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2014年2月 7日 (金)

『日本語は面白い』「すっぱだか」と「まっぱだか」

2月7日(金)

 スケッチは阿川佐和子嬢です。例によって?左右の目の高さが違ってしまいました。似ているような似ていないような・・・。
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『日本語は面白い』柴田武・著(岩波新書)

 若い頃の5分の1程度の読書量だと思いますが、歳の割には本を読む方かと思います。読んだ本を、ときどきはこのブログでも取り上げますが、書評を書くつりはありません。読んでいて気になったことなどを、ちょこっと書いたりはしています。今日もそのようなものです。
 この本の終わりに近いところで、「すっぱだか」と「まっぱだか」と言う小見出しの文があります。この用語を見たとき、私は反射的に「まっぱだか」がもともとの東京ことば、「すっぱだか」が後に東京ことばになったと思いました。ところが、著者の説くところは反対なんですね。

 著者は自分が生まれ育ったところで身につけたことばを「母語」と言うべきだと主張します。多くの日本人にとって母国語と言えば「日本語」ですがその「日本語」を解釈するに当たっても、人は「母語」、生まれ育った土地の方言を基にして理解すると言うようなことだと思います。
 著者は名古屋育ちだそうです。著者の「母語」では「まっぱだか」だそうで、「すっぱだか」は後で学んだ東京ことばだそうです。

 私の場合、「母語」が何処のことばなのか、決めがたい。秋田で生まれ、2歳のときには東京にいた。小学校2年まで東京で過ごし、2年の終わりごろ戦争のため秋田に疎開した。中学3年になってすぐ、東京に戻ってきた。少年時代に過ごした土地の言葉が「母語」になると思うけれど、私の場合、少年時代の始まりは東京で、中は秋田で、終わりは東京である。どっちが「母語」なんだろう。

 それはともかく、「まっぱだか」が東京のことばと思ったのには、それなりの理由はあります。それは「まんまんなか」と「どまんなか」と言うことばからの連想です。「まんまんなか」と言うのは東京のことばでした。そこに「どまんなか」という関西系のことばが入ってきました。今では東京でも「どまんなか」と言う方が普通で、「まんまんなか」というのは死語になりつつあります。
 その「まんまんなか」の「ま」と「まっぱだか」の「ま」が同じだったために、「まっぱだか」のほうが本来の東京語と思ったのでした。

 なお著者は「まっぱだか」はすっぽんぽん、「すっぱだか」は下ばきくらいつけていてもいいと感じているようです。私の感覚では、その区別はありません。両方とも同じすぽんぽんです。

     枯れ枝と電線のカラス鳴き交わす

 

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