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2013年2月25日 (月)

私が生まれたころのラジオ

2月25日(月)

俳句

空のみが春の色して風寒し

湯滝下流、戦場ヶ原入り口
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昨日行ったNHK放送センターに1937年制のラジオが展示されていました。
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1937年といえば、私が生まれた次の年です。これは3球だそうですが私が覚えているころのラジオは4球でした。時々、大きな音の出る5球のラジオがあって、5球スーパーと呼ばれていました。1球、2球というのは、真空管の数ですね。今のラジオに真空管はないので、分かって貰えないかもしれないが・・・。言ってみればラジオの裏に電球のようなものが付いていたのですよ。

祖父母が生まれたころは、電気がありませんでした。照明はランプやローソクですね。それに行灯かな。

父母が生まれたころはラジオがありませんでした。

私が生まれたころは、テレビがありませんでした。少年時代は、せめて電話のある家に住みたいと思っていたのです。今では個人が電話を持ち歩きます。

子どもたちが生まれたころは、初めからテレビや電話がありました。

孫はまだおしめが取れないうちに、パソコンでゲームをしていました。

だからどうというのではないけれど、変わるものですなあ。

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