« 土鍋の御飯 | トップページ | 福祉ふれあい祭り »

2011年5月 6日 (金)

立夏

5月6日(金)

今日、立夏。暦の上では今日から夏。

いつも言うことですが、暦上の四季と私などが感じる四季とでは、ずれがあります。私は暑いときが夏、寒いときが冬と思っているのですが、暦では必ずしもそうではありません。特にその違いを感じるのは夏です。

ちなみに、今年の立秋は8月8日です。終戦記念日は暦の上では秋なんですよ。暦上の四季をそのまま認めれば、一年でもっとも暑いのは秋と言うことになります。変ですよねえ。

65歳で俳句をはじめて、間もなく10年になりますが、いまだになじめないものの一つに、俳句の季節感があります。春夏秋冬を、俳人は暦通りに分けるのです。立夏を過ぎたら夏、立秋を過ぎたら秋と決まっているのです。暖かい陽気の中で夏を感じ、もっとも暑い中で秋を探るのだそうです。私などに言わせたら、無理をしているなあ、という感じです。

私の季節感を言えば、春なら春、夏なら夏とはっきり感じられる日々はあります。しかし、グレーゾーンもありますね。俳人は自然を敏感に感じるなどと言いながら、1年を、今日から夏、今日から秋などと、機械的に分けてしまうのです。私などは、はっきりと夏だったり、はっきりと秋だったりする時ばかりではなく、ある時は夏、ある時は秋を感じる時季があっても良いではないかと思います。

季節に限りませんが、物事には、グレーゾーンを認める人と、どちらかにはっきり分けないと気が済まない人がいるようですね。

その性格は、一長一短があります。行動を起こすときには、曖昧ではいけないわけです。精神力の強さに通じます。しかし、曖昧なものを大した考えもなくどちらかにきめてしまうのも、何か精神の弱さを感じます。曖昧な状態に耐えられないのです。

分水嶺というものがありますね。たとえば甲武信岳に降った雨は、あるものは信濃川に流れ、あるものは荒川に流れる。山梨側に降れば笛吹川だったかな。

分水嶺のようにはっきりと分けられるものもあるのだけれど、自然も、社会も、人生も、そう単純に分けられないものが多いんですよね。たとえば、「富士山はどこからが山か?」と聞かれたって、その境目なんて、きめられますか?

特養老人ホーム「さくら」へ。今日のボラは私だけでした。

○今日の俳句

 曇天の風の重たき立夏かな

|

« 土鍋の御飯 | トップページ | 福祉ふれあい祭り »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/118203/39886822

この記事へのトラックバック一覧です: 立夏:

« 土鍋の御飯 | トップページ | 福祉ふれあい祭り »