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2014年1月 8日 (水)

横手地方の若勢(ワカゼ)

1月8日(水)

新聞の折り込み広告から
001

外出は買い物だけ。完全休養。

横手地方の若勢(ワカゼ)

 戦争中母の実家に疎開した。そのとき母の実家には7人の若勢と5人の女中がいた。大変な豪農である。若勢というのは、作男とでも言った方が通りがいいと思うが、要するに農業の手伝いをするために雇われている若い人である。
 若勢が7人と書いたが、実は1人は年寄りで、屋敷内に小さな家を建ててもらい、所帯を持っていた。おそらく、長年勤めたのだろう。
 終戦直前に母が亡くなり、私と弟は父の郷里に引っ越した。父の家には若勢はいなかった。祖父が破産したからである。しかしそれまでは若勢がいたものらしい。
 戦後しばらくたって、母の実家を訪れたことがあった。そこで「鶴いさば」という人にあった。「いさば」というのは「漁場」とでも書くのだろうか。方言で「魚屋」ということである。魚屋といっても店を持っているわけではなく、天秤棒を担いでお得意様を回って歩くのである。
 その「鶴いさば」が、かつて母の実家で若勢をしていたが、父の実家でも若勢をしていたことがあるのだという。父方の祖父の自慢になるのだが、たいそう字の上手な人で、橋の標識に掘られた字や石碑の字などをさして、「これはお前の爺さんの字だ」などといわれたものだ。
 「鶴いさば」が父方の家の若勢をしていたとき、祖父は、鶴いさばが新しく買った笠に「字を書いてやる」といって、ちびた筆で笠に字を書こうとした。その筆を見て恐れをなした鶴いさばが、「新しい筆を買ってくるから待ってくれ」と言ったところ「弘法は筆を選ばずということがあるだろう」といって、そのまま書いてしまった。
 東京から貴族議員の何とか言う人が視察に来たとき、鶴いさばはその笠をかぶって仕事をしていた。そして貴族議員に「ちょっと来い」と呼び止められた。偉い人なので笠を脇に置いていこうとしたら、「お前なんか来なくてもいいから、その笠をもってこい」といわれた。貴族議員はその傘をつくづくと見て、「こんな田舎に、これほどの字を書く者がいるものだろうか」といったという。
 ところで、問題は「若勢」です。貧しい農家の人が働き口を求めて、あるいは借金のかたに、富農の仕事をするのだろうと私は思っていました。大方それでいいのだと思うのですが、同じ人が別々の土地で若勢をしていたというのが、少し不思議でした。
 『庶民の発見』(宮本常一・著)によれば、秋田県横手市には「若勢市」というものがあったそうです。貧しい農家の若者が春彼岸の野菜市へ出て行って、野菜と同じように自分を売り込み、地主と交渉をし、雇われたという。なるほど、だから両方の若勢をやれたのか。

 後日談。母の実家は農地改革で大部分の農地を失い、残された農地を従兄が耕すことになった。そして、かつての小作人だった人たちに言われていた。「あの人は1日仕事すれば、肩が痛いの、腰が痛いのといって、3日も寝てるようだ」。そんなくらいだから、残された田の一部を売ったりして、子どもたちを学校にやったようだ。
 母方の祖父も字が上手だったそうだが、私はまったく下手である。生前の父にそのことを言ったら、父は「俺も下手だが、お前のお母さんも下手だった。どっちに似ても下手だ」とのことであった。親の代から下手になったんです。隔世遺伝でもすればよかったのに。

    松開けていまごろ雑煮食っており
                 (独り者の悲哀です)



 

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