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2013年9月14日 (土)

読めば読んだで疑問が生まれ

9月14日(土)

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読めば読んだで疑問が生まれ

 『日本人になった祖先たち』篠田謙一・著によれば、新人(ホモサピエンス)は10万年から20万年前にアフリカで誕生したそうだ。そしてアフリカからユーラシア大陸に渡ったのが、6万年から7万年前だと言う。人間の細胞の中に同居するミトコンドリアのDNA分析から分かったことだそうだ。新人の誕生や出アフリカはそれまで考えられていたよりは、ずっと最近のことになる。
 著者によれば、出アフリカはたぶん1回だけだったろうと言う。そのときの人数は、学者によっては150人くらいだったと言う。それがあたっているかどうかは知らないが、案外少人数だったと言うことになる。それがユーラシア大陸に広がり、1万5千年前にはアメリカにわたり、1万3千年前には南アメリカの南端まで達したと言う。

 先日読んだ『一神教VS多神教』では、白人は黒人社会の中に生まれた白子で被差別人種だったと言う。それで北に追いやられたと言うことになっている。ただしこれは科学的に証明できる説ではない。理論上そう考えるということである。黄色人種はその白人がまた変化したものだと言う。もちろんこれも証明はできない。
 出アフリカの150人?は白人だった・・・とはいえないなあ。出アフリカの後、一部はアフリカに帰ったようだから(DNA分析の結果)。白子が黒人に戻ってアフリカに帰ったなんて考えられない。
 ちょっと横道だが、岸田秀は古代文明を発生させたエジプト人は黒人だったらしいと言う。もちろん証明できない。そういえばメソポタミアのシュメール人も黒人だったという説がある。インドの少数民族ドラブィダ族と同種の人たちではなかったか、などという説もあるようだ。
 岸田秀の説は歴史に関するもので、証明の仕様はないわけだ。証明云々は別にして、説得力はありました。

 さて、『日本人の祖先』にかえる。出アフリカの後人間が日本に来たのは、3万5千年前から4万年前だと言う。日本は大陸と地続きだったわけだから到達するのに難しくはなかっただろう。日本海は内海みたいだったのかなあ。いわばその人たちが原日本人で、縄文文化を築くことになる。そのころには日本は大陸とは海で隔てられていただろう。
 関東の縄文人のDNAは非常に多様なんですってね。その点、北海道のアイヌとは違うのだそうだ。日本列島ができるとき、最初に切断されたのは、たしか津軽海峡だったはずだね。そんなことでDNAの違いが出たのかなあ。これは私の勝手な想像です。その縄文人と稲作を持ってきた中国南部の人知が混血し、
弥生人が出来上がった・・・かな?
 大和政権ができてからは中国の中原との往来や渡来人との混血で、現在の日本人が出来上がったと言うことかな。著者はそんなことまで言っていないが、私の想像で、通説とも合うのでしょう。

 そうすると、その前に読んだ『アイヌは原日本人か』梅原猛・植原和郎共著、との関係はどうなるのかな。

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   ひょうたんの四五十ほどもぶら下がり
   秋の雨舗道ほんのり濡れるほど

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