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2013年6月12日 (水)

「泣きバイ」私は見ました

6月12日(水)

駄句

梅雨を行く合羽の列の園児かな
あじさいや涙集めた色で咲く

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尾瀬ですね。

○精障者作業所「みちくさ」へ。

やっと雨が降ったけれど、畑で元気なのはトマトだけ。エンドウ全滅。インゲンすこしだけ生き延びている。キュウリ、ナス、勢いなし。雨が遅すぎたよ。

○泣きバイ

毎日新聞夕刊『昭和言葉の宝石箱』というコラム。玉木研二・専門編集委員が『泣きバイ』について書いている。

昭和30年代を描いた映画『ALWAYS続・三丁目の夕日』に、泣きバイが出てくるそうです。すこし長い引用をします。

「集団就職で上京したが、勤め先がつぶれて給料代わりにもらったという万年筆を露天に並べ、しょんぼりしている若者。同情した風の年長のサクラが万年筆を手にし、その高品質を絶賛しつつ買う。つられるように見物人たちが俺も、私も、と手を伸ばし・・・」。

「泣きバイ」というのは「泣き売」だそうです。この言い方は知りませんでした。

私は浅草か上野で、これを見ているんですね。私が見たのは、集団就職の青年ではなく、中年の工員風の男。会社が火事になって給料が貰えなかった。代わりに焼け残った万年筆を貰った。といって煤けた万年筆をどさっと取り出す。サクラがその1本を手にし、布で煤を拭く、そしていい万年筆だと誉めるのです。「1本いくらだ」「××です」「これだけの万年筆がそんなに安くていいのか?」「火事で煤けていますから」「拭けば何でもないじゃないか」てな会話があって、あとは玉木研二専門委員の話と同じ。

思えば、あの頃はいろいろなのがあったなあ。

「乙女肌」などというクリームを売っていた。これは「ガマの油」の流でしたね。口上はガマの油とほとんど同じなのですが、「ハブに噛まれてもこのクリームを塗れば何でもない」という口上が違うくらいです。「およそ、あれに効いてこれに効かないと言うことがない」つまり、何にでも効くというわけです。「本来は×××円のところを、今日は新しく発売する宣伝のためなので、特別に××円で販売する。数に限りがあるから、早い者勝ちだ」。買っている人もいましたよ。

○愛読していたブログがひとつ消える。「自然と猫と私」田中美智子91歳。元国会議員。今日でブログを止めるそうです。

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