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2010年5月31日 (月)

江戸川柳

5月31日(月)

川柳というのはおもしろいですね。毎年発表されるサラリーマン川柳なんて、思わず笑ってしまうのが幾つもあります。川柳のもとはと言えば江戸時代。柄井川柳とか云う人が、「川柳評万句合わせ」というのをやったことなんだそうです。その万句合わせから756句を選んで本にしたのが、有名な『柳多留』。

『川柳入門』(荒木清編著)を読みました。別に川柳を始めようと云うのではないのですが、『柳多留』の句の半数くらいを抜き出して、解説をしているようなので、そこに惹かれました。

知っている句も沢山あるし、川柳とは知らずに、格言のように口にしていたくも沢山あります。そう言うのは抜きにして、今回気に入った句を幾つか抜いてみます。

 大名の過去は野にふし山にふし

 やぼにしていることだよと通なやつ

通ぶることが野暮なんです。

 喧嘩には勝ったが亭主飯を炊き

女房はふくれて焚いてくれないのです。

 仲人の夫婦わらいが上手なり

仏頂面では話はまとまらない。

 ほれにくい顔が来て買うほれ薬

イモリの黒焼きでも買いましたか。

 あしたでも剃ってくれろと飛車が成り 

床屋での句です。順番を待ちながら将棋に夢中になってしまったようです。編者は相手の飛車が自陣に成ってきて将棋は逼迫していると解していますが、私は逆です。自分の飛車が相手の陣になったのだと思います。これから攻めが始まるのです。将棋は優勢なのです。とてもやめられるものではありません。

 薬代を酒屋へ払う無病者

これ、私のことかな?

 よい後家が出来ると咄す医者仲間

美人の女房を持つ亭主が死にそうなのだ。

 芭蕉翁ポチャンというと立ち止まり

 五右衛門は生煮えの時一首よみ  

「石川や浜の真砂は尽くるとも世に盗人の種は尽きまじ」と釜ゆでになりながら辞世の句をよんだんだってさ。どうせ嘘だけど。どっちにしても、茹で上がってからではよめやしない。生煮えのうちによまなくちゃねえ。

 仙人さまあと濡れ手で抱きおこし

久米の仙人は女が内ももの肌を見せながら洗濯をしているのを見て、雲から落ちたんだってね。洗濯をしていた女が、濡れ手で抱きおこした。ちょっと羨ましいねえ。

精障者作業所「みちくさ」でボラ。

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2010年5月30日 (日)

思いつくままに

5月30日(日)

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狭山市の茶畑。狭山茶と云っても、生産量は入間市の方が多い。しかし、この写真は狭山市。狭山市には、いちめんの茶畑などと言うものはない。その点静岡などとは違う。

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秩父市の矢尾板というお店の駐車場。見るべきものは壁の蔦。

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何でもない花だけれど、これだけいちめんに咲いていると見事。

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これはヒナゲシだと思うけれど、荒れ果てた家の荒れ果てた庭に咲いていた。それも、手入れのされていない生け垣の隙間から、覗かなければ見えないような感じで。何だか、栽培禁止のケシをこっそり栽培しているような雰囲気。

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荒川です。 まあこんな写真では、荒川だろうと入間川だろうと、とんちんかん川だろうと、どうでもいいけれどね。

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2010年5月29日 (土)

喜多院

5月29日(土)

今日と明日、珍しく2日続けて全く予定無しです。天気がよければ、秩父あたりの散歩も良いのですが、あいにく雨模様。

川越の本屋へ。3冊買いましたが、中の1冊は衝動買いで『絶対ボケない生活』(フレディ松川著)。やはりボケたくはないんですよね。絶対ボケない方法なんてないと思いますけれど・・・。

その後、喜多院、中院の辺りを散歩しました。

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以前ブログに載せたような気もしますが、昔は南院というのもあったらしく、明治時代の神仏分離政策で廃院になったらしい。その名残の仏像などの一部が、街角の狭い一郭に集められています。

中院です。静かで品のある寺で、私は好きです。

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中央に小さく清掃の人がいます。私にも挨拶してくれました。

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喜多院の本堂の写真は、なんとなく撮りたくありません。喜多院の一郭に小高い丘があって、そこに歴代住職の墓があり、その前に慈眼寺という堂宇があります。この丘は実は前方後円墳なのですが、案内のパンフレットなどでは触れられていません。

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松平大和守家の廟所。これも喜多院の一郭にあります。松平大和守は川越を発展させた殿様だそうです。

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なぜ?

5月29日(土)

なぜか今日の日付で、川越の喜多院などについて書いたのに、ブログに載りません。

このブログ、私の子どもたちに向けて、無事で生きていることの証拠として書いているののです。だから休むわけに行かないので、こちらの記事だけでもアップしたいです。はたしてどうか?

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2010年5月28日 (金)

水彩画の会

5月28日(金)

水彩画の会。

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私が今日描いたのは、こんな絵でした。

Tati0009 これは昨日のこぶし福祉会後援会の総会(ああ、ややっこしい)の時、向かい側に座っていたIさんをスケッチしたもの。会議中にこっそりとね。

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こちらは我がマンションの入り口に、Yさんが生けてくれた花。Yさんの善意で、入り口にはいつも花が生けてあります。

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近所の駐車場脇と、街路樹のまわり。これもYさんが手入れをしてくれます。

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2010年5月27日 (木)

がんばれ・ASエルフェン狭山

5月27日(木)

こぶし福祉会後援会の総会。

元来会議というものが好きではない。総会も会議のうちですが、義理で出席。

福祉会所属の当事者たちが、最近フットサルというのを始めた。そのチームが今年、県大会に出て3位だったそうです。もっとも、県西部地区に精障者のチームは、こぶし福祉会のエルフェン狭山しかないのだそうだから、全県に出るチーム自体が少ないのだろう。

総会が済んでからは、フットサルから4名の選手が出席して、自分たちの活動についてさまざまな話しをした。これがよかったね。

私などは「フットサルって何だ?」というような人間である。ミニサッカーみたいなものだそうですね。当事者が、チームを自分たちで立ち上げ、練習相手(東久留米の、障害者と健常者の混合チーム)も自分たちで見つけ練習場も見つけているているのは立派。

選手たちの感想。

「体を動かすことが楽しいことだと知った。体を動かすことは、心にもよい影響を与える」

「保護者は私たちに早く仕事を始めるように求めるが、そのためのには体力が必要。その体力作りにもよい。楽しみながら体力がつく」

「外部とのつながりが増えた。人と話す機会が増えた」

「自分に自信を持てるようになった。向上心が生まれた」

など、など。

チームのメンバーは、女性3名を含めて15名だそうです。

がんばれ、ASエルフェン狭山。

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2010年5月26日 (水)

大八車はふんどしで曳け

5月26日(水)

いつもパソコンにむかって、なにを書くか迷うのです。でも今日は「お客様、商品をお持ちください」と言うタイトルで、書くことを用意していました。でも、いつも見ているブログやホームページを見ているうちに、考えが変わりました。

清水哲男の『新.増殖する俳句歳時記』というのを毎日見ています。以前は「新」の字がない『増殖する歳時記』でした。清水哲男という詩人が毎日書いていたのですが、今は清水哲男は月曜日だけになり、他の曜日は、それぞれ担当の人がやっています。今日、水曜日は、八木忠栄という詩人(だと思います)の担当です。今日の句は、

 五月雨ややうやく湯銭酒のぜに  蝶家楼馬楽

でした。蝶家楼馬楽は落語家。「やうやく」は「ようやく」、「ぜに」は小銭のこと。「湯銭」というのは公衆浴場(風呂屋)の入浴料。つまり、風呂代や酒代に苦労していたが、そのくらいの小銭が手に入った、と言うことです。

この句を見て、今日のブログの内容を変えました。

私の琴作りの親方は、毛木乾三(モギケンゾウ)という人です。よく大ボラ吹きと云われていました。自分を褒め、他をけなすわけです。しかし、「俺は自分で出来ることを言っているんだからかまわない」と、意気軒昂たるものがありました。

琴の形は、外側には決まった寸法がある。音の違いは、内側の削り方で決まります。内側は、厚いところもあり薄いところもあります。波打っているのですね。ことの本体は桐の木で作りますが、木目とか節とか、木の堅さとかで、事情が1本1本違う。その木に合わせた削りが必要なのです。

大方の琴職人は、この辺は何分、のの辺は何分、と、勘で決めて削る。この場合の「分」とは1寸の10分の1,3ミリくらいのことです。毛木さんの自信は、その厚みを決める際に、上から指で叩いてみて、そのひびきを聞いて決める、と言うことにありました。これも勘ではありますが、音を決めるのに音の勘によるのです。私は、毛木さんの方法が正しいと思います。

ところでその毛木さんのことを、今日の『新・増殖する俳句歳時記』で思い出したのです。毛木さんは一人前の職人として琴を作っていたのですが、もっと腕を上げたいと思って、当時名人と言われていた片山さんに弟子入りしました。弟子入りするときの言葉が「風呂銭と床屋戦だけ呉れればいい」と言うことでした。この風呂銭、湯銭ですね、これで思い出しました。

そんな毛木さんですが、戦争中や戦後では、琴も満足に作れません。さまざまな仕事をしたようですが、引っ越しや疎開の荷物を、大八車で運ぶ、と言うようなこともしました。

その時の話しです。大八車に荷物を積んで、往復2日くらいのところにも行ったようです。その時の経験を語ってくれたことがありました。その話しです。

「長い時間車を曳くときは、ふんどしでなきゃあ駄目だ。サルマタ(パンツのこと)だと、キンタマが擦れる」

ところで、近ごろ観光地では、人力車などを見かけますが、その車夫は、なにを履いているのでしょうか? ふんどしかな? サルマタかな? それとも・・・。

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2010年5月25日 (火)

畑のことなど

5月25日(火)

みちくさへ。昨日、畑に落ちた車のあとを、シャベルや鍬で平らにならし、柔らかく掘り返す。とても耕耘機のようには行かないが、、みんなの足で踏み固めたあとだから、やらないよりは良いでしょう。昨日とうってかわり、黙っていても汗の出るような陽気だから、シャツはびっしょりだ。

昨日植えたナスとキュウリの写真を撮ったが、キュウリの方は、うまく写りませんでした。

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みちくさが借りている畑です。茄子の向こうには、ピーマンとミニトマトの苗が植わっています。隣の畝は枝豆。キュウリの苗は、この写真では見えません。

畑へ行く道筋の家に咲いていた薔薇。

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 薔薇ノ木ニ

 薔薇ニ花サク

 ナニゴトノ不思議ナケレド

                 北原白秋 

午後、Nさんが会いたいというので、ココスで話しあい。こぶし福祉会に関するNさんの思いを聞く。

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2010年5月24日 (月)

春泥に捉えられたる車かな

5月24日(月)

精障者作業所、ショップみちくさへ。ちょっと事件がありました。ことは畑の苗を植えるために起きました。

みちくさで借りている畑に、ナス、キュウリ、ミニトマト、ピーマンなどを、今日植えました。セキチュウで苗を買い、スタッフに運転してもらって畑へ。借りている畑の近くで、細い道をそろそろと動いた車が、折からの雨でぬかるんだ道を横滑りしてしまい、よその畑に、右側の前輪、後輪がはまってしまいまったのです。

耕しただけでまだなにも植えられていない畑だったので、作物に被害はないのですが、農家の畑なので良く耕されて、土が軟らかいのです。抜け出そうとしても、車輪はますます深みに沈んでいきます。シャベルで車輪の前後を掘り、板を渡し、何とか脱出しようと、後ろから押したりもしたのですが、駄目でした。結局、業者を呼ばなければなりませんでした。大の男が4人も来て、ジャッキを使いシャベルを使い、板や毛布を敷き、いやはや大変な騒ぎ。わたしなども車が倒れないように横から押したり、後ろから押したり、車も泥だらけになったけれど、人間の方も泥だらけです。

おかげで、脇腹や背中が痛い。風呂のあとに、サロンパスを貼ろうとしたけれど、これが貼りにくいのです。歳よりは体が硬いのだ。背中など、手の届かないところの方が多いのです。こんな時、独り者は悲劇なのだ。しくしくと、痛いなあ。

明日の洗濯物が増えちゃった。

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2010年5月23日 (日)

歩く会・庭園散歩

5月23日(日)

この2-3年、わたしは雨男になってしまった。山の会などで、わたしが企画すると、その日は天気が悪くなる。きょうの歩く会もその例にもれず、朝から雨だ。それでも、10名の人が集まってくれた。

予定は、王子駅下車、飛鳥山公園、旧古河庭園、六義園、小石川植物園、茗荷谷駅だった。しかし時間短縮を考え、駒込駅から旧古河庭園、六義園だけにしようと思った。しかし六義園を出たとき、これくらいの雨なら小石川植物園にも行きたいという意見があって、植物園にも行く。昼食は。白山上のファミリーレストランで摂る。

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旧古河庭園。薔薇が咲いて、傘が咲いて。

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この花は何でしょうか。名前を聞いたけれど、忘れました。植物園の花です。雨のせいでしょう、植物園はガラガラでした。

植物園の一角に、東大の総合研究博物館の小石川分館というのがある。ここは木戸銭なし。東大初期のころの教材に使った剥製や、模型や、顕微鏡などの器具が、雑然と展示されている。現役の東大生という女性が、我々にいろいろと説明してくれた。暇だったんだな。   

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2010年5月22日 (土)

クラス会の後始末

5月22日(土)

ほぼ1日、クラス会の後始末で過ごす。洗濯はしましたけれど。

まず、写真の整理。クラス会の写真と、その後の川越観光散歩の写真を、A4の写真用紙に載せるための加工。クラス会の写真でA4を1枚、観光散歩の写真でも1枚。それぞれの参加者に会わせて写真を入れ替えたり、大きさを変えたり、組み合わせを変えたり。馴れないわたしにはなかなか手間がかかります。

クラス会に参加してくれたことへの礼状と会計報告も作り、A4の用紙が入る封筒と、送付するための切手を買いに行き、宛名を書き、それぞれの人に合わせた写真を間違わないように入れて、投函。フウ。

そんな中で、Nさんから電話。これが長電話。先日のこぶし福祉会の役員会で、少しもめたのだが、その後の悩みを訴えられる。結局、後日に会うことに。

Nさんのような人も生かして使えるようにと思い、福祉会の理事長に、少し長めのメールを書く。

そんなこんなで、明日の歩く会、わたしが案内しなければならないのに、コースの地図をまだ確認していない。

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2010年5月21日 (金)

茨木のり子の詩

5月21日(金)

特養老人ホームSのボラ。

狭山台胃腸科外科へ。毎月1回、定例の高血圧検査。

  「自分の感受性くらい」

             茨木のり子

 ぱさぱさに乾いてゆく心を

 ひとのせいにはするな

 みずからの水やりを怠っておいて

 気難しくなってきたのを

 友人のせいにはするな

 しなやかさを失ったのはどちらなのか

 苛立つのを

 近親のせいにはするな

 なにもかも下手だったのはわたし

 初心消えかかるのを

 暮らしのせいにはするな

 そもそもが ひよわな志にすぎなかった

 駄目なことの一切を

 時代のせいにはするな

 わずかに光る尊厳の放棄

 

 自分の感受性くらい

 自分で守れ

 ばかものよ

ウン。そうなんだけどね。俺は馬鹿者だからなあ。やっぱり、すべてのことを、何かのせいにしたがるんだ。反省。でも、中途半端の反省です。これからも、何かのせいにしたがるでしょう。せめて、ときどきはこの詩を思い浮かべるにしても・・・。

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2010年5月20日 (木)

三馬弘進

5月20日(木)

午前。ボラグループ定例会。これまでは第2と第4木曜日にしていたが、我々のグループもだんだん活力が落ちてきて、定例会は、月に1回、第3木曜日だけと決めた。月に1回ということになると、顔を合わせるのが、本当に久しぶりという気分になる。

午後、老人介護施設Kへ。やれるときはやる、と決めているので、今日もKへ行く。近ごろkへ行く人は、4人だけ。その4人の都合で、3人になったり2人になったり。今日は4人そろいました。

今日のタイトルは「三馬弘進」。読む人は何のことか分からないでしょうね。これは昔あったゴム長靴の製造メーカーです。

私は昔からくじ運が悪くて、何でも外ればかりでした。どういう訳か、この3.4年くじ運が普通になりましたが、昔は極端に悪かったのです。

小学上級生のころ、戦争に負けたばかりで、全員が貧しい時期でした。学校に良く配給の品が来たりして、それをくじ引きで受け取るなどと言うことがよくありました。50人のクラスに、製品は2つなどと言う配給なのです。そんなときくじを引くと、いつもはずれました。

ある時、そんな私が、くじに当たったのです。長靴でした。私が疎開していたのは秋田県で、それも雪の深いところでした。長靴はどうしてもほしいものでした。大抵の人は、藁沓を履くとか、大人用の長靴を履くとかしていたのです。それなのに私は子供用の長靴があたったのです。嬉しかったですね。当時の長靴はみんな黒かったのですが、その長靴はねずみ色でした。

ところがその長靴、履くと、何日もしないうちに破れてしまったのです。まわりの大人たちの意見によれば、その長靴は生ゴムで出来ている、と言うことでした。たまにくじにあったたりすると、こんな物を掴まされるのでした。

そのころ私が住んでいた辺りでは「三馬弘進」の長靴が絶大な人気と信用がありました。私のは「三馬弘進」のではないから駄目なのだと云われました。

その後上京したら、東京では「三馬弘進」なんてまわりの人は誰も知らなかったのです。友達の持っている長靴に、「三馬弘進」なんて物はありませんでした。どうやら、その当時の、その地方だけのブランド品だったようです。

「三馬弘進」などと言う名前を、何の脈略もなく思いだし、その後どうなったんだろうと気になった、ブログの前の私です。

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2010年5月19日 (水)

ケータイの使い方

5月19日(水)

ケータイを買ったのは良いけれど、満足に使えないので、次女のところへ、疑問点をただしに行く。

自分のメールアドレスを作り、娘たち以外のところに、今日初めてメールを送ってみる。届いたようです。

馴れるまで、いろいろ面倒です。当分は、電話、メール、写真、だけで行くつもり。

民主党の支持率、どんどん下がってますね。そりゃあそうだよなあ、あれで下がらなくちゃおかしいや。

前の選挙では、最低でも政権を変わってくれなくちゃと思った。ただ、民主党の一人勝ちも困ると思ったので、比例区は他の党に入れた。それは今でも正しかったと思っているけれど、鳩山さんと小沢さん、何とかならないのかねえ、この2人。

政治の話しなんて、私は上っ面のことしか分からないけれど、素人にも、あれこれ云う権利があるのも政治なんだ。政権党は、私たちに、もう少し信頼させてくださいよ。鳩山さんの発言なんか聞いていると、悲しくなってくる。

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2010年5月18日 (火)

Kさんの話を聞く

5月18日(火)

Kさんは、両手両足がない。義手、義足で前向きに生きている。その精神力は凄いと思う。

今日の午後、Kさんの生い立ちから現在に至るまでの話を聞く。テープにも録音させてもらった。聞き書きの形で、文章化するつもりです。

話を聞くのも、能力が必要で、私はそれほど聞き上手とも言えない。テープを止めてからおもしろい話が幾つも出たりして、こういうのも難しい物ですね。どういう話しをしてもらえるかというのは、ほとんど聞き手の能力に依るのです。

Kさんの病気は、電撃性紫斑病というのだそうで、日本で10数例しかないそうです。埼玉医大では、その病気を3例ほど扱って、過去の2例は患者が亡くなり、3例目がKさんだという。Kさん、元気にしているが、再発する可能性はあるのだそうだ。

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2010年5月17日 (月)

Yさん、ありがとう

5月17日(月)

精障者作業所Mのボラ。借りている畑で、葉物がたくさん採れました。先週に続き、今週もみんなで持ち帰る。

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ちょっとピンぼけになってしまいました。我がマンションの入り口に、Yさんがいつも花を生けてくれます。完全なボランティアなのです。「花代だけだって大変でしょう?」と聞くと、「お金なんかかけていません。畑で作ったり、もらったりしてますから」という。本当にそれだけなのかなあ。

私はこの花をいつも楽しみにしています。Yさん、ありがとう。

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2010年5月16日 (日)

クラス会

5月16日(日)

卒業した中学校のクラス会がありました。ありましたというか、実は私が幹事なので、やりましたと云うべきでしょうか。

卒業したのは、東京の高円寺で、高南中学と言います。私たちはその2期生です。つまり、戦後できたての中学の、2回目の卒業生と言うことです。私は3年生になってからの転校生です。

この中学、初めは何100㍍か離れていた小学校に同居していて、校舎が出来て、引っ越してきたのです。引っ越しの時、生徒たちは、自分の机と椅子を自分で持って運びました。引っ越しの時、私はまだ秋田の田舎にいましたので、あとでその話を聞いたのです。

私が高南中学に転校してきたとき、校庭には、以前からそこに牛を飼っていた酪農の家がありました。間もなく引っ越していきましたけれど、私の中学時代というのは、そんな時代です。環七の内側に、まだ牛を飼っている酪農家があったのです。もっとも、環七はまだありませんでした。やはり環七の内側になりますが、近くには田んぼもありました。

卒業して53年もたつ、遠い思い出です。

クラス会としては、初めて東京を離れ、川越で行いました。心配していたのですが、13名参加で、まあまあです。1人、出席すると云っていたのに来ない人がいて、電話してみると、忘れていたのでした。想像していた通りです。私たちの歳になると、もう忘れるんですよ、いろんなことを。

閉会後、希望者で川越散歩。蔵造りの街、時の鐘、菓子屋横町を案内しました。

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2010年5月15日 (土)

差別用語

5月15日(土)

つばさ俳句会定例句会。

私は知らなかったのだが、老嬢というのはオールドミスのことなんですね。私はたんに、歳をとった女性、つまりおばあさんのことかと思っていました。で、老嬢という言葉を使っている俳句に、私は点を入れたのですが、その意味を知っていたら、入れなかったと思います。日本語を知っているつもりでも、本当はあやふやなんだ。

オールドミスという言葉、今はあまり使わなくなったけれど、結婚しそこなった女性という意味で、30歳くらいでも使われていました。だから、30歳でも老嬢です。まあ30歳というのはどうでもいいけれど、結婚しない女性を老嬢というのは、あまり感じが良くないですね。こういうのは本当の差別用語ではないでしょうか。

「馬鹿」とか「メクラ」とか言うのを差別用語としているようですが、こちらの方は、私は本当の差別用語とは思いません。たとえば「馬鹿」なんて、愛情を持って云う場合だってあります。「メクラ」という代わりに「目の不自由な人」と云い、「びっこ」という代わりに「足の不自由な人」という。言い方が遠回しになっているだけで、中味は同じです。「頭の不自由」な私には、その違いが分かりません。「メクラ判」という代わりに「目の不自由な人のハンコ」と云えば差別用語ではないのかな。

「土方」が差別用語なんですってね。「土方」って、職業を表す言葉でしょう? それがなんで差別用語なのですか? 言葉の問題ではなく、その言葉を差別用語だと感じる人は、職業を差別していることになりませんか?

それにひきかえ、「老嬢」とか、「未亡人」という言葉は、本当の差別用語ですね。「未亡人」なんて、「夫の先立たれたのにまだ死なない人」って云う意味ですよ。さすがに今は使わなくなったけどね。

「狸寝入り」なんていう言葉があります。「狸は寝ていないのに寝たふりをする」と言うことです。でも狸は、寝るのではなくてびっくりして気絶するのだそうです。だから、これは狸に対する差別用語です。「狸寝入り」は差別用語だ、なんて言い出したら、どうしましょうかね。

そういえば「きつね」はずるがしこいと思われている。だけど本当の狐は、ずるがしこいわけではないし、人を騙しもしない。そんなイメージで「狐」という言葉を使ったら、差別用語だと言われるかな? 困るなあ。

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2010年5月14日 (金)

絵とケータイ

5月14日(金)

先日ケータイを買って、次の日、山で写真を撮るのに苦労しました。ケータイはそれっきり昨日まで使っていません。なーんだ、これならケータイなんか買わずにデジカメを買っておけば良かった、テナ感じ。本当は、使い方が分からないから、面倒なんです。

今日、そのケータイで撮った写真。

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水彩画の会があり、そこで描いた絵です。絵の方は少し気に入らないところもあるのですが、それは毎度のこと。何処にもない、作った風景です。子供が水遊びしているのに、この服装では夏ではないんだなあ。気に入らない絵だから、夏向きに描き直してみようかな。

それにしても、ケータイを買った日に電話を1度しただけ。少しは馴れなくてはね。

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2010年5月13日 (木)

山の会、班長会

5月13日(木)

老人介護施設のボラ。手品も紙切りも飽きたので、最近は歌を唄う。昔の歌は、皆さんノリが良いですね。戦前から戦後すぐくらいまでの歌だと、痴呆の進んだ人でも唄える場合が多い。私も、そのころの歌の方がよく憶えている。

山の会の班長会。6時よりココスで。夏の1泊山行、西穂の独標など候補に挙がる。

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2010年5月12日 (水)

記念誌作りの手伝い 自分の社会

5月12日(水)

「車椅子と仲間の会」30周年記念誌作りの手伝い。印刷を終えて、ページをテーブルなどの上に並べ、一枚ずつ順番に取っていく作業ありますよね。今日やったのはあれです。長時間、中腰で、根を詰めてやったので、腰が疲れました。

「車椅子と仲間の会」は車椅子の人達が外に出る、一つの機会にはなっているでしょう。しかし、呼びかけても出てこない人もいるわけで、これは、障害者も健常者も一緒ですね。

定年退職をして、独身だったりすると、1週間誰とも話しをしなかった、なんていう人もいるんだって。今の私には想像が出来ない。私も老人の一人暮らしだけれど、年中ふらふらと外へ出て、話し相手に困ることはない。

人間は生まれてから最初に話すのは、普通の場合母親かな。それに家族。幼児期になれば、友達も出来る。そして学校だ。その子にとって、ちょっとずつ社会が広がっていくわけだ。その社会の中で、人は自分を表現し、自己実現をさせていく。ところが広がっていく社会の中のどこかで、不適合を起こす人がいる。それが引きこもり。

大人の社会は、子供より大きいのが普通だろう。幾層もの社会を持っているというべきだ。家族があり、会社があり、友達社会があり、趣味の社会やら何やらがある。実力のある人なら、全世界が相手なんてことだってあり得る。まあ、普通はそこまで行かないけれどね。

しかしその社会が、小さいところから壊れている、と言う気がしないでもない。家庭だって、昔のような家庭ではない。個食なんていうことがある。家族が居るのに、一人ひとりが勝手に食事をする。家族でさへそうなのだ。一人ひとりがバラバラになってきている。そして、幾層もある社会どこにも、自分が属せないような感じになったりする。そうなると、力がなくても、世の中全体と自分、テナ感じになります。引きこもりたくもなるよね。

人間には、孤独感はつきものだと思っているけれど、だからといって引きこもるのではなく、自分にふさわしい社会を持っていなければ、誰とも話す機会がない、なんてことも起きてくるわけだ。自分にふさわしい、いくつかの社会を持つことです。歳をとったら、なおさら。少しは積極的に。

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2010年5月11日 (火)

こぶし福祉会役員会

5月11日(火)

少しばかりお手伝いをしている、精障者のための福祉会の、役員会。私などはボランティアをやっているだけの評議員ですから、あまり詳しいことは分かりません。こういうのは形を整えるという意味も大きくて、シャンシャンと手を打ってお終いというのが多いのかもしれない。前回と今回、少しもめました。福祉会に期待するところが大きいから、様々な意見も出るわけです。障害者のための施設、苦しんでいるところがほとんどでしょう。

このブログをここまで書いたところで、机の上の時計の調子がおかしいのに気がつきました。もういけません。ブログをやめて、これから時計の修理にかかります・・・壊すかもしれません。

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2010年5月10日 (月)

畑・記念誌

5月10日(月)

午前。精障者作業所M。主に畑仕事。小松菜と小カブの収穫をする。大量の収穫で、みんなで分けて、持ち帰ることにする。いつものようにおひたしを作って食べる、などというのでは間に合わない。私も大きなビニール袋に詰めて持ち帰る。それでもまだ、畑からは採りきれないのだ。まだ大量の小カブと、春菊が残っている。出来れば明日収穫したいが、雨の予報だ。ほおって置くと、薹が立ってしまう。

午後。「車椅子と仲間の会」の30周年記念誌作りの手伝い。社協で印刷など。

昨日の山で、やはり足の筋肉が張っている。疲れも残っています。今日のブログは、身近く終わる。

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2010年5月 9日 (日)

御前山から高柄山

5月9日(日)

山の会、5月の山行。

中央線、上野原駅下車で登り始める。御前山は標高484㍍、高柄山は733㍍。低山だが、急登、急降の山。特に、低い方の御前山が、急勾配。登りはロープに掴まり、手足4本をフルに使う。降りも同じだが、ロープのないところもあり、木、木の枝、根っこ、岩など、つかめる物はなんでも掴んで、そろり、そろりと降りる。高柄山の方が幾らか楽。

天気は暑いくらいで、良く晴れ、申し分ない1日でした。例によって、新所沢、「餃子の満州」で打ち上げ。なんと言っても安いんですねこの店は。みんなで飲みたいだけ飲み、食いたいだけ食って、一人1500円程度なんです。

今日は私のケータイの使い初め。まだ、扱い方はなにも分からない。あっちをいじりこっちをいじり、写真を撮れる状態にするのからしてなかなかうまく行かないのです。それにしても、野外では画面が見にくいですね。ただ真っ黒くなってしまって、何が書いてあるのか分からないのです。最後のほうでは、日陰で手をかざし、書いてあることを読もうとして、かろうじて、「○○してください」の「してください」だけが読めた。何度やっても同じです。「してください」だけではねえ、判断のしようがない。屋外の日射しの下でも、画面がはっきり分かるようにするのが、デジカメやケータイの今後の課題だと思います。

四方津駅から電車に乗って、車内で確かめてみたら「充電してください」でした。

家に帰って、撮った写真をパソコンに取り込んでみたら、指が写っていたり、地べたが写っていたりです。本当に写したかったところは、一つもありませんでした

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こんなものしか撮れていません。これからしばらく、試行錯誤が続きます。

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2010年5月 7日 (金)

歌は通じる

5月7日(金)

タイトルは「歌は通じる」としました。あるいは「通ずる」の方が正しいのかと迷ったのですが、「通じる」は口語、「通ずる」は文語であろうと判断して、「通じる」にしました。それで正しいのかどうか、自信はありません。こんなところで教養がばれるのです。

特養老人ホームSに行きました。話し相手をするためですが、我々のグループで私だけが、手品をしたり紙切りをしたりします。なんとか愉しんでもらおうと思うし、私自身も愉しみたいわけです。最近はそれに歌を付け加えました。

今日の相手は3Fでした。Mの場合、1Fはデイケアーの人、2Fは通常の高齢者、3Fは認知症の人です。

3Fの人の相手は、なかなか難しいのです。話がなかなか通じない。手品も紙切りも通じない。でも、歌は通じるのです。もちろん新しい歌は駄目。利用者さん達が若い頃に覚えた歌は、ある程度の認知症の人なら分かるのです。たとえば「船頭小唄」、たとえば「アザミの歌」などは、一緒に唄えるのです。あるいは戦前から戦後すぐの頃までの童謡なども唄えます。これは私と同じです。私も、新しい歌など唄えません。しかし古い歌ならよく知っています。

今日は、古い歌を唄って過ごしました。「昔の歌は良いねえ」などと言ってくれる利用者さんもいたりして・・・。

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2010年5月 6日 (木)

北林谷栄さん

5月6日(木)

ゴールデンウィーク終わり。大方のサラリーマンは今日から仕事。ご苦労さん。こちらは無職の年金生活者。のんびりとしたものですが、やはり今日からボランティア開始。ただし、給料をもらってやるような仕事とは違い、必死になって働くという感じはありません。やはり、のんきはのんきです。

狭山ケアセンターのボラ。

民芸の北林谷栄さんが亡くなりました。ぼんくらカエルは、少しだけ接点があったような気がします。

20年くらいも前でしょうか。家具屋のアルバイトをしていたとき、トラックに同乗して中野駅近くの細い道に入りました。ちょうどゴミ出しの日だったようです。道が狭く、道の片側から乗用車がお尻を突き出して駐車していて、トラックが通ることが出来ない状態でした。私はトラックを降り、ゴミ袋を片隅に寄せました。そしてトラックを通したあとで、そのゴミ袋をもとの状態に戻していました。そこに出てきたのが、北林谷栄さんでした。私が片付けているゴミ袋の山に手をだし、

「あとは私がやって置くからあなたは行きなさい」

と言ってくれたのです。

「いえ、自分たちの都合でやったことですから、直しておきます」

「良いのよ。私がやりますから。あの車がお尻をつきだしていなければなんでもないのにねえ」

そう言って、まるで親切なおばさんそのもので、ゴミ袋を片付けてくれたのです。

私は、大女優北林谷江先生にゴミ袋を片付けさせた蛙です。

もしその当時、北林谷江さんが中野界隈に住んでいなかったとしたら、他人のそら似と言うことになるのですが・・・。どうなのかなあ。

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2010年5月 5日 (水)

名利の塵(ミョウリノチリ)

5月5日(水)

5月5日、こどもの日。今日立夏かな? 各地で30℃以上の夏日。もちろん埼玉も。夏だから夏日でおかしくはないが、この間までの寒さが嘘のようだ。

デジカメを壊してしまったので、その代わり携帯を買う決心をした。まえからケータイを持つようにいわれていたのだけれど、貧乏人としては、月々いくらかの出費のあるものを買うのは、ためらいもあるのです。今回はデジカメが壊れたので、その代わりに買うことにしました。多分次の土曜日、次女につきあってもらって買うことになるでしょう。何しろ私は、ケータイのかけ方も知らない人間です。

ケータイを買うと決めた今日、川越の本屋で、「ケータイを持ったサル」-人間らしさの崩壊ー、正隆信夫著、中公新書を買いました。私の神経って、変かな?

もう1冊「若き友人達へ」-筑紫哲也ラスト・メッセージ-、集英社新書を買う。

両方とも、これを買おうと思って買いに行ったわけではない。ふらりと本屋によって、ふらりと買ったものです。このような行き当たりばったり方式が、私向きです。狭山市の本屋では、行き当たりばったり方式で、これはと思う本にであうことが少ないので、どうしても川越に行きたくなります。 

そう言えば、このまえ買った「良寛」松本市寿著の読後感を少し。

  焚くほどは風が持てくる落葉かな

が良寛の作だとは知りませんでした。この前も書いたけれど、私が好きな俳句は、

  鉄鉢に明日の米あり夕涼み

があります。

「名利の塵」

と言う漢詩も良いなあ。下は松本市寿の訳です。

    名利の塵

 生涯身を立つるに懶く

 騰騰天真に任す

 嚢中三升の米

 炉辺一束の薪

 誰か問はん迷悟の跡

 何ぞ知らん名利の塵

 夜雨草庵の裏

 双脚等閑に伸ばす

立身出世しようなどとは思わず、あるがままに生きてきた。三升の米と一束の薪があり、雨の降るときなどは草庵で足をのばして寝る。といった意味である。これが良寛の心情なのでしょう。

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2010年5月 4日 (火)

又カメラを壊した

5月4日(火)

家に帰る長女たちと一緒に東京へ。全員で小石川の植物園へ行き、その後、長女たちの家へ。一休みして、孫2人はつかれたと言うことで留守番、長女夫婦と私で、六義園と旧古河庭園へ。

六義園で、私はよそ見をして木の根に躓き、まるで漫画に出てきそうな典型的な転び方をした。前のめりになり、転び、そのままだと鼻を打つことになるのだが、さすがに顔を横に向けてほっぺたを土に付けるというありさま。こんな転び方は、幼児期以後に果たしてしたことがあるのだろうか。しかし転んだ場所が庭園の土の上なので、打ち身もなければ、かすり傷もつかなかった。それ代わり、持っていたカメラをどこかにぶつけて壊してしまった。

そんな事情で、旧古河庭園の写真はありません。

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この上は小石川植物園。ここから下は六義園。

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小石川植物園も、六義園も、旧古河庭園も、いまはツツジの盛り。

小石川植物園では、ハンカチの木の花が咲いていました。写真に撮ったのですが、花の白が、葉のうすみどりに紛れ、空の色に紛れで、目をこらしてみなければ分からない写真になってしまいました。そのため、ブログには載せません。ハンカチの木は、わが狭山市も智光山公園植物園の売り物です。小石川植物園の方が木も大きいしかずも多いけれど・・・。

旧古河庭園は、間もなく薔薇の季節を迎えるようです。

今日訪ねた3園とも、みどりの日で入場料なし。    

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親族集合

5月3日(月)

次女の家に親族が集まりました。次女の連れ合いの両親が北海道紋別から来ています。私の長次夫婦と孫たち、それに私が今日次女の家に行きました。1月に生まれた孫は、もうすぐ寝返りを打てそうな状態。赤ちゃんの変化は早いので、明日にでも寝返りできるかもしれません。みんなで喋り、食べ、飲み、遅くなってしまいました。長女の子どもたち・・・つまり孫ですが、半分寝ていました。帰ってきて、風呂を沸かし、なんやかややって、ブログを書き始めたときは、日付が代わってしまいました。

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航空公園でのスケッチです

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2010年5月 2日 (日)

車椅子の会駅前見学

5月2日(日)

狭山市駅とその周辺の工事が進んでいる。特に駅の西口が様変わりし、橋上の改札口からそのまま陸橋伝いに、さまざまな方向に行ける。下の道の様子も変わった。私の友人の家などは取り壊されて、他の場所に移った。私などは方向感覚が悪いので、行き慣れた場所に行くのでも、はて、この陸橋のどちらの方に行って、どの階段を下りればいいのだろう、なんて考えてしまう。

駅を出ると、すぐ近くに「スカイテラス」などという名付けた人はしゃれているつもりの平凡な名前の場所があり、小さなお店が沢山ある。そんな変化した駅前の様子を、車椅子と仲間の会で、見物というか見学というか、とにかく見て回ることにした。

午後1時、駅西口に集合。集合場所からエレベーターで橋上に出る。老人介護施設などのエレベーターは、車椅子4台が乗れるのが普通だが、狭山市駅のまわりのエレバーターは、車椅子2台で一杯である。電動車椅子だと、1台しか乗れない。車イスの人が多く集まると、移動にも時間がかかる。もっとも、機材の運搬に使っているエレべーターは、車椅子4台でもまだ余裕がある。このエレべーターは最後まで残るのだろうか?

こういう公共の場所で、車椅子の人達のなによりも気になるのが、トイレである。今日も、どちらかというと、トイレを中心に点検したような感がある。工事に入る前から車椅子と仲間の会では相談を受け、要望を出したりしていたので、この点はかなり良くなっているようだ。

車椅子用のトイレなどは、どこもかしこもそうしろと言うのは無理だろう。車椅子や足の不自由な人も、普通のトイレに入れる人もいる。障害者用のトイレが混んでいる場合、普通のトイレを利用することになる。その場合、入り口から手の届くところに、手すりなりなんなり掴まることの出来るものがあることが望ましい。今日車イスの人が入ったトイレでは、トイレの奥に掴まるところがあるのに、入り口から手の届くところにはなかった。これは考える余地がある。

車椅子ではないが、目の見えない人のために、エスカレーターは、それが登りなのか降りなのか、直前まで行かなくても分かるように出来ないものかと思っているだが、これは解決されていない。この程度のことは、全国規模で解決できる方法があるのではないかと考えるが、どうだろうか。

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2010年5月 1日 (土)

智光山公園・彩の森公園

5月1日(土)

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智光山公園の写真とスケッチ。ツツジ、八重桜、ハナミズキなどの季節です。

次は彩の森公園です。

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とにかく子供の多い公園です。芝生があって、水辺があって、子供用の自転車を乗り回せる道があって、近くに住んでいたら、来たくなります。今は新緑も美しいし、ベンチに寄りかかって春の陽射しを浴びるのに良いところ。大人にも魅力のある公園です。

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今日の2枚目のスケッチ。

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