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2012年9月 2日 (日)

「精神科医はいらない」・一人吟行

9月2日(日)

『精神科医はいらない』下田治美(角川文庫)

最近読んだ本です。

精神障害者の作業施設でボラを初めて、10数年がたつ。そんな中で、どうも分からないことがあります。

精神障害者は、なぜ肥満になる人が多いのか? 長く精神病を患っていると、感覚が鈍くなる人が多いのはなぜ?いや、感覚は同じかも知れないが、反応が鈍くなる人がいるのはなぜなのか? 長い時間をかけて、病院に通っているのに、だんだん悪くなっていると思われる人がいるのはなぜ?

私は素人です。きちんとした知識でものを言うことが出来ません。印象批評以上のものではないのですが、精神科医が患者に与える薬剤の中には、患者の積極性を奪うものが何かあるのではないかと言う気がしてならない。患者の病気を治すためと言うよりは、まわりの人間にとって患者が扱いやすい人間になるように、と言うような処方箋をされているのではないか?

聞けば、精神科の医師が降す診断には、誤診と言うことがないそうです。本当でしょうか? 誤診のない診療とは、一体なんでしょうか?

下田治美さんの本を読むと、精神科医には藪が結構多くて、その藪医者がもてはやされているようです。その藪医者を患者は見分けられないのですね。

末期癌ならば、どう手当をしても癌の進行は止められないのでしょう。精神科もそうだとすれば、患者がだんだん悪くなっても、納得は行きます。しかし今は、統合失調症も寛解すると言われます。症状が悪くなっていくような患者の主治医というのは、やっぱり藪なんだろうな。下田さんの本を読んで、そう感じました。

一人吟行

西武線で秩父へ行きました。しかし秩父では雨が激しくて、駅前広場から外へ出ることはありませんでした。

コスモスの花をゆらして日照り雨
谷沿いに道曲がりつつ通り雨
土留めのコンクリートも古りて苔
通り雨線路を越えるトカゲかな
児を抱いて走り出すなり通り雨
ヒルガオの雨に打たるる線路際
汗退くや駅前の雨ザザと降る
公園の樹木それぞれに蝉の声
歩く人走る人雨後の公園蝉の声
草原に一羽の鴉蝉の声

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