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2011年3月29日 (火)

足を知る

3月29日(火)

午前。

「車椅子と仲間の会」のロッカー整理で社協に集合。集まったのは会長のKさん、ボラのNさんとぼんくらカエル。

何年にも渡って、あれやこれやを詰め込んでいたロッカーにあるのは、おおよそ不要品である。新しいものを入れることが出来ない状態なので、いつかは整理しなければならなかった。不要品をビニール袋に詰め、Kさんの車で狭山市奥富の廃棄物処理場へ。

私もNさんも運転は出来ず、障害を持つNさんの運転なのである。逆ではないかと思う人もいるかもしれないが、障害者もボランティアも、お互いに出来ることをやり合えばいいのだ、というのが私の考え。どちらがボランティアでもかまわないのだ。

3人、近くの食堂で昼食してお開き。

午後。

俳句の会の会計監査を受ける。ぼんくらカエルは会計なのです。本当は私には不向きな業務です。社協近くの喫茶店で珈琲を飲みながらの監査。無事終了。

この期におよんでなお、原発を安定的に発展させなければならない、などという意見を聞くと、私は「なんで?」と思ってしまう。原子力は、今の人間の知力で安定的に制御することなど、出来ないのではないか。身の丈に合っていないのだ。

なぜそんなに経済成長をしたがるのだろう。日本はもう豊かではないか。もういいではないか。社会主義的といわれそうだけれど、偏在する富を、本当に貧しい人の所に行き渡らせるだけで、充分ではないか。

私も貧しいけれど、此処で言っているのは食うに食えないような人のことだ。無理な成長を求めて、原発に手を出した結果が、いつ終わるともしれない危機である。原発を利用して、これ以上の危機が来ないと、果たして言い切れるのだろうか。原発は、廃棄に向かって努力しなければならないと思う。

私はかなり貧しい方だが、結構満足している。エアコンは効きの悪いのを一つ持っているだけ。暑さ寒さは、扇風機とコタツで過ごしている。子供のころは、せめて電話のあるくらいの家に住みたいと思っていた。今私には、普通の電話もあるし、携帯もある。毎晩晩酌も出来る。昔は、毎晩晩酌が出来るのは、金持ちに限られていた。それが出来るのだ。充分じゃないか。

犬をドレスアップして、宝石で飾ったりする神経が、私には分からない。そんなことをするのは、恥ずかしいことだと私は思う。人間は、足を知らなくてはいけない。

○今日の俳句

 それでもなお季節は動き桜咲く

春なのに寒い日が続いたりして不安定な気候。天災と人災が続いている中で、なお、季節は動く。

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