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2010年9月24日 (金)

仏教とキリスト教

9月24日(金)

朝、精障者作業所へ。

その後、歯科医院。

午後、水彩画の会。

仏教とキリスト教

仏教とキリスト教について、私はこれまで気がついていなかった、ごく当たり前のことに気がつきました。他の人はみな知っているようなことで、私は気がついていなかったことです。

仏陀は修行をかさねて悟りを開きました。そしてその悟りを弟子たちに語りました。弟子たちにも、自分と同じように覚者になることを求めたわけです。

キリストは神の子です。修行もヘチマもありませんね。最初から神なんですから。弟子たちに教え諭しますが、それは自分と同じようになれと言うことではありません。弟子は人間ですから、神になんか成れません。キリストが求めたのは、神に愛される人間になれと言うことです。

私が気がついたのは、たったそれだけです。

キリスト教の神と、日本の神様とは大違いです。日本では菅原道真が神になったり、佐倉宗五郎が神になったりします。キリスト教国では、アウグスチヌスもジャンヌダルクも神になれません。

日本の神は仏教徒は関係ありません(実は関係のあった時期もありますが)。だからごちゃ混ぜにして論ずるのはおかしいけれど、そのように混在できるのが仏教で、只一人高みにあって、他の神を認めないのがキリスト教などの一神教です。

私は仏教の方に親しみを感じるけどね。最も、信じていないからどうでもいいけれど・・・。

今日描いた水彩画

001

又、少林寺の羅漢です。この羅漢様、笠を被っているのです。陵頬や顎のは笠を留めるための縄があります。羅漢ばかり描くのも少々飽きました。でも、あと1体秩父、金昌寺の石仏を描く予定。

今日の俳句

 右雲海左遙かに日本海

白馬に行ったときの句です。これはスケールも大きいし、傑作だと思うけどなあ。

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