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2010年5月12日 (水)

記念誌作りの手伝い 自分の社会

5月12日(水)

「車椅子と仲間の会」30周年記念誌作りの手伝い。印刷を終えて、ページをテーブルなどの上に並べ、一枚ずつ順番に取っていく作業ありますよね。今日やったのはあれです。長時間、中腰で、根を詰めてやったので、腰が疲れました。

「車椅子と仲間の会」は車椅子の人達が外に出る、一つの機会にはなっているでしょう。しかし、呼びかけても出てこない人もいるわけで、これは、障害者も健常者も一緒ですね。

定年退職をして、独身だったりすると、1週間誰とも話しをしなかった、なんていう人もいるんだって。今の私には想像が出来ない。私も老人の一人暮らしだけれど、年中ふらふらと外へ出て、話し相手に困ることはない。

人間は生まれてから最初に話すのは、普通の場合母親かな。それに家族。幼児期になれば、友達も出来る。そして学校だ。その子にとって、ちょっとずつ社会が広がっていくわけだ。その社会の中で、人は自分を表現し、自己実現をさせていく。ところが広がっていく社会の中のどこかで、不適合を起こす人がいる。それが引きこもり。

大人の社会は、子供より大きいのが普通だろう。幾層もの社会を持っているというべきだ。家族があり、会社があり、友達社会があり、趣味の社会やら何やらがある。実力のある人なら、全世界が相手なんてことだってあり得る。まあ、普通はそこまで行かないけれどね。

しかしその社会が、小さいところから壊れている、と言う気がしないでもない。家庭だって、昔のような家庭ではない。個食なんていうことがある。家族が居るのに、一人ひとりが勝手に食事をする。家族でさへそうなのだ。一人ひとりがバラバラになってきている。そして、幾層もある社会どこにも、自分が属せないような感じになったりする。そうなると、力がなくても、世の中全体と自分、テナ感じになります。引きこもりたくもなるよね。

人間には、孤独感はつきものだと思っているけれど、だからといって引きこもるのではなく、自分にふさわしい社会を持っていなければ、誰とも話す機会がない、なんてことも起きてくるわけだ。自分にふさわしい、いくつかの社会を持つことです。歳をとったら、なおさら。少しは積極的に。

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