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2011年4月30日 (土)

生活習慣病

4月30日(土)

血圧が高いのは生活習慣病でしょう。私は数年前から血圧の薬を飲んでいますが、どうもその薬の限界が来たような気がします。この1ヶ月ほど、血圧が高めに推移しています。

狭山台胃腸科外科へ。先生には血圧の現状を話したのですが、もう少し様子を見ましょうと言うことで、薬は従来通り。まあ、正常と高血圧のあやふやな領域と言うことですね。

あまりに出来が悪いので、昨日はアップしなかったのですが、入川渓谷のスケッチがあります。何も気取ることはないじゃないかと考えて、今日はアップします。

それにしてもこのブログ、言い訳が多いねえ。

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○今日の俳句

 渓谷に雪解の水のひた走り

 この春の列島長し北寒し

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2011年4月29日 (金)

入川渓谷

4月29日(金)

入川渓谷に行ってきました。

何日か前から、このゴールデンウィークに入川渓谷に行こうときめていました。そうきめただけで、心はうきうき脚はふらふらという状態でした。酒のせいかな?

今年のゴールデンウィークを4月29日から5月8日までとすれば、そのうち4日間は、ボラやら山やらの予定があります。今日は予定無しの日でしたが、その1日目に行ってしまいました。

昔から貧乏性でしたが、歳をとったので磨きがかかり、じっとしていることが出来なくなってきました。だから行くときめたことはせっかちに、最初の1日に実行したわけです。

前置きはともかく、荒川源流の入川渓谷。良いですよ。おすすめ出来る渓谷です。

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秩父線三峰口駅から中津川行きのバスで河又下車。中津川行きでも、河又経由は少なくて、1日4便しかない。時間はよく調べて出かけることが肝要です。

入川渓谷への道は、川沿いに左に入る。写真は川又から入川渓谷への道に入ったばかりの所。

雪や氷のない時期なら、スニーカーでも良いかと思いますが、あればウオーキングシューズ にしたい。私は軽登山靴で行きました。

夕暮キャンプ場や入川渓谷観光釣り場の脇を通って、一本道を進むと、何度も車の進行を遮る柵にであう。車ばかりでなく、人間だって通り抜けにくいくらいだ。川又から4-50分歩くと左への分岐に出る。此処にもまた通せんぼがある。左の坂をさがっていくと、間もなく昔のトロッコの軌道の名残が現れる。あとは1本道だ。

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Img_1333 こんな間抜けな私の仲間にであう。蛙が2匹いるのですが、分かるでしょうか。その周りにぬるぬるした物が見えますが、蛙の卵です。これを俳句の方では、蝌蚪の紐(カトノヒモ)といいます。俳人って言うのは、変な言葉を使います。

道の脇にあったこの水溜まり、蛙が沢山いました。

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こんな渓谷を見ながら、川又から歩くこと約2時間。赤沢渓谷との合流点に至ります。

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どちらの写真も、右が赤沢渓谷、前方が入川渓谷。

合流点にはベンチもあり、此処で昼食。十文字峠へは、赤沢渓谷の脇を登っていくようです。それは本格登山になります。私は此処でUターン。

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こんなつつじも可憐で良い。

よそ見して歩けば危険ですが、それさえ注意すれば歩きにくい所もなく、渓谷もことのほか美しい。満足の1日でした。

○今日の俳句

 更になおバスを乗り継ぐ若葉道

 幾万の若葉雫や谷の水

 岩つつじ赤紫の陽を受けて

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2011年4月28日 (木)

ボラグループの総会

4月28日(木)

私の属するボラグループの総会。総会といっても、大したことをするわけではない。1年間の活動報告と会計報告が主なもの。役員は留任と決まっていたし、今後の予定も例年通りと言うことで、変わりはない。それでも仕出しの弁当を取ったりして、和やかに談笑と言うところ。

狭山市駅近くに「稟」という創作料理の店が出来て、そこの弁当である。1000円の割りには豪華で、量も多い。私は頑張って全部食べたけれど、何しろ年寄りグループである。大抵の人は残して、自宅に持ち帰った。私は食べ過ぎて、しばらく動きが鈍かった。

会計の余裕があったので、その一部を北日本大震災の義捐金とすることも決まった。

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○今日の俳句

 こいのぼり泳ぐ大木のある農家

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2011年4月27日 (水)

春疾風

4月27日(水)

毎日ブログを書くというのは、書くことのない日も無理やり書くのだから、ろくなことはかけません。それでなくても、私の頭は空っぽなのです。皆さん、頭を振ってみてください。音がしないですか? しない? そうですか、脳味噌が一杯詰まっているんですね。私? 私もしません。脳味噌が入っていないからです。

午前。

V連の世話人になって初めての用事。Iさん、Hさんと七夕飾りについての会合。ぼんくらカエルは2人と共に、今年の七夕担当になったのだ。私は少し手伝ったことはあるけれど、だいたい初めてのようなものだから、先輩2人の話を伺う。

実はHさんとは、30年くらい前からの知り合いで、共に狭山市の歴史を学んだ仲である。Iさんとも、世話人になったからというわけではなく、だいぶ前からの知り合いである。2人とも旧知の仲ではある。

これからの段取り、七夕飾りのテーマ、作業日程などを話しあう。

午後。

天気はよいが風がきわめて強い。散歩はやめておく。

○今日の俳句

 街角のカラス吹かるる春疾風

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2011年4月26日 (火)

智光山散歩

4月26日(火)

午前。精障者作業所「みちくさ」へ。

午後、智光山公園に散歩。例年ゴールデンウィーク頃に咲くハンカチの木は、今年はまだ、お呼びでない感じ。

若葉のころは、何処も美しい。スケッチ2枚。下手でも載せます。

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○今日の俳句

 茶畑の頭は丸し遠霞

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2011年4月25日 (月)

言葉は人類最大の発明。西も東も分からない

4月25日(月)

まず、今日の話。

精障者作業所「みちくさ」のボラ。

畑のジャガイモの芽、ほぼ出たが、まだの所もある。

木工は、「みちくさ」にパソコンを教えに来ているSさんに頼まれた庭椅子作り。Sさんは智光山公園の野草のの管理をするボラグループのリーダーでもある。そこで使う椅子5脚を頼まれている。椅子を作る材料は、そのSさんが持ってきてくれた木の端材である。端材というか、廃材だから5脚全部を、同じ寸法、同じ形というわけにはいかない。そこが苦労のしどころ。

メンバーの○さん、○さんに端材を切ってもらったが、全部手直ししなくてはいけないようだ。明日、暇があるから、みちくさに行くかな。

キャンディーズ、田中好子が残したメッセージをテレビで中継で見る。そのメッセージを聞いているとジーンとくるものがある。

そこでふと考えた。誰でも言うことではあるけれど、人類が発明したものの中で、最大最強のものは言葉に違いない。言葉の発明無しには、人類は此処まで進歩出来なかった。

言葉無しでは学問も発達しなかっただろうし、文学も演劇もなかったわけだ。経験の伝承もない。原発もなければ、ヒットラーやスターリンも生まれなかった。功罪はあるね。

さて、昨日の続きです。

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あまりよい写真ではないけれど、見沼用水には閘門があって、水の高さを調節して船を通していたらしい。これでは何だか分からないけれど、閘門です。

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用水沿いに歩いていくと、こんもりとした丘に突き当たる。木曽呂の富士塚です。各地にありますネこれは。富士信仰の名残です。

更に上流に歩いていくと川口自然公園がある。広くて緑豊か、湿地帯の公園らしく、大きな沼もあり、なかなか良い公園です。私は此処で昼食、スケッチ1枚。

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大勢の子どもたちが、アメリカザリガニを取ったりしていました。

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この先で私はコース取りを間違えたらしい。この日2度目のミスです。だいたい案内に、「ここから南に進む」とか、「西へ行く」などと書かれていると、私はどうしてよいか分からなくなります。朝と晩なら、太陽が上がっていれば東と西が分かります。日中では駄目ですね。太陽の傾きもあるわけだし、分かる人はなんで分かるのだろう。私は典型的な方角音痴ですが、東西南北が分かる人なんて、私に言わせれば伝書鳩に近いのです。案内書には、此処で右に曲がるとか、左に行くとか書いてくれればいいのに・・・。

まあ、とにかく、私が歩いて辿り着いたところに「大崎公園」というのがありました。これも明るくて広い、良い公園です。子供動物園もありました。川口自然公園も、大崎公園も、子供の多い公園です。

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この先、この日3つ目のドジがあるのですが、長くなりすぎました。もう良いでしょう。バス通りに出て、東川口駅行きのバスに乗り帰りました。

いずれにしても、新緑の散歩は楽しい。

○今日の俳句

 ジャガイモの芽の不揃いに不器用に 

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2011年4月24日 (日)

ドジ日記

4月24日(日)

毎日ブログを書いて、「ぼんくら日記」と命名していますが、「ぼんくら」のほかに「ドジ」を付ける方がよいかもしれません。つまり「ぼんくらドジ日記」ですね。

ゆっくり起きて、洗濯をし、投票を済まして、さて今日日をどうするか、と考えたとき、見沼田んぼ散歩の続きをしてみようと思いました。先日見沼の西部を歩いている。中央部はかなり昔に歩いたことがある。なので今回は、見沼南部を歩くことにしました。

インターネットで調べると、武蔵野線東浦和駅下車が便利らしい。地図をダウンロードして、いざ出発。

さて駅を降りて、ダウンロードしたコース案内に従って歩いても、なかなか見沼用水に着かない。不安を感じながら、もう少しと思って歩いていくと、やっとそれらしい流れにであう。ヤレヤレと思いながら流れに沿って歩いたが、やはり案内とは違う。傍にいた人に聞いたところ、この川は東川で、見沼用水なんて知らないという。

それ以上のことは分からなかったので、とにかくふりだしに戻ろうと、もと来た道を引き返した。途中で、なかなか品の良いご婦人と立ち話。そして分かったことは、私は「東所沢駅」で下車してしまったことだ。浦和のつもりが所沢だったんだよ! 見沼用水なんてあるわけ無いじゃないか!

また駅に戻って、電車に乗りました。

さすがに今度は正しく東浦和駅で降り、見沼用水はすぐに分かった。まさに、お笑いください、ですな。でも、この後にまだドジなことをしているんだよ。まあ、それは先の話し。

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東浦和駅前から右に坂を下っていくと 、すぐに見沼通船堀公園に着く。小さいけれど、竹林があり、ちょうど八重桜の季節だったりして、美しい公園です。その公園の脇から、今日の散歩ははじまります。

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見沼代用水にそって遊歩道があり、田園風景や草花などを見ながら歩きます。しかし、もう長くなりました。日付ももうすぐ変わりそうです。続きはまた明日です。

とはいっても、明日は気が変わってほかのことを書くかも知れませんが・・・。

今日の俳句

 散るさくら里の神楽に吹きつける

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俳句は今日作ったけれど、17日に清雲寺へ行ったときのことです。花吹雪、いくらか分かるかなあ、この写真で。

 用水の高く流れる若葉道

 用水は春の緑を映しけり

 春耕の空を背負いて鍬重し

   

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2011年4月23日 (土)

掛け持ちの会議

4月23日(土)

4月23日(土)

2つの会議が重なってしまった。それはまあいいのだけれど、その2つの会議が同じ建物の中で行われたというのが、どうも変な感じである。

1つは俳句の会。もう1つはV連の総会。V連とは狭山市のボランティア団体連絡会のこと。会場はどちらも、狭山福祉会館。

俳句の会では会計報告を行わなければならなかったので、まずその報告を済ます。いつもは披講をするのだが、私はそこで中座して、V連の総会へ。

V連総会第一部は去年の事業報告と今年の予定、会計報告と今年の予算、そして新世話人の紹介。私はこの新世話人なのである。

第一部が終わって休憩時間、私は俳句の会へ行く。何はともあれ、私の句がどうだったのかが気になる。そして私の選んだ句の結果も。

私の句、例によって高得点はないけれど、5句全句に点は入っていた。自分の句ではなく、私の好きだった句を2句紹介します。

 初恋は15先生に桜餅

作者は、当然女性。

 停電や浅蜊の吹きし潮の音

停電と浅蜊の吹いた潮を結びつける辺り、なるほどネエという感じです。

ここでまたV連へ。休憩時間は過ぎて、第2部に入っていました。話しあわれたのはボランティア全般への話と、V連についての話。

第2部終了後、新世話人会。やはり此処でもV連のあり方についての話がほとんど。

V連は変わらなければいけないというのは、みんなの一致した意見。総論賛成各論反対という言葉もあるが、狭山市V連の場合は、変わらなければならないという総論では一致しているものの、そもそも各論がない。私はV連に関係していませんでしたが、変わらなければならないというのは、何年も前から、みんな思っていたことです。それでもまだ各論がないのだから、変わりようがない。内部から変われないのであれば、外部の知恵を借りなければ、と思ったしだいです。

○今日の俳句

 掛け持ちの会議終われば春の雨

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2011年4月22日 (金)

誰にも自分の物語がある

4月22日(金)

我々のような年寄りが死ぬのは、ごく当たり前のこととして受け入れることが出来る。しかし若い人が逝ってしまうのは、なんとも理不尽な感じがするのである。昔から老幼不定とは言うけれど、やはり若い人には生きていて貰いたい。

元キャンディーズ、女優の田中好子が亡くなった。55歳だったという。気だても良かったようで、演技派。好感の持てる女優だった。

田中好子の場合は女優だったので、その死はマスコミで取り上げられる。しかし津波や事故でなくなった多くの人は、誰にも取り上げられず、身内に悲しみを残して、ただ消えていく。誰でも自分の物語があるのに、それを誰も知らない。

水彩画の会。下は私の絵。いつも書くことだが、私の絵は描きこめば描きこむほど悪くなる。井の頭公園で見た独楽廻しの芸です。

先日、友人が言いました。「おまえの絵にも味はあるけれども、仕上げが雑だ」。味はどうだか知らないが、仕上げが雑と言うのは、あたっているなあ。

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○今日の俳句

 春風や大道芸の独楽廻し

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2011年4月21日 (木)

原発作業員は人間だぞ!

4月21日(木)

狭山ケアセンターのボラ。

福島原発の作業員は今も安全を回復すべく、危険な作業を続けている。東電は、その作業員の被爆線量を、管理手帳に記載していない人もあるんだって。それじゃあ、その人がどれだけ被爆したか分からなくなるじゃないか。どうなっているんだろうね。

ネクタイを締めてマスコミの会見に応じる東電職員は、作業着を着ていたって、危険な現場に入っていないのだろう? 現場の作業員は、いわば手駒として使われているのだ。そして、ネクタイを締めている人の方が地位は高い。しかし危険なのは現場の作業員だ。その現場の作業員の被爆線量くらい、きちんと管理しろよな! 作業員は使い捨てではないんだぞ!

昨日行った田沼田んぼのスケッチ。芝川の土手に座って、同じ位置で、角度を変えて描いた2枚です。食事をして、ワンカップを飲みながらネ。

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○今日の俳句

 雨もよい街路樹として八重桜

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2011年4月20日 (水)

見沼田んぼを歩く

4月20日(水)

見沼田んぼの西部を歩いてきました。洗濯物を干したりしてからの起動なので、宇都宮線土呂駅を下車したのがちょうど昼頃。土呂駅から見沼用水まで10分弱、あとは見沼用水と芝川の辺りを周遊して、元の土呂駅に帰るというコース。約3時間。のどかな田園風景の中を歩く、癒しの散歩です。

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芝川の土手に座って、昼食。なぐり描きのスケッチ2枚。菜の花の盛りです。

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ひとまわりして出発点に帰り、市民の森で一休み。

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スケッチは明日載せます。

○今日の俳句

 菜の花の中に川あり橋もあり

 菜の花の黄のみ輝く河川敷

 菜の花や川の流れの緩やかに

 菜の花に浮かぶごとくに風車かな

 蝶二つむつみ吹かれて土手の上

   

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2011年4月19日 (火)

にわか大工

4月19日(火)

雨が降ったり止んだり。1日中家で過ごし、食料の買い物だけに外出。スーパーで横坂けんじ夫妻に会う。匿名のブログで人の名前を出すのはどうかと思うのだけれど、別段横坂さんに迷惑をかけるとも思わないので、書いてしまった。近ごろ、匿名であることが不便に思えることがある。

私の属する俳句会は「つばさ」で、代表は今坂柳二、編集長は桑原三郎。桑原先生を中心にして川越に句会があり、横坂さんは「つばさ」の会員であると共に、川越の句会の世話役をしている。桑原先生は「犀」の代表であり、現代俳句協会の重鎮でもあるから、ファンも多い。近ごろ私は「つばさ」の仕事をあれこれしているので、横坂さんと話をする機会は多いのである。

ところで今日のタイトルは「にわか大工」だった。そちらの方に話しを持っていきましょう。

良い悪いを別にして、世の中には冷たい事実というものがある。たとえば大正時代に起きた関東大震災の後、にわか大工が増えて、建築の平均的な技術は落ちたという。大工でも屋根葺きでも、その他なんでも、急場を間に合わせるために、半端職人もかり出されたと言うことです。

戦後もそうでした。東京中が焼け野原になったのだから、何がなんでも家を建てなければならなかった。日曜大工程度の腕しか無くても、とにかく大工をすれば食っていけたわけですから、質の悪い大工も増えるわけです。中には、日曜大工も出来ないような人もいたと思います。

その後世の中が落ち着いてくると、質の悪い人は落ちこぼれていくことになります。景気が悪いと、粗悪な仕事で安売りする人も増えるし、良い仕事にじっくりと取り込む人も出ます。世の中はそんなことのくり返しでしょうか。

この後東日本は、関東大震災や、戦後のような状態になるのでしょう。それを良いの悪いのと言っても仕方がありません。

春は花の多い季節。ハナミズキも咲きました。

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○今日の俳句

 春豪雨過ぎて夕日のビルの壁

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2011年4月18日 (月)

分からないことを言う

4月18日(月)

精障者作業所「みちくさ」へ。

畑ではジャガイモが芽を出していました。

私が原発について何かを言ったとしても、原発のことを分かって言っているわけではない。そしておそらく国民の大部分も、原発についてはよく分かっていないのである。

私に分かっているのは、原発は危険だということだけである。原発の専門家が、日本の原発は絶対安全だと強調していたときも、それを信用してはいなかった。

核爆発を人間が操ろうとすることに、危険を感じるのである。それをエネルギーとして平和利用するのだと言うけれど、まかり間違えば、人類を滅ぼしかねないものだ。どんなに用心して扱ったところで、いつか想定外のことが起きる。想定外のことは起きないと勝手にきめて、原発の安全神話が作られたのでしょう。

人間同士でも、人間と自然でも、想定外のことなど、くり返し起きています。それとこれとは違うと言われそうだけれど、織田信長が明智光秀の謀反にあったのだって、信長にしたら想定外だったでしょう。自然のことを分かったつもりでいても、人間の分かっていることなどたかがしれています。今回の地震も津波も想定外だそうですが、その危険をかねてから主張していた専門家が何人もいたようです。実は想定外でさえなかったんですね。

私は原発について、何も知りません。しかし、想定外のことが起こりうることを知っています。事故が起きたときに、人類を滅ぼしかねないほど危険なものを、人は扱うべきではないと考えます。

○今日の俳句

 ジャガイモの不器用な芽が顔を出す

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2011年4月17日 (日)

再び清雲寺

4月17日(日)

13日に下見に行ったコース、今日は本番。残念ながらしだれ桜は先日の面影を残すのみ。しかし、先日には先日、今日には今日の良さがある。

歩く会、参加者9名。コースは先日と同じ、浦山口駅~橋立堂~浦山口ダム(さくら湖)~長泉寺~清雲寺~若御子神社~武州中川駅。今回は、橋立堂で鍾乳洞も見学。この鍾乳洞、中に入るのは何回目だろうか。いつでも頭をぶつけるのです。今日も2-3度頭をぶつけました。私の頭は崩れた豆腐のようになっていることでしょう。

橋立から浦山口ダムへの道では、良くサルにであうことがあります。今日も沢山のサルにであいました。

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猿の糞が沢山転がっている道を歩きながら、浦山口ダムへ。

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ダム堰堤の無料休憩所で昼食にして、長泉寺へ。残念ながらこの寺の古木のしだれ桜は散ったあとでした。しかし、若いしだれ桜と、ツツジが見事でした。

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清雲寺への道筋にもさまざまな花が・・・、春は華やかで良いですね。

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そして清雲寺。古木は散って、若い樹はまだ咲いている。

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隣の若御子神社はお祭りで、神楽が奉納されていました。

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○今日の俳句

 花あれば酒の恋しき日ごろかな

 その下にやがて眠らん花吹雪

 おおらかに里の神楽に山笑う

 薄雲の白き辺りに春の月   

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2011年4月16日 (土)

髪の毛が薄い家系

4月16日(土)

私は若いときからおでこが広く、髪の毛が薄かった。娘が二人いるが、どちらも赤ん坊のころは髪の毛が薄かった。長女にも女の子が二人生まれたが、揃って髪が薄かった。次女には男の子が生まれたが、これもやはり髪の毛が薄い。私の家系は、紛れもなく髪の毛の薄い家系である。

若い頃の知人に会うと、私の髪の毛がまだ残っていることに驚かれたりする。カッパ型に天辺の方が禿げてはいるけれど、蠅がとまれないほどつるつるしているわけではない。髪の毛が薄い家系だからどうと言うことでもないのだが、これも事実の報告ですね。このブログ、書くことが無くなれば何でも書くのです。

次女の家の孫に会いに行く。やっと歩ける程度だ。我が家系では初めての男の子だが、女の子に比べると、歩けるようになるのがちょっと遅いかな。

みんなで航空公園へ行く。歩いていける距離に家族でいける大きな公園があるのは良いですね。桜は盛りを過ぎていますが、遅咲きの桜は、まだ満開というのもあります。私は毎日のように花見だね。

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○今日の俳句

 タムタムと太鼓のひびき桜ちる 

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2011年4月15日 (金)

精障者もボランティアを

4月15日(金)

特養老人ホーム「さくら」へ。精障者作業所「みちくさ」のメンバー○さんを連れて行く。

私の属しているボラグループは、精障者のサポート、老人介護施設や特養老人ホームでのボラをやっている。車椅子の会は私の個人的なボラである。

ただ、われわれの会では、これまで精障者を他のボラ活動に連れて行ったことがない。考えてみればおかしなことだ。精障者の社会復帰をサポートするのは大切な使命のはずである。

実は「さくら」の施設長が今月から代わって、私には全く馴染みが無く、○さんを連れて行くことについて、前もって了解を取っておくことが出来なかった。しかし、私は、彼は絶対大丈夫だと思っていたし、結果もその通りだった。イベント以外の時「さくら」で行うのは、相手の話を聞くことである。

今日のボラは3Fで、痴呆の進んでいる人が相手である。○さんは、相手のくどい話しを、根気よくにこにこしながら聞き、一緒に歌などもうたっていた。利用者さんにとっても、○さんにとっても良い結果だったと思う。

○今日の俳句

 大震災さはさりながら春の酒

こんな句を書くと、不謹慎だといわれそうだ。責める人は大震災以後、好きな酒を断っている人だけにしてくださいね。ただし私は、そのような人を感心な人だとは思いませんけれどね。

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2011年4月14日 (木)

残照の桜ー稲荷山公園

4月14日(木)

狭山ケアセンターボラ

私はその日の出来事はその日の内に書くことを原則としています。しかし書くことが多くて書ききれない時などは、昨日の出来事を書くこともあります。今日の書き物はその口です。

清雲寺から帰り、稲荷山駅前で解散し、そのまま家に帰るつもりでした。自転車で途中まで帰りかけたときに思い出したのは、私のリュックの中には酒があるということです。清雲寺あたりで、場合によったら飲もうかと思って、日本酒を持って行ったのです。酒を家まで持ち帰ってもしょうがないし、稲荷山の桜は満開だし、花の下で飲むに限ると思いました。

で、引き返したのでありますよ。

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残照の桜を見て、一人静かに酒を楽しむのも、なかなかおつなものです。

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そしていよいよ日没というころに、私の酒も尽きたのでした。

○今日の俳句

 ベランダに花びらこんなに届いてる 

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2011年4月13日 (水)

清雲寺のしだれ桜

4月13日(水)

今度の日曜日(17日)の歩く会で行く清雲寺の下調べ。HさんとNさんが同行してくれることになり、9時10分頃稲荷山公園駅に集合。

稲荷山公園の桜は満開。清雲寺へ行かなくても良いのなら、此処で花見をしたいくらいでした。後ろ髪を引かれるような思いで電車に乗る。

御花畑駅から秩父鉄道に乗り、浦山口駅で下車。橋立堂を経て浦山ダムへ。ダムの堰堤脇にあった食堂が、今は無料休憩所になっている。そこで昼食。あの食堂は県の施設だからやっていられたような、客の少ない食堂だった。止めて当然でしょう。堰堤から下におりる(ながーい)エレベーターも運行中止。当たり前だよ、利用者が少ないのだから。

昼食後、長泉寺に向けて歩く。此処のしだれ桜も見事なのだが、まだ咲いていない。だが枝垂れ以外の桜やツツジが咲いていました。

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そして清雲寺へ。

ああ、なんという桜。まさに今が見頃。何本ものしだれ桜が、皆満開なのです。老木は気高く、若い桜は華やかに、豪華絢爛、言葉に尽くせぬ美しさ。

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桜を見てこれだけ満足したことが、かつてあっただろうかと疑う。写真は上手に撮れないけれど、まだ撮った写真は多い。とても載せきれるものではない。この美しさが、皆さんを案内する17日まで保たれることを願うのみ。

30年くらいも前に清雲寺へ行ったときは、墓の中に桜があって、他家の墓石の脇を踏みながら桜を見たものでした。こんなことをして良いものかと後ろめたさを感じました。写真などは、どうやって撮っても墓石が写るような状態でした。でも、墓はほかに移したんですね。30年もすれば、様変わりします。でも・・・でも・・・ウーン、「桜の下には死体が埋まっている」なんて、誰かが言いませんでしたっけ。

その後はまっすぐ帰り、稲荷山公園駅で解散。私は自転車で一度通りすぎてから、思い返して稲荷山公園に戻りました。清雲寺ほどではないにしても、こちらの桜も見事は見事なのです。今日はもう長くなりすぎています。こちらの写真はまたあとと言うことにします。

本当に大満足の一日でした。

○今日の俳句

 満開の花を背にして乗る列車

 酒ありてまだ去り難き花見かな

 花びらの車を追って走りけり

 花の下小さき黒き犬走る

 マラソンの人も花見て過ぐるかな

 満開の花に残照われに酒       

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2011年4月12日 (火)

またまたミニ花見

4月12日(火)

福島原発の事故、レベル7と言うことです。なんのことか分からないけれど、チェルノブイリの事故と同じで、もっとも深刻な事態になった事故、ということのようです。漏れ出た放射能の量はチェルノブイリの1割だということですが、1ヶ月たった今でも沈静化するめどが付いていないのですから、深刻ですよね。

チェルノブイリの時も、スリーマイルの時も、原発推進派の専門家は、日本では起こりえないと言っていたはずです。アメリカでもフランスでも、原発反対の動きが強くなったようですが、あちらの専門家は、かつての日本の専門家のように、自分の国は日本とは違う、というようなことを言っているそうですよ。たんなる風評かなあ。

午前中洗濯をして、ほかのことも少しして、午後は散歩。我がマンションの裏、2軒ほど家の向こうは、すぐに市街化調整区域になる。

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何だか桃源郷のようですな。 1番奥に見える建物が、我がマンションです。

桃源郷の裏が天嶺寺。その山門。

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どこでも桜があれば絵になります。

入間川河川敷まで歩き、此処で花見。

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その後サンパーク奥富で入浴。狭山市内の65歳以上の年よりは、150円で入浴出来る。ゆっくり風呂に入って、もう1度裏の河川敷に降りる。

のんびり歩いていると、なにやら見たことのあるような人が。現役時代アルバイトに行った木工所の社長である。どちらからともなく声を掛けあう。

土手の下で、ミニ宴会をしていました。社長と中国人の美しい奥さんとその弟。それに見慣れない小父さん。どうぞどうぞということで、その宴会に加わる。するとその見慣れない小父さん、

「あれ? ○○さん?」

とぼんくらカエルの名前を呼ぶ。その声に聞き覚えあり。

「え? Oさん、Oさんなの?」

すっかり日焼けした昔の同僚Oさんだった。今は震災地に物資を運んでいるのだという。やあ、やあというわけで、それからは、差しつ差されつ、という状態。

○今日の俳句

 四ン月の残雪堅き北斜面

 残雪やアイゼン着脱忙しき

 散りそめし花せせらぎを流れをり 

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2011年4月11日 (月)

繰り返す余震

4月11日(月)

先週7日に強い余震がありました。今日も強い余震がありました。特に今日の余震のあとは、くり返しくり返し、何分か置きに余震を繰り返しています。今日は3月11日の大震災からちょうど1ヶ月目です。

先の見えない避難生活を送っている方々、大変でしょうね。

精障者作業所「みちくさ」へ。畑と木工、話し相手。

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近所の花、シデコブシかな。うっすらピンク。

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こちらは濃いピンク。3時頃から雨が降り出し、色の鮮やかさが増したように思いました。

○今日の俳句

 散る桃の色の勝りぬ雨の中

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2011年4月10日 (日)

守屋山 高遠

4月10日(日)

山の会山行。目的地、守屋山と高遠。バスをチャーターして守屋山の登山口まで。

杖突峠登山口~守屋山東峰~守屋山西峰~守屋神社登山口~バスで高遠城址公園へ(見学)

西峰の標高は1.631メートルあまり、東峰が1.650メートル。西峰がいくらか高いが、見晴らしは東峰が優れている。

杖突峠登山口からキャンプ場までは、カラマツの林の中を登る。キャンプ場を過ぎると、やがて残雪が現れてくる。

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この辺りで、アイゼン着用です。

東峰頂上はすぐそこ。

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東峰頂上から、南アルプス、中央アルプス、北アルプスが見える。

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画像が惚けているだけではなく、レンズを汚してしまったようです。

西峰頂上で昼食。

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下山は守屋神社側へ。危険なところはなく、急登はあるものの、比較的楽な山。東峰からの眺望は抜群。空気が澄んでいれば、富士山も見えたのでしょうが、今日は無理でした。

その後高遠城址公園に行きましたが、桜はまだまだです。江戸城大奥のスキャンダル、絵島生島事件の絵島が囲われた家を見物しました。

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○今日の俳句

 残雪を噛むアイゼンの頼りがい

 高遠の花まだつぼみ絵島の間

 

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2011年4月 9日 (土)

団地の古さ V連世話人会

4月9日(土)

被災地の方々、平常の生活に戻れるのはまだまだ先のようで、その苦労のほどが忍ばれます。張りつめた気持ちもいつかは切れるときがあるもの。長いサポートが必要ですね。何もしていない私が言うのもどうかと思いますが・・・。

○団地の年齢

その団地がどのくらい前からあるかは、周りに植えられた樹木を見ると分かるそうです。古い団地ほど大木があるということです。

私は狭山台団地の最初の募集に応募して、狭山市に来ました。今は別の所に移転しましたが、狭山台団地の第1期の入居者です。もう30数年前の話。

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団地の桜は今が見頃。樹の大きさはこんなもの。もう少し早い時間に撮影出来れば良かったのですが、小雨降る中の、午後5時頃の写真です。少し光りがたりない。

下の写真は、しだれ桜で、これは団地が出来たあとで植えたものでしょう。樹高が低いようです。

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○おやおや・・・のV連世話人会

V連というのは、ボランティア団体連合会の事。世話人とは、各グループの代表(会長という意味ではありません)という事でしょうか。グループ内事情でその世話人というのになってしまい、おそるおそる出席したら、その場の雰囲気でV連世話人会の副代表という事になってしまいました。オヤオヤです。

あーあ、また少し用事が増えちゃった。

○今日の俳句

 天までも自粛する気か花に雨

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2011年4月 8日 (金)

明日は明日の風が吹く

4月4日(金)

昨日今日と良い陽気で、この辺りの桜は、今が見頃です。狭山の桜の名所といったら稲荷山公園。老木が多い。ただし老木過ぎて、10年前の勢いはないように思う。でも、今日あたり、行ってみたかったな。

たとえばブログ、今日幾つか書く事があったとして、その一部を明日のために取っておこうというような事を、私はしない。書ききれずに止めるという事はあるが、明日のために止めたりはしない。

同じことは俳句でもいえる。今日たくさん作ったから、1句くらい明日のために残しておこうとは考えない。今日は今日、明日は明日である。そのために明日、1句も思い浮かばず、四苦八苦するのだが、それはやむを得ない。

被災地の方が苦しんでいるにのに、こんなのんきな事を書くブログで、済みません。

富士見公民館で水彩画の会。ただし、今日は線描きだけ。私の絵は描き込むほど駄目になるのだから、まだ失敗しないうちの絵をお見せします。

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先日井の頭公園で見た大道芸の独楽廻しです。予定では、これから失敗いたします。

○今日の俳句

 おずおずとパソコン使う老いの春

 春風や独楽は倒れるまで廻る

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2011年4月 7日 (木)

少し良い事

4月7日(木)

老人介護施設狭山ケアセンターへ。

少し良いこと。

何ヶ月か前に入所した人で、どうしてもボランティアに馴染まず、かたくなな姿勢を貫く人がいました。仲間は気難しい変わり者と評価していましたが、私には、本当は孤独でさみしい人、と思えました。その人が今日、私に心を開いてくれました。和やかにとても明るい笑顔で話してくれました。一度垣根が取れれば、あとは誰とでも話すようになると思います。その人も、うちとける事が出来て、ほっとしているでしょう。

○今日の俳句

 春の施設壁一面に桜の絵

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2011年4月 6日 (水)

墓参

4月6日(水)

県議選の10日は山行なので、市役所で不在者投票。そのまま墓参へ。妻の命日に数日遅れの墓参である。

高尾に墓があるので、周りにはちょっとしたハイキングコースが多い。大抵は多摩森林科学園に寄るのだが、今日は割愛。八王子城趾と南浅川の土手歩きにする。

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八王子城趾、御主殿の滝というのだそうだ。せめてもう少し水量のあるときに見たいものだ。

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例によって、何を描いたのか分からないようなスケッチを2枚。

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上は城趾、下は浅川の土手で描いたもの。

○今日の俳句

 うぐいすや城趾の木橋朽ちてをり

 子の話「あのネエ、あのネエ」桜かな

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2011年4月 5日 (火)

今日もミニ花見

4月5日(火)

精障者授産施設リバーサイドのかすみがわ食堂へ。包丁研ぎボラ。ついでに小規模作業所コパンの庖丁とハサミ研ぎ。

いつもは包丁研ぎのあとで、霞川、入間川の岸を散策するのだが、今日は稲荷山公園に歩いていく。桜とかたくりが気になった。

稲荷山公園からカタクリの咲く斜面に降りていこうとすると、私を呼び止める人がいる。振り返ると同じマンションのYさんだ。二人でベンチに座り、ミニ花見。3分咲きの桜を愛でながら雑談。Yさんは酒が好きだが医者に留められているので飲まない。私はっワンカップ飲みました。思いやりがないみたいですが、Yさんは、もう飲まないことに慣れているのだそうです。

その後Yさんと別れてカタクリ見物。満開でした。

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ついでに、コンクリートの間に咲いている根性スミレです。

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殴り描きのスケッチ1枚。   

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帰り、航空基地のところで、またYさんに会う。さっきの続きを話しあいながら、家まで一緒。マンションの入り口、階段の脇には、いつもYさんの奥さんが花を生けてくれている。おかげで、我がマンションの品格が上がる・・・かな?

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○今日の俳句

 バス停に嬌声あがる新学期

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2011年4月 4日 (月)

明日ありと思う心

4月4日(月)

精障者作業所「みちくさ」へ。

昔から今まで、死ななかった人間はいないわけで、その虚しさを訴える詩歌や文章は多い。たとえば短歌で言えば、深刻に詠うものもあるし、斜に構えておもしろおかしく詠うものもある。ごく有名なところを幾つか取り上げます。

※ 明日ありと思う心の仇桜

    夜半に嵐の吹かぬものかは

※ つひに行く道とはかねて聞きしかど

    昨日今日とは思はざりしを

※ 昨日まで人のことかと思ひしが

    俺が逝くのかこれはたまらん

※ この世をばどりゃおいとまを線香の

    煙となって灰さようなら

2首目は「伊勢物語」の在原業平。4首目は「東海道中膝栗毛」の十返舎一九。1首目と3首目は知りません。

○どうでもいいけれど今日の俳句

 つまみ菜のほのかに甘し新学期

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2011年4月 3日 (日)

車椅子と仲間の会総会

4月3日(日)

昨日の暖かさから、がらりと変わって、肌寒い1日。

車椅子と仲間の会総会。東日本大震災を思い、1分の黙祷からはじまる。総会の間も、総会後も、大震災の話が出る。

うすうす聞いてはいたが、ボラの中村正義市議、今度の市長選に立候補するようだ。立場は違うが、やはりボラに熱心な中川務市議が県議選に立候補している。私の心情としては、両方とも応援する感じだ。

○今日の俳句

 花冷えの街に総菜買いに出る

 わくごとくあふれるごとく花こぶし

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2011年4月 2日 (土)

かたくりとしだれ桜

4月2日(土)

歩く会。清瀬の柳瀬川周辺を歩きました。案内はこの辺の地理に詳しいTさん。

カメラも携帯も忘れて、美しい景色や花が沢山あったのに、紹介出来ません。清瀬中里地区のカタクリは、大群落がありましたが、まだ3分咲きだそうです。

柳瀬川の遊歩道を歩き、清瀬金山緑地に着くと、3本のしだれ桜が目に付きました。中央の1本が見事で、「三春のしだれ滝桜」と標識にあります。三春の滝桜の子供と言うことでしょう。ソメイヨシノはまだ3分咲き位なのに、こちらは今が満開です。

その桜を間近に見ながら、花見。ミニ宴会。やや人工的ですが、美しい公園で、桜に離れて、辛夷なども咲いていました。

金山調整池には、最近は見ることの珍しいオタマジャクシが沢山いました。

カメラなどは忘れたくせに、万歩計は持っていきました。今日の歩数は26.700歩あまり。

○今日の俳句

 裏山の1本の樹の花見かな

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2011年4月 1日 (金)

自粛病

4月1日(金)

特養さくらのボラ。

終わって、T氏友愛訪問。

日本人は現実的な民族といわれているらしい。ほんとかな?

普段は現実的なのかもしれない。しかし、ともすると、どうしようもなく精神論に傾くときがある。一時スポコンなんてぇのが流行ったよなァ。何しろ、根性というのは日本人の好きな言葉なんですよね。何でもかんでも根性で片付ける。

そんな風潮がいやで、私はかつて、根性ガマの油論というのを唱えたことがある。ガマの油は、なんにでも効く薬である。ガマの油売りの口上を借りるならば「およそあれに効いて、これに効かないと言うことがない」ほどの薬である。何事にも「根性」「根性」というのは、根性とガマの油を同等のものと思っているのだろう。

だから私は考えた。根性丸とか根性散とか言う薬を作って売り出すのだ。その薬を一舐めすれば、たちまち根性が付いて、なんでも出来てしまうのだ。売れるだろうなァ。

その前に流行ったのは、大和魂ですね。太平洋戦争の時、日本は大和魂で勝つはずでした。不退転の決意とか、不屈の精神とかね。いくら大和魂があっても、竹槍でB29を迎え撃てるはずもない。実力差で日本は負けた。

今では忘れているけれど、戦争に負けてしばらくの間は、多くの人は「日本は物量で負けたけれども精神力では勝っていた」といっていたものだ。竹槍でB29を迎え撃とうという精神は、狂ってはいても勝っているわけがない。

こんな書き方をすると、私が根性や精神力の必要がない、と主張しているのだと早とちりする人がでる。私だって、根性や精神力は必要だと思っていますよ。ただ、合理的判断を忘れてはいけない、といいたいだけなのです。

東日本の被災地の方に同情します。私に出来ることがあればやりたいと思います。でも、普段の生活は、東日本の災害のじゃまにならない限り普段通り続けたいと思います。花見の自粛など、するつもりはありません。野球のナイターのように大量の電気を使うようなことは、自粛する意味もあります。しかし花を眺めて浮かれるくらいのことは、たとえやめたところで、なんの役にも立たないのです。

被災者の害になることはやめるべきでしょう。しかし、何でもかんでも自粛すればいいと言うものではあるまい。そんなことをしていたら、日本中元気が無くなってしまう。妙な精神主義にならないことです。

○今日の俳句

 エニシダのほろほろこぼれる花ありぬ

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