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2013年7月 8日 (月)

事故というもの

7月9日(火)

緑陰の走ると影の光りかな
野放図に欅伸びたる茂りかな
夕立の去りてビル壁ほの赤し

○アメリカで韓国の飛行機に事故がありました。亡くなった方も居られます。人間のやることに、必ず事故はあるのです。

私の母は、私を医者にしようと思っていました。母の身内には医者が多かったのです。でも母は太平洋戦争末期に亡くなりました。私は8歳でした。

その後貧乏をして、中学卒業と同時に仕事を始めました。というか、本当は中学卒業と同時に職安(現在のハローワーク)通いを始めました。いろいろあったのちに落ち着いたのが琴作りの職人です。

おっちょこちょいの私は、仕事ではいろいろの失敗をしました。例えば接着剤を塗り忘れて木を圧締し、次の日圧締を解いたら、バラバラにはがれたとかね。

未だに仕事の失敗の夢を見ます。

もし母の期待通り医者になっていたら、私は腹の中にガーゼを忘れて縫合するような、とんでもない医者になっていたでしょう。

そんな私が絶対失敗しない方法を、ひとつだけ見つけました。それは、仕事をやめること。これだけです。やらなければ失敗はしません。

飛行機の事故、飛行機がなければ、そんな失敗はないわけです。しかし、ときどき事故を起こすけれども、利便性などを考えて、人々はそれを許容したわけです。なるべく事故が起きないようにこれからも方策は立てられるでしょう。でも、これからも必ず事故は起きるでしょう。飛行機の事故は、飛行機を飛ばす限り、くり返し起きるでしょう。

だからといって、これほど便利なものを、人類は捨てることが出来ないでしょう。危険ではありますが、何とかして共存するしかありません。

ところで、原発はどうでしょうか。人間のやることです。失敗は必ずあります。この先に、いつの日か、事故は必ず起きます。それを許容できるでしょうか。飛行機事故とは訳が違います。下手をすれば国が亡びる、人類が亡びる、ほどのものです。経済だの、現実だのといって手を染めて良いものでしょうか。

まあ、人類はいずれ自分の力で亡びるだろうと私は思っていますがね。その覚悟だけは持って、せいぜい暢気に生きることですな。

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