こっちは死んでいるのだから、薦に包まれて入間川に捨てられたってかまわないようなものだ。そんなことをすれば、やったほうが罪になるだろうから、出来もしないだろうけれどね。
 基本的には死んだ人間はどうでもいいんだよ。残った人がうまくやっていけるように、ということですな。

 さて、死んでから後悔しないように、今日ももうすこし飲んでおきましょう。

駄句

     雨やんでたちまち暑しまた降らむ




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2014年6月13日 (金)

お爺ちゃん、遅れないでね

6月13日(金)

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 お爺ちゃん、遅れないでねは、この絵の題です。
 つまり、今日は書くことがないのです。

 午後、水彩画の会

駄句

    6月や酒買う我に日照り雨
    梅雨止みて黒雲動かず暮れにけり

 今日は梅雨の中休みで、暑いほどの天気。しかし、何度も日照り雨がありました。日照り雨の日には狐の嫁入りがあるなんて言いましたが、親しい狐もいないので、確かめようがありません。

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2014年6月12日 (木)

豊島園、石神井公園

6月12日(木)

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 絵は狭山市内

○ 豊島園、石神井公園

 朝、盛んに雨が降っていましたが、予報ではまもなくやむし、薄日も差すかもしれないといっていました。そのつもりで出かける。でも、豊島園に着いたら、まだ雨が降っていました。アジサイを見るつもりで来たのだから、まあいいのだけれど・・・。

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 あじさいを見ると思い出す詩がある。三好達治の「乳母車」という詩である。その一節に「あじさいいろのものの降るなり」とある。ただし私の引用は正確ではない。漢字と仮名のバランスはどうだったのか、記憶にはない。横着だからあらためて調べもせずに、ブログに載せてしまいます。
 それはともかく、「あじさいいろ」とはどんな色でしょうかね。私には薄い赤紫のように思えます。漢字で書けば「紫陽花」だしね。
 俳句では「紫陽花」のことを「七変化」ということがあります。色が変わるからね。「頑固にはなれぬ弱さや七変化」(ぼんくらカエル)ハハ、自分の俳句を出しちゃった。頑固な強さを持てないのは、紫陽花ではなく私自身です。

 ばら色というのも、よく使うことばですが迷います。バラにはいろいろな色があって、どれが本来のばら色なの? という気分になる。ピンクに近い色だとは思いますけれどね。「ばらは鴇いろほんのりあかい」北原白秋の詩です。例によって、漢字と仮名はどうだったか分かりません。「バラ園にばら色のバラありにけり」(ぼんくらカエル)又、かえるの俳句を出しちゃった。

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 石神井公園、石神井池
 石神井公園についても、まだ雨の中です。

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 石神井公園、三宝寺池

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 石神井公園の紫陽花

駄句

     波のごとく雨降り続く立葵
     ビニール傘透けて紫陽花青きかな
     五月雨に濡れて人無き遊歩道
























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2014年6月11日 (水)

『しなやかな日本列島の作り方』

6月11日(水)

本日、スケッチはありません。

○ 『しなやかな日本列島の作り方』藻谷浩介対話集。新潮社

 私は書評を書く気はありません。読んでいて、勝手に想像したり考えたりしたことを、書くのみです。

 私は10代の後半ころから人間の価値を決めるのに、何で「いくら稼ぐか」みたいなことで決めるのだろうと疑問に思っていました。敏感な子なら小学校の上級くらいで感じるんでしょうね。私の場合は、違和感を持ったまま、なんとなく流されて、そのまま成長し、歳を取って老年にいたったということです。それをとことん考えて掘り下げるほどの頭はなかったということです。
 しかし、気がついたら世の中は資本主義なんですね。金が第1なんですよ。私は友人に説教されたことがありますね。「お前ねえ、資本主義の世の中なんだからねえ、そんなことをしていちゃ駄目だよ」。その友人は、社会的な意味でも金銭的な意味でも成功しましたが、私は落ちこぼれに近い状態で、のんきに生きています。
 確かに私は貧乏ですが、不幸だなんてまったく思っていません。趣味とボランティアで日々を過ごしているのですが、私のようなのほほんとした人間が、こんなのんきな生き方が出来るなんて、社会に感謝したいくらいです。何にとらわれることもなく、私は自分のやりたいことを勝手にやっている日常なのです。自分が自分の主人でいられるのです。

 しかし、お金にはもうすこし執着したほうが良かったかなと、今にして思います。東北の震災のとき、正直に言って、私はボランティアに行きたかった。だけど、交通費と宿泊費は自費だからねえ。若いときほど体の無理は聞かないから、夜行日帰りなんて出来ないし。結局地元で自分の出来ることをやる、ということで終わり。その程度の金くらいは自由になるようにしておきたかったね。
 でもね、毎晩お酒を飲んでいるんですよ。それを節約すれば出来るわけだ。ところが、飲みたいんだねえ。

 なんだか知らないけれど、世の中は経済至上主義で、安倍さんは企業を優遇して経済成長を第一の目的にしているようだ。そのために原発も再稼動だ。経済成長すれば人間は幸福になると思っている。嘘だろう。バブル前と今と、日本人は今の方が幸せなのかねえ。私にはそうは思えないな。原発の再稼動なんて、国民の命にも環境にも、いいはずはないだろう。それでも経済が大切なんだ。

 この本を読むまで気がついてはいなかったけれど、限界集落の発生はバブル時代にあったんだね。企業というのは、労働力を消費するのですね。私たちのころならこれはバブルの前だけれど、田舎からの集団就職だね。企業は常に若い労働力を求めて、人を都会にひきつけるわけだ。そして若いうちは、働いても家庭を築き子どもを養うほどの給料を与えずにいる。
 ために、結婚年齢は上がり、子どもは生みにくくなる。少子高齢化は進むわけですな。近頃は、結婚できる給料さへもらえない場合が多い。女性は、結婚するとキャリアを捨てなければならなかったりする。ますます子どもは生みにくいわけだ。その付けが今回ってきているということ。
 そんな企業に減税だって。企業はさらに安い労働力を求めて、海外へ行っちゃうよ。企業が儲かれば国民が潤うなんて、私は信じられない。
 資本主義って言うのは、国民はそっちのけで、大資本を守るということですなあ。いい加減成長神話から脱却したいものだ。

 田舎は因習に縛られて自由がない、息苦しい、なんていうけれど、都会に出て、毎日1時間以上も満員電車に押し込まれているような生活が、果たして自由といえるのか。これは考えてみると、かなり異常なことだ。会社に縛られ、満員電車に押し込まれ、家には寝に帰るだけ。田舎の生活の方がずっと自由ではないだろうか。少なくとも、自分が自分の主人でいられる。

 藻谷浩介氏は地方の再生のために、現場の中で生きる人のために活動されているのだと思う。現場目線がなくちゃね。お上のやり方じゃ駄目なことを知っているから。

駄句
     あじさいの塀をはみ出す路地の裏

 

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2014年6月10日 (火)

疲れました

6月10日(火)

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 絵は北鎌倉

○ なんとなく疲れた。飲み疲れかな。こういうの危ないんだよね。すい臓なんか、異常が発見されたら手遅れだ。といって、酒はやめられない。

○ 午前、「ショップみちくさ」へ。注文のコースター完成させる。ここのところ、何というほどの仕事ではないが、なんとなく毎日何かしているので、それで疲れたのかな。山行なら疲れたって気分はいいのだけれどね。

駄句

     大股は滑りやすくて梅雨の道
     サボテンの花濡れながら咲きにけり



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2014年6月 9日 (月)

難聴 最後のこぶし福祉会評議委員会

6月9日(月)

       001

○ 午前、ショップみちくさ

  午後、こぶし福祉会評議委員会

 かねてから評議委員退職を希望していて、今日は私の最後の評議委員会になる。退職の一番の理由は、難聴ですね。対面して話をするのはさほど困難はない。しかし、会議は駄目です。わけの分からない話を聞きなだら、長時間椅子に座っているなどと言うのは、難行苦行です。
 

 難聴になって、初めて気がついたのですが、われわれは話しをするとき、相手の話を聞き取るために、かなりの想像力を働かせています。対話では、それが出来やすいのです。会議でも、その人が言わんとしていることが、あらかじめ分かっているときは聞きやすいのです。しかし、新しい問題を持ち出されると、とたんに聞きづらくなります。想像力で解決が出来ないからです。決まりきったことばは聞こえるのですが、肝心のところが聞こえない。
 

 「ただいま××という話がありましたが、それは○○が・・・で」というような聞こえ方をする。××も○○も・・・音としては聞こえているのです。しかし、クリアな音ではない。話はどんどん進んで、××が何を意味するか想像をめぐらして答えを見つけるより早く、○○が出てきて、・・・も出てくる。とても想像をめぐらしている余裕はない。そこで話し全体がわけのわからないものになるのだ。

 老人性寡黙なんていうことばは私が作ったんですがね、人の言うことが分からずに、やもうえず寡黙になるというのもあると思いますよ。

 私と入れ替わりに、新しい評議委員には、狭山市障がい者団体連合会会長のkさんがに決まったようだ。

駄句

     肩の荷を1つ下ろして梅雨晴間


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2014年6月 8日 (日)

これから読む本

6月8日(日)

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 絵は入間川河川敷 「今日の」ではありません。

○ 川越「木村屋」で絵の具、「紀伊国屋」で本を買う。

 水彩絵の具は単品買い。インジゴ、バートンアンバー、パーマネントバイオレット。

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 本は、『ギリシャ神話』串田孫一、『杜甫』黒川洋一、『うわさとは何か』松田美佐、『しなやかな日本列島の作り方』藻谷浩介。

 77歳にもなって、『ギリシャ神話』だの『杜甫』だのと。何をいまさらと言う感じではある。

 まあしかし、ギリシャ神話は知っているようで知らないのもある。著者が串田孫一なので買う気になった。『杜甫』は『唐詩選』などで読んではいるが、もうすこし読んでみたい気もする。

 『うわさとは何か』
 風評被害とかね、時にはうわさで戦争にまだ発展したりとか、うわさと民族主義が一体になったりすると、とんでもないことがおきます。中国
や韓国では、日本に対するとんでもないうわさもあるようで、対抗するように日本でも、民族主義的な思想やうわさが出てきている。今民族主義的な立場で威勢のいいことを言っている人たちは、万一戦争になっても威勢のいい事を言い続けるのだろうか。怖いなあ。

 『しなやかな日本列島の作り方』藻谷浩介の対談集
 『里山資本主義』を読んで以来、藻谷浩介を、私は最も注目している。その対談集なので、4冊の本のなかで、真っ先に読むことは間違いない。短期的にはどうか知らないが、長期的に見るならば、安倍総理のような経済至上主義では、日本は救えないと思っている。日本だけではない、世界も救えないだろう。経済至上主義では救えないところに、先進国は来ていると思う。それに対する答えはあるか。『里山資本主義は』ひとつの答えではあった。この本はどうか?

駄句

     田の畔は直線となり水を張る

 棚田などで無ければ、今の田の畔は直線である。一枚一枚の田も広い。その方が、耕運機も田植機も使いやすいからである。そんな田園風景を見て、昔ながらの田園風景だなあ、と、今の人は思うでしょう。それが悪いとは言わない。わたしだって、同じ間違いを沢山しているはずである。昔はこうだった、という思いも少しずつ変化していくのだ。

 

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2014年6月 7日 (土)

私の選句

6月7日(土)

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 新聞の写真から

○ 私の選句

 俳句を始めたばかりのころ、勉強のため俳句の総合月刊誌『俳句』を読んでいた。でも、これを読むのは時間が掛かって、なかなか大変なのだ。ほかに読みたい本もあるのでね。で、しばらく読まずにいた。しかしもともと俳句の事情の分からない私が、総合誌の1誌くらい読まなくては話にならないと考えて、最近は又読んでいる。

 『俳句』誌の最後に「平成俳壇」というページがあり、10人の選者がそれぞれ2ページ分を受け持って、一般読者の投句の選をしている。一人ひとりが「推薦5句」「秀逸10句」「佳作73句」を選んでいる。

 投句数はどのくらいあるかは知らないが、選ばれる句は選句者によってばらばらで、同じくが二人の選者に「推薦」選ばれるというのいはごく僅かだ。三人に選ばれるとなると、年に1,2回あるかどうか、まさに稀有である。枠を広げて、「推薦」と「秀逸」を含めても、事情は大して変わらない。

 良い俳句というものに、何か共通の基準があって、その基準に従って選ぶというならば、こんなことにはならないはずである。しかし、選者によって、良い俳句の基準が違うのだ。俳句というものに対する考え方が、人それぞれに違うということだ。だから、てんでんばらばらに選ぶ。選ばれた俳句もてんでんばらばらである。

 そういう選でいいのだ。だから私も、「推薦、秀逸、佳作」のなかから、自分の選をしてみた。以下、その俳句。

 寒星や妻拭きし湯を捨てる夜も  水口 茂

 二人の選者が佳作で取り上げていた。私はこれが「天」である。作者の妻は永く病床にあるのだろう。自分で風呂に入れないほど衰弱している。だから作者は時々妻の体を拭いたやるのである。その湯を捨てたとき、寒星が冷たく光っていた。立場は逆になるが、石橋秀野の有名な句、「短夜の看とり給ふも縁かな」と対を成すような句。

 ぼたん雪街が静かに力抜く   金子大二郎
 にはとりの噛むように飲む春の水 井上 実
 人日の髭剃らぬ面揃ひけり     水木 誠
 戸袋のことりともせず巣立ちしか 久米清子
 土雛の重さが親したなごころ   後藤光治

 1句目、雪が降り積もると町の力が抜けていくよう、まさにそんな感じ。2句目、鶏の水を飲むさまを良く見ている。3句目「人日」は「じんじつ」で1月7日のこと。会社も休みで、年末年始外へも出ない。皆髭面だ。4句目、戸袋に鳥が巣を作っていた。雛が生まれて賑やかだったが、いつの間にか静かになった。気がつくと、すはもう空である。素朴な土の雛を手に取ると、その重さに懐かしい親しさがある。

ところで、今日の私の「駄句」

    遠山は梅雨の煙て屋根と屋根
    田水張るその上に雨降りやまず
    梅雨しずく斜めに走る車窓かな
    山あいの屋根かたまって露に濡れ
    小川にも白き波立つ梅雨さなか


 


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2014年6月 6日 (金)

強梅雨

6月6日(金)

      002

 明らかに手抜きの絵です。ブログに載せるという強迫観念で描いています。

○ 田中歯科へ。歯の掃除、今日でおしまい。

○ 午後、精障者作業所「ショップみちくさ」へ

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 竹で作るコースター。まだ作業途中ですが・・・。竹は、昨年の狭山市の七夕祭りで使ったもの。そのうちの数本を貰い受けました。メンバーさんを相手に、しこしことこんなものを作ったりするわけです。

○ 午後5時55分のNHKの天気予報で、大雨注意報の出ているところとして、真っ先に埼玉県狭山市といいました。激しい雨が降っていました。そのなかで私は、アルコールを買いにスーパーに走りました。ほかのものは明日に伸ばしてもいいけれど、アルコールだけは無くてはかなわぬものなのであります。今、このブログも、そのアルコールを飲みながら書いているのです。

駄句

     強梅雨に裾たくし上げ走りけり




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2014年6月 5日 (木)

コースター

6月5日(木)

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 絵は高尾山琵琶滝コース
 昨日の参考では、絵のための写真はたった1枚だけしかない。もっと仕入れておけば(写真を撮っておけば)よかった。

○ 精障者作業所「みちくさ」へ

 本当は老人介護施設「狭山ケアセンター」へ行くはずだったが、そちらの方はYさんに肩代わりしてもらう。
 市内、中原公園で来週「アジサイ祭り」というのをやるそうだ。そこへ来るゲストのお土産に、みちくさ製の竹のコースターを配るのだそうだ。急なことだが、それを作る必要があったわけです。とりあえず今日は下ごしらえ。

○ 今日、梅雨入り

 つい2-3日前は真夏日が続いていた。北海道は猛暑日だった。世の中間違っとるよ。

駄句でございます

     入梅や登りつめてる立葵
     桑の実の虚しく落ちて踏まれけり

 今の子は桑の実も、グミも、木苺の実も食べないんだよね。




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2014年6月 4日 (水)

山行 高尾山

6月4日(水)

 絵はありません。高尾山の山道です。

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山行 高尾山

 一行5人。登りは琵琶滝コース。降りは稲荷山コース。
山の路としたら、たとえて言えば1級国道。ただし、階段は多い。曇っていて、頂上からの見晴らしは、あまり無かった。

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 琵琶滝コースではセッコクの花が人気。高級カメラや三脚を持って、この花を狙っている人もちらほら。セッコクというのは老木の枝などに着生する花で、石斛と書くようです。谷の向こう側の高い木の上に咲いている小さな花なので、私のデジカメでは、望遠機能を使っても、これが精一杯。この花を目的に登る人の多い、人気の花なんですね。・

 タンポポは不幸だなあ・・・美しく咲いても、珍しくないからね。

駄句
     シャガの花水豊かなる谷の音
     夏蝶や木漏れ日の下に縺れあう












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2014年6月 3日 (火)

老眼とボケ同時進行

6月3日(火)
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 秩父屋台囃子の演奏中、太鼓の脇で笛を吹く人。

○ こぶし福祉会、かすみ川食堂の包丁研ぎボラ。

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 この時期立葵が美しいね。

○ 老眼と呆けは同時に進行しております。

 私はブログを書く前に、インターネットでニュースを見たり、幾つかのブログを読んだりします。それらの作業、老眼ですから眼鏡無しではできません。近頃は100円ショップうでも眼鏡を売っているくらいですから、貧乏人の私でも、幾つも眼鏡を持つことが出来ます。だから、各部屋に1つずつは眼鏡がある状態です。たとえば、トイレに眼鏡があり、風呂場にも眼鏡があるし、「みちくさ」の作業所にも眼鏡を置いてあるという状態です。

 そんななかにも、お気に入りの眼鏡というのがあって、本を読んだり、パソコンに向き合ったりするときはそれを使います。今日もパソコンに向かうときはその眼鏡をかけていました。でも今は、その眼鏡をかけていません。何処にあるか分からなくなったのです。

 インターネットのニュースを見たり、いつものブログを読んだりするときは、その眼鏡を使っていました。自分のブログを書く前に、傍らのコップ酒がなくなったので、酒を補充に行きました。そしてパソコンの前に座ったら、眼鏡の行方が分からないのです。ずいぶんさがしたんですよ。それで出てこないんだ。行動範囲も狭いし、大体我家自体が狭いのだから、そんな突拍子も無いところに行くはずがない。それなのに・・・。
 大体近頃、物を探す時間が増えている。認めたくは無いけれど、やっぱりボケかねえ。

駄句
      まだら呆け始まる気配立葵
      立葵トラックが行く交差点

 眼鏡、探さなきゃあ・・・。








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2014年6月 2日 (月)

人口が減るんだもん

6月2日(月)

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 絵はJR東京の宣伝ポスターから

○ 精障者作業所ショップみちくさへ。
 コンパネの本棚が完成し、こぶし福祉会本部へ持っていき、取り付ける。

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 今日取り付けた本棚

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 先日取り付けた本棚

○ 先日、若い女性が居なくなるために消滅が予想される自治体が多いことが報告され、話題になった。各自治体も、政府もそれなりに対策を立てるだろうから、予想通りに自治体が消滅するとは限らないが、日本の女性が生涯に2人以上の子どもを生むまでに回復するのは、相当先のことでしょう。これからも人口は減り続けるだろう。

 女性がなぜ産まなくなったのか。理由はいろいろあるでしょうが、結婚して子どもを生めば、育児のため退職を余儀なくされ、その後は、パートの小母さん以外の職種にはつけなくなるというのも大きな理由でしょう。今頃になって、考え直そうという機運があるように思いますが、遅すぎたし、その意識もまだまだですねえ。こんな社会を作ってきたのは、企業の理屈でしょう。政治は常に、企業の理屈に流されてきた、と私は思います。

 安倍さんは経済政策を推し進めるといって、いくらか物価が上がったことを歓迎して、はしゃいでいますけれど、本当にそれでいいのでしょうかねえ。消費税が上がり、物価が上がり、年金生活者の年金は減らされ、企業の税金は安くなる。大企業が儲かって、大企業に勤める人の給料も少し上がって、それで、めでたしめでたしなのですか。

 企業は安い労働力を求めて、海外に生産拠点を移している。国内では、リストラが続く。かっては会社に多大な貢献をした人でも、リストラの憂き目に遭う。そんな人がホームレスになったりする。それを人は自己責任などという。おかしくないですか。

 山歩きなどをしていると、ちょっとした脇道に柵などがしてあって、「危険ですから入らないで」などと書いてあったりする。池のほとりにはロープが張られて「なかに入らないでください」などと書いてある。その注意書きを守っていれば、自己責任なんて、何にもなくなるんだ。私などは、廃道と標識のある道に入ってみたりするけれど、自己責任というのは、そういうところにあるのではないか。一度就職に失敗したり、企業の都合でリストラされた人に使うことばではないと思う。

 経済成長を永遠に続けるなどと言うのは無理な話で、まして人口減が避けられないという時代、一時的な経済成長に浮かれていていいはずが無い。われわれが幸せに暮らすために必要なものは、経済成長が第一であるというような考えは、いい加減に捨てるほうがいい。落ちこぼればかり作る社会、会社や社会に貢献した人まで落ちこぼれにする社会、そんな社会がいい社会のはずが無い。

 普通の人が、普通に暮らして幸せになれる社会で無かったら駄目だよ。企業が儲かればいいというものではない。人口減という現実を受け止めて、経済成長は続かないという現実を受け止めて、それでなお人々が幸せになるにはどうしたらいいか、それを探るのが政治でしょう。安倍さん、経済成長では駄目だよ。

駄句
     真夏日の予報畑は早朝に
     蝶の時間過ぎたり暑し暑し
     








 

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2014年6月 1日 (日)

一人吟行

6月1日(日)

 今日はスケッチ無しです。

○ マンション外回り清掃日。私は生垣の刈り込みをする。去年しっかりやってあったので、今年は楽でした。10時くらいには作業が終わり、理事長から新住民の紹介があり、あとは例年通り日陰にブルーシートを敷いて、宴会が始まる。
 いつもこのブログを読んでくれて、私の酒好きを知っている人は、意外に感じるかもしれませんが、こんな場合、私はさっさと消えてしまいます。親交を深める場ではあるのですが、私は早く部屋に帰って、寝転がってテレビでも見ているほうがいいのです。
 昼頃になって、玄関のブザーを押す人がいる。出てみると、今年の役員さんで、宴会にでなかったからと言って、缶ビールを持ってきてくれました。もちろんこれは、ありがたく頂戴しました。

○ 午後、一人吟行。といっても、実は稲荷山公園駅から西武線に乗って、西武秩父までを往復するだけ。私はたまにこれをやります。不思議なことに、ボーとしてワンカップでも飲みながらぼんやり景色を見ていると、俳句が涌いてくるんですねえ。まあ、駄句ばかりですけれど・・・・。

駄句 
     太陽を恋するポピー河川敷
     死はいつも隣にありぬ蠅叩き
     研ぎあげし包丁を手に初鰹
     遠山は青近くは緑夏深む
     山麓に屋根散らばりて青葉山
     濃き薄き緑幾層ホトトギス
     畑ありて家々ありて山茂る
     双子山二瘤ありて茂るなり
     山々の奥に山あり夏の雲
     炎天や座って旅の出来る世ぞ
     沿線に誰か種蒔く夏の花
     帰宅して帽子から飛ぶ天道虫

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