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2010年5月20日 (木)

三馬弘進

5月20日(木)

午前。ボラグループ定例会。これまでは第2と第4木曜日にしていたが、我々のグループもだんだん活力が落ちてきて、定例会は、月に1回、第3木曜日だけと決めた。月に1回ということになると、顔を合わせるのが、本当に久しぶりという気分になる。

午後、老人介護施設Kへ。やれるときはやる、と決めているので、今日もKへ行く。近ごろkへ行く人は、4人だけ。その4人の都合で、3人になったり2人になったり。今日は4人そろいました。

今日のタイトルは「三馬弘進」。読む人は何のことか分からないでしょうね。これは昔あったゴム長靴の製造メーカーです。

私は昔からくじ運が悪くて、何でも外ればかりでした。どういう訳か、この3.4年くじ運が普通になりましたが、昔は極端に悪かったのです。

小学上級生のころ、戦争に負けたばかりで、全員が貧しい時期でした。学校に良く配給の品が来たりして、それをくじ引きで受け取るなどと言うことがよくありました。50人のクラスに、製品は2つなどと言う配給なのです。そんなときくじを引くと、いつもはずれました。

ある時、そんな私が、くじに当たったのです。長靴でした。私が疎開していたのは秋田県で、それも雪の深いところでした。長靴はどうしてもほしいものでした。大抵の人は、藁沓を履くとか、大人用の長靴を履くとかしていたのです。それなのに私は子供用の長靴があたったのです。嬉しかったですね。当時の長靴はみんな黒かったのですが、その長靴はねずみ色でした。

ところがその長靴、履くと、何日もしないうちに破れてしまったのです。まわりの大人たちの意見によれば、その長靴は生ゴムで出来ている、と言うことでした。たまにくじにあったたりすると、こんな物を掴まされるのでした。

そのころ私が住んでいた辺りでは「三馬弘進」の長靴が絶大な人気と信用がありました。私のは「三馬弘進」のではないから駄目なのだと云われました。

その後上京したら、東京では「三馬弘進」なんてまわりの人は誰も知らなかったのです。友達の持っている長靴に、「三馬弘進」なんて物はありませんでした。どうやら、その当時の、その地方だけのブランド品だったようです。

「三馬弘進」などと言う名前を、何の脈略もなく思いだし、その後どうなったんだろうと気になった、ブログの前の私です。

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