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2012年1月 9日 (月)

聞き書き・長堀釜太郎・2

1月8日(日)

聞き書き 長堀釜太郎 2

・・・のぼせているかも知れないけれど、おれは腕が良かったと思っている。親父も腕が良かったから、親譲りかな。だけど、頑固な親父だったよ。何か気に入らないことがあると、昼飯も食わず、黙って仕事を続けるんだよ。戦前にね、親父と一緒に仕事をしているころの話しだよ。こっちは若いし、腹が減ってしょうがないけど、意地だから、親父が「飯だ」っていうまで、黙って板を挽くんだ。4時ころになって、やっと飯を食ったりしたもんだ。

・・・木挽きの1人前っていうのは、1日に杉板を4坪挽くことだね。1日に挽いた板を並べて4坪の面積をふさげれば1人前って事だ。

・・・坪では分からない人がいるって? やかいだね。1.8メートル×1.8メートルで1坪だ。だいたい畳2畳で1坪だ。

・・・木挽きの仕事なら何でもしたけど、おれは建築資材よりケヤキを挽く方が多かった。舟だよ。ボートに使うんだ。埼玉はケヤキの産地だからね。え? ボートのまわりは檜さ。ケヤキはボートの骨組みに使うんだ。

・・・普段は地元でケヤキを挽くんだけれど、「横浜ヨット」なんていう会社があって、時々は東京の現場に行ったよ。

・・・舟はね、内稼艇(ナイカテイ)っていうのを作るんだ。舟に自動車のエンジンをつけて、自分の力で動くんだ。人力で漕ぐのはカッターっていってた。当時は内稼艇というのは凄い舟だと思っていた。でもね、あれは全然ダメだったんだってね。アメリカの舟にくらべたら、動きが悪くて、話しにならなかったらしい。

・・・そのうち太平洋戦争が始まった。そのころおれが作っていたのは、軍艦が沈んだとき逃げ出す舟だとか、沖に泊まっている船と陸の間を、行ったり来たりする舟だね。それに上陸用舟艇だとかね。

・・・そのころは景気が良かった。仕事の口は、あっちからもこっちからもかかるんだ。仕事もしないうちに金を持ってきて、家の中に積み上げるんだよ。そんな金貰ったって、こっちは体がひとつだから行けやしない。苦労して断ったもんさ

※私が子供のころ、母に連れられて浅草に行ったことがあった。隅田川のどの橋だったか、人々が口々に「上陸用舟艇だ!」といいながら橋の上から川を見ていた。見るとかなり大勢の兵隊が小さな舟に乗って、川を遡っていた。市ヶ谷あたりで手こぎのボートしか見たことのない私は、モーターで動くボートを見て感心してしまい、「これだから日本の兵隊さんは強いんだ」と思ったものだ。素朴に日本は強いと信じていたころの話しである。(ぼんくらカエル)

                       続く

 

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