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2012年8月16日 (木)

猛暑日の逃げ場にサウナ風呂もあり

8月16日(木)

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これも鳩ノ巣です。

暑いですね。猛暑日を残暑というのはおかしい。私の感覚では「夜の秋」(夏の季語です)というのがこの季節。

市内の温泉で、サウナ風呂に入ってきました。‘猛暑日の逃げ場にサウナ風呂もあり’は過去の私の俳句です。

昨日敗戦にまつわる記憶をすこしばかり書きました。その延長で、父母のことを書いてみます。私の父母なんて誰も興味はないと思いますが、しいて言えば、孫たち(私の子供たち)がすこしは興味を持つかナア。大した興味はないだろうナア。

敗戦の12日前、8歳で母に死なれました。それから父の郷里で生活することになるのですが、東京と秋田を闇屋として往復していた父は、何時の頃からか秋田に来なくなりました。それから6年間、私と弟は秋田の親戚の家で過ごすことになります。

母の生家は大地主でした。戦時中疎開したときでも、女中が5人おりました。標準語では作男というのだと思いますが、田舎では若勢(ワカゼ)と呼んでいた田畑の仕事をする奉公人が7人いました。戦争中の、人手の無かった時期だと思えば、これは大変なことです。

そんな大地主で育った母が、なんで父と一緒になったのか? 実は、父に実家も地主ではあったのです。ただ、二人が結婚する前に、すでに破産していました。

父の父、つまり私の祖父は、近隣の貧しい人々を救うため、いろいろと努力をした人でした。昔は秋田の偉人として教科書などにも取り上げられた労農、石川理紀之助の著書『庵の手鍋』で、特に1章をもうけて、祖父の伝記を取り上げています。

父は、多少文芸の才があり、地方新聞、秋田魁新聞にたびたび登場する田舎名士でした。祖父のことや、田舎名士であること、母の実家に結核患者が出たことなどで、婚期が遅れがちになっていた母と、父が結婚することになったのでした。

母は良妻賢母型の女性でした。父の弟は東京に出てきたわが家をたびたび訪れ「結婚するなら、義姉さんのような人がいい」と常に言っていました。母に実家にも、母のフアンは大勢いました。

一方で父は、わがままいっぱいに育った人でした。父は9人兄弟姉妹の次男坊でした。長男と父の間に姉が生まれたのですが、これが生まれて間もなく死んでしまいます。その後に生まれた父は、祖母の偏愛を一身に受け、わがままに育ちました。

だから、結婚してからの母は、苦労も多かったと思います。中学3年の時、父は私と弟を迎えに来て、東京に帰ったのですが、父にしてみれば、悪意があって子供を放って置いたわけではないのです。継母(これがまた出来た人です。なんで父のような人にそんな優れた配偶者が恵まれるのでしょうか)と結婚するなど、言いにくい事情もあったのでしょう。

後年、喜多見にいる伯父(母の兄、成城学園の中等部の部長を務めた)を訪ねたとき、伯父は私に「あんたのお母さんは、女の不幸をみんなした。第1に夫運が悪かった。地主の家に育ったのに、貧乏をした。子供に先立たれた(3男は生まれて1年あまりで亡くなっている)。そして自分が若死にをした」と言われた。

第1に夫運が悪かったと言われる。確かに父は、わがままで母を苦しめたと思う。浅草に店を持たせて貰ったのに、田舎の選挙に走り回り、結局店を手放すことになった。しかしそんな父も、「おれを1人前にしてくれたのはトク(母の名)だ」と述懐している。父は、母を愛していたのである。

私は、性格も、体つきも、母似だといわれる。父方は美人美男系で、その系統には、ミス何々になったり、美人3姉妹などと週刊誌のグラビアで取り上げられたりした人が何人もいる。父も、亡くなった弟も、なかなかの男前でした。母の方は、そういっては何ですが、ブスが多いですなあ。その中では、母はいい方でしたが、私は母似なんだってさ。今さらどうでもいいけれどね。

墓洗う酒を注ぎて我も飲む
 敗戦日昔のドラマ再放送
 猛暑日のカラスは間抜けな声で鳴く

墓参をすると、それだけですぐ帰ってしまう。何だか味気なくて、近ごろは、墓の前に座って食事をする。当然、酒も飲むのです。酒の好きだった弟、晩年は晩酌を楽しんだ父を思い、墓石にも酒を飲ませるのです。

昨夜「私は貝になりたい」が放映されました。かつて、フランキー堺主演で放映されたものです。今回は今の俳優での放送なので、これを再放送と言っていいのかどうかわかりませんけれど。

今日サウナから帰るとき鳴いていたカラス、しまりのない声でしたねえ。

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