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2013年9月24日 (火)

墓参・『縄文人に学ぶ』

9月24日(火)

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名主の滝・男滝
 色はパステルを使ったが、水彩にすべきだったかな。

墓参
 遅ればせながら墓参。我が家の墓に眠るもの。父母、弟たち、妻。

自治会便りの配布
 各ブロック宛にまとめて。赤十字共同募金の要請と一緒に。墓参から帰っても、用事が待っていました。

『縄文人に学ぶ』上田篤・著
 内容は縄文人に学ぶと言うより、縄文時代はこんな社会だった、と言うようなもの。検証はできない問題なので、わずかな遺品や、文献、似ていると思われる少数民族の風習、などからの想像や類推で論が成り立っている。
 縄文時代についてほとんど知らないのだけれど、私としては、賛成できるところとできないところがあります。
 たとえば縄文以前に日本にたどり着いた人々は死に絶えたと言う説など、受け入れがたい。4万年、ないし3万5千年前に古代人(と言っても、ホモ・サピエンス)が日本に渡ってきたことになっていますが、ちょしゃによれば、氷河期にその人たちは大型獣を追って日本に来た。その後氷河期が終わり日本は大陸から離れ、大型獣が死に絶えた。だからその人たちは食料を得られずに死んだ、と言うのである。
 そんなことはないでしょう。大型獣を追ってきたと言っても、小型獣だって獲っただろうし、木の実や草の芽なども食べたはずだ。第一そこで死に絶えたならば、大陸から離れた日本に、縄文人が大挙して海を渡って押しかけたことになる。そのほうがおかしい。1万年にわたる縄文時代、大陸から流れ着く人々がいたことは確かだが、人間が入れ替わるほどだとは思えない。
 縄文の世界は母系だったと言う説には賛成。平安時代には妻問婚でしたよね。室町時代に婿取り婚から嫁取り婚にかわったらしいことは、吉田兼好の『徒然草』読んだときに感じました。
 相撲はスポーツから祭りになったと言うけれど、逆じゃないのかなあ。祭りからスポーツになって、いまだに祭りの気分を残しているというところじゃないの?
 現在日本の風習やら行事やらを縄文時代からのものとするのが著者の言わんとするところだろうか。
 終わりのほうで著者は心理学者、河合はやお(フルトリという漢字と雄)の言葉を引用している。「父性原理は『よい子だけがわが子』で、母性原理は『わが子はすべてよい子』である、という」。なるほど。それに続いて、対立する勢力があって、その上にちょこんと実力のない権威がある、と言うのが本来の天皇制、見たいな事を著者は言っている(と思う・・・意訳が過ぎたか?)。この部分は賛成。

   朝の雨五臓六腑にしみわたる
   供えたる花の上飛ぶ秋の蝶
   秋の雲霊園多きバス路線



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