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2012年7月14日 (土)

西馬音内盆踊り・乙川利夫フリーコンサート

7月14日(土)

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昨日は白百合で、今日は黄色です。ちょっと勢いが無くなって、錆が入っているけどね。明日は赤い百合でも描くかな。この前ゆり園に行って、写真はいろいろ撮ってきました。

○西馬音内盆踊り

この言葉には解説がいる。「西馬音内」と書いて「ニシモナイ」と読むのです。難読です。何しろ「馬音」の2字で「モ」と読むのですから。

西馬音内盆踊りと言えば、知る人ぞ知ると言う盆踊り。国の無形文化財です。我が生まれ故郷は明治村新町と言いましたが、西馬音内に吸収合併される形で羽後町になりました。

2歳で東京に来たので、普通ならそのまま東京暮らしだったのですが、例の戦争ですね。わが家は郷里に疎開したのです。そこで数年過ごしたわけですが、西馬音内盆踊りが一部の人に有名であると言うことは、東京に帰ってから知りました。

私が田舎にいたのは戦後すぐですから、派手な盆踊りなどはありませんでした。お盆になれば、田舎の村でも広場の中心に火を焚いて、そのまわりを踊ることはありました。それが西馬音内盆踊りだったのか、東京音頭だったのかはわかりません。それでも知ったかぶりをして、小原風の盆より先に無形文化財になったのだ、などと人に話したことがあります。

今日の正午、何の気無しに9チャンネル(普段は埼玉テレビを放送している)を付けたところ、西馬音内盆踊りの1時間番組が始まったばかりだった。

なんとも優雅な踊りでしたね。跳んだり跳ねたりするのではなく、囃子に合わせて決まった所作で踊るのです。黒子で踊る人と笠を被って踊る人が居ますが笠も前後を絞っているので、顔がほとんど見えません。青森のねぶたや、あちこちの阿波踊りなど、誰でも入れそうですが、西馬音内盆踊りはそうは行きません。東京の教室で充分練習した人が、地元の人のじゃまにならないようにと、遠慮がちに参加していました。

お囃子の言葉は知らないけれど、節回しは知っていたから、昔見たのも、西馬音内の踊りだったのかな。笠は被っていなかったけれど。

○乙川利夫氏のフリーコンサート

社協の大会議室で、乙川利夫のフリーコンサートを聴く。第1ステージはクラシック。第2ステージは馴染みのある曲の弾き語り。もっとも「片想い」という乙川氏作詞作曲の歌などもありました。「花」という曲は、私は「春のうららの隅田川」と歌い出すのだと思っていたら、「花は流れてどこどこ行くの」と歌い出しました。私の感覚は少し古いのですね。

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乙川利夫氏は盲目の音楽家です。普段は、病院、学校、福祉施設、公民館などで演奏されているようです。

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狭山市駅前広場の、これが彦星(左)と織姫(右)だって。何だかね。良いのか悪いのかわかりません。

 道隔て彦星織姫共に石  

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