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2011年2月28日 (月)

寒いね

2月28日(月)

精障者作業所、みちくさ、へ。

久しぶりに注文があり、障子紙のロールスクリーン作り。みちくさの自主製品です。

2月の最終日は寒い1日でした。朝から雨、昼頃はみぞれ混じりに。

私の場合は、「寒いね」と言っても、誰も「寒いね」と答えてくれないからナア。独り言になるだけだもの、「寒いね」と言ってもやっぱり「寒いや」。

○今日の俳句

 紅梅に花より大きなみぞれ降る

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2011年2月27日 (日)

狭山湖・多摩湖

2月27日(日)

山の会の歩く会。

西武線、西武球場駅下車で、狭山湖、多摩湖、狭山緑地、八国山地、北山公園、正福寺、東村山まで歩きました。誰かさんの歩数計は2万3千歩。

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これは狭山湖。靄がかかっています。

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こちらは多摩湖。気温が上がり、暖かくなってきました。

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八国山地、北山公園を通って正福寺へ。正福寺の千体地蔵堂。

美しいですねこれは。国宝です。

○今日の俳句

 うららかや稜線切り立つ地蔵堂

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2011年2月26日 (土)

人類は?

2月26日(土)

それにしてもカダフィって奴は悪い奴だね。自国民に銃を向けて無差別に撃たせるなんて!

若いときは死刑は廃止すべきだと考えていたけれど、今は違います。世の中には、カダフィみたいにどうしても許せない奴が出てくるのです。こんな奴に終身刑なんて考えられますか? 死刑以外にないでしょう。

ゲンコツで相手を殺そうとしても、一人の人間が殺せる相手は、たかがしれています。棒を持てばもう少し多く殺せます。刀から銃、、銃から爆弾、になるとますます多くの人を殺せます。戦争をする度に、人間は多くの人を殺せる方法を進化させました。・・・だけど、こういうのは進化なんて言うのかね。退化じゃないの。

ろくでもない私が生きるために、多くの命を食べている。別段何の宗教も信じてはいないけれど、多くの命をいただく以外に、私の生きる道はない。それは人間の原罪と言うべきものかもしれない。せめて同族だけでも、殺し合わないことが必要だろう。

しかし人間は、人を殺すことに巧みになった。ゲンコツで人を殺すときには、何かしら罪の意識があるだろう。カダフィのように、自分の手は汚さず、他人に人を殺させるのは、そんな人の痛みが分かるまい。近ごろでは、人間が乗らない爆撃機で人を殺すのだそうだ。操作する人は、何の感情も持たずに、ゲームセンターでゲームをするように、機械を動かすのだ。人間的な感情などは何も入らないだろう。いや、それも人間なんだね。

いずれ人類は、自分で自分を滅ぼすのではないだろうか。抽象的にものを考えられるのは人類だけかもしれないが、そこから人類の偉大さも愚劣さも生まれる。

家で絵を描くつもりだったが、こんなに天気の良い日に家に引きこもっているのでは、健康に生んでくれた両親に申し訳ない。散歩に出る。サイボクハムまで歩き、帰りは智光山公園に寄る。だらだら歩きだが3時間ばかり、おそらく2万歩以上。

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○今日の俳句

 春眠の覚めて背伸びの血のめぐり

 春風や色さまざまな散歩道

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 春の池カワセミ撮りたい人の列

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2011年2月25日 (金)

世界も私もめちゃくちゃだ

2月25日(金)

今日、春一番。

日中は暑いくらいだったけれど、今はだいぶ気温が下がったようです。

水彩画の会。白抜きに使ったマスキング液が風邪を引いていてうまく剥げず、絵が台無しになった。憂鬱。

世界中大変なことばかりですねえ。リビア、ニュージーランド。そして日本の政治。 

私だって大変です。書くこともないのに、毎日ブログを書いています。休んだところでお巡りさんに怒られるわけではないのに、無理やりひねり出した俳句も、毎日書いています。そんなことをしたって、誰も誉めてくれないんですよ。何の意味があるんだ? 意味なんてありません。自分できめたことだから、だらだらとやっているだけ。

○今日の俳句

 春の日の膝病む男歩きけり

 

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2011年2月24日 (木)

今日の出来事だけ

2月24日(木)

毎度のことながら、さて何を書くか、テナもんです。

午前、ボラ定例会。此処で4月からのV連(ボランティア団体連合会)の世話人になることに決まってしまった。党内、ではなかった、ボラグループ内の事情でやむを得ずと言うところ。5年前まで我々のグループの会長をしていたのだけれど、それ以後は、完全にそんな役は降りたつもりだった。以後私は好き勝手にやりたいことをやっていて、「だから俺にはストレスなんてないよ」と公言していたのだけれど、思うようにいかないときもあります。といって、大したストレスが加わるとも思いませんけれどね。

午後、狭山ケアセンターへ。みんなでうたうこと、そして傾聴ボランティア。

○今日の俳句

 春野菜ハウスの中に子らの声

 土手の草のら犬が嗅ぐ春朧

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2011年2月23日 (水)

漱石と竜之介の俳句

2月28日(水)

私が俳句をはじめる前、漱石では「あるほどの菊投げ入れよ棺の中」、「叩かれて昼の蚊を吐く木魚かな」、竜之介では「青蛙おまえもペンキ塗り立てか」の句だけを知っていた。なおこの3句、うろ覚えで書いているから使っている字は違うかもしれない。

「菊」の方はともかくとして、「蚊」と「青蛙」の句にはユーモアがある。しかしその感覚は、今では分かりにくくなっているのかなあ、と言う気がする。

たとえば漱石の「蚊」であるが、昔は何処の家でも蚊帳を吊らなければ寝られないほど沢山いた。蚊は、昼になるとどこか暗い隅の方へ隠れるのである。たとえば瓶の中など格好の隠れ場所だった。その蚊が木魚の中に隠れたのですね。ぽくぽくと叩かれて、場違いな昼に、フワーッとでてきた。その感じ、分かるなあ。瓶に隠れた蚊だって、ちょいと蹴飛ばすと、何匹かでてきたからねえ。木魚の場合は1匹だろうけれど。

竜之介の「青蛙」。昔のペンキは、今より乾きが遅かったのだと思う。ベンチや板塀などにペンキが塗られていることが多く、「ペンキ塗りたて」などという標識があったりしたものだ。ウッカリ手で触ったり、ベンチなどに腰掛けてしまったりした経験は、多くの人にあっただろう。最近では「ペンキ塗りたて」などという標識は見かけなくなりました。そのような標識を見慣れているから、この俳句がおもしろいのですね。ただ、蛙が青いと言うだけではないのです。

そういえば一茶には「やれ打つな蠅が手をする足をする」があります。これも蠅が沢山いた時代の話しです。今ではそんなところを見かけることはあまりないと思いますが、蠅って奴は、本当に手や足をこすり合わせるんですね。それを多くの人は知っていました。

まあ、蚊や蠅は多くない方が良いし、ベンチもペンキ塗り立てなんて言うものばかりでは困ります。

話は違うけれど、コンクリートも今の方が乾きは早いんではないかなあ。コンクリートが本当に乾くのは1年も2年も掛かるそうですが、私が言うのは、床に流したコンクリートの上に歩いて入れるようになるまでの時間、ということです。昔よりだいぶ早く乾くような気がするけれど、こんなのも技術の進歩のうちなんでしょうね。

○今日の俳句

 砕けたる水にも映す緑かな

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2011年2月22日 (火)

石を投げればボランティアに当たる

2月22日(火)

病院の掛け持ち。こう書くと、たいそう患っているようだが、なに、歯医者と、毎月の高血圧の薬もらいです。歯の方も定期検診という奴で、今どこかが痛いわけではない。

二つの病院へ行って、家の掃除をして、午前中はだいたいそれで終わってしまいました。本当は買い物も済ませるつもりだったんですが、午後になってしまいました。

あとはやることもないので、入間川の河川敷散歩。土手散歩と言っても良いのだけれど、私が歩くのは土手ばかりではないので、大抵河川敷と言ってしまう。

入間川の河川敷を掃除している人がいた。聞いてみると11人でチームを作って、毎週金曜日に掃除をしていのだという。ご苦労様。

日本人がおかしくなったという人も多いけれど、ナーに、こういう人達も多いよ。探せば、日本中ボランティアがわんさといる。石を投げればボランティアに当たる、と言うくらいのものだ。ボランティアをやるというのは、今の日本人にとって、本当に当たり前のことだね。

河川敷散歩のあと、サンパーク奥富で入浴。狭山市の65歳以上の老人は150円で風呂に入れる。だからたまには利用する。

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奥多摩の嶺に落ちる夕日。車は夕日から逃げてきているみたいだ。あ、向かっていくのもあるか。

○今日の俳句

 春の土手のセーラー服の生徒たち

 土手の梅ジョギングの人また一人

 悠々と白鷺渡る入間川

 遡上する二羽の白鷺入間川

白鷺って、夏の季語なんだって。なんで?

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2011年2月21日 (月)

膝の後ろ

2月21日(月)

精障者作業所みちくさへ。

1月の歩く会で、私はMさんに姿勢の悪さを注意された。背筋を伸ばすこと、首をもっと後ろに引くこと、顎を引くことなどである。Mさんは手を添えて、私の姿勢を正した。棒高跳びで何年間も日本記録を持っていたというMさんには、私の姿勢がなんとしても気になったのだろう。私より何歳か年上なのに、Mさんの姿勢はいつもすっきりしている。それにひきかえ私は、若いときから姿勢が悪かった。

Mさんの指摘を受けてから、時々は気にするけれど、70年以上この姿勢でやってきたのだから、治る気遣いはないですね。

これからだんだん暖かくなってくると、女の人のミニスカートなどが増える。ミニスカートの人を後ろから見ていると、足の膝の裏がすっきりと伸びているのは若い人、中年になると、どうしてもその辺がだらけてくると、かねてから感じていました。男はスカートをはかないから分からないけれども、多分同じなのでしょうね。

今年になって膝の裏が痛むようになり、テレビで覚えた膝関節を強くする体操を、毎日やっている。いくつかのストレッチを組み合わせて、1日3本やれと言うことでしたが、なかなか3本はやれません。しかし、1本か2本は必ずやっています。そして気がついたのですが、「あれ、俺の膝の裏が伸びている」と思うことがあります。その状態がそんなに長く続くわけではありませんが、自分のしているストレッチ体操は確かに関節には良いのだな、と感じています。

○今日の俳句

 満開にメジロ来ている枝垂れ梅

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2011年2月20日 (日)

善福寺公園から井の頭へ

2月20日(日)

電車とバスを乗り継いで善福寺公園へ。家を出たのが10時半。約1時間で着く。

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左は上池、右は下池。上池は広々として見晴らしがよい。下池は葭やマコモが生えている池でした。静かな良い公園です。

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このような老夫婦を見ると、こっちまで幸せな気分になります。いいなあ。

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途中の水路にはこんな風景も。

善福寺公園からは歩いて井の頭公園へ。少し寄り道をして井草八幡神社へ。なかなかの神社ですが、道が分からなくなってしまって、近くの交番で、吉祥寺への道を聞きました。

ぼつぼつ腹が減ったのですが、吉祥寺近くまで、小さな店が幾つかあって、みんな満員。無理して入れば入れないこともないけれど、せかされて食べるのも嫌だと思って、吉祥寺駅前まで、我慢、我慢。

それにしても吉祥寺駅前、変わったナアー。と言っても、60年前と比べているのだから、こっちの方が前世紀の遺物だね。中学3年の時に吉祥寺で降りて井の頭へ行った。それ以来吉祥寺で下車したことはないのだ。

この辺りの食堂も満員だったけれど、飯だけ食って、アルコールの方はコンビニで買い、井の頭の池を見ながら呑むことにする。

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これは井の頭公園の弁天神社。

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弁天神社の脇に筏のようなものを浮かべているのだけれど、これは何なんでしょうか。

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昔ながらの伝統芸、独楽回しです。この人、切り紙をしたり、カラカサの上で升を回したり、太神楽ですね。井の頭公園の周りは、大道芸やらバザーやらで、大変な賑わいです。

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井の頭自然文化園ではリスが可愛い。

○今日の俳句

 大道芸の声大きくて花芽吹く

 草木の芽水が流れる橋の下

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2011年2月19日 (土)

つばさ俳句会

2月19日(土)

つばさ俳句会へ。

私の句でいくらか点の入ったのは、

 首出して蒲団叩きぬ冬日和

 芒原ずかずか歩くヘルメット

 対岸のうまく揚がらぬ奴凧

○ところで、今日の俳句

 やがて行く闇を温しと思う夜

今日はこれだけ。

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2011年2月18日 (金)

こぶし交流会

2月18日(金)

水彩画の会。こぶし交流会。

水彩画は1時半から4時半くらいまで、こぶし交流会は4時から6時まで。

水彩画を1時間ほど描いて、一度家に帰り、バスを乗り継いでこぶし交流会へ。

こぶし交流会・・・精障者のための福祉法人こぶし福祉会の、各施設、家族会、後援会、ボランティアなどの代表会議。出席14名。「こころの健康についての基本法を求める署名について」(長いねえ)と、所沢、入間市、狭山市の障害者福祉団体が彩の森公園で行う「第1回ふれあい祭り」についての討議と報告。続いて各施設の課題、家族会の現状、後援会のあり方、ボランティアの問題点などを話しあい、時間は40分オーバー。総論ばかりではなく、具体的な行動が求められる時期なので、問題が多いのです。

俳句に一般的な技法はあるまい。虚に浮かぶその時々の人生の思いを、17字にぶっつけて、工夫は1句1句のあろう。森澄雄『俳句への道』より。

○今日の俳句

 母と子にゆっくりうごく春の雲

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2011年2月17日 (木)

非ブランド志向

2月17日(木)

老人介護施設狭山ケアセンターへ。

○非ブランド志向

先日腕時計をズボンのポケットに入れたまま洗濯してしまった。ベランダに干して、取り込むときに気がついたが、腕時計は何時間か遅れて動いていた。そして腕時計のガラスの内側は水蒸気が入って曇っていた。

時間を合わせてそのまま使っているが、10日以上経つと思うけれども、その後、時間の狂いはない。ガラスの中の水蒸気は徐々に減って、今では気にならなくなった。

まだ洗濯をする前だけれど、ある人が私の腕時計を見て、

「高そうだけれど、幾らなの」

と聞いた。ナーニ、1980円の時計です。自慢じゃないが私が身につけているもので、高価な品など一つもない。どんな高価なものを付けたって中身が変わるわけではない。立派な包装紙に包まれたどうでもいいような品物なんてエのは、恥ずかしいじゃアーリマセンカ。

金がないから買えないんだろうと言われればその通りですが、私はブランド品に興味がありません。だいたい、そんなものを欲しいなんて思いません。そんなものばかり欲しがる人を見ると、精神の貧しさを感じてしまいます。

ブランド品に興味がないと言うことは、偽のブランド品にも興味がないと言うことです。偽でも良いからブランド品を欲しい人もいますよね。

私は多くの人が一定の方向に動きですとき、なんとなくそれに抵抗したい気持ちが働きます。その最たるものが戦争で、みんなが熱に浮かされて戦争に突っ走るようなことが、再びなければよいがと願っています。

それとブランド志向と何の関係があるんだと言われそうですが、私は関係があると思っています。しかしそれを書くとなると、一冊の本が必要かな。

○今日の俳句

 春の雪一人ですする粥の味

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2011年2月16日 (水)

仮名遣い

2月16日(水)

句文集 7

 仮名遣い

  柳絮しきりなり高原の宿を出づ

 毎日読む新聞や本、その他の活字は、ほとんど口語であり、現代仮名遣いで書かれている。文筆家の中にはこだわりを持って、口語の文を歴史的仮名遣いで書く人も、稀にはいる。しかし大抵の人は、読むのも書くのも口語現代仮名遣いであろう。

 俳句の場合は文語で歴史的仮名遣いというのが基本らしい。しかし私のような教養のないものにとっては、それはかなり厳しい条件になる。従って私は、口語でも文語でも、現代仮名遣いにさせて貰っている。

 俳句の世界でも、私のようなものが増えているようだが、俳句の底辺を広げようとすれば、やむを得ないことだろう。ただしそれは、質の向上には繋がらないのかもしれない。だから文語を用い歴史的仮名遣にすべきと言う考もあるのだろう。

 少し妙なことになってきた。私は俳句の仮名遣いはどうであるべきだ、などと論ずるつもりはない。現代仮名遣いだって満足にできない人間が、文語だの口語だの仮名遣いだのと言い出すからいけないのだ。ただ今日の俳句は、句会に提出したときに仮名遣いの間違いを指摘され、直したものである。

 妻を亡くして次の年だったと思う。ある旅行会社のバスツアーで乗鞍高原へ行った。宿は何処だったか覚えていない。私は金がないので、1泊ないし2泊の旅行は、年に1度か2度しかできない。妻が生きている間は、妻も一緒だった。妻が亡くなって、初めての1泊旅行だった。

 私の隣席は、挨拶以外はほとんど言葉を発しない人だった。所在なさに私は、ほとんど窓の外ばかり見ていた。高原に近づくと、白い雪のようなものが、空一杯にだだよっていた。これが柳絮というものなのかと思いながら、私はそれを飽かず眺めた。柳絮という言葉は知っていたが、それを意識して見るのは初めてだった。

 次の日も柳絮がとんでいた。後日その経験を俳句にし、「柳絮しきりなり高原の宿を出ず」として句会に提出した。すると、この「ず」の使い方が間違いだと指摘された。「宿を出ず」では、宿を出なかったことになる、という指摘である。なるほどその通りだ。ギャフンである。此処は「づ」でなければならないと言われては、反論のしようがない。現代仮名遣いだけで押し通すには無理があると悟った、記念の俳句である。

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政治家って分からない

2月16日(水)

しかし政治家っテエのは何をやる人なの? 予算の審議する場所で、小沢がどうしたとか鳩山がどうしたとかやっているんだよ。日本にとって、それが1番大切なの?

政治家っテエのは自分や自分たちが権力を握るのが第1で、日本をどうするかっテエのは2の次3の次なんだね。国民のことを第1に考える優れた頭脳の持ち主に政治家になって貰いたいけれど、実際には違うみたいだね。

予算審議の場では、なによりもまず予算の審議をします。他のことは別の場所でやります、というような政党が出てこないかなあ。

○今日の俳句

 読みさしの文庫本一つ春炬燵

○句文集アップします。

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2011年2月15日 (火)

雪の次の日

2月15日(火)

若い頃古老に聞いた、とでも言えば格好良いんだけれど、古老だか何だか分からないけれど、だれかに聞いた。武蔵野には「雪の次の日は裸で洗濯」という諺があるんだってさ。今日はまさに裸で洗濯出来そうな日でした。

昨夜の雪、秩父地方は突出して多く積もって、23センチだったとか。テレビの報道では、他の関東地方では多くて5センチと言ったところです。狭山は少し深かったと思いますが、何センチかは分かりません。10時半、私が買い物に出るとき、少し溶けかかっていると思いますが、わが家の辺りはこんな状態。

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午後次女の家に。孫は中耳炎になったけれども元気でした。

帰りは航空公園による。午後3時頃の航空公園です。

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○今日の俳句

 武蔵野に降れば誉められ雪見酒

 雪降りて武蔵野眩しき朝となる

 残雪に鴉の声の降りかかる

 残雪に黒き犬居て夕まぐれ

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2011年2月14日 (月)

わが家のエアコンの実力

2月14日(月)

精障者作業所みちくさへ。

今朝、雪がちらほらしましたが、すぐに止む。このブログを書いている今(午後8時過ぎ)雪が降っています。なんとなく積もりそうな勢いです。

普段はあまりエアコンを付けないのですが、今日はみちくさから帰って、すぐに付けました。その時エアコンの示す部屋の温度は13度。徐々に上がって、6時頃には22度になりました。しかし外の温度が下がってきたら、エアコンはその22度を維持出来なくて、19度まで下がりました。今はまた持ち直して22度になっています。どうやら今日は22℃以上に上がりそうもありません。これがわが家のエアコンの実力です。

○今日の俳句

 街灯の輪にまた降りぬ春の雪

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2011年2月13日 (日)

車椅子の会新年会

2月13日(日)

遅ればせながら、車椅子と仲間の会の新年会。市内某所で、参加17名。最近の入会者も数名いて、盛会でした。

中村正義市議の鼻笛も登場。ポッポコピーとか言う、日本で唯一の鼻笛の会があって、その指導者から、狭山だただ一人の演奏者、演歌のならば日本一の演奏者という折り紙をいただいているそうです。

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鼻息で演奏するのだから、花粉症では出来ませんね。かなり疲れるそうですよ。

車椅子の写真家、南部健一朗さんによると、猫の写真は売れるけれど、犬の写真は難しいそうです。猫好きはどんな猫でも可愛いと思うけれども、犬好きは自分の犬だけ可愛いのだそうです。なるほど、そんなものなのかな。

○今日の俳句

 雪繁く雪山隠す雪の中

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これは昨日の秩父湖です。一時雪が激しくなり、後ろの山が見えなくなりました。新雪に筋が付いているように見えるのは、私の足跡です。服装は普通でしたが、足には登山靴を履いていました。10センチ以上積もっていては、スニーカーではちょっと無理です。こんな所を歩いて、足裏に雪の軋む感じを楽しむのが好きです。

 雪の中あっけらかんと死ぬも良し

 芹なずな愚を重ねつつなお生きる

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2011年2月12日 (土)

三十槌の氷柱

2月12日(土)

行く当てなんてないんだけれど、とにかく秩父の方にでかければ、狭辺りより雪と遊べるだろうと考えて、とにかく出かける。

稲荷山公園から西武線に乗りながら考える。飯能で降りて名栗湖に向かうのはどうか、横瀬から武甲の湯に向かう手もあるぞ、西武秩父から秩父ミューズパークへ行ってみるのはどうか。秩父線で長瀞へ向かうか、さくら湖と言うのもあるし、小鹿野町辺りを散歩するというのもある。あれこれ考えた末、結論は秩父湖(二瀬ダム)に行ってみることに。

秩父線に乗り換えて三峰口へ行き、バスで秩父湖へ。バスの人はみんな三十槌で降りて、秩父湖まで行ったのは私一人。此処には食堂も何にもないんだよね。開いているのは酒屋が1軒だけ。酒好きの私でも、腹減ってるときに酒だけってェのはねえ、ワンカップひとつ買ったけどサ。ダムの周りを散歩。鼻唄をうたいながら人気のないダムの周りをうろつくなんて言う酔狂な奴は、ぼんくらカエルくらいのものです。

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お魚くわえたドラ猫追いかける、と歌い出すサザエさんのテレビ漫画には秩父湖の絵が登場したりするけれど、今の秩父湖は食堂一つ維持出来るだけの観光客もありません。

私は買ったワンカップを呑みもせず、歩いて帰ります。三峰口まで何キロあるか知らないけれど、バスの便がきわめて悪いから、歩く覚悟なのです。

途中で三十槌の氷柱を見物。

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これは毎年新聞などに紹介される氷柱です。

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此処までは観光客もやってきます。私は甘酒を飲んでちょっとから元気を付ける。

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ここからも私は歩き、大滝の湯によって多少の腹ごしらえ。三峰口まで、、雪の中を4-5時間歩きました。足が痛いの腰が痛いのと言いながら、私はまだ元気です。

○今日の俳句

 谷ごとの小さき集落雪の中

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 たたずめばわっさわっさと雪が降る

 無造作に新雪を踏む足の裏

 一人旅車窓の雪にカップ酒

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2011年2月11日 (金)

オニヤンマ

2月11日(金)

句文集 6

   「オニヤンマ」

  オニヤンマ部屋の偵察終えて出る

 自然豊かな環境で育った。冬には雪の上に、狐やうさぎの足跡が残されていた。春から夏、秋にかけては、昆虫を捕まえたり、魚をとったりしたものだ。なじみの深い昆虫としては、蝉、蜻蛉、蛍などがあげられる。

 子供が昆虫と遊ぶ場合、蝶派と蜻蛉派があるのだと誰かが言った。私は蜻蛉派である。今思い出してみると、実にさまざまな蜻蛉がいた。麦わら蜻蛉、塩辛蜻蛉、糸蜻蛉、お歯黒蜻蛉、赤蜻蛉。

 赤蜻蛉にはナツアカネとアキアカネの別ががあるのだそうだが、子供の私は、そんなことには頓着がなかった。村里には、どこから湧いたのかと思うほど沢山の赤蜻蛉が飛んでくることがあった。歩いている顔にぶつかるほどなのである。その蜻蛉を捕まえて尻尾をちょん切り、麦わらを差し込んで飛ばしたりした。それでも蜻蛉は、不器用な飛び方で飛んでいった。その後は多分死んでしまうのだろう。子供というのは残酷なものだ。

 そして、忘れてならないのがオニヤンマである。雄雌で違いがあり、キンヤンマ、ギンヤンマ、などと呼んでいた。赤蜻蛉などとは違い、なかなか掴まえるのが難しかった。運良く掴まえても、ウッカリすると指を咬まれてしまう。案外痛い。

 現役で仕事をしていたころ、仕事場にヤンマが入ってきた。見慣れたオニヤンマよりひとまわり小さいような気がする。家に帰ってから図鑑で調べてみたが、昔ヤンマという種類らしかった。

 オニヤンマは、村里ではかなり高く飛ぶ。しかし山や高原に行くと、人の膝や腰の辺りの高さでとんでいる。体の傍を通りすぎていったかと思うと、途中でくるりと向きを変え帰ってくる。自分のテリトリーをパトロールしているのだそうだ。

 何かの加減でヤンマが部屋に入ってくると、窓から入ったときの高さを変えず、壁から1メートルなら1メートルの距離を保って、部屋をひとまわりし、入ってきた窓から出て行く。掲句はその経験を思い出して作った。句会に提出したところ、

「推理小説の読み過ぎだ」

 と言われてしまった。「雀だってバッタだって、何かの間違いで部屋にはいることはある、そして慌てふためいて、あちこちにぶつかったりしながら出て行く。それを偵察などと言うのはおかしい」と言うのである。

 それは違う、ヤンマの場合はまるで予定の行動のように、何のためらいもなく出て行くのである。しかし抗弁はしなかった。

 蜻蛉類はきわめて目が良いのだそうである。なるほど頭のほとんどが目のように見えるのだから、納得出来る話だ。部屋の中の様子など、ひとまわりすれば全部分かってしまうのだろう。

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雪、困った降り方

2月11日(金)

雪がちょっと困った降り方をしています。

天然自然のあり方に希望を述べてもしょうがないのですが、私の希望としては、今朝までに降り積もって、私は今日里山に雪と遊びに行って、明日は雪が融けるというもの。天候はそんなに都合良く行きませんね。

2月13日、車椅子と仲間の会の少し遅い新年会があります。その時雪が残っていると、車椅子の動きがとれません。一昨年だったか、雪のため新年会が中止になり、会場にはキャンセル料を払いました。今度もそんなことにならなければいいのですが・・・。

予報では明日も降るそうです。

○今日の俳句

 終日の降って流れる春の雪

○句文集、アップしました。

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2011年2月10日 (木)

ゴメンネ

2月10日(木)

老人介護施設狭山ケアセンターへ。

Kさんがこの前書いた原稿のお礼に一杯飲ませるという。たかだか400字の原稿を書いただけでお礼などしてもらうつもりはない。お断りする。

いつものことだが、ブログを開いてから、さて今日は何を書くか、なんてことを考える日が多い。今日もその口ですな。

ここまで書いたとき、玄関のチャイムが鳴った。ブログを中断してでてみると、気の弱そうな男が、かじかんだ手に息を吹きかけながら、

「あのー、新聞屋なんですけどォ」

と言う。新聞の勧誘員だ。

「うちは新聞を変えないんだよ、ゴメンネ」

私はこんな時、必ず「ゴメンネ」を付け加える。何も悪くはないのだけれど、勧誘員の悲しさを考えてしまう。生きていく悲しさでもある。彼だって好きこのんでこのような仕事をしているわけではないだろう。だからといって私は彼の期待の添えるわけではない。それが「ゴメンネ」の意味である。

ウン、彼はブログのネタをくれた。

○今日の俳句

 腰痛や夜半を過ぎて雪降るという

膝通だとか腰痛だとか、去年まではなかったことだ。気にしないことにしよう、と言う程度の痛さではあるが・・・。

 

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2011年2月 9日 (水)

雪 南国の心

2月9日(水)

昨夜の天気予報では、夜中に雪が降るかもしれないと言うことでした。今朝起きて外を見たら、なーんだ雪なんて降ってはいません。でも、朝食を摂っていると、窓の外にちらちら雪が・・・。9時頃はもっとも激しくなりました。でも、一時だけで止み、暖かくなり、積もった雪もすぐ融けてしまいました。

芭蕉も蕪村も南国の人。子規も虚子も南国の人。短歌だって万葉の昔から南国中心に詠われてきた。鈴木牧之に文句を言われても、雪は鑑賞するもの、見るもの、楽しむもの。

北国の人には申し訳ありません。私も本当は東北育ち。雪の辛さは知っています。しかし関東で暮らす生活が圧倒的に長いので、雪は鑑賞するものになりました。南国人の心ですね。私なお場合そればかりではなく、故郷をしのぶとなりました。鑑賞するだけでなく、懐かしさも伴うのです。

雪の次の日にか、2-3日後、近くの里山に遊びに行くのが好きです。本物の雪山に登る技術はありませんが、里山の雪ならば大好きです。今回もそれを期待したのですが、これでは無理ですね。

日帰りで電車に乗って雪を見に行きたくても、貧乏人なのでその電車賃をひねり出すのが大変です。近くに降ってくれることを期待するのです。

○今日の俳句

 まだ降らぬまだ降らぬ雪早く降れ

こんなふざけた俳句作っちゃいました。

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2011年2月 8日 (火)

西穂高岳

2月8日(火)

句文集 5

   西穂高岳

  イワキキョウ踏み外すなよ落ちるなよ

 快晴だった。

 我々は6時20分に西穂山荘を出発した。いずれ此処に戻ってくるので、西穂往復に必要なものだけをリュックに詰め、ほかはまとめて西穂山荘の荷物置き場に置いていく。歩き始めて前方を見れば、手前に丸山、中ほどに独標、一番奥に西穂が見える。

 丸山までならば、登山客でなくても往復出来るだろう。丸山を過ぎると岩場の連続で、三点支持で進むような所もある。30人くらいのツアー客が、ガイドに導かれて独標までの往復登山をしていた。初心者でもそこまでは行けるが、足が竦んで難渋している人もいた。

 我々は12名の登山グループ。3名が独標で引き返すことにする。独標から先は上級者コース。急峻な岩場が続く。独標の次のピークはピラミッドと名付けられている。そのピラミッドで更に2名が前進を諦める。残りで西穂高岳をめざす。私は最後尾である。

 この先は三点支持の連続。三点支持で岩を這い上がると、イワキキョウが紫のかれんな花を咲かせていたりする。慎重に、慎重に、西穂岳の山頂に着く。

 良く来たものだと私は思った。73歳と言えばもう老人の部類である。若いときの体力はないのだし、運動神経も鈍っている。西穂のような山にはもう来ることはないと思った。3000メートル級でも、危険の少ない山はある。今後登るとしたらそんな山だ。

   雲海や1期Ⅰ会の岩の上

 しばらく山頂を堪能。奥穂高は霞んでいる。Nさんがみんなの写真を、一人ずつ撮る。そして踏み外さないように神経を使いながら下山。登りよりも降りが怖い。もっとも危険なところを降りきった辺りで、山岳パトロールの二人連れとすれ違う。

 私の前を歩くHさんの足元が、疲れ切っているように見える。足に来ているんだなあ、と思った瞬間、、私はつまずいて転んでしまった。なんのことはない、私の足も充分に上がっていなかったのだ。岩だらけの所なので、転び方によっては怪我をする。体をひねって、なんとか柔らかい転び方をした。おかげで肘にバンドエイドも必要ないくらいのかすり傷を作っただけで済んだ。

 私が起き上がるより先に、すれ違ったばかりの山岳パトロールの人達がとんできて私の怪我の有無を確かめた。さすがに行動が早い。

 本当に危険なところは過ぎていたとはいえ、まだ転んではいけない場所だった。もうこのような山に来てはいけないと、あらためて思った。

             山行、2010年7月

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久しぶりの風景画

2月8日(火)

洗濯をするつもりだったが、天気予報が芳しくなかったので、後日に回す。ほかに大した用事もないので、本を読んだり数独をしたり、要するにごろごろして過ごす。

思いついて水彩画を描く。純粋な水彩画は2年ぶりくらいではないかと思う。この前行った長瀞で撮った写真を見て書くのだから、人のよっては邪道と言われてしまう。

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○今日の俳句

 蝋梅に山旅の足ちょっと止め

 ベランダに風なし春の雪催い

○句文集「西穂岳」アップします。

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2011年2月 7日 (月)

枝垂れ梅

2月7日(月)

精障者作業所「みちくさ」へ。

夜、近くのファミレスで山の会の班長会。総会の準備など話しあう

家の近所の枝垂れ梅。見事なのですが下は塀に隠れて、全景を見ることが出来ません。

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○今日の俳句

 立春のブイは立ち泳ぎの頭

 梟の眸大きや春立ちぬ

 こんなにも命を食べて愚の春も

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2011年2月 6日 (日)

夢で口説く 他

2月6日(日)

昨日の朝、一度目覚めてからうつらうつらしていたら、夢を見た。なんと私が美女を口説いていたのである。口づけくらいまで行ったかな、そこで目覚めた。私にそんな夢を見る色気がまだあったなんて、自分でも以外。もっとも、今でも女性は好きですけれどね。雄はやめたけれど。でも、あの美人は誰なのかなあ。

目覚めてから、鼻水が出て、何度咬んでも止まらなくなりました。さては花粉症になってしまったか、ヤレヤレ、と言う気分。朝食を摂って家を出るまで、小さなゴミ箱がちり紙で一杯になりました。

浅草に行くつもりだったので、ショルダーバッグに大量のちり紙を詰めて、咬んだあとのちり紙を入れるビニール袋も用意して出かけたのです。しかし、バス停でバスを待っているうち、鼻水は治まってきました。と言うことは、花粉によるものではなく、ハウスダストか? ごみでは死なないなどと思って、掃除がいい加減なことを反省。

さて、帰ってからいつもと同じ夜を過ごし、朝を迎え、心配したのに、全然鼻水は出ません。昨日の鼻水はなんだったんでしょうか。

明日、山の会の班長会があります。会長のNさんから電話があり、歩く会の記録を知りたいと言うことでした。歩く会は山の会の行事の正式なものではないという扱いになっているので、記録はとっていませんでした。なんとなく私が仕切っているような感じになっているので、問い合わせてきたのです。

日記形式のブログを書いていると、こんな時に便利ですね。1年間の歩く会の記録を調べました。ちょっと時間がかかりましたけれど。

俳句の会の年間の会計と、新年句会の会計の中身を調べる。3月に会計監査を受け、その後会計をYさんに代わって貰うつもりなので、いい加減では困るのです。私はこういうのにが手なんだ。まあ、問題はなかったけれど。

○今日の俳句

 ゆりかもめ言問橋を船くぐる

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ゆりかもめと言問橋では、それこそ付き過ぎですね。俳句では、付き過ぎって嫌われるんです。ただし、写真は吾妻橋です。

ついでに清澄庭園の入り口に活けられていたシャクヤク。

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2011年2月 5日 (土)

浅草を歩く

2月5日(土)

杉浦日向子の「1日江戸人」という本を読んで、浅草を散歩してみたくなった。今日は暇があるので、行ってみようかと思ったわけです。

狭山市駅から地下鉄浅草駅まで、うまくやれば1時間10分くらいで行っちゃうんですね。意外に早い。

まずおきまりの浅草寺。去年来たときは本堂の屋根工事中でしたが、もう完成しています。

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浅草寺境内からのスカイツリー、と隅田公園からのスカイツリー。  

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隅田川左岸、隅田公園を歩く。どこからもスカイツリーが見える。人と自転車のために作られた桜橋を渡って、隅田川右岸へ。右岸も隅田公園である。隅田公園はさくらの名所。滝廉太郎の曲、・・・春のうららの隅田川・・・と言うわけですな。作詞は誰だっけ?

アサヒのビアホールで1杯飲むのを楽しみにしていたのに、今日はクローズでした。そうなると急に腹が減ってきて、途中で見つけた小さなウナギ屋で昼食。鰻重が松竹梅で、松が3000円、竹が2000円、私はもちろん1000円の梅を頼む。それにビールの大ジョッキ。鰻重の味は・・・ウーン。私は近くのスーパーで中国産のウナギを買い、1度に食べてはもったいないから半分に割って、ウナギの卵とじを作って半分ずつ食べる。私の方が旨いかな。

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回向院の石像。

清澄庭園へ。

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池の美しい良い庭園です。

この鳥、なんと言うんでしょうね。彫刻ではありませんよ。庭園にいた鳥です。

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○今日の俳句

 白マスク目が笑ってるお嬢さん

地下鉄の中、向かい側に座っていたお嬢さん。居眠りをしていたら、おおきなマスクの中に目が隠れてしまい、帽子とマスクの間におでこと眉毛が見えました。     

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2011年2月 4日 (金)

白鳳よ、腐らないで!

2月4日(金)

今日立春、昨日節分。そして長女の誕生日。私は子供が二人いて、長女も次女も誕生日は覚えている。しかし孫たちとなると、なんとなくこの辺りと思うだけで、正しい日にちは覚えていない。どうにも物覚えが悪くなりましたな。

そういえば私の父は、私の誕生日を覚えていませんでした。戸籍上は1月1日生まれですが、私はだいぶ前に生まれているのです。今の私は自分の誕生日を知っていますが、それを知ったのは30代だったと思います。たしか誕生日が判明したとき、この歳で誕生日が分かるなんて珍しいから、宝くじでも当たるかと思って買いました。もちろんかすりもしませんでしたけれどね。

特養さくらへ。3F。痴呆の進んでいる階なので、何をしてみんなに楽しんで貰うか、いつも考えてしまいます。話しをしたり、一緒に歌を唄ったり、紙切りをしたり。Kさんが風邪で、ボラは私1人でした。

相撲協会は大変ですねえ。白鳳や魁皇やその他真面目にやっている関取が気の毒です。

でも八百長問題は、相撲界の体質ですね。放れ駒理事長が過去にはなかったなんて繰り返すのが、体質そのもの。そんな言葉を信じる人がいますかね。理事長も自分の言ったことを信じてはいないでしょう。問題を大きくしたくないでしょうが、もう此処まで来たら、腹を決めて洗いざらいやってしまうしかないでしょう。うやむやにして信用をとろうとしたって、無理ですよ。

白鳳なんて、私は好きだなあ。真面目な努力家で、相撲界のことも考えて、若いのに立派だなあと思っている。白鳳関、腐らないでください。その他の力士もね。

○今日の俳句

 靴下を毛糸に代えて厨かな

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2011年2月 3日 (木)

自分の感受性くらい

2月3日(木)

狭山ケアセンターへ。来るはずだったKさんは風邪で休み。熱があるとの電話があったが、インフルエンザの可能性も。

今日はYさんと3Fへ。3Fは認知症が進んでいる人なのだが、普通の話はちゃんと出来る人が多い。しかし話し込んでいると、現状を認識出来ないで居ることに気がついたりする。今日話しをした人の中で最高齢は明治45年生まれ。と言うことは、101歳かな?

私だって、普通の話は出来るけれど、現状を正確に認識出来ないところはありそうだ。ひょっとすると、すでに・・・?

○茨木のり子の詩

   自分の感受性くらい

 ぱさぱさに乾いてゆく心を

 ひとのせいにはするな

 みずから水やりを怠っておいて

    ○

 気難かしくなってきたのを

 友人のせいにはするな

 しなやかさを失ったのはどちらなのか

    ○

 苛立つのを

 近親のせいにはするな

 なにもかも下手だったのはわたくし

    ○

 初心消えかかるのを

 暮らしのせいにはするな

 そもそもが ひよわな志にすぎなかった

    ○

 駄目なことの一切を

 時代のせいにはするな

 わずかに光る尊厳の放棄

    ○

 自分の感受性くらい

 自分で守れ

 ばかものよ

かく聯の間の「○」はぼんくらカエルが書き加えました。そうしないと勝手に詰まっちゃって、行をあけることが出来ないからです。

それにしても、ウーン、厳しいねえ。私なんかなんでも、何かのせいにして生きている。人のせいだったり環境のせいだったり齢のせいだったり。何かの言い訳なんか、1ダースや2ダースくらい考えつくのに、それほど時間はかからない。

現に俳句だって、感受性が鈍る年になってはじめたから、なんて言い訳している。

○今日の俳句

 耳鳴りのほかに音なし日向ぼこ

 愚に耐えて齢重ねて日向ぼこ

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2011年2月 2日 (水)

ボランティア主役と脇役

2月2日(水)

家事の日ですね

その他では、パソコンのインク、コピー用紙などを買いに行きました。

そしてKさんに頼まれたボランティアに関する原稿書き。400字に書けと言うのは難しいですね。骨だけしか書けない。肉付けが出来ません。とにかくその全文を載せます。

  主役と脇役

 たとえば施設を訪問して演芸を見せるボランティアがあります。そんなとき体の弱い人や不自由な人の手を引いたり、車椅子を押して、会場まで誘導するボランティアもあります。演芸をするボランティアは主役で、誘導するボランティアは脇役といえるでしょう。

 私がボランティアグループたけのこの会に入って12年。男の場合、定年退職後にボランティアを始める人が多い。10年前と今では、ボランティアになる人の性格に変化があるようです。我々の世代は貧しい時代に育ち、仕事以外のことをあまり知りません。今の世代は趣味も広く、玄人はだしの技能を持った人も多い。主役になれる人達です。

 主役になるボランティアも必要でしょう。しかし、老人の話に相づちをうちながら黙って聞くような、脇役に徹するボランティアも必要と思います。どうやってそのような人を確保するか、それがこれからの問題でしょう。

※題と名前で1行。これで400字ギリギリです。

○今日の俳句

 刺さるほど冷たきまでに月尖る

 残雪の村あり馬に水

 ベランダに雀来て去る寒さなか

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2011年2月 1日 (火)

気の毒だけれど笑っちゃう

2月1日(火)

身障者授産施設、リバーサイドへ。かすみがわ食堂の包丁研ぎ。ついでに小規模作業所コパンの庖丁も。

関東地方は安定した天気で、雨が降らない以外には大した問題もないのですが、日本列島、北も南も大変ですね。南では、鳥インフルエンザに新燃岳の噴火。北は北陸と東北の大雪。

私は雪国育ちで、雪の大変さは知っているが、離れて60年くらいも経つので、どちらかと言えば頭で分かって、気持ちで懐かしがると言うところ。それに、今の大変さと昔の大変さは違いますね。

私が居たころは、11月ごろ初雪があり、12月に根雪になった。それから雪が融ける3月か4月まで、路線バスは休みになった。何処へ行くにも、雪の上を歩くしかなかったのである。だいたい村中に車のある家なんて無かった。だから、道路の除雪なんてしませんでした。乗り物としたら橇ですね。

YAHOOの知恵袋に載った質問と回答、雪国の大変さを気の毒だと思いましたが、笑ってしまいました。

質問

「雪の大変さを重いながらも1度体験してみたい、どうなのですか」と言った趣旨。

模範解答 tokuta4625さん。原文のまま引用。

私の職場の同僚は、朝の3時から起きて、家の周りに積もった雪をスコップで崩すそうです。

3時間かけて崩し終わったところに、除雪車が来て、再び雪の壁を作っていくと、泣きたくなるそうです。

帰りも車庫に車を入れるのに、3時間かかったそうです。(除雪車が来るため路上駐車が出来ない)

この時期は慢性的に睡眠不足になるそうです。

ちなみに、休んだり遅刻したりすると怒られます。

ーー以上が解答です。最後の1行で、申し訳ないけれど笑ってしまいました。でも、雪国の皆さんに同情致します。

○今日の俳句

 待春の辛夷に雨のまだ降らず

 待春の雑木林の芽の朱し

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