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2013年9月 1日 (日)

感覚で分かることと、知識として分かること

9月1日(日)

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夕暮れの、せせらぎ子供公園(入間川河川敷・奥富地区)

  ただ濡れる自転車で遭うにわか雨

 「車椅子と仲間の会」
 主としてバス旅行の話。参加者が増えたので、バスの車椅子席と椅子席の調整など。車椅子でなければならない人、椅子席に座れる人などの調整。

 今日、関東大震災の日。
 関東大震災から90年だそうだ。関東大震災について、私は知識でしか理解できない。太平洋戦争についてならば、貧しいながらも、感覚で理解できる。あの戦争を感覚で理解できる最後の世代である。今の日本で、明治維新を感覚で理解できる人はいないだろう。私などは福島の原発についてだって、かなりの部分、知識だけです。
 感覚で理解することと、知識で理解することとの開きは、どうしても大きい。経験を風化させないといっても、どうしようもないのですね。残るのは、知識を大切にすることです。その知識を感覚に近いところまで深めるような、感受性が大切です。感受性というのは人命を員数で数えるような人には育ちません。
 アメリカがシリアに対してどのような決定をしようと、必ず支持を表明するであろう一部の政治家たち、人命を員数だと思っているんじゃないの?


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