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2011年7月15日 (金)

「ぼんやりの時間」

7月14日(金)

私はぼんやりしているのが好きだ。貧乏性だから、絶えず何かやっている。しかし、矛盾するようだが、ぼんやりしているのが好きだ。忙しいだけでは、息が詰まってしまう。忙中閑ありだ。

本当のことを言えば、忙しいと言いながら、かなり暇がある。たとえば今日の午前中、ベランダの野菜の水やりくらいはしたけれど、あとはごろごろしていた。

何年前になるか、「人間には無駄な時間が必要だ。無駄に時間を過ごすことは無駄ではない」と主張して、カウンセリングをやっているという知人に反対されたことがある。

無駄を否定する彼は、はたしてどんなカウンセリングをしていたのだろう?

辰野和男の『ぼんやりの時間』(岩波新書)を読んでいる。人間にはぼんやりすることが必要だと説いているわけだが、あらためて説かれなくても、昔からそんなことをいっている人は沢山いた。だから辰野和男の発見ではないのだが、無駄の排除と唱える人が多く、無駄を排除する世の中になっていくことに危機感を感じて、このような本を書いたのかな。

いろいろな話の出てくる中で、詩人、高木護の話がある。高木護は、最後の放浪詩人といわれたりする。彼は放浪して、野宿して目覚めたら、同じ穴の中で蝮がとぐろを巻いていたという。

実は私は、「日本随筆家協会賞」なるものを高木護の手から受け取っている。文章の師でもある。時計を持たずに山歩きをした時の文章で、「適当なところで飯を食い、適当なところで休み、適当なところで山を降りた」と書いた。そこに「拡がりがある」と誉めてくれた。こんな所を誉めるのが、いかにも高木護らしい。そのほか、文章に対する忠告としては「上手くなるな、上手くなってはいかん」と言われたのが印象に残っています。

2-3度一緒に飲んだこともあります。高木護の大きな目で見据えられると、この人に嘘は付けないと思うような、心のそこを見られているような感じはありました。

V連、世話人会。議題は、七夕飾り、みちくさバザー、災害ボランティア立ち上げ訓練、など。このうち「七夕飾り」は私も係である。ちょうどつばさ俳句会の夏季大会と重なるので、忙しくなるねえ・・・暇もあるけどね。

Img015  

○今日の俳句

 節電の汗の会議の長々と

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