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2011年9月29日 (木)

こぶし祭り実行委員会

9月29日(木)

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○今日の俳句

 一団の黄帽子の児ら薄紅葉

 日当たりを選んでさがるアケビの実

 幼女らは桜紅葉の下走る

○こぶし祭り実行委員会

○『うぬぼれる脳』ジュリアン・ポール・キーナン著

訳の分からないカタカナ語は嫌いだが、この本を読んでいる間だけでも「セルフ・アウェアネス」という言葉に馴染まなくてはならない。日本語に訳せば「自己覚知」だそうな。たとえば鏡に映る自分の姿を見て、それが自分だと認識できるようなことを言うらしい。

鏡に映る自分の姿を認識できる者には、セルフ・アウェアネスがあるという。チンパンジー、オランウータンにはそれがあり、ゴリラは微妙だがセルフ・アウェアネスがあるらしい。人間は2-3歳でそれができるそうです。

左脳は言語を司り優位脳と言われてきたが、セルフ・アウェアネスは言語に劣らず大切で、それは右脳にあるというのが著者の主張である。

たとえばいわゆる記憶喪失者は、言葉や生活する上で必要だった技術などは覚えている。しかし自分が何者なのか、どんな仕事と関わりがあり、どんな生活をしていたかは覚えていない。これは右の脳に何らかの損傷があるという。

自閉症やアスペルガー症候群も右脳が関係しているらしい。

斜め読みをしたので、本当に理解したとは言えないが、知的な記憶と自分の記憶とは別のものであると著者は言う。つまり自分の奥さんは誰で、子供は何人で、というような記憶は自分の記憶である。

右脳とセルフ・アウェアネスの大切さを主張する本である。

○明日のブログは休みます。

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2011年9月28日 (水)

抜歯

9月28日(水)

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スケッチもどき。これも新聞広告の写真からです。

○今日の俳句

 抜歯後の歯科医の窓に天高し

 水際の柵に止まりぬ赤とんぼ

 向きそろえ並んでとまる赤とんぼ

 釣り人の棹を畳むや赤とんぼ

 堰の音聞いて立たずむ秋日

 秋夕日車は橋で渋滞し

 秋日和今日も棋士いる土手の下

 秋の川水色濃くて早きかな

 抜歯して酒を止められ夜長かな

○右下親知らずを抜歯しました。今夜は痛むのかな。化膿止めと、痛み止めは貰っているけれど。酒を飲めないのはちょっとね。飲んじゃおうかなという気持ちもある。止めるか、飲むか、それが問題だ、なんてね。まあ、飲まないけどね。

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2011年9月27日 (火)

智光山公園

9月27日(火)

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昨日も今日も、新聞の折り込み広告から。

○今日の俳句

 秋冷や起床の前にまず背伸び

 対岸に走る人あり鴨の池

 鴨の首「はてな」マークに曲がりけり

 午後の池どうにも曲がる鴨の首

 一群れに逆立ち好きの鴨もをり

 嘴を濡らして泳ぐつがい鴨

 空蒼し瞳はあるかオニヤンマ

 草原に寝て秋空と対峙する

 動くとも見えで筋雲流れゆく

 赤とんぼにあくまで高い空がある

 筋雲に見とれてをれば赤とんぼ

 秋に飛ぶ最も低きしじみ蝶

○久しぶりに智光山公園に散歩。

Img_2205花壇の花。背中を見せて世話をしている人に話しかけたら、振り向いたのは中年の可愛らしい女性でした。花の名前は「マンデリラ」というのだそうです。「サンパラソル」という名で市販されていることもあるとか。夾竹桃の仲間なんだって。

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公園の芝生に仰向けに寝ると、紛れもなく、天高き秋の空。絹雲が樹木の上に見える。良い気持ちである。帽子で太陽を遮り、しばらく横になっている。赤とんぼがちらほら。

休日ならば子供もいるのだが、ウイークデイの昼下がり、公園に来るのは、老夫婦か独り者、あるいは犬の散歩だ。

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公園内にはこんな木も。この前の台風ですね。

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2011年9月26日 (月)

畑打ち

9月26日(月)

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○今日の俳句

 登山道崩落させて野分過ぐ

○精障者作業所「みちくさ」へ。畠仕事。木工。

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2011年9月25日 (日)

府中を散歩する

9月25日(日)

スケッチはありません。

○今日の俳句

 神木も折られていたり野分あと

○歩く会

府中市を歩く。府中本町駅~大国魂神社~東京競馬場~多摩川河川敷ー府中郷土の森博物館~サントリー武蔵野ビール工場

神木が折れていたのは大国魂神社。1900年の歴史がある神社だと言うが、まさかネ。それでは弥生時代からあることになってしまう。

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上は競馬場の彫像、下は郷土の森博物館、萩のトンネル。

ビール工場ではモルツの試飲も。

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2011年9月24日 (土)

俳句モードは墓参まで

9月24日(土)

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大宮公園のボート池の畔。上の草は池に生えている草。

○今日の俳句

 薄紅葉ハイヒールの娘に追い越され

 この日ごろスカート少なし秋来る

 丈高き草苅る人や秋初め

 隣席は饒舌富士の初冠雪

 川渡る窓に淋しや秋の山

 紅葉ともならで散り敷く落ち葉かな

 秋風に吹かれて消える灰で良し

 騙され易き真面目な人の秋灯し

 短パンの足長き人曼珠沙華

○墓参で高尾へ。

帰りに藤野(中央線)まで足をのばす。不思議に俳句は、墓参までで、あとは浮かばない。藤野は、風景の美しい坂の街。芸術の道とか言うのを歩いてみる。景色は良かったけれど、そのほかには何が芸術なのかねえ?

相模湖と相模湖に流れ込む川。水は濁っている。

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2011年9月23日 (金)

大宮公園・俳句モード

9月23日(金)

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黒い絵の具だけで描いてみました。コップの中はインスタントコーヒーをうんと薄くしてウイスキーの色にしました。夜なら本物を入れてそのまま飲むのだけれど、朝起き抜けではそれもはばかられる。でも墨1色で描くのだから、色など気にしなくてもよかったのかなあ。

○今日の俳句

 黄金田の山の際にも日照り雨

 休日の稲苅る人に祭り笛

 山際の家それぞれの柿日和

 その昔(かみ)のボート池なり萩の花

 秋の雲映す水面やアメンボウ

 ボート無きボート池なり赤とんぼ

 対岸に走る人いるボート池

 連なって湖面を叩く赤とんぼ

 アウアウと鴉啼くなり秋の池

 笹原に低きは秋のしじみ蝶

○大宮公園

思い立って大宮公園に行きました。大宮は私がはじめて所帯を持った街。もう半世紀も昔のことです。今はすっかり様変わりして、道などもあらかた忘れてしまいました。それでも大宮公園には、5-6度行ったことがあるのかなあ。たしか去年もいったと思う。

どういうものか埼京線に乗ったころから頭が俳句モードになってしまった。

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50年前、この池でボート遊びをしたものです。今では1艘のボートもありません。それに水草ばかり生えていて、ボートがあったところで乗れません。でも、この池の正式名称が「ボート池」なんです。「ボート池の護岸工事」をするという標識が経っていたので分かりました。

大宮公園は、元もとは氷川神社の境内だったと思います。大宮の氷川神社は、武蔵の国1の宮で、50年前には、参道に勅使斎館(天皇の使いが休むところ)などがありました。当時だって使ってはいなかったのでしょうが、とにかくそんな建物がありました。その建物、今はほかの利用をしているようです。思い違いでなければ「呉竹荘」なんて言うのがそれだったかなあ。

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2011年9月22日 (木)

脳味噌外出中

9月22日(木)

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小原宿本陣に展示していた駕籠を描いてみました。難しいなあ。朝描くのでは時間が足りないや。

○今日の俳句

 秋の夜の一人の酒は身に沁むや

ゴメンナサイ、今日は俳句が何にも浮かびません。ぼんくらカエルの本名は老山牧水でございます。

○ボラグループ定例会。

狭山台胃腸科外科へ。血圧で毎月1度。

他には何も書くことがございません。今日は脳味噌が外出しております。従いまして、頭蓋骨の中は空っぽであります。

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2011年9月21日 (水)

敬老会

9月21日(水)

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子供のころよく遊んだ紙飛行機を作ってみました。朝、寝床に半身起こして描くのですが、蛍光灯が真上です。白一色の紙では影がついてくれないと描きにくくて、横に電気スタンドを持ってきて描きました。

ちなみに、絵の具は携帯用のパックになっている8色、筆はそれについている細いのが1本だけ。広い面積を描くときは、もう少し太いのを使いたいと思います。筆は細くても、すでに穂先がばらけているので、細い線も描きにくい。

ちゃんとした絵の具も筆もありますが、寝床で描くのでは、絵の具も筆もあれこれ使わないのがよろしい。

それなら起きてしまえば良さそうだけれど、起きてしまえばもう描く気がしなくなります。

物事はナンでも、制約のある方がモチベーションが上がるのです。

そういえば、俳句も制約があるから書けるのですね。私は無季・自由律も認める立場ですが、それも土台に有季・定型という形があるから良いのだと思います。俳句に有季定型がなかったら、無季だ、自由律だと息張っても居られません。

○今日の俳句

 植木鉢もう仕舞おうか野分来る

 秋の雨ケータイ電話不携帯

こんなの、俳句かねえ?

○特養老人ホームの敬老会

特養さくら敬老会。台風でなければ市長もお祝いに来るはずだったんだってサ。

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誰かが言っていた「驚いたよ。老人ホームへ行ったら、年寄りばっかりだ」

今日祝われた人、最高齢は101歳。それに100歳、99歳。その他おおぜい。どの老人施設に行っても、100歳の人が居る時代になりました。お礼の言葉は101歳の○さん。この人は惚けていないのです。すごいなァ。

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職員と一緒に童謡などを歌ってお開き。職員の中にはおそらく専門の音楽学校で習ったと思われる、完全なソプラノの人も居ました。

埼玉あたり、台風は無事に過ぎました。

明日は真夏日になるんだって。ホントカイ。ウソダロウ。嘘だと言ってよ。

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2011年9月20日 (火)

「痴呆老人」は何を見ているか

9月20日(火)

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上のスケッチは今朝、下のは、気が向いて昨夜描きました。

1袋6個の安いリンゴを買って、1個食べて5個描いたしだい。

下のだるまは50年くらいも前、新婚旅行で買ったもの。瀬戸内海をひとまわりしたので、その辺りの一刀彫です。

○今日の俳句

 風ふいに止むまたも台風来るか

 秋祭りはっぴ姿で雨の中

○「『痴呆老人』は何を見ているか」大井玄・著。

日本人もアメリカ人も痴呆症になりたくないというが、理由は違うのだそうです。日本人は「まわりに迷惑をかけるから」で、アメリカ人は「自立性を失うから」だそうです。

「甘え」という言葉が英語にはないことを、もうかなり昔、土居健郎(だったと思う)が『甘えの構造』という本に書いている。つまり英語圏には甘えという概念がないわけで、まわりとの関係より、自立が大事と言うことですね。

「引きこもり」というのはアメリカにはないと、かねて聞いていました。引きこもりは、まわりとの関係を大切にする社会で育った者が、自立を求められ、自立出来ずになる、と著者は考えているようです。そうでしょうね。

老人が惚けてきても、まわりに尊敬されて大切に扱われていれば、迷惑な痴呆老人にはならないそうで、穏やかに惚けると言うことです。競争社会だから、競争できなくなった人は「痴呆」という病人にされるわけですね。なーるほど。

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2011年9月19日 (月)

ぼろぼろの辞書

9月19日(月)

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愛用の辞書。広辞苑と三省堂の国語辞書。ガムテープや布テープで何度も補修して、一部バラバラになっても、まだ使っています。死ぬまでこれを使うのかな? この頃は字が分からなくてね。パソコンばかり使っているからかな。

○今日の俳句

 つくつくし補修だらけの国語辞書

また台風が近づいている。蛇行したりして、のろのろと動いている。

敬老の日なので、孫から電話。

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2011年9月18日 (日)

嵐山・小原宿本陣

9月18日(日)

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今日のスケッチも先日行った伊豆ヶ岳のもの。種がないのです。

○今日の俳句

 代替わりの故郷遠し萩の花

 ベランダに水を欲しがる秋野菜

○山行・嵐山

石老山に登ったとき、ついでに嵐山(間の山、正式名称はアイノヤマというのだそうです)に登ろうとしたのですが、足の弱っている人がいたので登りませんでした。で、今日は一人で行ってきました。絵の材料でも見つかれば、と思ったのです。

しかしこの山、この前登らないでよかった。石老山に登ったついでに登るような軽い山ではない。

標高は低いし距離も短いが、特にネズミ坂(石老山下山口)から1.5㎞くらいの間、径も悪いし急な登降のくり返しでけっこう疲れる。 急な斜面に無理に人一人が通れるような径をつけているところが多い。当然径は谷側に傾斜しているし、崩れかかっているところもある。1.5㎞過ぎても、急登、急降のくり返しだ。

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体重制限のありそうな橋も5-6本渡る。

おまけに全コースほとんど林の中で、嵐山頂上まで展望がない。

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嵐山から弁天橋に向かう。

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橋を渡って急な斜面を登り詰めると、小原宿に出る。

喉が渇き、焼鳥屋の屋台があったので、ビールを飲む。発泡酒だが350ミリリットル250円というのは、このような店では安いのではないか。

屋台の向かい側が小原宿本陣である。

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靴を脱ぎ、内部に上がって見学をする。無料というのは嬉しいじゃありませんか。

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駕籠にもいろいろあるのですね。

2階には農具や糸巻き車などが展示してあります。魚を採る「ど」もありりました。「ど」は竹冠に奴と書きます。水の中に沈めて、ウナギや魚をとる道具。

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2011年9月17日 (土)

虹・つばさ俳句会

9月17日(土)

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スケッチは石老山の麓の寺。

○今日の俳句

 見てる間に裾から消える秋の虹

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夕刻、くっきりとした虹を見ました。2重の虹なのですが、上の虹は写真では見えませんね。写真を撮ったりして見ている間に、右の裾から消えはじめました。

○つばさ俳句会

今日の高得点句(7点)は4句有り、なんとそのうちの1句が私のもの。残りの3句はいずれも浩子さんのもの。すごい。

 西日中手持ち無沙汰の手を洗う

 夾竹桃白湯にひとふり塩入れて

 夜の秋ビオフェルミンの白き玉

が浩子さんの句。このうち「西日中」と「夾竹桃」の句は私も戴きました。

 ウナギめし死ぬまで生きるつもりなり

がぼんくらカエル。

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2011年9月16日 (金)

会議、会議

9月16日(日)

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ネットに入ったタマネギ。白根山の帰り、道の駅で買いました。小振りとはいえ15個も入って200円は安い。少し食べた残りです。

今日の俳句

 真夏日のだらだら会議まだ続く

 秋空蒼し今日の我の空

会議会議

午前、みちくさバザーの準備会。

午後、V連世話人会。

職人というものは会議が嫌い。私は職人の出です。長い会議です。朝からはじまって終わったのは午後5時過ぎ。

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2011年9月15日 (木)

暑いねえ

9月15日(木)

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今日のスケッチはサツマイモです。そんなことは見れば分かるよね。いかにも安物を買ったなと言う感じも分かるでしょう? 貧乏人なんです。あ、これも言わなくても分かっているよね。無駄が多いや。

一番細いのを一本、今朝のみそ汁に入れました。

○今日の俳句

 今日もまた捜し物する秋暑し

今日も真夏日。こう暑くてはボケもする。毎日が秋暑しだ。

○ぼんくら日記

老人介護施設、狭山ケアセンターへ。

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2011年9月14日 (水)

「生物学的文明論」

9月14日(水)

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スケッチもどきですな。新聞広告の写真からのスケッチです。

○今日の俳句

 安売りの剥くにいびつな梨の尻

 秋の川執着もない軽さかな

○ぼんくら日記

『生物学的文明論』本川達雄著、新潮新書を読む。

さまざまなおもしろいことが書いてあります。

生物の基本的な形は円筒形で柔らかいんだって。人間の作るものは四角(角張っている)で固いのだそうです。エネルギーを使うのは、物事のスピードを上げるため・・・そういう考え方をしたことはなかったけれど、確かにそうだ。現代人は超高速時間動物・・・そうだよなあ。

人間の作るものが、生物としての人間に合わなくなっている・・・たしかにねえ。

著者はかつて『ゾウの時間、ネズミの時間』を書いた人。それから20年・・・え? あの本からそんなにたってるの? あれもおもしろかった。

動物はそれぞれの生きる時間が違うのだそうです。ゾウの心臓はゆっくり打ち、ネズミのそれは早い。ハツカネズミの寿命は2-3年、インドゾウは70年。時計の時間で比べればゾウは遙かに長生きです。しかし、一生に打つ心臓の回数は共に15億回。動物の寿命は15億回心臓を打つ間・・・なんだね。

しからば人間は・・・41歳で15億回になるらしい。41歳以上は付録かなあ。

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2011年9月13日 (火)

ハヌマン

9月13日(火)

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今日のスケッチはハヌマンの壁掛けです。その昔タイへ行ったときに買ってきました。

ハヌマンというのは古代インドの叙事詩ラーマヤーナに出てくるサルの大将。ラーマヤーナというのは、バラモン教の教典ブウエーダに属するのかな?今仮に「ブウエ」と書いたが、この部分本当は「ウ」に点なのだ。パソコンでは出せません。

そのハヌマン、原典ではハヌマンというのかどうか知らないが、タイでは人気の英雄らしい。インドの誘拐された王妃を連れ戻すために、大活躍をする。孫悟空のモデルとも言われる。

スケッチの解説が長くなりました。

○今日の俳句

 物憂きかな名月の夜の熱帯夜

○ぼんくら日記

田中歯科へ。まだ消毒の続き。

食料品の買い物。

本屋へ。『「痴呆老人」は何を見ているか』大井玄著、新潮新書。『うぬぼれる脳』ジュリアン・ポール・キーナン著、NHKブックスを買う。

そのほかは一日ぶらぶらしてました。

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2011年9月12日 (月)

日光白根山

9月12日(月)

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スケッチは白根山弥陀ヶ池への下山道での写真から。

○今日の俳句

 むしむしと冬瓜肥る秋暑し

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これは冬瓜だと思うのですが・・・。

○日光白根山

11日、白根山に登ってきました。山楽会の山行です。今はしませんが、昔単独行でこの山に登っています。今はゴンドラで登るので、楽になりました。

ゴンドラを下りて針葉樹の中の道を進む。かなり疲れたころ森林限界の上にでる。

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天気が良さそうに見えますが、実際は曇りで、まわりの山はほとんど見ることができない。そしてこの人の列。今は山ブームというのがよく分かります。頂上などはパンダを見るときのように、行列で、立ち止まって周りを見るなど出来ないのです。もっとも、下界を見下ろせるほどの展望はありませんでしたがね。

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弥陀ヶ池

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ゴンドラの山頂駅から見た白根山。登るときは雲の中で見えませんでした。

○今日

精障者作業所みちくさへ。畑。布ぞうりつくりなど。

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2011年9月11日 (日)

睡魔

9月11日(日)

スケッチ無し。

俳句

 家ごとに橋ある村の夕紅葉

 黄金田の山の際まで登り詰め

日光白根山に登ってきました。どうにも眠くてかないません。詳細は明日。

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2011年9月10日 (土)

ほかに重要なことはないのかね

9月10日(土)

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スケッチは伊豆ヶ岳の渓流。普段はちょろちょろした流れでしょうが、長雨のあとなので激しい急流になっています。

今日の俳句

 山行の準備に酒を秋暑し

 擦り切れた暖簾が自慢秋の風

新しい内閣ができると、必ず失言する人が出てくる。すると「任命責任」を追求する動きが出る。近ごろのパターンです。

鉢呂経産相が福島に行って、「死の街」と発言し、視察後記者に服をなすりつけて「放射能をつけたぞ」といったとか。

「死の街」というのは分からないでもない。こんなにしてはいけない、これを何とかしなければ、という気持ちで言ったのであれば、納得はできる。しかし「放射能をつけたぞ」というのはナア。なんでこんな馬鹿が大臣になるのだろう。

鉢呂大臣は辞めざるを得ないかも知れない。で、任命責任だ。もういいかげんにして、そんなことで時間をつぶさないで欲しい。やらなければならないことは沢山あるんだろう? 

今テレビのニュースで、鉢呂大臣が辞表を提出し、受理されたという。

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2011年9月 9日 (金)

水彩画の会

9月9日(金)

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上は今朝描いたスケッチ。

下は水彩画の会で描いた絵。大きいのでデジカメで撮ってからパソコンに取り入れています。先日行った伊豆ヶ岳です。鎖場に上、最後の岩です。

こうして比べてみると、朝、適当に描いた絵の方がよく見えます。大きさは違うけれども、私には手抜きしながら乱暴に描く絵の方が向いているのかな。

今日の俳句

 幾千の哀しみ幾千のいわし雲

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2011年9月 8日 (木)

日光江戸村

9月8日(木)

スケッチはありません。

俳句

 野の花とガイドの声が流れゆく

 黄金うつ田の面に遠きアドバルーン

○日光江戸村

車椅子と仲間の会の日帰り旅行、日光江戸村へ。参加者19名。ここへは私は3度目である。

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江戸村内で精進料理のような昼食。あとは自由行動で、はじめはYさんの車椅子を押す。途中で交代してYOさんの車椅子につく。2枚目の写真はYOさんと見た江戸の伝統写し絵。まあ、幻灯写真です。これは初めて見ました。

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2011年9月 7日 (水)

伊豆ヶ岳

9月7日(水)

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山行なので朝の時間が取れず、スケッチは休むつもりでいました。が、昨夜なんとなく気が向いて、水彩色鉛筆で描いてみました。

明日は車椅子の会の付き添い旅行で、水彩画は本当にお休みです。

○俳句

 雨あとの谷水走る草の花

 沢水のしぶきを浴びて秋海棠

○山行 伊豆ヶ岳

Hさん、Yさん、Aさん、Nさんと伊豆ヶ岳に登りました。

日本列島に大災害をもたらした雨も関東には害もなく、なんでもない沢を、一流の渓谷に替えました。

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西武線正丸駅から登る伊豆ヶ岳の沢も、至るところでこのような渓流になっています。

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伊豆ヶ岳名物の鎖場は長い間通行止めでしたが、現在は自己責任で登れるようです。

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伊豆ヶ岳頂上は冬以外はあまり眺望がききません。

正丸峠へ回って下山。

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今日の俳句はこれですね。

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2011年9月 6日 (火)

秋ですね

9月6日(火)

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今日のスケッチは河口湖。とは言うものの写真からです。この頃はもっぱら自分の撮った写真から描いています。

 コスモスや待合室にいる時間

 ひとしずく落ちて初秋の水となる

田中歯科へ。治療するところが膿んでいるので、消毒を続けている。消毒は次回で終わるそうだ。

精障者授産施設リバーサイドへ。かすみがわ食堂がいつになく込んでいるので聞いてみると、民生委員の会議があったのだそうです。

かすみがわ食堂の庖丁、ついでに精障者作業所コパンの庖丁を研ぐ。この前まで同じグループだったYさんがコパンの花や草の手入れをしていた。 雑談をしながら、私も植木の剪定などをする。

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2011年9月 5日 (月)

髪の毛

9月5日(月)

今日のスケッチ

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一番下の孫です。

○今日の俳句

 この年の災害列島秋出水

まさに日本は災害列島ですね。今年は特に。

○髪の毛

今日のスケッチの孫の髪の毛は、少しばかり濃く描きすぎました。本当はもっと薄く、色も茶色です。

わが家は髪の薄い家系です。私には娘が二人、孫が三人いますが、いずれも髪の毛は薄いです。薄いといっても、年頃になれば普通の髪という感じには成りますが・・・。

緑の黒髪とか、髪はカラスの濡れ羽色などといいますが、わが家の娘たちはそうは行きません。

長女が幼いころに描いた絵では、自分の髪の毛は茶色で描きました。友達のはみんな黒です。十代のころは「髪を染めているの?」などと聞かれることがあったようです。当時は髪を茶色に染めるなどと言うことは学校で許してくれません。逆に「黒く染めろ」などといわれかねませんでした。そういえば天然パーマの子が「美容院でまっすぐな髪にして貰いなさい」などと倒錯したことを、先生に言われたりすることがあったらしいですね。

私の十代のころを知る人に何十年ぶりかであったりすると、いまだに髪の毛が残っていることに驚かれたりします。ユールブリンナー(たとえが古い。今の俳優を知らないものですから)のようになると思われていたのですね。もちろん禿は進んでいますけれども、床屋に行く程度の進み方であります。刈る髪が残っているのですよ。いえ、本当に残っていますってば!

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2011年9月 4日 (日)

語り継ぐ

9月4日(日)

今日のスケッチ

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河口湖です。中継の岡から湖面の上に橋が架かっています。省略しちゃった。

今日の俳句

 石清水ペットボトルの水を替え

    上の句は山行の記憶です。

 野分あと避難の鉢を外に出し

所沢で孫に会ってきました。走り回ったり大声で叫ぶように話したりしています。

○語り継ぐ

戦争について語り継ぐことの大切さを感じます。しかし、今の若い人に、戦争中の感覚までも実感して貰うことは難しいと思います。私の年代はかろうじて戦争の記憶を持ちますが、その記憶のない人に、感覚まで共有して貰うのは至難の業です。知識として知って貰うしかないでしょう。たとえば私たち以上の世代でも、明治維新の若者たちの熱情を、感覚としては分かりません。知識だけです。それと同じでしょう。

今度の災害についても、やがて、語り継がなくては、という考えが出てくるでしょう。それも結局、知識として残すしかないのだと思います。

しかし、その経験をしっかり考えることが必要であって、そんなことがありました、というただの知識になってはいけないわけです。

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2011年9月 3日 (土)

貧しさについて

9月3日(土)

今日のスケッチ

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男体山登山道からの風景です。

今日の俳句

 庭の樹も折れよと野分吼えにけり

 台風来家に籠もりて昼の酒

 遠台風とぎれとぎれに強く吹く

○貧しさについて

私は紛れもなく貧乏だから、金持ちについてなど書くことはないのです。貧富について書くなら、貧の方に決まっています。

貧しさの程度ですが、今日は食にありつけるかなどと考えなければならないのは、絶対的な貧しさで、不幸と言わなければなりません。しかし食うところ、寝るところがあるような貧しさならば、あながち不幸とは言えません。

たとえば自分が貧しくて、隣も、隣も、そのまた隣も貧しい状態、貧しさを共有しているのであれば、自分が不幸だとは思わないでしょう。まわりが豊かで、自分が貧しいとき、不幸を感じたりするのでしょう。つまり、まわりと比べるんですね。

比べるなといっても無理でしょうけれど、比べる基準を自分のまわりの人に置くのはどうでしょうか?

幸不幸というのは、本当は、まわりとは関係ないんですね。私などは自分を幸福だと思っています。まわりと比べれば貧しいに違いないのですが、私は比べるなら、昔の人と比べます。あるいは、昔の私と比べます。

私が子供のころ、せめて電話のある家に住みたいと思いました。今の私は貧しくても、家電やらなにやら、無くても良いものまで沢山ありますものね。着るものも、普段着一つによそ行きが一つ、などという状態ではない。第一、毎日酒が飲めます。毎日晩酌ができるなんて、昔はごく恵まれた人でした。

この先はどうだか知らないが、今のところ病気もしていないし、大きなもめ事もない。ボランティアなどという暢気なことをやっていられる。これが幸福でなくてなんでしょうか?

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2011年9月 2日 (金)

嵐前

9月2日(金)

スケッチ

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血圧計です。こういうのは絵手紙を書く人が上手いね。絵手紙というのは、味があって良いけれども、誰が描いても同じように見えるんだよなあ。

ちなみに只今の血圧、上が118下が73でした。ビール一本飲んでいるからね。

○今日の俳句

 秋刀魚食う歯科医眼科医梯子して

 死ぬまでは舞うつもりなり秋の蝶

 嵐前シャワーのごとく降って止み

医院の梯子。田中歯科のあと伊東眼科へ。俳句の通りです。

午後、V連世話人会。

V連の研修旅行について。東北へボラに行こうかという案があったが、もろもろの事情で、例年通り研修旅行と決まる。

雨、断続的に降る。眼科の帰り、一過性の激しい雨に降られて、びしょ濡れで帰る。それに懲りてV連世話人会には傘を持っていった。結果は、傘の必要はなかった。しかし家に着いたら、激しい雨になる。現在は、強い風が窓から吹き込んでいる。

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2011年9月 1日 (木)

『どうせあちらへは手ぶらで行く』

9月1日

スケッチ

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これも新聞の広告写真から。スケッチもどきですね。

○今日の俳句

 秋風や我が人生に誤字多し

 ハイカラな街に疲れて赤とんぼ

昨日につづいて、今日も1冊読みました。

『どうせ、あちらへは手ぶらで行く』城山三郎著、新潮文庫。

死後、残された手帳に書かれていたことをまとめたもの。その前に書かれた『そうか、もう君はいないのか』を読んでみたくなった。

社協から「手帳を忘れていないか」と 電話あり。そうか社協だったのか、見つからないわけだ。

老人介護施設狭山ケアセンターのボラ。

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