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2010年12月30日 (木)

反省も抱負もなく

12月30日(木)

いろいろと作り置きのおかずを作りました。

主菜になるものとしては、ぶり大根。これ旨いんだよね。

副菜となるもの。切り干し大根とピーマン挽肉の煮物。

添え物として、大根とにんじんのなます。大根の皮と挽肉のきんぴら。これは酒のつまみに最適。

ガスレンジが一つしか使えないし、他に買い物などすることもあったので、短時間でバタバヤやった。おかげでなますを除けば味の染みこみがいまいちだなァ。

新年を迎えるにあたって、何の抱負もないね。

新年だって、昨日の続きだよ。あらためて抱負を言うような歳ではないサ。

今年を送るにあたって、何の反省もないね。

反省するとしたら、どうでもいいような生活をしている、と言う事を反省しなければならないのだろう。でも、それを含めてどうでもいいや。

私のやっている事なんて、山も,絵も、俳句も、ボランティアも、全部遊びです。「遊びせんとや生まれけむ」「戯れせんとや生まれけむ」です。

○今日の俳句

 仏花買って今年の買い納め

 孫が来るそれがすべての年の暮

今日のブログを書き始めるとき、俳句の用意が何もない事に気がついた。で、苦し紛れにこんな句を作りました。どちらも事実は事実です。

私のブログは、楽屋落ちばかりだねえ。それを反省。

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2010年12月29日 (水)

手抜きの大掃除 川柳

12月29日(水)

何時もこまめに掃除をしていれば、大掃除なんて必要ないかもしれない。何時も手抜きしているから、大掃除は大変である。そして、何時も手抜きをする私のような人間は、その大掃除でも手抜きをする。あちこち手抜きをし、風呂場を残して大掃除終わり。風呂場は大晦日にやります。バンザイ、明日は息抜きだ・・・本当は、毎日息抜きをしているようなものだけれど。

○毎日新聞の川柳。おもしろいと思ったものを紹介します。

 軍隊があって治安の悪い町

ほんとだね。だいたい、軍隊が治安を悪くするんだ。

 人材が豊富で毎年首相出る

笑える。

 絶対にワシは頑固になっとらん

そうそう。私も頑固になっとらんよ。なっとらんとも!

 ミルクからお茶へお酒へ点滴へ

参ったね。私に待っているのは点滴か。

 汗流すようじゃ稼げぬ億のカネ

額に汗して働けなんて言うのは、汗して働く人の上前をはねている人。

 若者に仕事ないのに夢を聞く

辛いね、今の若い人。

 敵陣へ飲み会サイン草野球

ほのぼのとしてよろしい。

 これからは成果主義だぞお賽銭

でも貴方、お賽銭幾らあげました? 神様だって、少額の人の面倒までは見られません。とは言え、成果がないのにお賽銭を上げ続けるのもねえ。神様も真面目にやれよナ!

 連れてきた彼女見て知る息子のレベル

親が親だから、と言う事もあるカモヨ。

○今日の俳句

 おせちなど買う気もなくて歳の市

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2010年12月28日 (火)

なるようになるさ

12月28日(日)

洗濯をして、あとは何をしたんだっけなあ・・・大したことをしないうちに午前中は終わる。

昼から、マンション廻りの掃除。年に何回か掃除当番が回ってくる。私は今月2回目だ。玄関とごみ置き場、マンションの周囲、中庭などの掃除。

終わって、いよいよ年賀状に取りかかる。ところが、なんとした事か、パソコンかプリンターか、私の操作が悪いのか、これが順調にいかなかった。

文面の方は普通なんですが、宛名の印刷が手間取るんです。たとえば住所録の1から4までを印刷しようとして、その指定をすると、1は普通に印刷し、2と3は飛ばして4が3枚印刷されるという状態。こちらの指示を受けつけないのです。あれやこれやで、10枚ほど無駄にしてしまいました。

実はそのほかにも問題があり、けっきょく、目の前に開いたページだけ、1枚ずつ印刷しなければならないはめに。いちいち宛先を開き、印刷の指示を出し、「次ぎ」「次ぎ」などと出る指示に従って、印刷するしかありませんでした。手書きより早いとは言えないくらいです。

けっきょく晩までかかってしまいました。それに1行書き加えて、このブログを書く直前に投函しました。果たして元旦につくのかどうか。

網戸くらい洗えるかと思ったのに、無理でした。明日から大掃除、出来るところまでしかできません。やるべきことが終わらなくても、生活出来ないわけではありません。ケセラセラ、なるようになるさ、で行きましょう。

○今日の俳句

 数え日の何処吹く風と居直りぬ

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2010年12月27日 (月)

今年最後の山行

12月27日(月)

山行と言ったって、本当は丘歩きのようなもの。

コース

飯能駅~天覧山~多峰之主~巾着田~宮沢湖~飯能駅

本当は、多峰之主から天覚山二いこうと思ったのですが、私たちが昔通った道は通行止めで、それでもかまわず進んだら、宅地造成の工事をして、バブルがはじけて放棄されたらしい土地に出た。

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この芒、見てください。全部造成されて放棄された土地です。それも、此処だけではないんですよ。いつか読んだ川柳に

 ハイキング此処にもあった造成地

と言うのがありました。

中に入ると、こんな具合。

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芒の原野です。ばかばかしくなって引き返し、高麗駅側に降りて、巾着田へ。そこで昼食。酒盛り。そう、今日はガスやら水やら食料を持ち込んで、いわば山の忘年会をやろうという趣向でした。みんなザックの中は、いつもより重いのです。参加者は、Sさん、Kさん、Hさん、それのぼんくらカエル。

昨日まで、欲求不満がたまっていました。今日は一気に解放されました。丘歩きに過ぎないけれど、天気は良いし、良かったなあ。

巾着田から宮沢湖へ。

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なんと悲惨でしょうか。これは巾着田から宮沢湖に向かうために高麗川を渡るドレミハ橋の姿です。

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そしてこれは宮沢湖への道。整備されて歩きやすくなったと言えばその通りだが、味気なくなったとも言える。

○今日の俳句

 山の端の霜置く道を歩みけり

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2010年12月26日 (日)

明日は山に行くぞ

12月26日(日)

午後、U・Nさんと句集の発送業務。中央公民館の一隅を借りて行う。順調に、3時くらいに終了。新年句会に向けて、今年やるべきことはすべて終わる。開放感あり、良かったァ。

帰って、明日の用意。近くの山に行きます。ガスと水と食料を持って、山で何か作って食べようという算段です。私は俳句関係で忙しかったので、相談はKさんとSさんでしてくれました。私は集合時間と集合場所を知っているだけで、何処へ行くのかも知りません。

何処でも良い。散歩だって良いんだから、楽しみです。ちょっぴりアルコールも持っていきましょう。

ガスと水だけ持ってくればよいという連絡を受けています。でも、何かつまめるものくらいは、これから作るつもり。

○今日の俳句

 なしおえて眩しきものに冬夕日

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2010年12月25日 (土)

山が好き・散歩が好き

12月25日(土)

このところ新年句会の準備で、時間を取られている。俳句は嫌いじゃないけれど、家の中でパソコンにむかってばかりいるというのは、気分がめいる。

句集その他のパソコン入力したものをプリントアウトして、仲間の校正を受ける。それをまた家に持ち帰って、入力しなおし。そして必要枚数を印刷。今9時40分。さっきまでかかりました。飯を作ったり、風呂に入ったり、食事をしたりしながらですがね。ァ、もちろん、アルコールも飲んでます。

私はどうも、インドアでやる事が多くなると、くさくさしてきます。山は良いなあ。散歩でも良いよ。パソコンなんぞは、ブログを含めて、1日1時間もやれば充分だ。

○今日の俳句

 懐に句帳がありて日向ぼこ

本当は、日向ぼこなんかしていない。山じゃなくても良い。日向ぼこで良いよ。ふう、気分的に疲れる。

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2010年12月24日 (金)

ボラ収め

12月24日(金)

みちくさ、大掃除。終わって忘年会。今年のボラ納めです。

忘年会のプレゼント交換で貰ったのがこれ。

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老いぼれカエル向きではないねえ。ま、しばらく飾っておきましょう。

○今日の俳句

 乾杯はジュースが決まりの忘年会

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2010年12月23日 (木)

朝の富士・夕べの富士

12月23日(木)

私のドジは、今も昔も代わらない。新年句会の投句社の住所録を、パソコンに打ち込んだのは良いが、保存を忘れて閉じてしまったらしい。今朝それに気づいて、作り直し。昼近くまでかかりました。

午後、気分がくさくさするので、散歩に出る。網戸掃除も年賀状も後回し。まつりごとをなさる方々が、この国の未来はそっちのけで内輪もめをしています。お上がやるべき事をやらないのに、下々のものがきちんきちんと仕事を処理してはいけません。それでは、まるでお上を咎めているようになります。私もお上に倣って、やるべきことを先延ばしです。

午後から行く散歩では、行く場所はおおよそ決まっています。智光山公園、入間川河川敷、稲荷山公園、彩の森公園です。今日は何処でしょう。河川敷と智光山公園でした。

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次は我がマンションからの、朝と夕方の富士。

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夕焼けの富士の左に見える山は、大山。

○今日の俳句

 空っ風受けて富士見る橋の上

 枯れ芒富士にまとわる雲一つ

 秩父嶺の夕映え見えるワンカップ

 肩寄せて鴨に餌やる二人ずれ

普通、鴨やら野良猫やらに餌をやるのは、孤独な奴と相場が決まっている。二人は恋人だろうなあ。良いなあ、私には縁がないけれど・・・やはり仲がよいのは、見ていても気持ちがよい。

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2010年12月22日 (水)

伝統技術を継ぐ人

12月22日(水)

今日も家事の合間に、新年句会の準備。25日に句集その他の校正を何人かで行う。それまでにやるべき事は、ほぼ終わった。

明日は、網戸でも洗おうかな。

年賀状もまだ書いていない。取り込む画像は決まっているから、それほど時間はかからずに出来ると思う。それでも、印刷に時間がかかるんだよなあ。明日はまだ出来ないなあ。

テレビでやっていたが、近ごろは若い人で、日本の伝統の技術に携わりたい人が増えているのだそうです。江戸切り子職人をめざしている人が紹介されていました。江戸切り子は良いですね。

伝統技術の職人と言っても、これからめざそうとする人は、職種に注意しなくてはなりません。技術というものは、長年修行しても、必ず生きるとは限りません。たとえば木挽き職など、日本に何人残っているでしょうか。宮大工の材料を挽くなどで残っている人が、あるいはいるのかな。

かって、N・Kという木挽き職人がいました。朝日新聞の日曜版の1面に、大きく取り上げられた事もある人です。そのころは、琴の材料を挽いていました。しかし、新聞に取り上げられて間もなく、仕事がなくなりました。本人はもう2-3年やりたいと考えていたのですが、琴の材料も、機械で挽く時代になっていました。N・Kさんは腕の良い職人でしたが、腕が良かろうが悪かろうが、関係のない時代になってしまったのです。

そのN・Kさんがぼんくらカエルに話してくれました。「昔は石臼を作る職人がいた。その石臼の目立てだけをする職人もいた。今、日本中を探してもそんな職人はいないよ。腕の良し悪しなんか、関係がないんだ」

どの職種でも、誰でも名人になれるというものではありません。しかし長年修行すれば、そこそこの腕には成れるでしょう。修行が終わったとき、その職種が社会から必要とされなくなっていては、話しになりません。ただ受け身で修行するだけではなく、社会の動向にも気を配り、柔軟に対処していくようにしてください。伝統産業に従事していた老いぼれの、老婆心です。

○今日の俳句

 年用意百円ショップのカレンダー

毎年、100円ショップで同じカレンダーを2つ買います。曜日と日にちだけあって、書き込みの出来るカレンダーです。1つは分別ゴミ出しの専用です。もう1つは、予定の行動を書きます。

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2010年12月21日 (火)

どうでもいいけれど誕生日でした

12月21日(火)

何日か前に、近く誕生日が来る事に偶然気がつきました。でも、あとは忘れていました。今日は誕生日だったんです。でも、午前中は気がつきませんでした。

何しろ、新年句会の事務局で、昨日が投句の締切。その句稿を抱えて、句集を作らなければなりません。

洗濯、掃除、買い物、銀行に行く用事、などがありました。そうそう、手紙なども書きました。年賀状も買いに行きました。その合間に句集作りです。締切前に来ていた分は、あらかじめパソコンに打ち込んでおきましたけれども、今日もまた、パソコンの前に座ったり、家事をしたり。幾分か、家事の時間の方が多かったでしょうね。

午後2時半頃、ふと気がつきました。

「そうだ、今日は俺の誕生日だ!」

句集作りは日にちが限られているけれど、何とかなるだろう。お祝いをしなくちゃあ。とにかく74歳までは生きたのだ。

と言っても、一人で、どうお祝いするのかネ。取りあえず、市内の温泉「大和の湯」に行きました。ゆっくりお湯に浸かって、おつまみをとり、ビールの中ジョッキと清酒1合、ハハ、これが私の誕生祝い。

大和の湯から帰って、またパソコンにむかい、句集作り。俺も貧乏性だなあ。

○今日の俳句

 冬の日のハンドクリーム買いにけり

私は何の化粧品も使わない。冬になると手が荒れるので、ハンドクリームだけは買います。もしこれを化粧品というのであれば、私が使う唯一の化粧品です。

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2010年12月20日 (月)

俳人の言葉

12月20日(月)

私の今年のボラは、今日でお終いです。おっと、24日「みちくさ」の大掃除が残っていました。あと1回でお終いです、と言うのが正確。

本当ならば、老人介護施設や、特養老人ホームのボラがあるのだが、俳句の会の、新年句会準備で、それが出来ない。事務局になっていると、なんやかややることはあるのです。大したことはやらないけれどね。夏季大会ほど大げさではないから、(夏季は「大」がつく句会。新年は、単に「句会」)準備は楽なんだけれど、年末だから、合間にいろいろとやらなければならないこともある。

今日は「みちくさ」のボラでした。

帰ってから1時間半、句会の句集作り。縦書きの中にアラビア数字を横書きに入れ(句番号など)、俳句に使われる旧かなを間違えないように入力し、俳人特有の難しい字を手書きで入力し、ということのくり返しで、普通の文章を書くよりずっと時間がかかります。中には、パソコンでは変換出来ない時もある。広辞苑や、かなり大きな漢和辞典にも載っていないような字さえ使われるのです。パソコンで入力する者の身にもなってくれ、と言いたくなります。

○今日の俳句

 冷たきは夕日に燃えるビルの窓

 底冷えの窓に夕日が当たりおり

「当たりおり」の「お」は、俳句では普通、旧かなづかいで「を」と書きます。でも、今日のブログでの主張があるので「お」にしてしまいました。これはちょっとまずいかなあ。私の主張も一貫性がないなァ。

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2010年12月19日 (日)

望年会・鼻笛

12月19日(日)

車椅子と仲間の会の望年会。大抵の忘年会は夜だろうが、この会は昼である。

通常の定例会をまず行った後、食事をしながら、望年会に入る。飲む人には缶ビール1本くらいが出る。歓談のあと、各人が今年の反省と来年の抱負などを語る。車椅子に乗っていても、外へ出てくる人達なので、前向きな話しが多い。私のように、いい加減くたびれた人間には、刺激になる。

そんな話しが一通り終わったあとで、中村正義市議が、鼻笛を始めた。

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鼻笛というものを知っていますか? 私は初めて見たし、その音を初めて聴きました。写真は、演奏中の中村市議。

この写真の鼻笛は、陶器のようです。木や竹や、その他の材料で作ることが出来るようで、いくつもの鼻笛を見せてくれました。その写真も撮れば良かったのに、忘れました。なかなか美しいものもありました。

鼻から吐く息で演奏するもので、自分の唄える歌なら演奏出来るそうです。澄んだ、高い、良い音が出ます。狭山市では演奏出来るのは中村市議しか居ないそうです。習いたい人には教えるそうですから、申し込んでみてはいかがですか。ただし、中村市議の都合で断られたとしても、私は知らないよ。責任持ちません。

朝、望年会に行く前。新年句会で句集に掲載する、桑原三郎自選30句をパソコンに打ち込む。望年会から帰宅して、句会の応募句の一部を、句集のパソコンに打ち込む。私もなかなか忙しい。

○今日の俳句

 捨てる物まだ捨てきれず年の暮

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2010年12月18日 (土)

俳句って分からない

12月18日(土)

つばさ俳句会。

私は次の5句を出句。

 広き田は苅られて遠し那須の山

 紅葉ともならで落ち葉の木となりぬ

 木の葉降る脚色された記憶にも

 秋霖や叱咤激励お断り

 名はなくも吾に今日あり柿食はむ

「秋霖や叱咤激励お断り」が5点。「木の葉降る脚色された記憶にも」が2点、「広き田は苅られて遠し那須の山」「紅葉ともならで落ち葉の木となりぬ」がそれぞれ1点。「名はなくも吾に今日あり柿食はむ」は0点でした。

「名はなくも」は、そんなに悪い句かなあ。

「木の葉降る脚色された記憶にも」の2点はだいたい予想通り。それも、予想した人が採ってくれました。

「秋霖や叱咤激励お断り」は5点でしたが、季語の秋霖が重すぎるという評が先生方からありました。

今日の最高得点句は

 長生きのついでに冬の蚊を叩く

で、桑原三郎先生の句。ただし桑原先生自身「これは作ってはいけない句だった」と言明。私も点を入れましたが、手練れが肩の力を抜いて、軽く流したような句だと思いました。先生の句で、私が戴いたのはもう1句。

 紅葉且つ散る先生のヘルメット

もう一人の先生の句、今坂柳二で私が戴いたもの

 地球生まれであるから走るよ耕すよ

字余りだけれど、なめらかでそれを感じさせない。ちょっと理屈っぽいのが気になる。

今日、もっとも私が好きだった句は

 冬うらら掻き上げてイヤリングキラ  あや子

最後の「キラ」が効いている。

○ところで、今日の俳句

 高齢の村人もゐて冬の出湯

 年行くやパソコンを置く娘の机

1句目はテレビを見て作っちゃった。苦し紛れの句。2句目も苦し紛れだね。「高齢の」句を作っていた事を忘れて、今日の句を何か作らなくてはと思ってサ、無理に作っちゃった。

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2010年12月17日 (金)

ヘルシーな食事とは何だ?

12月17日(金)

冷蔵庫の掃除。大掃除に供えて、ぼつぼつやるわけです。押入の整理。捨てるべきものがまだあるなあ。

午後、特養老人ホーム「さくら」へ。

○食事について

我々が子供の時代は、食い物が無くて、何時も腹を空かせていた。だから、いつでも食事の量が気になった。食事の質なんて、考えられもしない。

私と同世代で、小学校の校長をしていた知人が、何十年も前に言ったこを思い出す。

「何年か前までは、子供の食事会の時など、料理を作ったあとで、お母さん方は『これで間に合うかしら』と言った。今のお母さん方は『これを食べてくれるかしら』という」

そうなんだよね。料理の量が気になる世代と、質が気になる世代に別れたのだ。でも、その後、ものがあふれる時代になって、かっては量を気にしていた私たちの世代でも、美味しいかどうかを気にするようになった。

それはまことにめでたいことである。美味しいものを腹一杯食べるというのは、まことに幸せなことである。

しかし、カロリーの低い食物を指して「ヘルシー」などと言っているのを聞くと、それはどうかなと思ってしまう。少ない食料でも、生きて行くに必要なカロリーを取れるものこそ、ヘルシーな食物のはずである。カロリーの低い食物は、大食らいのために都合の良い食物なのである。

確かに昔から健啖家という言葉はあったが、大食らいと言うだけでテレビに登場するタレントなどは、どうかと思ってしまう。

この国は行き過ぎてしまったのだ。しかし、多くの行きすぎた人がいるこの国の中で、満足な食事も取れない人もいる。世界を見渡したら、食事の質よりも量の方が気になる人の方が、今だに多いというのが現状だろう。

私自身大食らいで太り気味だけれども、カロリーの低い食物を「ヘルシー」などと思ったりするのは、異常なのだと言うことだけは、心の片隅に覚えておきたい。

○今日の俳句

 肌寒に歯磨きあとの寝酒かな

 日向ぼこ似合う齢でありながら

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2010年12月16日 (木)

東京都庭園美術館・自然教育園

12月16日(木)

ボラ定例会、兼、研修会? で、東京都庭園美術館と自然教育園へ。

庭園美術館へは、今年2回目で、前回は山の仲間と来ている。今回の展示は「朝香宮のグランドツアー」朝香宮と妻の、長期豪華外国旅行の紹介と言うところ。こんなのは、私には大して興味はない。

隣の自然教育園が良かった。紅葉、遅れ気味だが、まだ間に合った。

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○今日の俳句

 冬紅葉暗く動かぬ池の水

 寒波かなマラソンランナー復活す

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2010年12月15日 (水)

航空公園

12月15日(水)

今日したことはくだくだしくて、書くのが面倒。やめておきます。とにかく、家事をしました。

代わりに仙谷官房長官の「甘受」について書こうと思ったのですが、これもやめます。

昨日、次女の家からの帰り、航空公園に寄りました。

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まだこんな紅葉が残っていました。

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○今日の俳句

 年用意ホームセンターへまた今日も

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2010年12月14日 (火)

記憶は脚色される

12月14日(火)

年に何回か、マンションの玄関、ごみ置き場、中庭やマンションのまわりの掃除当番がある。今日はその日。先日マンション自体の大掃除があったのだから、今日は楽だろうと思っていたのだが、案に相違して、中庭のはずれが汚れていました。誰かが弁当を食べて、発砲スチロールや汁の入った容器、みかんその他を食い散らしなどを、そこら中に捨ててありました。

今月はあと1回、年末の28日も掃除当番です。

所沢の次女の家に、絵本を持って、孫の顔を見てきました。

○記憶は脚色される。

変な夢を見ました。私の目の前で、小鳥が太い針金を嘴を使って、器用に曲げているのです。針金は「?」の形に曲げられて、電線だったか物干し竿だったかに引っかけられました。私はそれを不思議とも思わずに、こんなことを目の前で見たのだから、何とか写真に撮りたいと思って、デジタルカメラを探しているのでした。

今記憶しているのはそれだけです。でも夢自体は、もっと見ていました。それが思い出せないのです。小鳥は巣を作っていたような気もします。1羽ではなく、他の小鳥もいたような気がします。

元来夢というものは、でたらめなもので、合理的なストリーはないのが普通だろうと思います。でも夢の内容を人に話すときには、無意識のうちに矛盾を避け、なんとなく筋が繋がっているような話しをしたがるものです。

たとえば私の見た夢に、他の小鳥も登場させても良いし、本当に巣を作っている所でもいいのです。本当に夢の中では、そうだったかもしれないのです。そのような気がするけれど、そうだったという自信がない、と言う程度なのです。だから、人に話すときには、ストリーを持たせるような話しになったりします。

これは夢の話しですが、実際の記憶でも、我々は無意識のうちに脚色していると思います。人に話すときには、分かりよく話そうとするし、思い出すときは、自分の都合が良いように脚色します。経験でも、事実を事実として受け入れてるつもりで、実は自分に都合良く脚色して受け取ったりします。それを記憶するのですから、私たちの記憶は、ほとんど脚色されていると思います。

記憶というものは、思い出すたびに、自分にとって心地よいもの、あるいは、自分の方が正しかったとか、自分は悲劇のヒロインだったとか言う方に脚色されていくと思うのです。

○今日の俳句

 冬の雨木の葉張り付くアンツーカー

 雨あとの池の濁りや鴨の群れ

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2010年12月13日 (月)

死について

12月13日(月)

精障者作業所「みちくさ」へ

死を考える野あたって、人間には二つのタイプがある。若いときから考えるタイプと、いい加減歳をとり、死が身近になってから考え出すタイプとである。

私は若いときから死を考えるタイプであった。8歳のとき母が死んだ。以来、人間には死があることを考えざるを得なくなったのである。子供のころは、純粋に怖かった。死を思うと、身震いが出るほどであった。

しかし年中そんなことを考えると、だんだん死に慣れ親しむようになり、年をとると共に怖さが薄れてきた。なに、今だって怖いことは怖いんだけどね。若いときほどではないと言うだけのことです。

若いときには死など考えたこともない、などという人は、死が間近に感じられる年になって、急に考え出すらしい。そうすると、これは怖いらしですね。多分、身震いでもするのでしょう。

どちらのタイプが良いかは知らないけれど、人類の出現以来、死ななかった人間は一人もいない。とすれば永遠の生がないと言うことに関しては、諦める以外に方法がない。諦めた上で、どう生きるかを考えるのが上策なんでしょうな。

○今日の俳句

 行く年や適も許せる齢なり

 エンドウの支柱が傾ぐ冬の雨

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2010年12月12日 (日)

妙義山

12月12日(日)

山の会、山行。妙義山中間道。

関東触れあいに御道にもなっているし、昔行ったときは楽なコースと思っていたのですが、行ってみると、登り降りを繰り返す、なかなかのコース。昔に比べ、こちらが年をとったと言うことでもあります。

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妙義神社の奥社から横に入っていく道があったのだが、奥社は工事中で、その道が通れない。で、一度登った神社から降りて、別の道をあらためて登り返す。上はその道の写真。小さいけれど、みんな下を向いて、背を丸め黙々と登っている様が分かると思います。広重の絵に登場する人物を思い出します。紅葉は終わっているのですが、この写真には、名残の紅葉がありますね。

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大黒の滝は水がかれて、滝とは言えません。

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コースの脇に、大砲岩を間近で見る所があります。そこへ行くためには、このような鎖場を登ったり降りたりしなければなりません。ぼんくらカエル、老体にむち打って登りました。本当は高い所が怖いのです。でも、鎖をしっかりと持てる自信があれば大丈夫。その判断を誤ったらアウト。私は、今が最後です。この先このような所に来たら、登るのを諦めます。山に馴れない人は避けるべきです。

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妙義山を知っている人にはおなじみ、第4石門です。石門の向こうに大砲岩が見えます。ゴマ粒ほどにしか見えませんけれども、その上に2人が乗っています。

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中の岳神社駐車場から見た妙義山。

○今日の俳句

 黙々と言葉少なき冬の山

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2010年12月11日 (土)

分割して大掃除

12月11日(土)

年末は忙しくなる(俳句の会新年句会の事務局で)ので、早々と分割掃除を始めた。今日はレンジまわり、流し、台所の吊り戸棚、流しやレンジの下の戸棚、などの掃除。ケーヨーD2で流し台下の棚を買ってセットしたりして、一日過ごす。

明日山に行くのに、朝から右の大腿部の筋肉が痛むので気になる。寝てる間に痛くなったという以外に、思い当たる節がない。こういうのも歳の内なんだろうなあ。まあ、気にしないことだな。

○今日の俳句

 独り身の手伝いのない大掃除

こんな俳句はどうも哀れっぽいね。私は一人で居ることを、少しも哀れだなんて思っていないのだ。

 独り身はまず台所の大掃除

これじゃあ事実の報告だけだ。掃除を離れよう。

 枯れケヤキ日当たる幹に触れてみる

これなら少しまともかなあ。

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2010年12月10日 (金)

天覧山の羅漢様

12月10日(金)

水彩画の会。早めに終わって忘年会。この会は毎年「華屋与兵衛」でやる。私は忘年会なんて、そう沢山はない。今日がその1回目。

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今日の絵です。羅漢はもう止そうかと思ったのだが、先日撮った写真がおもしろかったので、また、羅漢にしました。これは天覧山の頂上下の羅漢です。天覧山を知っている人は意外に思うかもしれません。裏の岩場の方から登ると、16羅漢というのがありますが、その中の一体です。

○今日の俳句

 忘年会毎年同じ人と場所

    お粗末でした。

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2010年12月 9日 (木)

カルタ

12月9日(木)

老人介護施設「狭山ケアセンター」へ。久しぶりに手品をする。これは案外受けるんです。

ケアセンターには、近くにあったE書店の店主が入所している。E書店はオーナーの店主が脳血栓で倒れたので、廃業している。今はリハビリをしながらケアセンターに入所しているのである。

私は書店名で覚えているけれど、先方は私の名前を知っている。初めて本名を聞く。さまざまな思い出話。近所のうわさ話とかも。

○今日の俳句

 短日を惜しんで朝の蒲団干す

 カルタ読む白寿媼に指名され

今は老人施設などでは、100歳の人も珍しくなくなった。ケアセンターでも102歳の人がいて。少しも惚けていない。冗談も通ずるのだ。101歳の人もいる。カルタを読めと言ったのは99歳だけれども。私が指名されるのは、声が大きいから。

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2010年12月 8日 (水)

おらの行く所何処だんべ?

12月8日(水)

毎度同じことばかり書きますが、今日も何を書くのか決めていません。昨日は、ボラなどをやっていたおかげで、それを書いているうちに、ある方向に考えがまとまってきました。

今日は買い物と、作り置きの料理を作りました。今日作ったのは、ぶり大根と、ひじきと切り干し大根の煮物。ぶり大根は、2-3日中に食べなくてはしょうがない。切り干し大根とひじきは、鶏肉やツナ缶を加えて煮込んだもの。佃煮のような味にしているので、しばらく持つでしょう。

あとは、新年句会用に、今坂柳二自選30句をプリントし、校正して貰うように今坂柳二氏に郵送しました。

これらにかんして何か書くことはないか・・・、無いなあ。

書きながら書くことを探っている。落語のようですね。「おらの行く所、何処だんべ?」状態です。

そうか、今日のタイトルは、「おらの行く所何処だんべ」だ。私の人生そのものだね、これは。なんとなく此処まで流れて来ちゃった。辿り着いた先が、マンションの一部屋。

人の生き方には三つのタイプがあるんだってね。ひとつは、世の中の流れを変える生き方。これができるのは、少数の人だけです。その次は、世の中を泳ぐ生き方。そして、世の中に流される生き方。

流されるより泳ぐ方が積極的で良いように思いますが、なあに、泳ぐものは水に溺れる、とも言います。流されるうちに、安全な岸にたどりつく人もいる。何が良いかなんて、一概には言えません。

私はどうだったかと言えば、時々泳いで、時々流されて、死にもせず、生きています。まだ先があるのかないのか、今はただ流されるのみ。

○今日の俳句

 寒気来る雲遠けれど乱れあり

 数独で1日送るコタツかな

 

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orano

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2010年12月 7日 (火)

カタカナ語

12月7日(火)

毎度の事ながら、ブログを書き始めた今現在でも、今日は何を書くか定まっていません。取りあえず書き始めるのです。当然の事ながら、タイトルは、書き終わったあとに付けます。

取りあえず、今日やったことから。

精障者作業所「コパン」へ。コパンの裏庭にある樹木の剪定をしました。何年か前にも同じ木の剪定をしていますが、むやみに育って、うっとうしく、何とかしなければと前から気にしていました。脚立に乗り、木に登ったりしながら、かなり太い枝を何本も切り、上を丸坊主にしました。

そして切り落とした枝の整理。これも大変ですね。適当な長さに切って、ごみとして出せる大きさにする。この作業で、指に小さな怪我をしてしまいました。

「コパン」というのはフランス語か何かで、「仲間」と言うことだそうです。私が多少は関わっている「こぶし福祉会」でも、カタカナ病にかかっています。

こぶし福祉会の施設の名前を挙げれば、「こぶしの家」、「コパン」、「みちくさ」、「あいろこいろ」、「リバーサイド」、「スペースきずな」などがあります。かなりカタカナ語が多いですね。意味が分かりにくいのは「あいろこいろ」だと思いますが、これは日本語です。古代語で「あちこち」という意味らしいのです。広辞苑には出ていますが、私の持つ2冊の古語辞典には出ていません。広辞苑に依れば、『呉竹集』にでているそうです。古代でも、ひょっとしたら方言だったのではないでしょうか。「あいろこいろ」の所長が主張してつけたようです。たまたまその言葉を知っていたようで、それがしゃれていると感じたようです。感覚的には、カタカナ語と同じです。

カタカナ語というのは、その方がしゃれていると感じる人達に使われることが多いと思います。「リバーサイド」という方が、「川端」とか「川岸」とか言うよりカッコイイと思うのでしょう。「コパン」も「仲間」よりカッコイイつもりでしょう。「スペースきずな」の「スペース」にしても、カタカナ以外のさまざまな言葉が考えられそうです。

私はむやみにカタカナ語を使うことに反対です。そのように考える人も多いのです。しかし、カタカナ語はどんどん増えています。私などには、何のことか分からない言葉が多くなりました。カタカナ語を多用する人の中にも、間違った意味で使う人が結構居ると言うことですね。

戦前の日本のえせインテリが、むやみに難解な漢字や熟語を使って、いかにも難しそうな文章を書いたりしたのと、ある意味で通じていると思います。

カタカナ語に目くじらを立てる人の中には、国粋主義者が居て、これは私は大嫌いです。国粋主義者に間違えられそうなので、カタカナ語反対を言いにくい面はあります。国粋主義者になるくらいなら、カタカナ語を許容する方がまだましです。

もうここまで書いたら、今日のタイトルは「カタカナ語」で決定です。

今日したことは、まだありました。リバーサイドで経営する「かすみがわ食堂」の包丁研ぎ。左手親指に包帯をしているので、研ぎ上がりの刃返りを見るのがちょっと不便。「みちくさ」のメンバーNさんが「スペースきずな」にきていたので、包丁研ぎを教えながら研ぐ。

○今日の俳句

 小春日の宝石のごとき思い出や

 林辺の桔梗のように淋しい日

両方とも、今日のことではありません。念のため。

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2010年12月 6日 (月)

海老蔵さんってどうなるの?

12月6日(月)

精障者作業所「みちくさ」へ。畑、店内の棚作り。

市川海老蔵の問題。私はマスコミで報道されることしか知りません。なんだか、海老蔵さんの方にも相当問題があるみたいですね。

相撲の朝青龍の時は、マスコミは大騒ぎでした。けっきょく朝青龍は引退に追い込まれました。自業自得と言えばその通りでしょうけれど、若いときの過ちなんて誰にもあるものです。私はマスコミの論調ほど、朝青龍をケチョンケチョンにけなす気は起きませんでした。

あのふてぶてしい態度、私は好きではないのです。でも、だからといって、彼のしたことがあれほど叩かれることだったのか、謝って、謹慎するくらいのことと私には思えました。でも、引退でした。

海老蔵はどうでしょうかね。やったことは朝青龍よりひどいんじゃありませんか。朝青龍は飲んで暴力をふるったようですが、海老蔵の方がたちが悪そうですよ。朝青龍はずる休みをしてモンゴルでサッカーをやりましたが、海老蔵はずる休みをして飲みに行きました。この点は5分です。酒癖や暴力についてはどうかな? 

相撲は国技だそうですが、歌舞伎はどうなんですか? マスコミは朝青龍を引退に追い込みました。海老蔵についてどう扱うのか。私はマスコミの対応の仕方を見守りたいと思います。

マスコミは、力士が「良い子」であることを求めました。歌舞伎については力士ほど「良い子」であることを求めないのでしょうか。求めないとしたら、それはどんな理由の依るのでしょうか? 力士はいけないけれど、役者は羽目を外しても良いのですか? その辺の動きを、私は見たいと思います。

○今日の俳句

 飢え知らぬ子等校庭の柿たわわ 

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2010年12月 5日 (日)

数独は毒だ

12月5日(日)

今日はマンションの建物内の共用部分の掃除でした。廊下や階段などです。天井の煤を払い、手すりを拭いたり照明を点検したり。肉体労働は昨日の続きなので、さすがに疲れました。肩が痛みます。私も年だね。

昼食を作る気になれず、牛丼を食べに行く。

何度も書きましたが、数独に凝っています。暇があるとき、手持ちぶさたのとき、何の気無しに数独を始めてしまいます。朝起き抜けに、新聞もそこそこに読み、インスタントコーヒーを飲みながら、さっそく数独を始めます。

これはもう中毒です。数独には、人を中毒にするばい菌があるのです。私はそのばい菌に感染してしまいました。

数独には、本を読めなくするばい菌も仕組まれています。本というものは、私にとっては、暇なときに読むものです。しかし数独中毒にかかった私は、暇なときに数独を始めます。こんなことではいけないと反省して、読みかけの本を取り上げるのですが、申し訳程度に何ページか読むと、また数独に戻りたくなります。数独の毒は強力なのです。

やるべきことは後回しにして、どうでも良いことを先にやりたがる私の性癖に、数独は深く食い込んできます。どうでも良いことはおろか、やるべきことの時間にまで浸食してくるのです。参ったものです。

このブログを書き終わったら、アルコールを飲みながら、数独をやります。

数独のばい菌め!

○今日の俳句

 日だまりで煤逃げの棋士対局中

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2010年12月 4日 (土)

五常の滝と啓明荘

12月4日(土)

精障者のための社会福祉法人、こぶし福祉会の後援会主催、軽いハイキングと餅つき。目的地は西武線武蔵横手駅から2.8キロの啓明荘。

35人参加。後援会のSさんに頼まれて、私が先導。足の悪い人もいる。ゆっくり、ゆっくり歩いて、途中、五常の滝に寄る。

Photo

昨日雨があったせいか、これでも水が多い方です。つまり、どうと言うほどの滝ではありません。

メンバーさん達、五常の滝を見て、馴れない手つきで餅つきをして、餅と豚汁をたらふく食べ、大満足の1日。天気も良かったしね。

今日訪ねた啓明荘、私の属する山の会でも、毎年新年会をする。だから、来月も来ることになるのです。

今日も、我々の他に、どこかの山の会の人達が、忘年会をしていました。

啓明荘は民宿ですが、泊まる人が多いとは思いません。餅つきで人を呼んでいます。このような施設にしては珍しく、飲食物持ち込み自由です。そこがまた良いですね。

○今日の俳句

 戴きし柚子ポケットに宿を起つ

啓明荘で、一人2個ずつ柚子をもらいました。

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2010年12月 3日 (金)

紅葉は何処でも美しい

12月3日(金)

紅葉の季節は、木さえあれば何処を見ても美しい。

狭山市の中央を流れる入間川は、私の散歩コ-スである。この土手を川下に向かって歩いていくと、安比奈公園というのがあって、狭山と川越の堺で、川越側になるのだけれど、私の散歩の目的地になる。この公園には広い芝生があって、入間川を分水して、小さな流れを作っている。その分水の写真。

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流れの中に石を組んで、小さな枝を立てているのが見えるかと思います。小さすぎて見にくいかもしれませんが、その枝にカワセミが止まっています。緑の羽根、オレンジの胸、カメラマン人気の鳥です。こんな風にわざとらしく作った止まり木にも、カワセミは良く止まるようです。入間川にも、狭山市のもう一つの川、霞川にも、このような止まり木が幾つも作られています。カメラマンは、そのカワセミが魚を獲る瞬間を狙って、辛抱強く待っているのです。

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入間川のほとり、西武文理高校近くのイチョウです。

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狭山市と入間市の堺を流れる霞川。その川の畔、入間市側にに蓮華院という寺があり、なかなか立派な庭を持っている。もう1枚載せましょう。

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○今日の俳句

 雨止みて冬と言えども陽の強し

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2010年12月 2日 (木)

今年の紅葉

12月2日(木)

風邪が完全には抜けないので、今日のボラ、ケアサンターは休み。何処へでも出かける元気はあるのだが、老人介護施設では、少しの風邪でも遠慮することになる。明日の特養さくらも同じ。

夕方4時からこぶし福祉会交流会議。いつの間にか私は「交流会議員」になって入るみたいで、とにかく出席。各施設の施設長、家族会の人、後援会の代表、それにボランティアで、今日の出席者は12名。

精神障害者に対する理解を求める啓発活動や、「心の健康を守り推進する基本法」の制定を求めるため、100万人の署名を求める活動についての話しなどをする。

紅葉の代表的な木は楓、黄葉のそれはイチョウ。

今日はそのほかの木の話。

今年は案外綺麗ですね。街路樹のケヤキも金茶の紅葉で(金茶でも紅葉?)なかなかのものです。

なかでも、今年は桜紅葉が美しいと思います。例年の桜紅葉より、赤い葉が多いと思うのですが、本当のところはどうでしょうか。今までそれほど注意して見た経験はないので、果たして去年はどうだったか、よく分かりません。しかし、今の私の感じでは、例年より赤いような気がしています。

来年まで忘れずにいたら、注意して見ましょう。生きていればの話しです。

とにかく今年は、雑木の紅葉が美しいような気がしています。

○今日の俳句

 ひつじ田や新開の道まっすぐに

 ひこばえも枯れて田の面の草紅葉

 幾たびも落ち葉踏まれて崩れけり

     ひつじ田~ひこばえの生えた田

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2010年12月 1日 (水)

続、料理について

12月1日(水)

11月30日の次は12月1日で、いきなり12月13日になったり、8月10日に戻ったりしない。全国一斉に12月1日になります。だから狭山市も今日は12月1日です。

とまあ、馬鹿な言葉遊びをしたりして。12月と言えば本当は、大掃除の心配などしなくてはならないのです。

○昨日の続き、料理について

料理についてなどと書いても、レシピを書いたりはしないのです。昨日は私のまわりの人の、料理に関する考えというかやり方というか、変わっている人について書きました。私は彼らが変わっていると考えますが、彼らは私の方を変わっていると思うかもしれません。

近ごろは男で料理をする人は多いし、それでいいと思います。しかし日も紹介したように、年よりの男の独身者が、料理を作ることをむやみに感心する人もいるのです。

男だって、料理くらい出来ます。まして独身者なら、作るのが当たり前でしょう。問題は、作る気をおこすか起こさないかの違いだけです。

私は妻に死なれて10年以上たちますから、毎日当たり前のように作っています。

まあ、私の料理なんて、煮る、焼く、蒸す、炒める、生、のカテゴリーには入る物ばかり。難しいものなんか出来ません。

どちらかというと、無精なのです。何事も間に合っていればそれでいいと考えてしまう方です。何はともあれ食えるものが作れれば、それ以上凝る必要はないというのが、私の考えです。だから、こだわりの料理なんて無いんです。

パソコンだって同じだなあ。自分のやりたいことが一応出来ていれば、それ以上うまくなろうとか、向上しようとかは思わない。だからいつまでたっても初心者です。

碁でも将棋でも麻雀でも花札でも、何でもやるけれど、特別にこれが上手いというものはない。

何をやってもほどほどです。ほどほどに生きて、ほどほどに死んでいきます。

酒だけは、大酒を飲みます。

料理を書くつもりだったのに、脱線の方が多い。これでお終い。

○今日の俳句

 国会は内輪もめして冬に入る

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