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2010年8月26日 (木)

井はほりかねの井

8月26日(木)

午後、老人介護施設Kへ。同じ狭山市だが、私の家からは遠い。いつもはYさんの車に便乗させて貰うのだが、今日はそれが出来ない。自転車で行く。自転車で30分かかるのだ。暑いなあ。

帰り、七曲の井による。一部の人に、「枕草子」168段に出てくる「井」はこれではないかと思われて「井」だ。

 ・・・・井は、ほりかねの井。玉の井。走井は逢坂なるがをかしきなり。山の井、などさしもあさきためしになりはじめけん。飛鳥井は「みもひもさむし」とほめたるこそをかしけれ。千貫の井。少将の井。櫻井。后町の井。

168段はこれで全部です。岩波の、古典文学大系の頭注では、ほりかねの井の所在地を「武蔵の国入間郡堀兼村」としている。これは現在の狭山市堀兼である。ここに堀兼の井というのがあるけれど、枕草子が書かれたころは、未だ堀兼村はなかった。井の立派さも七曲の井にかなわない。七曲の井はかなり古くからあったことは確かで、こちらの方が本物だろうという意見にはうなずける。ほりかねの井というのは、固有名詞ではなく、ジョウロ型に掘り進む井戸の一般名詞とする考えもあり、本当のところは分かりません。

Ca3g0005_2

暗くて分かりにくい写真になりましたが、これが七曲の井。

Ca3g0007_2

Ca3g0006_2

右の写真で、左側の柵に囲まれているのが七曲の井。右側に流れているのは、不老川。七曲の井は、不老川より低い位置にあります。不老川は、大雨のあととか梅雨時しか流れない川だったのです。だから公害だの生活排水だのがない時代でも、川の水を使えなかったので、井戸を掘る必要があったのでしょう。前にもこのことは書いたのですが、二つの写真を並べることで、その事情は理解して貰えると思います。

川があっても利用できない、狭山市は水に苦労する土地だったのです。 

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