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2012年8月15日 (水)

昭和20年8月

8月15日(水)

Img015
スケッチは鳩ノ巣。オリンピックが終わって、プリンターのトラブルが解消した。良かった。デジカメの写真を印刷できる。

○敗戦忌

昭和20年8月3日、母の死。8月6日広島に原爆投下。8月9日長崎に原爆投下。8月15日敗戦忌。その日、私たち(父、私、弟)は母の田舎から、父の田舎に引っ越しをした。本当なら天皇の詔勅を聞かなければならない日だったが、きわめて感覚的にものを考える父は、そんなことは意に介さぬようであった。それに、だいぶ前から、日本は負けると確信していたようである。

そんなことが重なったせいか、8歳の私には、そのころの強い記憶がある。私たちの年代は、戦争に行ったわけではないけれど、空襲や疎開など、戦争の記憶を保つ最後の世代である。戦争の記憶を風化させてはならないけれど、風化するのは確実である。私は明治維新を、頭でしか理解できない。戦争も、頭でしか理解できない時代に、間もなくなるだろう。

私は今、毎日ブログを書いている。読んでくれる人がいれば嬉しいが、実のところ、どうでもいいようなことしか書いていない。娘たちに、今日も無事でいるよと知らせるのが第1の目的ではあるけれど、公開もしているわけで、愚にも付かないことを書いて、第3者に読んで頂くのは、ありがたいような、申し訳ないような気分だ。

そんな私にも、これだけは書いておかなくてはと思うことがあって、童話とも小説とも付かないようなものを書いて、このブログの初期の段階で3本載せている。いずれも原稿用紙でいえば、30枚前後のものだ。

1本は『本のないお話』で、戦争中を生きた少女に託し、私が経験したことや、私が直接聞いた話をストリーにして、書いたものである。登場人物は架空だが、話の内容自体は作り事がない。いくらかは読んでもらう価値があると思う。

2本目は『かまくら伝説』で、横手のかまくらと源義家の「後3年の役」について書いたもの。戦争を嫌う気持ちから書いたものである。

3本目は『風は見ていた~影隠し地蔵縁起』で、狭山市の影隠し地像と源義高にまつわる伝説をもとに、その昔の狭山、戦争中の狭山について書いた物語。

以上の3本だけは、出来れば読んでもらいたいと思う。いずれも戦争などあってはならないという気持ちで書いたものだ。

ブログも、古いものからカットされていくので、この3本、あらためてもう1度載せようかと思っている。

擦り切れたジーパン得意夏の街
 セミの声カラスの声と鳴き交わす
 ヒルガオのしおれていたる炎暑かな

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写真で見るとヒルガオは別段しおれていないなあ。しおれていたのは、写真を撮る私の方だったかな。

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