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2012年9月23日 (日)

威張ることではないけれど

9月23日(日)

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小鹿野町両神地区
両神村は小鹿野町の合併したようだ。両神村のままが良かった、と、バス待ちの間に話した人の意見。

歩く会の予定だったが、雨で中止。一応駅まで入ったのですが・・・。

『日本語の古典』山口仲美・著、岩波新書。
たとえば『源氏物語』。紫の上は「樺桜咲き乱れたる」ようで、樺桜は紫の上だけに使う。明石の上は、橘にたとえられ、娘の明石の女御は藤という具合に、それぞれのたとえ、けして他の人に使わず、混同はしないのだそうです。知らなかったなあ。

『あなたのまわりの「こみ障」な人たち』
        姜昌勲・著、ディスカバー携書
精神疾患などでまわりの人と上手く込みニケ男ションが出来ない人と、そのような人との付き合い方を書いた本。

読んでいると、どうも私は、「注意欠如多動性障害」のように思えてくる。たとえば子供のころから忘れ物をする。集中できない。落ち着きがない。注意散漫である。注意散漫については中学時代通知表に書かれたこともある。片付けられない。全く出来ないというのではないけれど、苦手です。よく考えずに行動する。ボーとしている。なーんだ、全部当てはまるじゃないか。今だって、ものを買って店を出るとき「お客様賞品をお持ちください」と言われることが時々ある。おれは立派な精神障害だ。・・・威張ることではないけれど。


秋雨や新横綱の誕生す
塩水に浅蜊が動く厨かな

日馬富士と白鳳の相撲、力の入った相撲でした。日本中でこんな俳句を作っているだろうな。
二句目、みそ汁用に浅蜊を買ってきました。砂を出すために塩水に入れていますが、見ていると浅蜊がぐらりと動くことがあります。でも、浅蜊というのは春の季語なんですね。季節を会わせるには「塩水に浅蜊が動く秋の宵」とでもしなくてはいけないようです。でもそれでは、海の中で動いているようだからねえ。

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